YggdrasilⅡ ~ユグドラシルⅡ~ 作:名無しちゃん
リ・エスティーゼ王国首都リ・エスティーゼ。やや南よりの中央に位置する王城一画、ヴァランシア宮殿──ヴァイセルフ王家の血をひく王族と側近のみの空間にやや場違いな冒険者の一団があった。いや、正確には一人を除き、と訂正すべきかもしれない。彼女──アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』リーダー、自身も貴族であるラキュース・デイル・アインドラを除いて、である。
中でも異様な仮面で素顔の見えない小柄なマジックキャスター──イビルアイは──
「ラナー王女からの直々の依頼とはなんだかキナ臭いな。ラキュース、いくらお前が友人だからって私は手を貸すとは限らないからな」
「……ふっ。ちっせえな? イビルアイ。そんなんじゃいつまでたっても大きくなれねえぜ?」
大柄な女戦士のガガーランはイビルアイの背中を遠慮なく叩く。その容赦ない攻撃にイビルアイは見えない口を歪ませる。
「……イビルアイ。少しは成長すべき」
「……無理。イビルアイは変わらない」
二人の忍び──ティアとティナがさらにからかう。
「……イビルアイ、そして皆も聞いて。依頼内容は私も知らない。そして依頼を受けるか受けないかは各自で判断してちょうだい。良いわね?」
ラキュースは最後に少しキツい言葉で締める。イビルアイが揶揄するキナ臭さ──それは王派閥と貴族派閥との争いであり、本来ならば冒険者は巻き込まれるべきではない──そんな事は理解している。しかしラキュースはラナーの願いを一人の友人として叶えてやろうと心に決めていた。
やがて『蒼の薔薇』はラナー王女の居室の前に着く。ノックをするといつもよりひそめた声でラナーが入室を許可した。
ラナー王女からの依頼 、それはリ・エスティーゼ王国戦士長 ガゼフ・ストローノフの捜索だった。
「──嘘だろ? あのガゼフともあろう猛者が行方不明だぁ?」
ガガーランが思わず大きな声を上げる。無理もない。ガゼフは王国だけでなく近隣国を含めても最強の剣士である。ましてや過去に数回手合わせをしたガガーランにはその強さが実感できていたのだ。
「……法国……か?」
イビルアイが小さく呟く。その呟きに皆、顔色を変える。
「……はっきりわかっているのはガゼフ様が部隊を率いて郊外の開拓村を巡回していた、という事ね。なんでも帝国の兵が村々を襲っていたそうよ」
「……いや、それは法国のやり口だろうよ。奴等は汚いからな」
ガガーランは憎々しげに吐き出す。無理もない。かつて『蒼の薔薇』は法国の特殊部隊と一戦を交えた事がある。偶然からの遭遇戦だったが、ガガーランはその際に肩に深手を負っている。
「……とりあえず調査をしてみるわ。どれだけ出来るかはわからないけれど」
依頼を引き受けるラキュースにラナー王女が頭を下げる。誰も口にしなかった紅茶はすっかり冷たくなっていた。
◆
「……何だか妙に静かだな」
開拓村のひとつ、カルネ村に到着した『蒼の薔薇』はそれぞれ馬を降りる。すぐさまティナ、ティアの二人が村の中を探る。
「……冒険者のパーティーが一組……たいして強くない」
「……村人はいないみたい。周辺にモンスターはいない。大丈夫」
すぐ戻ってきた二人はそれぞれ報告をする。
「……とりあえずその冒険者の所に行ってみましょう。ティナとティアは先導して。イビルアイは念のため後方警戒をお願い」
ラキュースはテキパキと指示を出し、『蒼の薔薇』は各自の役割をもって行動する。
村の中程に来ると悲痛な呻き泣く声が聞こえてきた。
村の反対側の外れに真新しい墓とおぼしき沢山の十字架──木の棒を組み合わせた粗末なものだったが──が並んでいた。
嗚咽の主の若い男は一つの墓にすがりつき、身体を震わせていた。彼とは離れた場所に冒険者が四人、神妙そうに見守っていた。
「……お取り込みみたいな中、悪いんだが……話をしてもいいか?」
あえて空気を読まない体を装ってガガーランが声をかける。
「……私はラキュース。私達『蒼の薔薇』は任務である人物を探しに来たのですけど、協力していただけないでしょうか?」
ラキュースが出した『蒼の薔薇』の名前の効果はてきめんだった。
「……みっともない所をお見せして申し訳ありません。私はンフィーレアです。で、こちらは冒険者チーム『漆黒の剣』の皆さんです」
若い男は立ちあがり挨拶を返す。紹介された『漆黒の剣』の四人は緊張したのか、直立不動で礼を返す。
ンフィーレア達は周辺で薬草を採取するためにカルネ村にやって来たのだという。すると村の中は死体だらけの悲惨な状態となっていて、彼らは死体を埋葬してあげたのだという。
ンフィーレアの悲しみの深さをみると大切な人を亡くしたのかもしれない。
「……大変でしたね。ちなみに村人の他に王国の兵士の遺体はありませんでしたか? 実は私達、王国戦士長のガゼフ様を探しているのですが」
ンフィーレアの話では王国兵士の死体はいくつかあったが、ガゼフのものはなかったそうだ。ンフィーレア自身王都でガゼフを見たことがあるらしく、間違いは無さそうだった。
『蒼の薔薇』は彼らに礼を言って別れると周辺の戦いの痕跡を探す。だが、手がかりになりそうなものは見つけられなかった。
◆
開拓村を取り巻く大森林──モンスターが多いその地を遠くに眺めなが仮面のマジックキャスター、イビルアイは忘れていた記憶を思い起こす。
(ザイトルクワエ……まだ封印されているんだったな……)
今から三百年前にイビルアイは後に『十三英雄』といわれる仲間達と強大な樹木型のモンスター──ザイトルクワエ──と戦い、封印した。
それから長い年月が過ぎ、現在の彼女はアンデッドである身分を隠し冒険者として『蒼の薔薇』の一員となっていた。
「うん? どうかしたかい? モンスターでもいるのかい?」
「…………いや。なんでもない。ちょっと思い出した事があってな」
イビルアイは頭を振って歩きだす。ガガーランはやれやれといった様子で剣を肩に担ぐ。
「──ッ!」
不意に『蒼の薔薇』全員に緊張が走る。ガガーランが前に出て
「──こいつは……まさか──」
トブの大森林から凄まじい叫び声を上げて二体の黒い巨体が現れた。
「──おいおい! マジかよ? こいつは確か──」
「デス・ナイトね。直接攻撃は大して効かないから魔法攻撃ね。イビルアイっ!」
「──まかせろ! 〈ファイヤーボール!〉」
イビルアイがファイヤーボールを連発する。炎に包まれたデス・ナイトが膝をつく。
「──くっ!」「──あっ!」
左右からそれぞれデス・ナイトを迎撃したティナとティアが同時にうずくまる。
「──ちょ、ちょっ……なんで……」
「……ボス! ヤバイ! 服が……」
ラキュースの目の前にはただでさえ露出度の高い二人の服装がほぼ全裸の状態になっていた。
「──来るッ!」
うずくまったままのデス・ナイトの後ろから異形のモンスターが現れる。光沢のある水色の巨体から伸びる四本の腕にはそれぞれ剣が握られている。
「──こいつはッ! 魔神ッ! まずいぞ」
「ああ。そうだな。コイツのヤバさは俺にもわかるぜ?」
ラキュースを守るように前に出るイビルアイとガガーラン。だが、ラキュースは二人を押し退けるようにして敵の前に立ち剣を構える。
「──私はアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のラキュース! 簡単に倒せるとは思わないで!」
水色の巨体はジッと観察するかのような仕草の後で短く答えた。
「──参ル」
ラキュースが背後に浮かべる多数の剣──フローティングソードで攻撃する。同時にガガーランが戦鎚を叩きつける。
──確かな手応えにガガーランがニヤリと笑う、が──
彼らの攻撃はいとも容易く相手の四本の剣にいなされてしまう。
「……おいおい……ヤバイぜ? こいつはよぉおお!」
ガガーランは後退して距離をとる。ラキュースが剣に魔力を込める。
「超技!
ラキュースの持つ黒い剣が魔力を帯び、膨らみ、爆発する。迸る黒い輝きが敵にむかい──
「〈完全なる障壁〉」
突然現れた魔法障壁が黒い輝きを包み込んで消滅する。
「──な!」
思いがけない成りゆきに驚愕するラキュースの背後の空気が揺れ、『死』が姿を顕す。
「ラキュースぅうう!」
イビルアイが叫ぶ。ラキュースは糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる。
「──キサマ! いったい何をしたッ!」
イビルアイが双眼を赤く光らせながら杖を向ける。
「うん? レジェンドクラスか? たいしたマジックアイテムでは無いがドロップアイテムの代わりに貰っておくとしよう」
「ラキュースから離れろぉおお!」
イビルアイが〈水晶槍〉でモモンガを攻撃してくる。
「……うるさい子供だ」
いつの間にか倒れているガガーランの傍らから漆黒の粘体が滲み出る。粘体は立ちあがり叫んだ。
「──その変な仮面のマジックキャスターは私に任せて下さい!」
粘体は触手の様に身体の一部を伸ばしイビルアイに取り付く。じわじわと彼女の身体に漆黒の粘体が広がってゆく。
やがてイビルアイは闇に包まれ意識を失っていった。
◆
リ・エスティーゼ王国は戦士長のガゼフに続きアダマンタイト級冒険者チームを失った。