YggdrasilⅡ ~ユグドラシルⅡ~ 作:名無しちゃん
ナザリック地下大墳墓 第九階層 モモンガの居室──
「モモンガさん、マッピングのスキルって持ってません? あれ無いと大変ですよ」
漆黒のスライム──ヘロヘロが尋ねる。
「……あー……そういえばオートマッピング、あれって前は標準機能でしたよね。たしか隠し職業で取れるって話を聞いたことがありますが……まあ、標準機能でしたから……」
死の超越者の姿のモモンガが答える。
誰もが当たり前に所持している機能を改めて難しいジョブチェンジしてまで手に入れようとする人間は稀だ。
「……それにたしか、実際に手に入れたら標準機能のスキルと全く同じもの、だったらしいですよ」
「……あの運営ならやりそうですね」
DMMO-RPG ユグドラシルというゲームの運営をしていたのはちょっとばかり、いや、かなりおかしな人達だった。クリスマスイブに単独で一定時間をログインしていると勝手にプレゼントされたクズアイテム──通称嫉妬マスク──が配られた翌年には今度は頭から小さなクリスマスツリーが生えるというイタズラが──当時、仕事でログイン出来なかったモモンガの前にお揃いのクリスマスツリーを頭から生やしたウルベルトさんとペロロンチーノの二人の姿に笑い死にしそうになった──そんな運営であったから、まさにナンデモアリ、なのだった。
「各自でマッピング出来ないのは本番では直されるのかな? それとも自作する?」
「どうですかね? まあ、情報に付加価値を付ける、という事かもしれませんね。未知を既知にするプロセスを大切にしたい、とか」
モモンガの言葉にヘロヘロは頷く。
「それにしても──一週間経ちましたね。相変わらずログアウトもGMコールも出来ませんが……どうしたものか……」
モモンガは肩を落とす。個人的にはリアルの世界に戻りたいとは大して思わないが、ヘロヘロは違うだろう。この中途半端な状態に内心穏やかではないかもしれない。が──ヘロヘロの口からは予想外の言葉が出てきた。
「モモンガさん。なんだかもうあの世界に戻りたくなくなっちゃいまして……ソリュシャンもそうですがホムンクルスのメイド達、私の娘達が可愛くてしょうがないんですよ。それにこっちじゃ身体の調子も良いですし。ログアウト出来なくて良いかな、なんて思ってみたりしなくもないんですよね」
「……ヘロヘロさん」
モモンガはヘロヘロを見つめる。
「……しかし、ですよ? このゲーム中に我々の肉体はどうなります? やはり一度はログアウトしないと……」
モモンガは今まであえて触れてこなかった話題を持ち出した。ゲームからログアウト出来ないという事は『そういう事』なのであるのだ。
「……モモンガさん、考えてみたんですが、それ、きっと『ナンカの夢』なんですよ。きっと」
──南柯之夢……ギルメンの一人、死獣天朱雀さんから聞いたことがある。たしかある若者が結婚して子供が産まれ、さらに年老いて亡くなる所で目を覚まし夢だと気付く。しかもほんのわずかな時間のうたた寝で見た夢だった、という話だったな、モモンガは教授の厳めしい姿を思い出していた。
「……つまり実際には一週間経っていないかも?」
と、ヘロヘロが何故かどや顔になる。まあ、スライムだから正確にはそんな雰囲気に過ぎないのだが……
「それで今度はパーティーを男だけで編成してみては、と……」
モモンガはその言葉の意味を瞬時に理解する。
「ヘロヘロさん。いよいよ本気を出すんですね……わかりました。やりましょう」
モモンガとヘロヘロは硬く握手をする──といっても骨を粘体がすり抜けるだけだが……
と、唐突に扉がノックされる。
「……モモンガ様。アルベドです。ご相談が御座います」
◆
アルベドはモモンガの部屋に入るとベッドに腰を降ろす。心なしか上気した表情のアルベドを見て、ヘロヘロは腰を上げる。
「……それじゃ、モモンガさん。私は部屋に戻りますんで──」
「──え?」
さしものモモンガも事態を察して慌てる。そんなモモンガにアルベドが向き直り──
「モモンガ様。わたくしにモモンガ様を愛するようにお命じになった瞬間よりずっと今日という日を夢見てまいりました。今日こそはモモンガ様のお子をわたくしめにお授け下さいますよう──」
「──ちょっと待った……いやいや……これは……」
動揺するモモンガにヘロヘロは親指を立てて「モモンガを愛してる、でしたね」とヒソヒソ声で言い残して出ていった。
「モモンガ様ぁ!」
マジックキャスターであるモモンガはレベル百の戦士であるアルベドに簡単に押し倒されてしまうのだった。
◆
「──あ……モモンガさん……お疲れ様です」
第九階層の執務室に姿を現したモモンガは疲れた様子だった。
「……酷いじゃないですかヘロヘロさん。なんで居なくなっちゃうんですか? おかげで大変でしたよ……はぁ……」
モモンガは深くため息をつく。そして両手をマジマジと見つめた。
「……しかし……なんというか……ユグドラシルⅡ恐るべし、ですね。以前だったら警告が出る十八禁行為もだいぶ緩和されたというか……なんか触感が柔らかくてリアルでしたよ」
「……マジっすか……うーん」
「……本当にヤバかったんですから。一線を越えちゃったらタブラさんに殺されますよ?」
モモンガはギルメンの一人のタブラ・スマラグディナを思い出していた。凝り性で若干、偏執狂的な側面があって行動が読めない所があった。
「そういえばアルベドはタブラさんが作ったんでしたよね。ええっと全部で三人でしたっけ……アルスマグナがどうたらとか……」
ヘロヘロはうろ覚えの記憶を探る。と、突然モモンガが大きな声を出した。
「問題があります! 大問題です! ヘロヘロさん。アルベドが私の部屋に住むと言い出したんですよ! マズイですよね? これ」
守護者統括のアルベドはユグドラシルの頃は玉座の脇に配置されていた。だから独自に階層や部屋が与えられていない。それが仕様変更された現在いささか困った事になっているのである。
「……良いのではないですか? モモンガさんも悪い気がしないのであれば。……しかしNPCの新しい可能性ってやつですね。ペロロンチーノさんが聞いたら悔しがりますよ、絶対」
さすがにモモンガはタブラさんに殺されたくはなかったのでアルベドには第九階層に用意されたギルドメンバー用の部屋の予備をあてがう事にしたのだった。
◆
数日後のナザリック地下大墳墓
第九階層のとあるバー──一人の階層守護者が酒を呷っていた。
幼さと妖艶さをあわせ持つ銀髪の美少女──第一から第三階層の階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンである。
マイコロイド種であるマスターのピッキーは彼女をいささかもて余していた。シャルティアはアンデッドであり、状態異常に完全耐性があるので本来ならば酒に酔う筈がない。それが現在たんなる酔っ払いと化していたのだった。
「──聞いているんでありん、かぁ? 本来ならモモンガ様の本妻はぁ、私ぃの筈なのぉにぃ………ヒック……ヒック……アルベドぉ! ……なんでアンタがぁ………ムムム……ちょっとぉ! ピッキー! 聞いてるのぉ? わた……わらわぁ……アルベドったら……くふふ。わたくしのお腹にはモモンガ様のお子が、だとぉ……しょんなんゆるしましぇん……ゆるしゃないでありんしゅ……」
ピッキーはため息をついた。と、入り口に身体を向ける。
「いらっしゃいませエクレア様」
入り口には部下に抱えられたイワトビペンギンによく似たエクレアが固まっていた。
「……いや、ピッキー……ちょっと用事を思い出した。悪いがまたにするよ」
モモンガ「……ログアウト出来ずに一週間経っちゃいましたね、ヘロヘロさん」
ヘロヘロ「やっぱりこれ、おかしいですよ、モモンガさん」
モモンガ「……もしかしたら……ユグドラシルⅡβ版じゃないのかもしれないですよ? ヘロヘロさん」
ヘロヘロ「……それはもしかして……モモンガさん」
モモンガ「……β版じゃなくて本番が始まっていたのですよ。きっと」
ヘロヘロ「………………それは無いと思います」