ケモミミだらけの異世界で顔の良い人に拾われた件について 作:疾風怒号
一月後のカランド山麓、吹雪きかけた天候の選定会場。普段は閑散としているその洞穴に、今日だけは多くの人間が集まっていた。
「エンシレント、此処からは『用事』ではなく『儀式』です。決して無礼の無いよう」
「勿論承知しております、エンヤお嬢様」
私服ではなく象牙色の薄手の服に身を包んだエンヤお嬢様が横目で俺を見る。周りには似たような服装をした嬢様方がわんさか、皆寒そうっすね、防寒フル装備でも『寒い』って感じるぐらいだからあんな薄着してたら普通にぶっ倒れそうだ。エンヤお嬢様は肩に毛布を掛けているけど、正直それで寒さが薄れているとは考えにくい。
周りの眼を気にしつつ、さり気なく杖で地面を叩いてアーツを起動させる。電磁波の反響で読み取った洞穴の内部は伽藍堂の空間になっていて、天井には
「お嬢様、中に入ってから何も無ければそのままじっとして、右肘がぴりっとしたら右に、左肘がぴりっとしたら左に少しだけずれて下さい」
「……それで、大丈夫なのですか」
「恐らくは。一連の流れは頭に叩き込んだんですけど、結局は頭頂に滴が落ちなければ良いのでしょう? 俺は外からでも中が見えますし、水滴が落ちそうな位置も大体わかります。なら後は避けるだけです」
もうじきにそんな必要も無くなるだろうけど。という言葉を呑み込んで耳打ちする。お嬢様は少し怪訝そうな顔で俺を見ていたが、すぐにそれを収めて頷いた。汚い真似をしている事は承知している、けれど恩人とその家族が引き離されるのを阻止する事の、一体何が問題だというのか。
「今だけはどうか、俺を信じて下さい」
「……元より、貴方を信用していない訳ではありません」
ほんの少しだけ微笑んだ彼女の手を取り、一秒だけ握り込んで、離す。
「必ずあの家に帰りましょう、みんなが待っています」
それだけ言って踵を返し洞穴とは逆方向に向かい、選定の場所から離れる。エンヤお嬢様は
寧ろ今まで散々死に目に遭って来たのだ、スチュワード邸に向かった時だってそうだ、あれが初めてだって訳でも無い、やり返しても何の問題も無いだろう。そう自分に言い聞かせて杖を回し、アーツの出力を高めた。
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選定の儀式が行われる洞穴は、張り出した丘に横穴を掘る形で形成されている。その周りには似たような丘など起伏の激しい地形が点在しており、吹雪いている今では一定以上離れた相手を視認することなど不可能だ。
「……一つ、二つ、三つ、四つ……、くそ、どれだけいるんだ? 貴族でも候補者一人につき従者は一人なんじゃないのかよ……」
それこそレーダーか何かで探りでもしない限り、正確に位置を把握する事など出来ない。吹雪の影響で精度は良くないが、それでも側頭の角が受け取った電磁波は確かに聞いていたよりも遥かに多い人数の人影を捉えている。 その数十二人、俺を含めて十三人。明らかに多過ぎだ。三人いたら残り十人いるってか? ゴキブリじゃねぇんだぞ。
そしてその内一人は俺の足の下で藻搔いている。『エンヤ・シルバーアッシュが次の巫女だ』だの『これ以上調子に乗らせる訳にはいかん』だの好き勝手くっちゃべっていた通信機は取り上げ済み、両脚と両肩の腱を斬って胸を踏み付ければ無力化完了だ。
「きっ……貴様、どこの手の者だ…………」
「言えないし、言う気も無い、黙って死ね」
杖の先で喉を貫いて息の根を止める。一瞬の抵抗の後に男が肉塊になったのを確認してから通信機のスイッチを入れ、アーツを起動して通信チャンネルに介入する。普段杖を媒介に電磁波で辺りを探るのと同じ要領で電波を飛ばし、同じチャンネルを使っている全ての端末に通信が繋がったのを確認してから一気に
理屈は簡単だ、アーツのコントロールをわざと手放しただけの事。それだけでここら一帯の通信機は暫くただのガラクタに変わる。
「オカンもよくこんな事思い付くよなぁ、あの人本当何者なんだろう」
助かる事には間違いないからどうでも良いと言えばそこまでなんだが、何せこれを教えて貰ったのは十年近く前だ。その頃クルビアのスラムじゃ電子機器は超貴重品だろうし、そもそもあの人のアーツは火炎だ、電撃じゃない。普通思い付くか?
そんな事を頭の片隅で考えながら一番近場にいた別の男に背後から忍び寄り、腰に佩いていたサーベルを抜き取って首を掻き切る。まだ通信機が使えない事には気付かれていない。よしんば気付いたとしてもチャンネルを再設定し直すには一度集まるか別の連絡手段を用意しなければならないし、完全に連絡網が回復するには数十分要するだろう。
抜き取ったままのサーベルを持ち、数分走って三人目の頭を貫く。悲鳴すら上げずに頽れる身体を適当に蹴り飛ばして残り九人。儀式開始までは三十分、時間的には余裕だ。
北方面から円を描くように配置されている。並んで何事か話している二人には背後から電撃をぶつけ、片方がもんどり打って倒れた隙にもう一人の頭を九十度以上捻って首を折り、残った片方も心臓を突いて始末。これで残り七人。
今日が吹雪で良かったとつくづく思う。そうでなければもっと苦戦した事は予想出来るし、こうやって背後を取るのも楽じゃなかった。新調した薄い灰色のコートとブーツはこういった天候になるとほぼ全く見えないだろう。実際、今俺に殴り殺されたリーベリの女は俺が杖の届く距離に近付くまで俺を人だとは認識出来ていなかった。
そろそろ通信の異常に気付かれた頃合いだろうか?先程から飛ばし続けている電磁波にノイズが混じる。尤も気付いた所で意味は無い、手斧を奪われ頭を真っ二つにされたフォルテの男で丁度残り五人、半分以下だ。
「エンシオディスの邪魔をしたいなら、俺より腕の良い奴を雇うんだな」
悪天候でなければ善戦出来たか、もしかしたら俺より強い者も混じっていたのかも知れないが、死んでしまった者は何の役にも立たない。況して俺のアーツを知らない相手にこの状況で負ける気もしない。 それ以上に、この仕事は失敗出来ない。
不意打ちを運良く避けた男の右ストレートを躱してカウンターのハイキック、顎を打ち上げられた相手が尻餅をつくよりも先に刃で首に一撃。噴き出す血を抑えようとした腕を石突で叩き折り、駄目押しにもう一度蹴り付けて止め。これで残りは四人。 恐らく通信機の異常を伝えに走って来たのであろう女の脚を雪に紛れて背後から払い、首を抑えて電撃。手足を滅茶苦茶に痙攣させる身体を投げ捨てて残り三人。
その死体を掲げて歩き、彼女が帰ってきたと早合点して不用意に近付いた男を女の死体事突き刺して殺す。少し離れた場所で車両に凭れていた恐らく隊長格らしい男に近付いて声を掛けようとして斬りかかられたので応戦。
何時ぞやと同じようにコイツだけ『雇い主』の下に返しておこうと思ったのだが攻撃されるなら仕方がない、脚で新雪を蹴り飛ばして視界を潰し、間合いの外から電撃を撃ち込む。一撃目を躱されたのは予想外だったが二発目は胸に着弾。崩れ落ちる隙に三発、四発と撃ち込み続け、ほぼ黒焦げになった身体を蹴り飛ばすとそれ以上は動かなかった。
「あと一人、か」
最後の一人は此処から北西方向にかなり離れた場所、選定の洞穴が空いた丘の上に陣取っている。恐らくはアイツが何かしらの仕掛けを守っているのだろう。最初に盗み聞いた通信から考えると、ヒーターっぽい何かで丁度エンヤお嬢様の真上の氷だけを溶かすか、もしくは溶けるであろう場所にお嬢様を誘導するって話だとは推測出来る。
『そんな都合の良い事が出来るのか』というのは愚問だ、俺だって都合良く電撃のアーツを使っている。この世界にそういったズルを行える奴らはごまんと居る、ただそれだけの事。
「残り二十分、間に合わせる」
そう呟いて杖を握り直し歩き始めた瞬間、電磁波の乱れの線を引いて、何かが高速で突っ込んできた。吹雪の膜を斬り裂き、俺を突き刺さんと迫る"それ"を杖で逸らし、打ち上げる。
ぎゅいんッ、と甲高い金属音を響かせて明後日の方向に吹き飛んだのは、金属光沢を放つ棒状の物体。風切羽と先端の突起を持つそれは、即ち矢。それも一般的な物より遥かに長い、ディオニシウス・インダストリーの展覧会にだってあんな物は無かった。あんな物を撃ち出せる弓なんてあるのか?
……否、一つだけ心当たりがある。 それどころか、俺はこの目で実物を見た……!
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「外した……いや、
エンシレントから遠く離れた丘の上、彼女は"それ"を構えていた。子供の身の丈以上の異様なサイズを誇るクロスボウ、それに装着されたスコープから眼を離し、腰から抜き取った長大な矢を番える。
この悪天候、吹き荒ぶ風、高倍率スコープを覗いた所で凡そまともな視界など望むべくもない。しかし彼女の
「……まさか、此程とは」
接近するヴィーヴルを仕留めるべく、彼女は再度スコープを覗き込んだ。得物の大型コンパウンドボウを横向きに括り付けたようなシルエットが歪み、ワイヤーを支える滑車が軋む。 息を吸って、吐いて、止める。一縷のブレも無いその姿勢から、トリガーに連動して異音と共にくろがねの矢が飛んで、フェリーン族特有のしなやかな尾が靡いた。
皆さん明けましておめでとうございます。疾風怒号です。新年最初の更新になりますが、用事続きの正月休みも終わりましたのでこれからは更新ペースを上げられるように頑張りたいと思います!
ちなみに作者はWガチャに勝利しました(全凸エリジウム君と二凸ウィーディーと財布から消えた諭吉と一葉から目を逸らしながら)
最近は滅茶苦茶寒くなってきてるので皆さん気を付けて下さいね、風邪ひいたら駄目ですよ(一敗)
それでは次回でお会いしましょう、疾風怒号でした!