YggdrasilⅡ ~ユグドラシルⅡ~ 作:名無しちゃん
「そういえばモモンガさん。ドラゴンの霜降りステーキのプロヴァンス風、最高に美味しいですね」
ヘロヘロはウットリとした面持ちで語る。
「……え? ああ。そ……そうかもしれませんね……」
対するモモンガは気の無い様子だった。
「普通なら赤ワインで食べる所を日本酒を飲みながら食べると本当に最高のごちそうですよね」
「……ああ、そ……そうですか」
「──モモンガさん! なんか変じゃありません? さっきからおかしいですよ?」
ヘロヘロは珍しく声を大きくする。
「……いや、だって……食べられないから。食べられないし何も飲めないから……」
「──え? マジで?」
実はモモンガの身体は骨なので口にいれたものは全てすき間からこぼれ落ちてしまうのだった。
「す、すみませんでしたモモンガさん。きっとなんとかしてあげます」
「……ありがとう。ヘロヘロさん。でも、無理だとおもいますよ」
改めて考えてみると、ユグドラシルⅡではアバターに行動の制限は感じなかった。いや、そもそも飲食をリアルのように楽しむ事は出来なかった。
「……ようするにDMMO-RPGで味を感じるという事は味覚情報を一旦信号化……いや、記号に置換する方が……」
ヘロヘロは考え込んでしまいました。
「とりあえずいろいろ試してみましょう」
ヘロヘロは明るく笑ってみせた。
◆
二人は食堂の厨房にやって来た。テーブルには料理長選りすぐりの料理が並んでいる。
「まずは普通に食べてみて下さい。それから問題点を考えましょう」
ヘロヘロに言われるままにモモンガは席につき、まずはスープをスプーンですくう。口の中に入れるが全て下顎から流れ落ちていく。まあ、骨だから当然だ。
ヘロヘロはモモンガの両頬と顎の下部を支えるように自らの身体で塞ぐ。これで顎の部分からは漏れ出す事は無いだろう。
モモンガはまたしてもスープをすくう。今度はモモンガの口内にスープがたまっていく。スープは更にたまっていき、今度は鼻腔と眼窩から流れ出す。
「……うーん……モモンガさん、スープの味はしますか?」
モモンガはスープを滝のように流しながら首を振る。
その後もステーキやパン、チョコレートにフルーツなど、様々な食事を試してみるが結果は全く同じだった。
「うーん……何処かに味覚を感じるセンサーがあると思うんですよね。
疲れきった表情てヘロヘロが呟く。モモンガも同様に疲れきっていた。
「……モモンガさんは舌が無いので他の場所で味覚を感じるのかもしれませんね」
ヘロヘロはニヤリと笑った。
「たとえばお尻──坐骨とか……」
モモンガの脳裏にお尻で食事をする光景が浮かんだ。勿論モモンガの場合は坐骨か尾てい骨あたりになるのだろうが……
モモンガは頭を振っておぞましい光景を振り払う。
「……実際には坐骨でもその一部を口内に移植してしまえば良いと思いますよ」
「──良くない!」
疲れきった二人は諦める事にした。
──うまくいかないものだ。温泉掘りも失敗した。だが、モモンガは楽しかった。思えばユグドラシルを始めた当初はこんな感じだった。
「……でも、悪くないな」
何気ないモモンガの呟きにヘロヘロと料理長がギョッとしたが、モモンガは気づかなかった。
◆
「ようやくリ・エスティーゼか……いや、元リ・エスティーゼというべきか……」
スレイン法国神官長のレイモンは目前にそびえ立つ異形の城を眺める。かつてリ・エスティーゼ王国の王都だった名残は見事に失われ、瓦礫が散見する荒野に黒い魔王城がそびえていた。
「まさに魔神、いや、魔王の所業じゃわい。長生きはするものではないわ」
忌々しそうに吐き捨てるのはカイレといい、スレイン法国においては客人の立場である。この二名に護衛役の漆黒聖典隊長の『漆黒聖典』を加えた三名がリ・エスティーゼ王国を壊滅させた謎のぷれいやーと接触する為に選ばれたのだった。
「しかし、な……不安でしょうがないわい。どうせなら若い女子の方が良かったのではないか?」
カイレの言葉にレイモンは苦笑する。
「──ッ! 臥せろッ!」
今まで一言も喋らなかった『漆黒聖典』が槍を構えて叫ぶ。すぐに彼らは巨大な影の下になる。
「……まさか、真の竜王だと……」
レイモンの声はかすれていた。その巨大なドラゴンは魔王城を見下ろすと空気を震わせる大音声で宣言した。
「この世界を乱すものよ! 我こそは真なる竜王『青空の竜王』ことスヴェリアー=マイロンシルクである。今こそ貴様たちを殲滅してくれよう。我が力の強大さに畏怖しながら消滅するがよい!」
ドラゴンの翼が光に包まれていき、口から恐ろしいまでの魔力が込められたブレスが魔王城を襲った。
◆
「いやあ、ラッキーでしたね。モモンガさん。まさかレイドボスがやって来るなんて。しかもドラゴンですよ? ドラゴン!」
「ドラゴンは使い道が沢山ありますからね。本当にありがたいですね」
モモンガは極上のドラゴンロードのステーキに舌鼓をうつヘロヘロを羨ましそうに眺める。
「……モモンガさん。やっぱり口にお尻をつけますか?」
モモンガはげんなりする。──いや、そもそもお尻で味覚を感じるなんてあるはずないじゃないですか……
でも──万が一そんな事があれば考えてみなくもないかもしれない、そう思った。