神斬り武蔵 作:もやしもん
もう随分と前のことだった。彼が大罪人としてここを出ていったのは。手錠を繋がれ、役人に歩かされた彼は何時もの無邪気な笑顔を崩さずに歩いた。私達の方に振り返ることは無かった。危険物の所持がないか確認するために上着を脱がされた彼の鍛え抜かれた背中が何時もよりも大きく強く見えた。もう随分も前のことだった。
唖然とするほどのミノタウロスの数。ミノタウロスはここオラリオのダンジョンの階層領域ごとに定められる脅威評価の最高に認定されるモンスターである。しかし私達はロキ・ファミリア。オラリオ最強のファミリアの一つでそこに在籍する冒険者も並以上の実力を持つ。相手のミノタウロスは脅威評価の最高と言えど中層出身。第一級冒険者である私達は勿論、ここにいる冒険者が遅れを取るような相手ではない。しかし今回は数が数だった。目の前を覆いつくすようなミノタウロスに私達は切りかかった。通常なら比較的階層の浅いモンスター下の団員に経験値を積ませるために私達がでしゃばることはないが、今回は戦線に加わった。総力を上げてミノタウロスの討伐をしていたとき、一体のミノタウロスが私に背を向けた。圧倒的な戦力差に恐れをなしたのか、その一匹が逃走を始めると恐怖がミノタウロスの間で強力伝染病のように拡がり、まさかの集団逃走を開始した。
「ええっ!?」
「おい!?てめぇらモンスターだろ!??」
まさかの出来事に団員で同じく第一級冒険者であるティオナとベートも声を上げた。
「追え!お前ら!!」
団の最古参の一人で副団長のリヴェリアが動揺を抑えて指示を出した。私達はそれにしたがって上層へと逃げるミノタウロスの背中を追った。
中層で自分の見にあった敵を相手にしている冒険者からすればミノタウロスの群れなど悪夢でしかないし、それで冒険者が一人でも帰らぬ身となってしまえば私達に各方面から糾弾が上がるのは間違いないし寝覚めも悪くなる。頼むからどこにも被害はでないでくれという私達の祈りもむなしく、ミノタウロス達は上の階層へと繋がる階段を駆けていく。私達は死に物狂いで被害をだすまいとミノタウロスを追った。
一階層、さらにもう一階層とミノタウロスは逃げていき、私達も全速力で追う。ミノタウロスの群れは厄介なことに各階層ごとにばらけていき、ばらけたミノタウロスを討伐するためにミノタウロス追跡班はどんどんと小規模になっていく。中層を越え、やがて上層、6階層に突入する頃にはミノタウロスを追っているのは私、アイズとベートだけになっていた。そして6階層で私とベートはそれぞれ一体ずつミノタウロスの撃破に成功するがまだもう一体いるはずだった。完全に見失った。
「来い!アイズ!!」
獣人の種族であるベートは鼻が良く効く。だから匂いを突き止めたのだろう。私はベートの後を付いていき、細い通路を進み、階層を一つ上がる。そして階段を上がっているとき、
「ヴォアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「ほぉあああああああああああああああ!?」
聞こえた。咆哮と悲鳴。私はベートを追い抜かして更に走る。音の方向を辿り、角を曲がる。
そこは行き止まりだった。角には全身に血を浴びたヒューマンの少年。髪も真っ赤に染まって怯えているのかガタガタと震えていた。そして肝心のミノタウロスだが、力の抜けた様子で地面に膝を付いていた。棍棒を握った腕もだらりと垂らしていて、視線を上げていくとミノタウロスの頭が無いのに気付いた。私は死体となったミノタウロスを観察する。首の太い筋肉も骨も一太刀で切られていて綺麗な断面だった。地面に転がっていた首は咆哮を上げたその顔のままだった。ミノタウロスの首の骨は硬い。だから余程に切れ味の良い武器を使うか骨の継ぎ目を狙わないとこんな綺麗な断面にはならない。そしてここには不思議な匂いが漂っていた。ミノタウロスの血の匂いを押さえつける程強力な匂いでそれは極東のお香の様な匂いでどこか安心感を感じる。私はその匂いを知っていた。その時、少年の存在を思いだした。私は少年に目線を合わせて伝える。
「あの、大丈夫…ですか?」
反応が返ってこない。少年が心配になった私は剣を鞘にしまって手をさしのべた。
「立てますか?」
すると少年の口が動く。
「、、だ」
「だ??」
次の瞬間、少年が跳ね起きる。
「だぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」
通路の奥からベートの笑い声が響いた。
そんな出来事があったとも知らずミノタウロスの首を斬った彼は更なるモンスターの群れに身を投じていた。両手に大小の刀を持ち、咆哮をあげて襲ってくるモンスターを斬る。久しぶりの感覚に心が躍る。モンスターが一枚の紙に思えてしまうほど滑らかに切れる。全てを切り尽くした俺は刀の血を払って適度に装飾の施された鞘にしまって煙草に火をつけた。自分の腕の確認はもう十分だった。収監中木刀を振ることだけ許されていた。だから技は劣ってはいなかった。これからどうしようか。行く宛はなくもないが行きたいかと言われればそうではなかった。くわえた極東の煙草が短くなり、火種が口元に近くなるほどの間自分の行き先を考えたが大した案は浮かばずまぁいいかと諦めて歩き出すのだった。
ダンジョンから出れば既に太陽は沈みかけていて綺麗な夕焼けが広がっていた。俺は袴と羽織を風になびかせて今夜の夕食をとる場所へと足を運ばせた。そこは自分が通いなれていた酒場だった。人生で初めて酒を飲んだのもその酒場で賑やかな雰囲気が気に入っていた。自分の記憶を思い返すようにオラリオを歩き、やがて数年前と変わらない建物をみて安心した。建物には変わらない店名が書かれていて、中では変わらない従業員が慌ただしく動いていた。俺は酒場の中に入る。浪人笠で顔を隠しているから誰かは気づかれていないし気づかれるわけにも行かなかった。数秒待っていたら店員が席へと案内してくれた。