ケモミミだらけの異世界で顔の良い人に拾われた件について 作:疾風怒号
1:阿呆、或いは序章のような自分語り
前世の存在を信じる者はいるだろうか。魂だか命だか分からないが、一度身体という寄る辺を失ったそれが、別の身体へと移り変わる流転を、そんな夢物語を信じる者はいるだろうか。
少なくとも俺は違った、そんな物は信じていない。普通に産まれて、普通に生きて、普通の家庭に育ち、程々にやんちゃをして日常を暮らしていた俺は、そんな物は信じていなかった。
…………『あの日』が来るまでは。
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…
あの日は雲一つない秋晴れの空だった、と記憶している。いや、もしかしたら違うのかも知れない、記憶は曖昧だ。最も鮮明に覚えていた筈の『あの日』の事さえ、既に忘れかかっている。
まぁ、何だ。俺はチンピラのなり損ないのような仲間とよくつるんでいて、その時もそうだったと思う。何処かの山……森? キャンプ場だったか、とにかく都会ではない場所で焚き火を囲んで酒を飲んでいた。 笑えるのは、その時の俺は18だったという事と、その後数人に取り押さえらた上、鼻からも口からも酒を突っ込まれ、最後には焚き火に放り込まれて焼け死んだ事。
きっかけはよく覚えていない、その場にいた年上の男と口論になったとは思うが、そこからリンチand人間キャンプファイアーまでの過程が思い浮かばない。いや……そこはどうでもいいか? 重要なのは、
次の俺の記憶は、小汚い一室で女に抱かれていた光景。 その時はもう驚いた、何せその全く知らない顔で、頭からは三角形の耳が生えていたからな。だが同時に俺の脳内に『この女の息子としての記憶』がある事に気付いた。
一言で言うと、凄まじく混乱した。ただ俺を抱いていた女……仮にオカンと呼ぼうか。オカンは俺を大切に育てていたのははっきりと覚えている。ちなみにこの時点で俺の身体は5歳かそこらになっていたし顔も全く変わっている、ついでに言えば耳の代わりに、捩くれた角が耳の少し上から後ろ向きに生えてもいた、尻尾もあったな、巫山戯ろ。
そこから数年はオカンと過ごした。住んでいた場所は寒々しいスラム街で、飯は残飯もどきか缶詰、たまに肉。文字は見たことのない物ばかりで読めなかったが、オカンはスラムにしては学のある者だったらしく、ある程度の知識は得る事が出来た。子供を集めて青空教室みたいな真似もしていたから、元は教師か何かだったのかも知れない。
「お前はいつか此処を出て、いろんなものを見て、いろんな人と出逢って、…………はは、お前にはまだ難しいか」
というのが、オカンの口癖だった。住んでいる場所が廃棄された移動都市という事も相まって、あの人は兎に角俺が外に出る事を望んでいた。だから俺にありったけの知識と教養を叩き込んだのだと思う。移動都市のこと、種族のこと、源石のこと、アーツのこと、…………鉱石病のこと。 お陰で今日まで生き残れた、感謝してもしきれない。
読み書きだけはどうしても苦手で、泣きべそかきながらボロボロのノートに向かっていた思い出がある。いやロクでもない思い出だ、忘れられるなら忘れたい。大事そうな事は覚えてないのにしょうもない事ばかり覚えてるな、俺。
閑話休題。俺が目覚めてから三年ほど経ったある日、オカンは俺にアーツの扱いと戦闘術を指導し始めた。基本的な知識は一通り教え込まれていたから大まかな習得にそれほど時間は掛からなかった事、オカンと同じ炎と電撃のアーツに喜んだ事、彼女が持っていた杖(俺には棒、良く言えば槍にしか見えなかったが)を掲げて
「お前がここから出て行く時に、コレを授けよう」
と言った事を今でも比較的明確に覚えている。というか、オカンは一体何者だったのだろうか、あの身のこなしはそこらの奴じゃ視界に捉える事も難しいだろうに。
オカンはフェリーンで、俺はヴィーヴル。まともな親子では無かったと思うんだが、今になって思い返せば中々に満ち足りた日々だった。一つだけ不満だった事は、親子とは言え彼女が成長期の男子には些か刺激の強い服装だった事と、俺に名前を付けず、いつでも『お前』と呼んでいた事だけだと思う。
そのまた数年後、俺の身体にオカンと同じ源石の結晶が現れ始めた時、俺の『オカンの息子としての誕生日』に、彼女は死んだ。
何があったのかは今でも分からない、いつものように近所の子供と遊んでいたら爆発が起こって、それに呼応するようにあちこちから怒号と悲鳴が飛び交う地獄が噴き出してきた。慌てて家に飛んで帰ると、オカンが俺にボロボロのリュックと例の杖を押し付けて「今すぐ此処から出ろ、方角は分かるな?東に向かって進み続けるんだ、そしてイェラグという土地に行け、そこは恐ろしく寒いが、感染者に対する差別と偏見は少ない」なんて言い出すモンだから驚いたよ。
その後は……オカンと一緒にスラムを走り抜けて、都市の端まで行った。道中誰だか分からない奴らに襲われたが、そいつらは全員彼女が焼き殺した。「邪魔をするなッ!!」ってさ、優しかったあの人が聞いたことのない大声で叫ぶんだ。俺が肉体通りの精神年齢だったらトラウマになってただろうな。
都市の端っこで燃える街をバックにして、オカンは俺の背を押した。勿論「一緒に行こう」って俺は言ったけど、あの人は「私にはやるべき事がある」とか言って首を振るだけだった。最後のつもりだからか、やけに饒舌だったな、本当は俺は捨て子だった事とか、子供にしては妙に聡いと思っていたとか、最後の最後まで希望を捨てるな、とか……。色々言ってきたけど細かい内容は覚えてない。
グズグズしてたら遂に怒鳴られて、でもオカンも泣いてたから、何と言ってんのかは全く分からなかった。二人して泣きながら叫びあって、最後はオカンの炎で追い払われた、あの火勢だから、自分の退路を断つ意味もあったんだろう。
まぁ、泣いた、大号泣も大号泣。身体中の水分を搾り出すみたいに泣いて、泣きながら走ってたら、涙が枯れる頃には遠くに見える移動都市はもう火達磨だった。 だから此処でオカンの話はおしまい、ここからまた暫く記憶が飛ぶ。
次はこれまた数年後、いや数ヶ月かも? その時には身体ももう少しでかくなってたか。 記憶は猛吹雪、とにかく東に進み続けて、山地に差し掛かって暫くした頃かな。狭い洞窟に身体を押し込めて吹雪を凌いでた。凌ぐとは言っても精々が風を防ぐ程度、滅茶苦茶寒いし、誰からか奪った防寒着を貫いて冷気が染み込んでくる。手が悴んで杖を持つのも精一杯だった。
『雪山で寝るな』って言うの、アレってマジなんだよな、意識がすーっと遠くなって、目蓋が重くなってくる。寒いのか暑いのかも分からなくなって「あ、コレはもう駄目だ」と思った時に、自分より一回り大きい身体に助け起こされた。意識もまともじゃなかったし、何せ吹雪で視界が悪いモンだからその顔が化物に見えて、凍え死ぬ前に喰われるのかってその時はぼんやり考えてた。
いやまぁ、人だったけど。しかも滅茶苦茶イケメン。何だろう、『氷属性の福●雅治と竹内●真を掛け合わせてちょっと幼くした』みたいな顔してる。気付いたら小綺麗な部屋でふっかふかのベッドに寝かされてて、荷物は全部同じ部屋に置いてあって、その横に例のイケメンとイケメンとイケメンが立ってんの、いやビビった、驚いたと言うよりもビビったね、三匹の子豚ならぬ三人のイケメン、しかも喰われるのは俺!みたいな。
一人は角が上向きに生えてて、一発でフォルテだと分かった。ライダースーツみたいな服装のガチムチイケメン、さしずめさっぱり系室●広治リリィと言った所か。
もう一人は良く分からなかった。角は無いけど見たことのない耳の形、でも顔はイケメンなんだよな、エキゾチックな顔たちで彫りが深い垂れ目、コレはちょっと有名人には例えられないな。
そして氷属性の福山●治(若)、あの人はフェリーン。見てすぐに三人のリーダー格だと分かった、服装も上等で、俺と同い年ぐらいだろうにステッキまで持ってやがるし、それが妙に様になってた。
取り敢えず助けて貰ったっぽいから礼を言おうとしたけど、困ったことに声が出ない、身振り手振りでそれを伝えたら、「暫く待とう、話せるようになるまで安静にしているといい」って、これまた良〜い声で言うんだよな。良い声だし、滅茶苦茶に良い人たちだった、エキゾチック君、もといクーリエは俺の筆談に応えてあれこれ教えてくれたし、さっぱり室伏●治リリィのマッターホルンが持ってきてくれた兎肉とジャガイモのシチューは涙が出るほど美味かった。
「あの方はエンシオディス・シルバーアッシュ、我々の主人にして、シルバーアッシュ家の当主です」
シチューを平らげて声帯が温まったのか、声が出るようになった俺に対してマッターホルンはそう言った。シルバーアッシュの名には聴き覚えがある、イェラグにある貴族の一派にして、一代前に没落したとされる家、そんな感じの事が拾い読みした新聞に書かれていた気がする。勿論、そんな事を言えば失礼極まりないのでわざと聞き流しながら自分の名前を告げようとして、ふと気付いた。冷静に考えてもっと早く気付くべきだったんだけど、そもそも俺、この時はまだ名前が無かったんだわ。『お前』としか言われた事ないもん、そりゃ無いわな。
それを伝えたら二人とも困った顔をして、クーリエは氷属性福●雅治を呼びに、マッターホルンは食器を片付けに行ってしまった。
する事もないから杖を電撃アーツの応用でで引き寄せて遊んでたら、すぐにエンシオディス様が部屋に入ってきた。勿論クーリエも一緒に。並んで見るとエンシオディス様がかなりデカい、クーリエもガタイは良いと思うがそれ以上、デカデカの実のクソデカ人間って感じだ。
何をするんだろうかと思いながら見上げてたら、突然「私の下で働く気はないか」って。
突然だぞ?ほぼ初対面で一番最初のマトモな会話がコレだから凄えよ。でも驚くのはまだ早かった、続いて「お前が私の下で働くのならば、食も、寝床も、そして名前も与えよう、どうだ?」とか言い出す、なまじ顔も声も良いから余計にタチが悪い、アレは人を適度に威嚇しつつ信用させる魔性スマイル、湯川学が全力で悪い顔したらああいう顔になるね。というかクーリエが気の毒なくらい驚いてた、胃痛が痛そう。
何と返したかと聞かれれば、一も二もなく飛び付いたよ。他に行く場所無いし、今になって考えたらそもそも選択肢が無いぞ? 断ったら猛吹雪の山中に逆戻りとか控えめに言って絶望しかない、オカンは絶望するなとか言ってたけど大自然の前では人間は無力だ、是非もないね。
したらエンシオディス様が子供みたいなご満悦スマイルで頷くし、クーリエは「しょうがねぇなぁ」みたいな顔で笑ってるし、遅れて部屋に入ってきたマッターホルンは状況を掴めてないし、ちょっとしたカオス状態になった。その時頂いた俺の名前が『エンシレント』、これは後から知った事だが、『エン』ってシルバーアッシュ家の名前に伝統的に付けられるらしい、いやマジ?スラム出身のガキに与えるには大層過ぎませんか……。 ちなみに『シレント』は『沈黙』、巫山戯んな殴るぞ、声が出なくて一番怖かったのは俺だかんな?
かく言う俺だが、あの時はもうあの三人が天の使いに見えたね。実際命を救われたのに違いない訳だし、今現在も雇ってくれているし、言葉通り衣食住にも困らないし、業務内容が荒事ばかりな事を除けばかなりのホワイト企業か?
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…………
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「ほい、一丁あがり」
電撃に身体を打ち据えられ、身体のところどころが焼け焦げた男が雪原に倒れた。周囲には同じような状態の者が四人も転がっている。その一人一人の生死を手にした槍のような杖で突いて確かめると、黒装束のヴィーヴルは頭を掻いた。彼の主人からは「全員生かして返せ」とのお達しだったが、三人死んでしまっている。
「ヤーカ」
「どうした、エンシレント」
「三人死んだ」
「殺したの間違いだろう、早く戻るぞ」
近くにいた大盾の男に話しかけるも、男は「またか」と言いたげな顔をして去っていく。残された男はと言えば、生き残った二人の内意識のある方へと近付くと、頭を引きずり上げて囁いた。
「お前達の雇い主に伝えろ、『次は無い』とな。 分かったら行け」
声も上げず壊れた人形のように頷く男を一瞥して彼が大盾の男を追えば、すぐに雪原仕様の輸送車の近くにフォルテ特有の頭角と、銀鼠の髪のフェリーンが見える。片方は大柄な身体を黒いスーツで覆っているが、もう片方は臍や脚を大胆に露出した過激なファッション。見ている此方が寒くなりそうな服装だが、本人は鼻先や指先を赤く染める程度で堪えた様子も無い。
「エンシアお嬢様、お怪我はありませんか」
「ぜんぜん! エンシレントは?」
「ご心配なく、俺は強いので」
エンシアと呼ばれた少女が、まだ幼さが濃い顔を喜色で満たして飛び付いてきた。それを受け止めて抱え上げると、少し窮屈なドアに身体を押し込める。その後ろにヤーカが続き、三列ある座席の一番後ろに座り込んだ。
「お待たせしました。 クーリエ、車を出してくれ」
「了解」
がくん。と車が走り出す。助手席に座る美丈夫が目線だけを此方に向けた。
「二人とも、良い手際だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ご心配を掛ける訳にはいきませんから」
エンシオディス・シルバーアッシュ。シルバーアッシュ家の現当主にして、新興の貿易・運送企業『カランド貿易』の主宰。彼のはらからと忠実な従者を載せた輸送車は、新雪を蹴り散らして雪原を突き進んだ。