白銀 ~sirogane   作:羽山健次郎

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第10話

 

紅真白は、本来生まれ落ちることのない命だった。

 

先天的な全身機能の不完全症候群。

胎児のうちに死亡するケースも多い彼女が産声を上げることが出来た理由は、生まれつき右手に持つ小さな突起。

棘にも見える小さなそれは、紛れもない角。崩月の角。

尋常ならざる剛力を発生させるその器官は、いわば生命力の塊。

角の力がもたらす生命力が、小さな命を繋いでくれた。

真九郎と銀子の喜ぶことまいか。

これは奇跡。

しかし、喜んでいられたのも、真白が生まれて半年も過ぎる頃まで。

赤子の成長に伴い、同様に大きくなる角。

生まれた時に助けてくれたその力も、長じるにつれ、逆に真白の幼い身体を蝕む。

崩月の肉体の頑強さを持たない真白にとっての角の存在は、いわば軽自動車にF1カーのエンジンを積んだに等しい。

 

尋常な医師では対応すら困難。

真九郎たちもただ手を拱いていたわけではない。すかさず崩月家に相談。

真九郎自身、師匠である崩月法泉の角を移植してもらった経緯がある。

ならばその逆も可能ではないか?

垣間見えた希望は即座に頓挫。

真白の脆弱な心臓は、崩月の角という外燃機関の供給によって辛うじて稼動しているも同然。

角を外した瞬間、真白は衰弱して死亡する。

逆に角を取り除かなければ、過剰な付加は幼い身体を傷つけ続けるだろう。

 

―――病室から家に戻り、可能な限り残された時間を一緒に過ごす。

 

普通の医師なら勧めるであろうその方法を、真九郎も銀子も選択し得なかった。

もっと他に方法があるはず。

そう信じ、銀子は情報屋としての人脈と能力をフル稼働。

真九郎も崩月は言うに及ばず、九鳳院家を頼るのも躊躇しなかった。

腕の良い医師、あらたな治療法を求め東奔西走。

入院費用も含め、繰り返す手術代は、銀子の溜め込んだ資産を全て吐き出しても追いつかない。

方々から借り入れられるだけの金をかき集め、同時に真九郎は揉め事処理屋の仕事に奮励。

いや、それは奮励などという生易しい表現では追いつくものではなかった。

選択基準は報酬の高さを第一とし、危険度など二の次。

殺人や誘拐などといった直接的な犯罪へは辛うじて関与はしなかったが、全ての仕事は過酷極まりないもの。

文字通り、命を削って仕事を完遂する真九郎。

得た対価は膨大。

それでもなお足りず、娘を救う術は見つからない。

 

一歳の誕生日までは生きられないでしょう。

二歳の誕生日は迎えるのは困難です。

三歳の誕生日を越えることはできないかも知れません…。

 

惜しみない投薬と繰り返される手術は、それでも娘の命を引き伸ばしてくれた。

だがそれは、薄い粥を更に引き延ばすような日々。

命を延ばすことによって、幼い身体を更に苦しめてないと誰が断言してくれる?

このとき、疲弊しきった真九郎の脳裏に浮かんだのは志具原理津の姿。

彼女のように、娘である真白も病院に括り付けられたまま、命を永らえさせることは出来るかも知れない。

そして彼女と同様に、血縁者を恨む日が来るのだろうか。自死を望む日が来るのだろうか。

 

…恨んでもらっても構わない。

それでも生きていて欲しい。

 

だが、それは親のエゴに過ぎないのかも知れない。

 

銀子と繰り返す話し合い。

容易に答えが出るわけもなく、泣かせてしまったことも数知れず。

双子の片割れである銀我は全くの健康体。その息子の世話を、銀子とその両親に任せ切りの後ろめたさもあったかも知れない。

それでも、ろくに家に戻る暇もなく真九郎は働き、手立ても探り続けた。

だが、あまりにも暗く閉ざされた未来。

気を緩めれば絶望に絡めとられるような煉獄の中で、真九郎は神頼みだけはしなかった。

神という存在を否定しているわけではない。

肯定してなお神を罵倒している。

 

俺からまた家族を奪うのか!!

 

もう誰も失いたくない。

そのためなら何でもする。してやる。

俺がどうなっても構わない。

だから誰でもいい。助けてくれ…。

 

絶叫する真九郎の耳元に舞い降りた天啓。

神への祈りを拒絶した以上、それは悪魔の囁きだったのかも知れない。

それでも、真九郎にとって、闇の中に見つけた希望。

娘を救えるかも知れないたった一つの方法。

 

翌日、銀子へ相談することもなく真九郎が向かったのは悪宇商会。その総本部。

アポイントもとらない不躾な来訪にも関わらず、在席した最高顧問は真九郎への面会を了承。

 

星噛絶奈。

昔の強奪戦の確執も全てひっくるめて、真九郎は土下座で彼女の足元にひれ伏した。

小細工は無用。

現在の自分の置かれている事情を全て包み隠さず話す。

その上で懇願。

真九郎の望みは、星噛の作る義体の提供。

本物の人間と遜色のない臓器などを作り上げるのが星噛の能力であり、事実絶奈の身体の大部分も星噛製に置き換えられていると聞いた。

星噛の持つ義体を用いれば、娘の命を救えるかも知れない。

しかし、星噛製の義体は、その重さと同量の宝石以上の価値を持つという。

娘の身体一つ分ともなれば、どれだけ天文学的な金額が必要になるか。

ゆえに真九郎の土下座は自分の身を差し出すという意味も込められている。

揉め事処理屋として、崩月の戦鬼としての自分の全てを賭けての懇願。

代償として生殺与奪の権限すら星噛絶奈に預けるという、悪魔に魂を売るような覚悟。

真九郎の意図を汲んだのだろうか、星噛絶奈は薄く笑い、さして考える風もなく承諾。

そして彼女が真九郎に出した条件は二つ。

一つは悪宇商会に所属すること。

もう一つは――――。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「決着はついたようですね」

 

茫洋と星噛絶無は呟く。

高台にある高層ビルの屋上。転落防止用のフェンスの上に、見事なバランス感覚で起立している。

 

「そうみたいですねえ」

 

応じたのは双眼鏡を覗き込んだままの女性。元悪宇商会人事部統括ルーシー・メイ。

二人が眺めているのは、遥か遠くに望める工事現場。

先ほど起きた盛大な崩落の音の余韻がいまだ静かに漂っているそこには、はっきりと見知った人影が見えた。

星噛製の絶無の眼は、夜もこの距離も苦にしない。

 

「どうやら真白姉さんも銀我兄さんも無事みたいですし」

 

「では連中に帰るよう連絡しますけど、よろしいですね?」

 

「結構です」

 

「まったく、無駄になりましたけどね、虐殺屋とか殲滅屋とか、雇うのに幾らかかったと思ってんですか、もったいない」

 

「全て僕のポケットマネーから出すんです。構わないでしょう?」

 

「わたしの時間外手当も忘れずにお願いしますよ」

 

「おまえは崩月と星噛の技術の結晶を目の当たりに出来たからそれでいいでしょうに」

 

「趣味と仕事は別です!」

 

ぶつぶつ言いながらルーシーは手元の携帯電話を操作。

今回待機させていた諸々の戦闘要員たちには、前もって携帯を支給してある。

その携帯に向けて、作戦中止、帰投してよしと一斉メール送信。

 

「しかし若。本気で連中を使うつもりだったんですか?」

 

「ええ、そのつもりでしたよ。万が一、真白姉さんが斃されるようなことがあったら、斬島一族を根絶やしにしてやるつもりでした。いわゆる連帯責任というやつですね」

 

「………」

 

ルーシーの毒気を抜かれた表情をどう解釈したのか、絶無は一つ肩をすくめて言い添えてくる。

 

「分ってますよ、八つ当たりだってことくらい」

 

八つ当たりで滅ぼされたりしたら斬島もいい迷惑だろうな、とルーシーは思う。

また、裏十三家マニアである彼女としても、星噛と斬島の全面戦争など回避してもらいたいところだ。

自分は否応なく星噛の勢力に組み入れられるであろうことも含めて。

 

「だったら最初から若自身か他の誰かでも真白さんの加勢にいかせればよろしかったのでは?」

 

対して、絶無は心底驚いたような呆れたような表情で返答。

 

「ルーシー、おまえは愛する人のことを信じて待つということを知らないのですか?」

 

「…………さいですか」 

 

のろけ話は犬でも喰わない、とばかりに携帯を操作するルーシー。だが、間もなくその眉をひそめて、

 

「申し訳ありません、四人ほど返信のない連中が…」

 

「ふむ?」

 

「血の気の多い奴らですからね。中には紅さんと因縁のある方もいましたし。中止命令より先走って斬島の誰かを襲いに行ったのかも知れません」

 

「放っておきましょう。それくらいの人数に殺られるようなら斬島もたかが知れているというものですよ」

 

「い、いやいやいやいや若! その理屈はおかしいですって!」

 

狼狽するルーシーの足元に、三つの小さな塊が滑ってくる。

はっとして身構えれば、それは携帯電話。よくよく見れば全部が血に塗れていた。

 

「来る途中、なんか頭悪そうな連中とかち合っちゃってさー。それ、うちの支給している携帯でしょ?」

 

声のする方向を見れば、黒いロングコートに赤い髪。

見紛う事なき星噛製の義手には酒瓶が握られていた。

元悪宇商会最高顧問、星噛絶奈。

 

「母さん…」

 

「絶無ったらしばらく会わないうちにおっきくなっちゃって。お母さんは嬉しいよ! ほら、飲む?」

 

「久方ぶりに会った小学生の息子に酒を勧める親がいますか!」

 

ちぇ、つまんないのー、とぼやいて絶奈は酒瓶を呷る。瓶のラベルはスピリタス。

 

「ちょっと気まぐれで君の顔を見に戻ってきたんだけどさー。何か面白そうなことしてるじゃない? そういうときはお母さんも混ぜて欲しかったなー」

 

きっと、先ほどの真白と斬島もどきの対決をどこからか眺めていたのだろう。

だが「この三年、音信不通だったのはどちら様です?」と絶無はにべもない。

 

「なに? 怒っている? 怒っちゃやだなー?」

 

息子の首を抱え込み、その頬を人差し指でプニプニする絶奈。

鬱陶しそうにその手を振り払った絶無の瞳は、刺さりそうなほど細められている。

 

「怒っている? 怒ってないわけないでしょう! せっかくの機会です、三年ぶん、まとめて拝聴してもらいますよ!?」

 

いやだなあ、とばかりに絶奈は酒瓶をかかげて降参のポーズ。

しかし逃げるつもりはないらしい。息子を見下ろす瞳は母親のそれ。

 

「まず、なんなんですか真白姉さんのあの義体は!」

 

「あはは、あれはねー、若気の至りというか」

 

星噛製陸戦壱式百四号試作型《真田丸》。

いわずもがな弧人要塞・星噛絶奈の現義体のプロトタイプの一つである。

無類の頑強さ、運動性は真作に勝るとも劣らず。

最大の違いは、その外見造形。

全長、頭部込み約170cm B88 W56 H89 というモデルクラスのエクセレントなプロモーション。

 

「ほら、若い頃ってぼんきゅっぼん! なプロポーションで男どもを悩殺したいわけじゃない?

 で、特注で作らせてはみたけれど、いざ使おうを思ったらなんか恥ずかしくなっちゃってねー」

 

「だったらなおさら中学生にあがったばかりの女の子にあの義体はないでしょうよ。姉さん、体育の時間とか凄く恥ずかしがって大変だったんですからね!」

 

「でもあれを使っちゃえば、もういちいち成長に合わせて作り足す必要もなくなるし。それに、あれ自体お蔵入りさせてちゃ勿体無いでしょ?」

 

ま、結果オーライよ、と絶奈は酒を一口。

苦虫を噛み潰したような表情の絶無だったが、一理あることを認めないわけにはいかなかった。

全ての星噛を見渡しても、あれほど戦闘力の高い義体は存在しない。

それは取りも直さず、真白の身を護ることにも繋がっている。

 

「…では、もう一つ。とはいってもこれは確認です。せっかく消した情報を、わざわざ壊れたファイルを装って裏サイトにアップロードしたのは母さんですよね?」

 

絶無が指摘しているのは『悪宇商会所属 揉め事処理屋 紅真九郎』の一文。

鋭い追及に、絶奈はニヤニヤといった笑いを浮かべたまま否定も肯定もしない。

絶無は噛み付くような表情のままで、

 

「全く! あんなもん目につくとこに置いておくから、銀我兄さんが揉め事処理屋なんて始めちゃったんですよ!?」

 

「へえ。やっぱり血は争えないもんね」

 

「そういう話じゃないでしょう! せっかくの色々な苦労がパアじゃないですか!」

 

絶無が憤慨するのも無理はない。

悪宇商会の解体―――といっても名前を変えての再編成再出発なわけだが―――にあたり、関係者各位が腐心したのは、裏世界はともかくインターネットを通じて表世界まで膾炙した悪評の払拭である。

 

もっとクリーンな人材派遣会社に!

 

今までの野放図な経営方針を転換するよう提案をしたのは当時の最高顧問。

あまりにも唐突で鋭角すぎる方針転換の理由と意図を、当事者は高級幹部にすら語らなかった。

翌年、彼女が息子を出産したことに、何らかの関係はあったのだろうか?

そう面向かって問いただすものもいなかったし、所属を抜けるものも少なかった。

クリーンなイメージは、あくまで表向きの看板と仕事として。

ダーティな仕事とその従事者たちは、別名義の会社とともに更に深い裏世界の闇に沈んだが、当然地下水脈で繋がっている。

『悪宇商会』改め『ArkCompany』。

現代表取締役に名を連ねているのは、やはり星噛絶奈。

 

「あ、若、そういえば、銀我さんの馴染みの仲介屋の始末はどうしましょう? とりあえず拉致したままですが」

 

険悪な雰囲気を変えようとあえて水を差したのはルーシー。

ただし、久しぶりに会えた親子同士仲良くしてもらおうなどとは微塵も考えてはいない。

 

「よりによってあの斬島もどきからの依頼を、ろくろく調べもせず銀我兄さんに斡旋した御馬鹿のことですか。

 本来、百回ぶち殺しても足りないところですが…。まあ、とりあえずしっかり言い聞かせてから放免してやりなさい」

 

悪宇商会の言い聞かせ。

廃人にならなきゃいいけど、とルーシーは軽く同情と余計な心配。

 

「ますます小憎らしくなって、色々と様になってきたわね」

 

そんな息子を見てご満悦な絶奈。

 

「ご冗談を。母さんの悪辣さには未だ及びませんよ」

 

そういって不敵に口元を綻ばせる絶無の表情は、完全に弧人要塞のものと一致。

 

「結局、あのファイルは、母さんだけにとって重要な意味があるってことでしょう?」

 

「そうよ。あの男が、一度はわたしの手元にあったという証明であり証拠。まあ今となっては墓碑銘みたいなものかしら?」

 

一転、あっさりと絶奈は首肯。

対して絶無が浮かべたのは会心の笑み。

 

「なんだ、やっぱりまだ父さんに未練タラタラなんじゃないですか」

 

「…そんなことないわよ」

 

口では否定しつつも、答えるまでに生じたわずかな間。彼女の本心を雄弁に語って余りある。

 

義体を提供するにあたって、星噛絶奈が紅真九郎に出したもう一つの条件。

それは、一夜を共にすること。

 

「無敵のわたしと戦りあって勝てたやつは一人もいないけど、引き分けたやつは真九郎くんが最初で最後だったからねー」

 

「父さんと引き分けたあと、闇雲にチューンナップしまくったと聞いてますが」

 

「せっかく盛大に丸々一晩愛し合ったってえのに、あいつったら終わったあと自己嫌悪で死にそうな顔になってやんの。興ざめもいいとこだったわ」

 

「だから当代一の催眠屋を使って父さんの記憶を封印したと。当時の母さんとしては信じられないほど優しい処置ですねえ」

 

「…絶無。あんた喧嘩売ってんの?」

 

「とんでもない。こうして命を与えて頂いたのです。父さんと母さんには感謝してもしたりませんよ」

 

絶奈はちょっと考えたあと、酒瓶を置いて息子を抱き寄せた。

 

「子供を生むなら、出来るだけ強い人の種が欲しかったわけよ。

 まあ、かといって亭主なんていられても面倒くさいし、わたしは一人で生きていける女だからね。

 君一人だけでじゅうぶん」

 

「本当に?」

 

「本当よ」

 

「でも、他の男性の一人や二人寄せ付けてもいいでしょうに。僕だったら気にしませんから」

 

「恋愛は若い頃にし飽きたの。もうこれくらいの歳になると、しがらみとか出来て色々と面倒くさいんだから」

 

「ふーん…。父さんと関係を持つまで処女だった方の台詞とは思えませんね」

 

ピシリと。

絶奈の笑顔が凍りつく。

 

「しかも、父さんとの後は一切他の男とは関係を持とうとしない。操を立てていらっしゃるのでしょう? なんとも美談ですね」

 

すかさず絶無は追撃。

あっさりと引き下がるようでは、星噛絶奈の息子の資格は不十分。

返答は、ぎりぎりと締め上げてくる万力のような両腕とともに。

 

「…絶無くん、君、どこでそんな話を仕入れてくるのかな?」

 

「つけて頂いた教育係の方々の薫陶のたまものですよ」

 

土管を砕くような圧力の抱擁を受けたまま澄まして答える絶無に、絶奈も一瞬言葉に詰まった気配。

息子につける教育係を選任したのは他ならぬ彼女。

教育係に一任して、ふらふらしていたのも彼女だ。

 

でも、六十六代目の斬島をつけたのは、いったい何を学ばせたかったのでしょう?

外野で一人首を捻るルーシー。

 

「は、ははは、連中のいうことを真に受けちゃ駄目でしょ?」

 

「それと、厳重にロックされた母さんの私室には、父さんの写真立てが隠してあるとかないとか」

 

「だからそんな根も葉もない噂を信じちゃいけません!」

 

なんとも馴染まない母親染みた台詞とともに、ゴアッ! と空気が爆発した。

その衝撃はルーシーを転倒させ、転落防止用のフェンスを四方八方に吹き飛ばすほど。

チャリンとした金属音は、おそらく薬莢の落ちた音。

たちまち風通しの良くなった屋上には、お互いに間合いを取って対峙する星噛親子がいるのみ。

 

「図星じゃないのなら何もそんなに焦る必要がないでしょう。しかも息子に向かって零距離で《要塞砲》を使いますか普通?」

 

「絶無、少し君を甘やかし過ぎたかも知れないね。今からお母さんが直々に教育してあげる」

 

…ああ、最悪の展開だ。

ルーシーが恐れていたのはまさしくこれ。

放任主義で気まぐれな母に対し、その息子は自立心旺盛で完璧主義なところがある。

同じ血を引きながらこうまで対極的な性格になったことに、もう一人の遺伝子提供者に理由を求められるかも知れないが、相性的には水と油。

それでなくても星噛は、出会ったら互いにドツキ合うのをコミュニケーションと捉えているフシがある。己の義体の頑強さを誇示するように。

さんざん殴り合ってケロりと和解。お互いに大した手傷も負ってないはずだから、ガス抜きとしては申し分ないのだろう。

問題は、巻き込まれる方はたまったものじゃないということ。

屋上の外壁にどうにか引っかかってぶら下がったまま、無駄と知りつつもルーシーは叫ばずにはいられない。

 

「どっちでもいいから早く引っ張りあげてくださいよ!」

 

 

 

 

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