ケモミミだらけの異世界で顔の良い人に拾われた件について 作:疾風怒号
6:旅路、或いはエンカウント・ブルーエンゼル
「コレ、いるか?」
「勿論。 んん、美味しいねコレ。何処のメーカー?」
「ええと、龍門のレッド・ドロップ社だな」
「へぇ、そんなのあったんだ」
照り付ける太陽と快晴の下、丘陵地帯をハイブリッドエンジンの車両が颯爽と走り抜けていく。運転席で身体に悪そうな色のグミを齧っているのが俺、俺の荷物を後部に押しやって同じグミを食っているのが『モスティマ』と名乗った謎の女だった。
イェラグから出発してはや四日、特段トラブルも無く山岳を通り抜け、漸く走行しやすい地帯にまで辿り着いた矢先、伸された野盗のど真ん中に立っていたこの女にヒッチハイクを申し出された。頭上の黒が染み付いたリングに青空を紡績機に掛けたような髪、同じく青空を嵌め込んだ眼に、黒ずんだガラス片じみた翅。色さえ除けばサンクタ族の特徴だが、『サンクタ族は同族を殺せば殺すだけリングが黒く染まる』という話を聞いた事がある分、イマイチ信用出来ない。
そして最も目立つのは側頭から前向きに生えた漆黒の角。黒曜石に似た
見るからに怪しい、というかはっきり言って明らか厄ネタだが、俺がコイツを車に乗せたのは、この奇天烈珍妙不可思議な天使が天災トランスポーターに近い心得があり、なおかつ「一瞬でも不審に思ったら車から蹴り落として良い」なんて事を言い出したからだ。
「ヴィクトリアまではどれくらい?」
「早くて今日の夜中、遅いと明日の午前」
「そっか、なら大丈夫」
『何が大丈夫なんだ』という疑問はこの際放置しておく。正直角の生えたサンクタという時点で不審極まりないが、その口振りから悪意は感じない、腰に回した細長い鞄の中身は一本のロッド、……少なくとも予備動作なしで攻撃を加えられるような代物じゃない、ヤバいと思ったら即放電で先手が取れる。大丈夫、問題無い。
「お前さ」
「モスティマだよ」
「……モスティマは、何処までいくつもりなんだ」
「ヴィクトリアのロンディニウムを観光して、何日かしたらラテラーノに戻って、そこで服を買ってから龍門に行く予定さ」
丁寧に指を折ってモスティマが言った。口振りから察するにコイツは見た目通り(?)のラテラーノ人なんだろう。
「それと」
「待った」モスティマが遮る。「先に私の質問に答えてよ」
「……何だよ」
「君は何処に行くんだい?」
「ロンディニウムに二日滞在して、その後ラテラーノに向かう。そこで一ヶ月、長くて二ヶ月仕事だ」
「へぇ、じゃあ一緒に行けるね」
「馬鹿言え、俺は仕事、お前は観光だろ」
何の気無しに妙ちきりんな事を言い出す角つき女、人との距離感近過ぎるだろ初対面だぞコイツ。
「大事な仕事なんだ、遊びじゃない」と突っ返すと、モスティマはくつくつ笑って指を組み合わせた。シャーロックホームズ・ハンドだ。細まった眼と眉にかかる青い髪、ちろりと覗いたサファイア色の舌が厭に噛み合って眼が痛い。
「それは私が同行してはいけない理由にはならないね?」
「同行して良い理由でも無いだろ、郊外の遺跡でも見に行くんだな」
「それ、前行った時に観たんだよね、今度は都会を歩きたくてさ」
「なら尚更付いて来るな、俺は安宿に泊まる」
「つれないなぁ」
「恩人から預かった仕事だからな」
運転に集中している事にして努めて前を見ているが、この奇妙な天使は俺が関わってきた相手の中でもトップクラスに奇妙だ。気軽にパーソナルスペースに踏み込んでくるが、踏み込んでくるだけでそれ以上は何もしないような奇妙な立ち回り、多分相手が歩み寄る事も止めはしないだろう。気を許すといつの間にか友達感のある関係性に引き摺り込まれて、この女のペースに乗せられるビジョンが過った。
……仕事じゃなかったら本当に同行していたかも知れない、美人だし。方向性としては堀北●希に近い、若い時の尖った感じじゃなくて櫻●翔と『特上カ●チ』で共演してた辺りの時期だな、それはそれとして飄々とした振る舞いは女の子が背伸びしてるように見えて可愛らしいと思う。
「モスティマは休暇なのか?」
「そうだよ」
「気楽で良いな、ウチは小さい企業だからそんな事出来ねぇ」
「企業を大きくすれば良いじゃないか」
「その為にラテラーノに行くんだよ俺は!」
騒ぐ俺と笑いっぱなしのモスティマ、うるさい車内だが、それでも一人でいるよりはマシだ。 というか、そう言い聞かせないとモスティマを蹴り落としてしまいそうだった。やっぱり俺、距離感の近過ぎるだ奴は苦手だわ……。
そうこうしている内に、運転席の左側に取り付けられた携帯端末の画面端に『Londinium』の文字が浮かぶ。今は変わり映えしない景色だが、一先ずの目的地は着実に近付いているようだった。
翌日の早朝に辿り着いたロンディニウムの街並みは、イェラグとは全く違う様相で俺を出迎えた。顔を出した朝日が石造りの建造物を白く輝かせ、無数の光の柱が濃紺の空を貫いて辺りを染め上げる。前世の記憶にも同じような景色が焼き付いていた気がした。移動都市の入り口で突っ立ていた俺の後ろから、モスティマが肩を叩いて追い越していく。
「どうだい、綺麗だろう」
朝日を背にしながら青い天使が得意げな顔で振り返る。自分の国じゃない癖に、調子のいい奴だ。俺が目を細めながらそう言うと、モスティマは笑みを深く、何処か蠱惑的なものにして言った。
「『ここがどの国にあるのか』は大した問題じゃない、この景色を私が知っていて、それを君に伝えた事が重要なんだ。
見てご覧、街並みの窓は殆どが閉まっていてカーテンが塞いでる。ここに住む人達は、この絶景を知らない。それはとても残念な事だ」
「絶景は言い過ぎだろ」なんて無粋な言葉は呑み込んで素直に頷いた。辻を抜ける涼しい風も、眩しい街も、何もかもが綺麗だ。
「でも、知る人ぞ知るからこそ、この景色に付加価値が産まれるんじゃないのか」
「確かにそれもそうだ。 私だってタダで誰にでも教える訳じゃない。コレは気持ちばかりの運賃だと思ってくれて良いよ」
「そりゃあどう致しまして、乗り心地は?」
「教習所に通い直した方が良いね、お尻が痛いよ」
言わせておけば好き勝手言いやがるなコイツ、今度から闇属性堀●真希って呼んでやろう。やーいお前の旦那様山本耕史〜!デビュー作が野ブタ。をプロデュース〜!三丁目の夕陽じゃなくてロンディニウム市の朝日だなコレ。
「君、今とんでもなく失礼な事を考えなかった?」
「いいや、全然?」
何はともあれ、無事にヴィクトリアに到着する事が出来た。残りの道のりは約半分、平原地帯に差し掛かるから最初よりも遥かに楽な筈だ。そう考えると不思議なもので、全身に一気に疲労感がのし掛かってくる。俺はそのまま市内を回ると言うモスティマに一応の別れを告げて、宿を取るべくとぼとぼと歩き始めた。
###
「……という訳で、特にトラブルも無くロンディニウムに到着しました、明日一日で車両のメンテナンスと各種消耗品の補充をして、日付が変わる頃にはラテラーノに向かう予定です」
『ふぅーん』
「聞いた割には興味無さげですね、エンシアお嬢様」
『だって、お兄ちゃんに連絡してるの見てたし』
「……じゃあ何故聞いたんです?」
『秘密』
「秘密って貴女ね……。あ、そうだ、エンヤ様はどうですか?」
『お姉ちゃんはいつも通り、本を読んだり編み物したり……』
安宿の一室……と言っても流石は都会ロンディニウム、部屋は大きいしベッドもふかふか、ソファーは革張りだし国営放送なら備え付けのTVで見られる、凄いな。
とは言っても特に興味のある内容が放送されている訳でもなく、暇を持て余していたところにエンシアお嬢様からの通話である。今回はちゃんとクーリエに許可を取っているらしく、辺りを気にしている様子は無い。無いよな?逆に堂々としていた方が怪しまれないとかじゃないよな?
と言うか、俺Tシャツに半パンとかいう完全に寝間着で話してるんですけど、ビデオ通話でこれって有りなんですかね……。俺は無しだと思う、けど掛けてきたのはお嬢様だしもういいや。 あ、待ってメール来た、誰からだ?
From:Mostima
For:Ensilent
subject:今何処にいる?
……何でアイツ俺のアドレス知ってんだ、『市内七番地のlighthouseって宿』……っと。
From:Mostima
For:Ensilent
subject:分かった今行く
…………は?
冗談? いや、アイツなら『そういう事』を当たり前のようにやるのが目に浮かぶな、クソ、あの距離感バグ女が!だから早めに宿を取っとけ……とは言ってないか、いやいやどちらにせよ非常識も良いところだろ、でもここにいるのは教えてしまったし絶対来るな、不味い不味いぞ、これは不味い。
「エンシアお嬢様、一旦通話を切っても宜しいでしょうか?」
『きゅ、急になんで』
「お願いします下手したら俺の安眠が妨害されるんですお願いします」
『ええ!? それ大丈夫なの!?』
お嬢様が通話繋いでると話が拗れそうだから大丈夫じゃな「エンシレント!」ああああ来たぁぁぁぁ!!!!
『え』
「すみませんエンシアお嬢様!後で詳しく説明します!」
通話終了ボタンに指を叩き付けて玄関に直行、『寝る前に閉めれば良いか』なんて呑気な事を考えていた自分を恨みながら施錠する。ああ、ヤバいなこれ、何がってエンシアお嬢様の顔がヤバかった、明らかに不審者を見た時の顔してた。これさ、「アレが途中でヒッチハイクさせたトランスポーター(っぽい人)ですって説明しても信じて貰えないんじゃないか?仕事先で女引っ掛けたとは思われたくないぞ。
「酷いな、どうして閉めるんだ?」
「閉めなかったら入ってくるだろ! 大体なんで俺のアドレス知ってんだ!」
「それはごめん、仮眠中に見た!」
「お前なぁ!?」
あの青い舌を覗かせて苦笑いしているのが目に浮かぶ、コイツ本当何なんだ、実際にはそんな事は無い筈なのに、昨日からずっと振り回されてる気がする。鮮烈というか、何というか、エンシオディス様とは違う方向性でキャラが濃い。
「お前の要求は分かってる! 大方宿を取り損ねたんだろ!」
「そこまで分かってくれてるなら話が早い」
「お前はソファーで寝ろ、ベッドは俺のだ!夜中に起こすな!
俺がチェックアウトする時にお前も出ろ!それだけ守れるなら入れてやる!」
「良いのかい?」
「断ったらドアの前で寝ようとするだろお前」
鍵を開けて外を覗くと、あの黒い角が見えた。壁に凭れて背中越しに話していたらしく、そのままの姿勢で声が聞こえる。
「よく分かってるじゃないか。入れてくれるかい?」
「一つでも破ったら追い出すぞ」
「一つも破らないから安心して」
「人の宿に突撃しておいてよく言う。 ……ほら、入れよ」
ドアを大開きにすると、勝手知ったる家のようにモスティマは入り込んだ。上着やバッグをぽいぽいと投げ置いて、ソファーに座り込むと、「いや、本当に助かったよ、ありがとう」なんて言いながら彼女は振り返って笑い掛けた。窓の外からの光が滑らかに頬を染める、蛇のような、悪い意味でどきりとする微笑。断言する、俺は例えコイツが素っ裸で立ってようがピクリとも反応しない。
その後の事は余り思い出したくない。モスティマがシャワーを浴びている間に、割とガチめに心配してくれていたエンシアお嬢様に事情を説明したり、シャツ一枚で寝ようとするアイツに毛布を押し付けたり、ベッドで寝るなと言っていたのに朝起きたら俺の横で寝てたりした。
ヴィクトリア、ひいてはロンディニウムには何の非も無い事は分かっているのだが、正直もう此処には行きたくないと思う。それぐらい鮮烈で奇妙で、悪い夢のような時間を過ごした。……ラテラーノ人がみんなモスティマのような距離感バグの変人ではない事を祈りたい、翌日車のガスを積み込む俺の思考は、殆どがコレに埋め尽くされていた。
ラテラーノ編です、モスティマ編でもあります、モスティマを起用したのは俺の趣味です。
沢山のコメント、お気に入り登録、ありがとうございました。今のところモチベーションを保てているので頑張ります。感想を送って頂けると作者がニッコニコになりますよ。
11/15、一部修正しました。