ケモミミだらけの異世界で顔の良い人に拾われた件について 作:疾風怒号
俺の主人にして雇い主、エンシオディス・シルバーアッシュには二人の妹がいる、末娘のエンシア・シルバーアッシュと長女のエンヤ・シルバーアッシュだ。
エンシアは活発で何事にも物怖じしない、俺と最初に打ち解けたのは彼女と言っても良い。まだまだ幼く落ち着きが無い所もあるが、修めた体術とクライミングで培った体力は見事なものだ、武器を持たない暴漢程度なら撃退出来る。それでいて聡い所もあって勘が利く。エンシオディスは難色を示すと思うが、鍛え上げればそこいらの傭兵にも遅れを取らないだろうな。
そしてもう片方のエンヤお嬢様なのだが…………。
「むぅ……………………!」
今俺の前で睨みを聞かせておられるのが、エンヤ・シルバーアッシュその人。エンシアよか成長した身体に三兄妹共通の銀鼠癖っ毛、おっとりした顔つきを険しくしても可愛らしいだけだ。どうやら俺は彼女には信頼されていないらしく、エンシオディスに拾われてからの二年間、まだ一度も個人的に話した事がない。エンシアは出逢って一か月ほどで俺の背中に登ってきたというのに…………。
「あのー……、エンヤお嬢様? そこを退いて頂けると嬉しいのですが…………」
彼女が立ち往生しているのはエンシオディスの自室前。そこに立ち往生されると、先日の取引内容を記した書類を持ってきた俺としては非常に困るの、分かる?いや分かっててやってるんだろうけど信頼が無いのも考えものですわね?
まぁ、彼女の気持ちもわかる、突然何処の馬の骨とも知れない野郎を兄貴が雇ったら心配するだろうし、雇われた男に対しても警戒を露わにするのも頷ける。でもね?もうそろそろ二年間ですよ?ニチアサが二回世代交代するんですよ?
「…………」
「あの…………、あ、失礼します」
無言を貫くエンヤお嬢様に再アタックしようとしたところ、ポケットに突っ込んだ携帯端末から電子音が鳴り、慌てて背を向けて応答する。電話の主はベリークールなバリトンボイス、我らがエンシオディス様だ。
「私だ」
「エンシオディス様、どうかされましたか」
「その書類は明日でいい、すまないな、妹が迷惑を掛ける」
いやなんで知ってんの、普通に怖いが?
「いえいえ、俺みたいな浮浪者を雇って頂けるだけでも」
「そう言ってくれると助かる、エンヤには私から言っておこう」
「彼女の気持ちも分かりますから、お手柔らかにお願いします」
「ははは、お前がそれを言うのか」
二年間ってのは長過ぎる気がするが、さっきも言った通り気持ちは分かるのだ。クーリエは境遇が似ていた分割とすんなり打ち解けたが、ヤーカからは未だに警戒されているし、エンシオディス様も俺を十割信頼しているという訳でもあるまい。少しでも妙な真似すれば仕込み杖かサーベルかククリナイフで首チョンパだ。
とまぁ、そんな状況なのでエンヤお嬢様の対応もやむなし……、というかこの中で無邪気に懐いてくれてるエンシアお嬢様は大丈夫なのか?もうちょっと警戒心持ってくれても良いんだぞ。
それでも放置していい問題ではない。今はまだカランド貿易自体がそこまで大規模ではないので通せん坊されても何とかなるが、これが今以上に忙しくなれば話は別、寧ろその一瞬一秒が会社にとって命取りになる事だってあるだろう。ただでさえ我が主人は敵が多いのだ(この前だって帰りに襲撃されたし)、自称カランド貿易の従業員第3号の俺がこんな事ではいけない!……多分。
「という訳でクーリエ、エンシアお嬢様、第一次『エンヤお嬢様と仲良くなろう作戦』発令だ」
「本当に唐突ですね?」
「急だねー」
そうと決まれば行動あるのみ、近場の配達から帰ってきて仮眠を取っていたクーリエをとっ捕まえ、背中によじ登ってたエンシアお嬢様も連れてやたら規模がデカいシルバーアッシュ邸の空き部屋に集合。ホワイトボードを引っ張り出して叩けば気分は一課長だ、ホシは上げないけど。
「作戦名こそ巫山戯ているが、コレ、割と大真面目な問題なのでその辺りよろしく」
「よろしくー」
「というか俺、そもそもエンヤお嬢様と殆ど話した事無いんだけど」
「それは流石に…………、え、二年間ずっと?」
「もち、二年間ずっと」
クーリエとエンシアが思い切り同情の目で俺を見る、やめろお前ら悲しくなるだろ。それでも事の重大さは伝わったようで、割と真面目に話し合いには参加してくれた。やっぱ良い人だわこの人達、でもエンシア、俺の尻尾を触るのはやめて、擽ったい。
最終的な結果としては、姉妹であるエンシアお嬢様のお力を借りることになった。兎に角原因が分からない事には改善のしようが無いからな。マジでエンシアお嬢様と仲良くしてて良かった、コレでこの子にまで警戒されてたらもう八方塞がりでしたわよ。という訳でエンヤお嬢様の事は一旦彼女に任せ、俺は俺の業務に戻る事にする。
本当ならシルバーアッシュ邸でエンシアお嬢様とエンヤお嬢様の絡みを見ていたい所だが、次の仕事は久し振りの遠出になると聞かされた、そしてまた荒事になるかもだってよ!…………どうして?カランド貿易は(当たり前だが)ただの運送企業ですよ!どうして!
「えーと、指令書指令書はー……、これか」
行き先はイェラグの南の端に位置するスチュワード家の邸宅。……ワォ、どれだけ飛ばしても此処から三日は掛かるな。
スチュワード家と言えばカランドにおける物流業の大手、他の国々や移動都市との窓口を担う家だ。ただでさえ排他的な風潮が強いイェラグで唯一対外貿易を行っているこれを失えば、イェラグは実質的に陸の孤島と化してしまうだろう。
そんな家と接触を図るのだから狙いは一つ、対外的な市場をほぼ一から作り出し、それによって発生する莫大な利益を得る事。それを為すためには確かにスチュワード家の力が必要だ。
「エンシオディス様……は勿論直接行くよな、護衛はヤーカがやるから、俺は外で待機か……」
つまりやる事はいつも通り。妙な輩が外から来た時だけ、俺が『ご挨拶』してやれば良い。正直な所俺の戦り方は護衛向きではないから、その辺りを把握してくれているエンシオディスにはそういう意味でも頭が上がらない。 つくづく良い雇い主と巡り合ったものだと自分でも思う。
さて、ここで『封建的で排他的な風潮が根強い
まず、イェラグという国は年がら年中寒い、寒いから作物が育ちにくい、寒いから生息する動物も限られる、だから貴族も平民も食事は質素だ。そこに国外から豊かな作物や食肉が流れ込むと、そこに需要が産まれる。最初は高級品だろう、だがそれに対して『こちらからも払えるものがある』と気付く……正確に言えば『気付かされる』と、挙ってみんな参入しようとする訳だ。
イェラグの場合は鉱物資源だったり、無駄に豊富な雪解け水だったりする。特に工業素材に加工出来る金属なんかは最高だ、何故ならそれらはイェラグでは需要が薄い、加工技術が発達していないからな。
そんな金属のような『イェラグでは安いが外国に売ると高い、大きな利益が発生する』物は探せば幾らでも出てくる。だからそれを売ろうとする。だが、どうやって売る? 今までずっと対外貿易を行わなかったツケがコレだ。売りたくても売り方が分からない、売り手のコネも無い。
そこにエンシオディスは着目した。売り方が分からず困った奴らに「自分達が仲介しますよ、手数料さえ出せば俺達が代わりに売りますよ」と耳元で囁く、スチュワード家と接触して得た『嘗てのイェラグで対外貿易を行っていた数少ない企業』という肩書きを引っ提げてな。そうすれば奴らは飛び付くだろう、多少利益はしょっ引かれるが、それを補って余りある利益が上がるから。遥かにリターンの方が大きいから。そういう奴らでイェラグの産業は一杯一杯になる。
……そして、これら全てが『カランド貿易の仲介で取引を行っていたら?』
此処からは言わなくても分かるだろう。一つ一つの仲介料は総売上の一割でも、それが十以上束になれば? イェラグに存在する企業の内、幾つが対外市場に参入する?
この理屈通りに事が進めば、カランド貿易は他の企業よりも遥かに高い利益を得る事が十分可能だ。彼の脳内にはこのビジョンが見えている。本来ならもっと複雑で奇怪な仕組みがあるのだろうが、俺が把握するのはこの程度でいい。それなら俺は、恩人の描く未来を全力で後押しするだけ。
これは個人的な意見だが、物流・運送企業の強みは『物流そのものの需要が消失しない』事にある。国内の何かが過剰に流出したり、逆に外からの品物で本来国内にあった産業が圧迫されない限りその拡張は喜ばれるし、運ぶ品物が変わろうが物流は途切れない。
言ってしまえば経済と産業は物流ありきで回る歯車、物流が止まれば歯車は止まり、瞬く間に錆び付いてしまう。
その物流を握っているのがたった一つの運送企業、つまりカランド貿易だけという状況になるのが最終目標と言っても差し支え無い。
一度軌道に乗ってしまえば、カランド貿易というペースメーカーで動き出した物流を止める事は出来なくなる。ペースメーカーを取り除こうとすれば、それは自殺行為に他ならないからな。
…………ここまで言っておいて何だが、コレを思い付いたエンシオディスって中々ヤバい奴だよな……。
「おい、眠るなよ」
「分かってるよ、ヤーカ」
輸送車の小さな窓に側頭を預けて黙考していた所に、ヤーカの指先がこつりと当たった。失礼な奴め、俺が何処でも寝るような人間だと思うなよ? 既に出発から五時間経過しているが、外の景色は変わり映えしない白銀一色のまま、少し狭苦しいが座り心地の悪くないシートと穏やかな振動のコンボは、確かに眠気を誘ってくる、実際助手席に座ってるエンシオディスは項垂れて寝息を立ててるし。
まぁコイツはそっとしておこう。いつも遅くまで自室兼書斎に引き篭もって、それでも隙間の時間に妹とのコミュニケーションも欠かさないブラック労働っぷりだ、こういう時くらい休んで貰わないといざという時に困る。この男は鬼才だが、超人ではないのだから休息は必要だ。
「…………ん、運転手」
「はい」
「予定ルートから外れて東から大回りしろ、何かあるぞ」
「了解しました」
一面の銀世界、ほぼ平坦な地形を巡っていた電磁波にノイズが走り、それを側頭の角が『違和感』として受け取った。そのノイズの位置から別の電波が走り、幾つかのポイントの間を反響し合っているのを感じる。……四、五台の車か何かだ。連絡を取り合う金属の塊が並んで…………不味いな、この布陣は何処からか進行ルートが漏れていないと組めない。
「運転手、ルート変更だ」携帯端末でマップを開いて運転手の肩を叩いた「俺の言う通りに進め」
「しかし……!」
「予定に遅れるか、戦闘に巻き込まれるか、どちらか選べ」
「…………了解、任せますよ……!」
車内がにわかに慌ただしくなる。こら、装備をガタガタいわすなお前ら…………ほらもうエンシオディスちゃんが起きちゃったぢゃん!!!!
「どうした、エンシレント」
「待ち伏せ、多数、ルート変更」
「……お前に任せた。ヤーカ、状況が落ち着き次第スチュワード邸に連絡を取る、準備を」
「は!」
短く端的に区切って伝えると、エンシオディスは特に狼狽える様子もなくヤーカに指示を飛ばす。本当冷静だよな、いや、慌てられても困るけど。
相手は恐らく数人単位のチームを組んで配置しているらしいが、それだとこの雪原では穴だらけのチーズと同じだ。特に俺がいるなら抜ける事自体は容易い。
それよりも問題はこの後だ、こちら側に『シルバーアッシュ家の再興を良く思わない者』の手先が潜り込んでる以上その対処は必須。元々仕えていた者やその親族が多い邸宅なら下手に動き回れないだろうが、この輸送車に乗り込んでいる九人の中に潜り込んでいるなら、それはもう面倒な事この上無い、家で食うもんじゃ焼きくらい面倒臭い、美味しいけど準備に時間掛かるよね、こっちは美味しくもないのに時間が掛かるから最低だが。
というかエンシオディスお前本当にさっきから全く動じて無いな、さてはお前コレを読んだ上で『荒事になるやも知れん』とか言ったのか?いや絶対そうだそうに決まってる、この福山●治、いつの間にか氷属性から闇属性に変化してやがったらしい。せめて伝えては欲しかったぞイケメンバリトンボイス野郎。
「このルートになると、半日ほど遅れが出ます」
「構わん、エンシレントが気付かなければ半日ではすまない所だった、礼を言う」
前言撤回やっぱ良い人だわコイツ。闇属性とか言ってごめんなさい、カランド貿易の為に粉骨砕身の気持ちで働かせて頂きます。ちゃんと礼を言える人間は基本的に良い人、コレ常識テストに出るよ。
……冗談はさておき、こんなふざけた真似をしてくれやがった野郎は見つけ次第即刻ビリビリの刑に処す。その為にもある程度絞り込みをば…………。
まず俺とヤーカ、エンシオディス様は除外、これはあり得ん。
次に運転手、コイツは元々シルバーアッシュ家に仕えているので除外。
コレで残るのはヤーカの隣にいる女と一番後ろの列にいる四人…………、うーん、分からん!もう後でいいや、今は集中しよう。
手に握った杖の先が淡く光り、電波による索敵範囲を二倍近く拡大させた。そこに体内の源石から直接発振するアーツを載せて増幅し、辺りの地形を纏めて網羅、脳内で最適なルートを模索し導き出す。
「ルート変更、ここと…、ここの間を通過してすぐに南東に曲がってくれ、少し時間を短縮できる」
「分かりました」
輸送車のスピードが目に見えて上がる、進むべき道は既に見えているのだから当然だ。雪原に惑う兎から、銀世界を滑る雪豹となって滑るように曇天の元を疾走していく。遥か遠くに一瞬だけ見えた影を横目に、一行は南方に急ぐ。