ケモミミだらけの異世界で顔の良い人に拾われた件について 作:疾風怒号
騎兵と狩人が復刻するので初投稿です、グラニお姉ちゃんのズボンの穴に手を突っ込んで暖をとりたい。
「みんな!」
「エクシア、それにエンシレントさんも!」
ホールの外に出ると、あれだけ混乱していた群衆がすっかりテープの向こうに退避させられていた。赤い消防車から橙色の防火服を着込んだ隊員達が次々と降り立ち、ホースを展開していく。華奢なエクシアに代わって肩を貸してくれた消防隊員に礼を言い、営業部の皆の前で膝を突く。全身に杭が突き刺さっているかのような痛みに視界が眩み、意識が何度も遠のく。
「エンシレントさん、怪我は……!?」
「大丈夫……、後で良いから、みんなを呼んで下さい。思っていたより、不味い事になっているかも知れません……」
「分かりました……。 今はこれを!」
そう言ってサンクタの男が濡れたタオルを投げ渡し、近くにいた社員を呼んで回る。数分もしないうちに、付近にいたメンバー全員が集まった。取り囲まれたような気がして息が詰まるが、それは無視して事の顛末を話し始める。
「黒錠と白鍵は……奪われました。犯人はサンクタの術士、彼女は……法定執行人です。個人的に双杖を狙う理由があったのかも知れませんが、統一された装備のサンクタも見たので……恐らくは…………」
「犯人は公証人役場の連中かよ……! あの杖が欲しいからってこんなッ!!」
「畜生、だから一般公開には反対だったんだ!」
「私達はどうすれば……、それに、部長もまだ帰ってこないし…………」
「そうだエンシレントさん、ヴァーチェ部長を見なかったか!?」
心臓が止まったような錯覚を覚えた。
これを言うことは、営業部の皆への追い討ちに等しい。そしてエクシアには、大きな傷を負わせる事になる。だが言わなければならない、いつかは知る事であり、彼らには知る権利がある。言わなければ、言わなければ。
目撃者は俺とモスティマしかいない、此処で言わなければならない。
「……ヴァーチェさんは…………、亡くなりました」
静寂。 一斉に俺を見た全ての視線が硬直し一切の音が止まる。携帯を取り落とす音が、その中を無機質に貫いた。
「ヴァーチェさんは、北館で……、撃たれて死んでいました」
「…………うそ」
声を出したのは、他ならぬエクシアだった。震える冷たく声で、強張って震える指で俺を指す。
「うそだよね、エンシレント。 …………面白くないよ、それ」
「嘘じゃない、本当だ。ヴァーチェさんは、俺の目の前で撃たれて死んだ」
「うそ、だって嘘だよ、……だって、北館には、……え?」
「……」
エクシアの顔が青ざめていく。それに倣うように沈痛な面持ちになる皆を、俺は見ている事しか出来なかった。やがてタオルを投げ渡した男がしゃがみ込んで、膝をついたままの俺に目線を合わせる。
「……アンタが、下らない冗談を言う人じゃない事は分かっています。けど、エンシレントさん……部長は、本当に…………?」
「…………はい、亡くなられました」
重く冷たい空気が、より重圧を増した気がした。社員は泣き出してしまう者、怒りに任せて地を殴る者、項垂れたまま動かない者が混じっている。比較的冷静だった者が、消防隊員に事情を説明しに行っていた。横目に見た雰囲気からして、双杖や公証人役場の事は伏せているのだろう。
「…………う…………ていっ……よ」
「エクシア…………?」
「嘘だって言ってよ、……ねぇ、嘘だよね? ヴァーチェが、そんな……!」
「…………本当の事だ、消火終われば、きっと運び出され「嘘だって言ってよ!!!!」
甲高い叫び声が響く。そのまま駆け出したエクシアが、俺の襟を掴んで叫んだ。
「ヴァーチェが! どうして!? だって北館には、エンシレントとモスティマしか……!」
「…………俺が来たときには、ヴァーチェさんはもう死んでいた。 モスティマが撃ったんだ」
「嘘!絶対嘘だ! モスティマが、モスティマがヴァーチェを撃つわけない!そもそも、北館にヴァーチェはいなかった!」
「いた。 お前が来た時、アーツの余波でヴァーチェさんは壁際に吹き飛んで、隠れてしまっていた」
「じゃあ何で! あの時教えてくれなかったの!?」
「教えたとして、今と同じ状況になるお前と、死んだヴァーチェを外に出すだけの余裕は俺には無かった、だから言わなかった」
不意にパン、と乾いた音。視界が右に揺れ、エクシアが俺の頬を張ったのだと気付くのに数秒を要した。一杯の涙を溜め、顔をぐしゃぐしゃにした彼女が、冷静さを失った眼で俺を睨み付けている。
「どうして! ヴァーチェは!ヴァーチェはッ!!」
「あぁ、俺の責任だ。俺がもう少しでも早ければ、ヴァーチェさんは死ななかった」
止めようとした社員を片手で制して、二発目の平手を受けた。
「どうして……! 何でヴァーチェが…………」
どうして、どうしてなのだろうか。皆が避難する中、ヴァーチェさんだけが北館に戻ったのは、本当に責任感が強いからなのか。モスティマが単独で動いていたのは何故だろうか。きっと意味なんて無い、そこには理由しかない、その理由を握っているかも知れない奴は、この場にはいない。
三発目を打つ気力も無く、エクシアが崩れ落ちる。魂が抜けたように俺の襟に縋った彼女は、ただただ姉の名を呼び続けていた。
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あれから4日後、ディオニシウス・インダストリー本社に程近い病院の一室で端末を弄る。本来なら今頃は平原のど真ん中で車の陰に寝そべっている予定だったが、骨折十数箇所を宣告された以上大人しくベッドに叩き込まれる他無い。あの火災はそれなりに大きく報道されていたが、消防隊が遅れに遅れた理由や、耐火性完備の筈のホールが全焼した理由に関しては殆ど触れられていなかった。
まぁ、公証人役場の執行人が犯人となれば、国ごと一枚噛んでいると考えた方が自然だ。社員の話を小耳に挟んだ所、国とディオニシウスはかなり前からあの杖を巡って争っていたらしい、そして遂に強硬策に出たのが先日、という具合なのだろう。
「『突然の大火災による不幸な焼失』……ね」
「お粗末なシナリオだろう? 笑ってしまうよ」
開けた窓の隙間から、当たり前のように角の生えた頭が突き出る。……もはや驚く事も無くなった。
「何の用だ、モスティマ」
「言っただろう、『少し話がある』って」
「いよっ」と軽い声を上げてモスティマが窓枠から室内に入り込む。此処は四階のはずだがひょっとしてよじ登って来たのだろうか?
青い天使の手に双杖は無い、その代わりに、初めて出会った時に持っていたロッド入りのバッグと小ぶりな金属ケースが握られている。彼女はその二つを勝手に備え付け収納に押し込んで振り返った。
「待て、その荷物……何だ」
「片方は私のロッド、もう片方は秘密。 君に預かって欲しくてね」
「……お前、やっぱり巫山戯てるだろ」
「そんな事は無いさ、私は大真面目だよ、 それに何もタダって訳じゃない」
そう言ってベッドに乗り出したモスティマの口が裂ける。彼女は「君が受け取ってくれるなら、私は君の知りたい事に、私の答えられる範囲で全て答えるよ」と言って、僅かに首を傾げた。逆に言えば『受け取らなければ何も言わない』という事だ。杖を用いずにアーツを発動、金属ケースの中身を探るが、余程厳重に中身を閉じているらしく、内容物の形を掴む事が出来ない。
思考時間凡そ十秒、中身の分からない荷物を受け取るリスクとモスティマから情報を聞き出せるリターンを天秤に掛け、俺は欲深くも後者を選択した。
「どうする? 別に断っても構わないけど?」
「……分かった、受け取る」
「……ふふ、君なら受け取ってくれると思っていたよ」
頷いた俺を見てモスティマはくつくつと笑った。何が面白いのかさっぱり分からないが、どうやら乗せられたらしい。
「それじゃあ……何が聞きたい?」
「何で、コレを俺に?」
「君に預かって欲しいから、というより、君に預けるのが一番都合が良いからかな」
「都合って?」
「私はもうすぐラテラーノを出る。 本当はこの二つはその時『上』に没収される予定なんだけど、それは私の気分が良くない、なら仮にも国営企業の職員である君に『個人的に』譲渡した方が良いと思ってね」
「よく調べたな」と素直な感想が溢れた。要するにあの荷物はモスティマの言う『上』が手元に置きたがる代物で、カランド貿易職員の俺に渡せば簡単に手出しも出来ないだろうという訳か。
「なぁ、やっぱ返しても良いか?」
「心配しなくても戦闘中に紛失したって事にしてあるから大丈夫。
最悪壊して捨てても良いよ? 出来れば持っていて欲しいけどね」
「あー……もういい、分かった受け取る、受け取るよ。 ハイ次々」
強引に流れを断ち切って仕切り直した、聞きたい事はまだ残っている。妙な方向に逸れるのも嫌だ。
「じゃあ…………。 お前が杖を奪いに来た理由は何だ? ディオニシウスの社員は公証人役場の仕業だと決め付けていたが」
「概ねその解釈で合っているよ。もっとも、公証人役場は手先に過ぎないけどね」
「大元は、ラテラーノそのものって事か?」
「そうだね、そうとも言えるかも知れない。少なくとも、あの杖はそれ程の物だと覚えておいた方が良いと思うよ」
「なら……、お前がヴァーチェを殺した理由は?」
モスティマの眉が動いた。僅かに笑みを薄れさせて、底知れない二つのブルーホールが肉薄する。
「それは、この前も言わなかったかな」
「馬鹿言え、本当に『障害になったから』なんて理由で殺すのなら、俺と出会った時に野盗を伸すだけに済ませてたのは何故だ?」
「…………君は人の行動に理由を求めるのかい?」
「質問を質問で返すな、答えられないならそうだと言え、そうでないなら答えろ」
「……確かに、私にはヴァーチェを殺す理由があった。 昔の話だよ、………これ以上は語れない」
根負けしたように天井を仰いで言ったモスティマを見て、少しだけ安心した自分がいた。いつもフラついて真白いペラ紙のようだった彼女が、初めて『意思』を見せた様な気がする。
「なら良い、理由があるなら、それで」
「……君は変だね、もっと喰らい付いてくるかと思ったのに」
「俺に問い詰める権利は無い、それを持っているのはエクシアだけだ」
「意図が読めなくて何となく怖かっただけ」とは口が裂けても言えない。言えばきっと、いつもの薄笑いをすぐに浮かべて揶揄ってくるだろうし、確かな意思が見えた今はもう怖くない。初対面の時より輝きが弱まった後輪に目を眇めて、ナースコールのボタンをさながら爆破予告のように握った。
「俺が聞きたい事は……今はもう思い付かない、他に何かあるか?」
「うーん……此処で寝ても? あぁ待ってよ冗談だからナースを呼ばないで」
「…………」
「…………そうだな、エクシアはどうしてる?」
「今は落ち着いてるらしい、今日見舞いに来たよ、謝られた」
「何かされたのかい?」
「ビンタを二回ほど」
モスティマはそれを聞いてくつくつ笑うと、何時ぞやのように立てた人差し指を唇に押し当てる。この前はそんな余裕も無かったが、今は月明かりに照らされた姿が妙に蠱惑的だ。
「此処に来た事はエクシアには秘密だよ、私は彼女に恨まれてるだろうから」
「そういう自覚があるなら、もう少し申し訳なさそうにしたらどうだ?」
「それは無理だね、これっぽっちも後悔しちゃいないからさ」
そう言って片目を閉じるとモスティマは窓枠に足を掛けて飛び降りた。一秒後に軽やかな着地音、芝生を蹴る音が遠ざかっていく。悪い夢から覚めたように、病室は静かだ。ふと鳴った電子音に目を向けると、端末に一件メールが届いている。FromはMostima、subjectは『君がその荷物を持っていれば、いつかまた逢える』、本文は無い。
「……いや、関わりたくないが…………」
一人ごちる声は、誰にも届かない。彼女がアイコンに設定している間抜けな顔のカートゥーンキャラクターが、冷たく画面に躍っていた。
モスティマと『エクシアの姉』の関係性、本来は本作でも描写する予定でしたが、余りにも元情報と根拠に乏しく、幻覚の域を出ない為にぼかさせて頂きました、恐らく本作で回収する事は無いと思われます、申し訳ありません。そしてラテラーノ編は次回で最終回になる予定です。もう少し心境等掘り下げる事が出来れば……と思いますので、気長にお待ち下さい。
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