YggdrasilⅡ ~ユグドラシルⅡ~   作:名無しちゃん

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◆act06 ンフィーレアノサイナン

 カルネ村を後にしたンフィーレアと四人組の冒険者チーム『漆黒の剣』は馬車をゆっくり走らせる。

 

 誰もが無口で重い雰囲気だ。

 

「ンフィーレアさん、きっと素敵な出会いがまだありますって──」

 

「──馬鹿ッ!」

 

 場を和ませようとしたのか、軽口を叩いたルクレットをニニャが止める。日頃から温厚で大人しいニニャが大声を上げたことに『漆黒の剣』の他のメンバーは驚く。

 

 ンフィーレアは黙って馬車の奥に姿を消し、四人は気不味い雰囲気の中に取り残された。

 

 御手席の二人──じっと手綱を握るリーダーのペテルの傍らでダインが呟いた。

 

「……今のはルクレットの最悪な失言なのであるな」

 

 ルクレットも自身、失言だとはわかっていた。彼はうつむいて唇を噛んだ。

 

「──ッ! 何か来るッ!」

 

 ルクレットが顔を上げると同時にペテルが馬を止める。

 

「……不味いな。数が多い」

 

「ゴブリンか? 迎え撃つ?」

 

 ニニャが、ダインが馬車から降りて杖を構える。遅れてンフィーレアも降りてくる。

 

「見えた! ……不味いな。あの大きさは……」

 

「どうした?」

 

 馬車に登って様子を見ているルクレットにペテルが声をかける。

 

「……トロールだ。トロールが二匹やって来る。ゴブリンの群れを追っているみたいだ」

 

 リーダーのペテルの判断は早かった。鉄ランク冒険者に過ぎない彼らにとってトロールは手に余るモンスターだったからだ。

 

「──馬車を捨てて森の中に隠れてやり過ごそう。良いですね? バレアレさん?」

 

 彼の判断に依頼者であるンフィーレア・バレアレは頷いた。

 

 

 

「……どうやら気づかれなかったな」

 

 ペテルは汗を拭う。一堂はホッと安堵を浮かべる。残念ながら馬車は破壊されてしまったが、全員無事である。

 

「……なにかが来るぞ。でかいのが突進して来るッ! 近いッ!」

 

 レンジャーのルクレットが叫ぶ。途端に鋭い斬撃が彼らを襲う。

 

「──侵入者でござるな。ここはそれがしの縄張りにござる。命の奪い合いをするでござるよ」

 

 森の中から巨大な魔獣が現れた。

 

「──ニニャ、ダインは後衛、バレアレさんを守れ! ルクレット、左右からいくぞッ!」

 

 巨大な魔獣を相手に『漆黒の剣』は態勢を整える。しかしながら彼らの手に余る相手なのは明白だった。

 

「……………も、森の賢王……」

 

 戦闘は一方的な蹂躙だった。次々に『漆黒の剣』は倒されていった。

 

 ンフィーレアは魔法を撃ち続けながら、もはや生に対する未練は無かった。エンリがいなくなったこの世界になど──

 

「──いやぁ、ギリギリ間に合ったみたいかなー。なんて」

 

 ンフィーレアを襲った魔獣の尾が何ものかに弾かれる。

 

「カジっちゃんがせっかちなんで迎えがてら来てみれば、馬車は壊れて転がってるし……ちょっとばかりあせっちゃったー」

 

 フードつきのマントを脱ぎ、軽装のバンデッドアーマーに身を固めた女が一対のステイレットを構えて姿勢を低くする。

 

「……ふむふむ。よくわからないが、尋常に勝負でござる!」

 

 魔獣と女戦士との勝負は果てしなく続くかと思えた。女のステイレットが魔獣の脇にほんの一瞬だけ刺さった時、ステイレットから電撃が発生した。

 

「……これは……一旦引くでござる」

 

 致命傷ではなかったが、警戒した魔獣は逃げていった。

 

「……た……たすかった……」

 

 血まみれのニニャがかすれた声で呟いた。どうやら『漆黒の剣』のメンバーは皆息があるようだった。

 

「いやあ、本当にラッキーだったねー。もう少し遅かったらンフィーちゃん死んじゃってカジっちゃんの計画も台無しになっちゃったからねー。なんか王都でもなにかあったらしいから焦っていんのかなー」

 

 女はステイレットを(もてあそ)びながらニニャの側にやって来る。

 

「……ああ、そうそう。必要なのはンフィーちゃんだけだから、アナタタチには死んでもらうねー」

 

 口を三日月のように裂いて、女戦士(クレマンティーヌ)が嗤った。

 

 

 

 

 森の賢王は逃げていた。これまでトブの大森林で彼女は負けた事はなかった。

 

 今回の女戦士は強かった。少なくとも互角の強さだったと思う。

 

 森の賢王はふと、少女(ネム)を助けた時の事を思い出していた。

 

 

 

 あの日、いつものように侵入者だと思って飛び出すと傷だらけの少女が倒れていた。既に死んでいるのかと思ったが、まだ、かすかに息があった。

 

 何故、棲みかに連れ帰ったのか未だに理由がわからない。単なる気まぐれだなのだろうが、あまりにも非力な存在だったから何となく助ける気になったかもしれない。

 

 その結果、寝床に薬草の匂いが染み付いてしまったり、ネムに頼まれて倒れていたガガーラン達を助けたりという羽目になったが……

 

 人間という存在は訳がわからない。彼女は頭を振った。そして棲みかに戻るとしばらく出歩く事はなかった。森の賢王にとってそれが賢い選択であった。

 

 

 

「──クライムっ!」

 

 リ・エスティーゼ王国第二王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ヴァイセルフは寝台に起き上がる。ふと、見馴れない室内に一瞬混乱する。

 

 ──そうか。ここは……

 

 彼女は失なったものを惜しむかの様に自らの胸をかき抱く。

 

『ラナー様! お逃げ下さい!』

 

 ラナーにはクライムの最後の叫びがまだ残っている。

 

 突如として出現した巨大なモンスターは王城を破壊し街を焼いた。誰もがなすすべなく街と運命を共にした。

 

 国王ランポッサ三世と第三王女であるラナーがながらえたのは奇跡に近い。レエブン候の配下の元オリハルコン級冒険者達がいなければ死んでいたに違いなかった。

 

 ようやくの思いでエ・ランテルにたどり着くと街一番の黄金の輝き亭を接収して、身を落ち着けていたのだった。

 

 ラナーは壊れていた。ただの平民の、それも行き倒れた子供だった彼が逞しく成長して彼女の心を支えてきた。それが失われてしまったのだ。

 

 クライムを束縛しその純粋な瞳を自分に向けさせ続けたい、というささやかな願いは打ち砕かれてしまった。直接彼の死を見届けたわけではなかったが、ラナーは彼の死を確信していた。

 

「……ラナー……」

 

 ランポッサ三世は肩を落とす。第一王子のバルブロも、第二王子のザナックもきっと生きてはいまい。それだけの災いが王都を襲ったのだ。

 

「…………疲れた」

 

 ランポッサ三世は深々とソファーに身体を沈める。王都が破壊された事は彼がエ・ランテルに閉じ込められ、リ・エスティーゼ王国が分断された事に等しかった。

 

 後継たる王子の生存が疑わしい今、彼は希望を無くしていた。この難局を乗りきったとして一体なにになるというのだ?

 

「──陛下」

 

 扉がノックをされ、レエブン候が入ってくる。

 

 エリアス・ブラント・デイル・レエブン──王国随一の切れ者として貴族の中でも一目置かれる存在だ。

 

「……レエブン候……ガゼフは……?」

 

「申し訳ありません。いっこうに行方がわかりません。ラナー殿下からの要請で捜索に出た『蒼の薔薇』からも特に報告は無いようです。とはいえ王都があんな状態になっては……」

 

 ランポッサ三世は力なくため息をつく。

 

「……せめて装備だけでも与えてやれれば……」

 

 ガゼフは国王派閥の力を削ぐ目的で貴族派閥により、地方の開拓村の護衛任務に追いやられていたのであった。

 

 突然兵士が駆け込んでくる。

 

「──何事か?」

 

「大変です! 街の郊外に大量のアンデッドが発生したそうです!」

 

 

 

 エ・ランテル都市長パナソレイの自宅には冒険者組合長アインザック、魔術師協会長ラケシル、そしてランポッサ三世、レエブン候が集まっていた。

 

「アンデッドの軍勢はゾンビ、スケルトン 、さらには集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)も確認されております。その総数は数百もしくは千とも……」

 

 アインザックの報告に一同はどよめく。

 

「兵士に冒険者達を帯同させて当たれ。アンデッドについては冒険者の方が詳しいからな。教会にも指揮下に入ってもらう。一方で住民達を避難させろ。安全な場所は──」

 

 レエブン候にパナソレイが続ける。

 

「街の中央広場にある倉庫を開放しよう。あそこなら丈夫で安全だ」

 

「……では皆、頼む」

 

 国王が頭を下げ、各自はそれぞれ自らの役割を果たしに出ていった。

 

 

 

「やったねー。カジっちゃん。スッゴい数のアンデッドじゃん。で、もう私はいいかなー?」

 

 エ・ランテル郊外の墓地でクレマンティーヌが小躍りする。

 

「……ああ。もう充分だろう」

 

 アンデッドを彷彿させる男─カジットは黒い石を取りだし掲げる。

 

 エ・ランテルはやがて死の街と化し、溢れる死の力がここに集まるのだ──カジットは笑った。




カジット「死の螺旋なったな」

クレマンティーヌ「カジっちゃんおめー」

カジット「これで私もアンデッド」

クレマンティーヌ「げっ! 私もかい!」
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