白銀 ~sirogane   作:羽山健次郎

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第11話

 

「ふう」

 

一つ肩をほぐした真白は、自ら作り出した瓦礫の山を駆け下りる。

これで六十六代目斬島切彦の依頼は完遂。

ちなみに依頼内容は『斬島の力をつかって意味のない人殺しをしている馬鹿野郎の鼻っ柱をへし折って欲しい』。

 

その馬鹿野郎こと荷津崎ひろ子の鼻は完全に陥没している。が、命に別状はないだろう、たぶん。

真白はちらりとスタンガンを喰らって伸びたままの戦闘屋へも視線を向ける。こちらも生きているはずだ。

 

残された二人に対する興味を完全に消失した真白が足早に駆け寄ったのは、地面に横たわった弟。

土ぼこりを被ったその顔を丁寧にふき取り、横抱きに抱え上げ、顔を近づける。

 

「銀我ちゃん、またちょっと強くなったんだね…」

 

弟の顔を見つめる真白の表情は、この上なく優しく甘い。

それは慈母にも似て、弟を溺愛する姉でもあり、完全に異性を見る女性でもあった。

そうなってしまったことには、彼女なりの事情がある。

 

生まれつきの大病。

高熱に浮かされた視界に移る光景は無味乾燥。

むしろ日々襲い来る苦痛を認識させるための記号のようなもの。

 

そんなある日。

突然の苦痛の消失。

手に入れたのは、自由に動く身体と、透き通るような視界。

生まれて初めて知る、意味を持つ世界。

 

そんな彼女が、初めて見た小さな男の子。

自分と同じ年頃のきょうだいと説明されたけれど、その意味も実感も理解できなかった。

父親と母親のことは理解できた。

自分に命をくれた存在。

でも、おとうとって…?

あるべき肉親としての情動。

こと弟に対し、真白はその感覚が欠如していた。

それは、卵から孵ったひな鳥が、初めて見たものを親と思い込む習性に似ていたかも知れない。

真白にとっての弟は、初めて見て、触れて、接した、もっとも身近な異性という認識。

それは長じるにつれて、肉親以上の好意へと昇華。

甲斐甲斐しく弟の世話を焼く所以だ。

 

なぜにそこまで実弟を意識してしまうのか?

同じ血は流れているにせよ、肉体の大半が星噛製に交換され補われていたことも無関係ではないだろう。

また、義体の提供主である星噛絶奈も、ある意味真白にとっての母親という肉親に似た存在。

絶奈の息子の絶無の方へより弟に近い感情を抱いてしまうのは、不思議といえば不思議だが、ある意味当然なのかも知れない。

 

実に複雑な内情と背景はあれど、紅真白にとって、弟・銀我は誰よりも大切な護るべき存在。

弟に仇なすものは全て粉砕する覚悟。

 

もっとも今回の事件に限っては、目標と依頼がたまたまブッキングしたとしか言いようがない。

真白としては、最大限弟の顔を立てつつ、事態の収拾に努めたつもり。

結果として建設途上のビルを丸々一つ吹き飛ばしたわけだが、何の呵責もなかった。

弟が無事であることこそが彼女の中の最優先事項。

 

とりあえず、長居は無用。

予め人払い屋に依頼はしてあるが、いずれ警察か消防へ通報が入るだろう。

 

大切に弟を抱えなおし、真白は歩き出す。

その幸福そうな歩みが急停止。鋭い視線は、工事現場の入り口へ。

そこには、新たに飛び込んできた人影があった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

シートをかき分け工事現場に飛び込むなり、目前に広がる光景に紅真九郎は絶句した。

積み重なったビルが倒壊したと思しき瓦礫の山。

そこから未だ漂ってくる土ぼこり。

地面にひっくり返っている大男。

そしてなにより、自分の娘と息子の姿がある。

 

「お父さん…。どうしてここに?」

 

息子を抱きかかえた娘がほっと安堵の息を漏らす気配。

 

「夜中に二人とも出ていったんだ。そりゃ気づくさ」

 

それより、と真九郎は現場を見回す。

 

「…色々と片付いたみたいだな」

 

「うん、ちょっと切彦さんの依頼でね」

 

切彦ちゃんの? と言い掛けて、真九郎は飲み込む。

十数年前の対決以来全く顔を合わせていないが、娘の方は現在進行形で面識がある様子。

真九郎の中で、過去と現在の記憶がオーバーラップ。

湧き上がってくる感情を押し留め、真九郎は努めて平坦な声を出す。

 

「何もそんな依頼は受けなくてもな…」

 

「ううん。自分の身体のメンテナンス費用くらい、自分で稼がなくちゃ」

 

「………」

 

「そんな顔しないで。お父さんたちにせっかく病気治してもらったんだもん。あとは自分でなんとかするよ?」

 

そう小首を傾げて微笑む真白だったが、きっと真九郎の顔をしかめたの沈黙の意味を、半分しか理解していない。

真九郎の中に巻き起こった激しい自責の念。

半分は命を救うためとは言え、娘の身体を常人とはかけ離れたものにしてしまったこと。

もう半分は、娘を裏世界へと引き込んでしまったことだ。

裏十三家の星噛に関わった以上、それは避けられなかった運命なのかも知れない。

かといって、他に手がなかったことも分りきっている。

だが、真九郎は忸怩たるものを拭えないでいた。

 

「あれ?」

 

不意にガクッと膝を折る真白。

 

「ど、どうした?」

 

慌てる真九郎に、真白は腕の中の弟を手渡してくる。

 

「ごめん、お父さん、銀我ちゃんのことお願い。ちょっとオーバーヒート気味みたい…」

 

「大丈夫なのか?」

 

「少し休めばある程度回復すると思う。でも、一応、工房の方へよって帰るから」

 

これだけ派手にやればなあ、と息子を受け取りながら真九郎は内心で舌を巻く。

星噛の義体に崩月の角の融合。

例えるなら最強の矛と楯を併せ持った存在に、娘はなってしまった。

その上で、凄腕の揉め事処理屋として、裏世界では名前が通ってきている。

もちろんこれも真九郎にとって不本意きわまりないこと。

裏世界最強などという称号は、しょせんトラブルの的でしかない。

柔沢紅香を身近で見てきた身としては痛いほど理解できている。

もっとも、一匹狼だった紅香と違い、真白には星噛家、引いては元悪宇商会のバックアップがあるのは救いか。

 

「早く行って。誰か来るかも知れないから」

 

「…分かった。けどおまえも無理するなよ?」

 

息子を背負い真九郎は工事現場を離れた。

人気のない真夜中のオフィス街を進む真九郎の歩みは力強い。

崩月流の習得で鍛えた肉体はここ数年ラーメン作りに没頭したところでも衰えることもなく

膂力は一般人を遥かに上回り、息子をおぶったまま、片手にマウンテンバイクを抱えるという芸当も可能だ。

しばらく歩いていると、ふと背中の気配が動く。

 

「…父、さん?」

 

「おう、気がついたか」

 

「………」

 

銀我は口をつぐむ。

真九郎もあえて声をかけなかった。

なんだか分からないが息子から嫌われているという自覚はある。

が、先に沈黙を破ったのは銀我のほう。

 

「…なんなんだよ。裏世界とか、真白とか、何なんだよ……!」

 

「……」

 

おまえ、いつから目を覚ましていたんだ? との台詞を真九郎は飲み込む。

下手に突っ込んでやぶ蛇にするのは避けるべき。何度も痛い目を見たゆえの経験則。

 

「真白も、絶無のやつまで知った顔でさ…! オレの知らないとこで何がどうなってるんだよ…!」

 

声が震えていた。

背中で、息子が悔しさに打ちのめされているのが分かった。

男親なら何か慰めの言葉でもかけるべきなのだろうか。

しかし、そんな親として当たり前のことも真九郎には出来ない。

かつて、自分も裏世界に身を置いていたがゆえに。

 

「父さんは何か知っているんだろ!? 教えてくれよ! “悪宇商会”に所属してたんだろ!?」

 

その一言は真九郎にとって重い過去を突きつけてくる。

星噛の義体の提供を懇願したときの絶奈曰く「わたしのお下がりでいいよね?」

否応もなく承諾した真九郎に向かって彼女が出した条件の一つがそれ。

悪宇商会への所属。

させられるのは人殺しか、はたまたどんな重犯罪か。

そう身構えていた真九郎に与えられた役割は、最高顧問の秘書兼ボディーガード。

ボディーガードより強い護衛対象であるという点は置いておくにしても、悪宇商会の活動もグローバル化が著しいらしく、絶奈について飛び回った真九郎は、海外で行ってない主要都市はないほど。

もっとも絶奈は商談というより遊び歩いていたという印象しかなく、一度などアラスカの大雪原まで連れていかれ、来た理由を尋ねたら「オーロラが見たくなった」とのこと。

一生飼い殺しされる覚悟でいた真九郎だったが、あっさりと半年ほどで解雇と除籍。

理由を尋ねれば「懇願した方が訊いてくるわけ?」と突っぱねられ、不気味なほどすっぱりと関係は解消された。

そのしばらく後には悪宇商会は社名を変え、絶奈個人とは、娘の身体の調整で、稀に顔を合わせる程度。

深く感謝をする一方、星噛絶奈や悪宇商会に未だ底知れぬものを感じる真九郎である。

確かもう一つ条件というか約束をしたような覚えもあるが記憶はおぼろだ。

自分にとって些細なものだったのだろうか。もし致命的なものだったら、いまこうして生きていられないだろうし…。

 

加えて、銀子の反応も、記憶に大きな影を落としている。

娘が助かるかも知れない。ただし星噛の義体を使って。

そう伝えたとき、諸手を挙げて喜んでくれるなんて期待はしていなかった。

それでも多少は見えた希望に頬をほころばせてくれた。

続いてその交換条件を明かしたときの銀子の激高振りは、きっと一生忘れない。

 

俺なら大丈夫だよ。悪宇商会に所属したって、絶対人殺しなんかしないし…。

 

そういう問題じゃないわよ! 真白は大切だけどね、あたしにとっては、あんたも…! あんたが…!

 

 

 

「…おまえは知らない方がいい」

 

諸々の記憶と、それらに導き出された思いを込めて、真九郎は答えた。

返答代わりにぎゅっと背中を掴まれる。

 

悔しいか?

でも、知らなければそれでいい。

知ってしまえば引き返せなくなるものもあるんだ。

 

言外にそう真九郎は言ったつもりだけれど、きっと伝わっていないだろう。

銀我の知りえた情報など、裏世界の本質の上澄みを舐めた程度のもの。

何の技能も後ろ盾も持たない高校生に手に入れられる情報など、操作されていて当たり前。

逆説的に、見られても知られても構わない情報だけが流通しているのが表の世界だと言える。

 

「なんだよ、それ!? オレだけがハブられてんのか? オレだけが除け者にされてるってのかよッ!」

 

違うよ、と真九郎は心の中で呟く。

みんながお前を護ろうとしているんだよ。

ある意味、ここが分水嶺。

今ならまだ引き返せる浅瀬に、おまえは立っているんだ。

 

だが、口から飛び出した言葉は全く別なもので。

 

「別に教えないっていってるわけじゃないさ…」

 

一度裏世界に関わってしまえば、無関係になるのは困難。

それでなくても表の世界も様々な形で裏の影響を受け、または恩恵を受けている。

誰もがその境界線上を彷徨う機会を得るのが今の世界の真の姿。

真九郎自身、出来るのであれば息子も娘も表の世界で生きていって欲しいと願う。

だが息子は知ってしまった。

その深い闇の奥底まではとても見通せないだろうが、存在そのものを知ってしまった。

知ってしまったことはなかったことには出来ない。

 

この子も、もう一つの世界で生きていく術を見出せるのか?

そのためには、大切な何かが必要だと真九郎は思う。

憧れ。希望。強さ。

ただ純粋なそれらがあれば、裏世界の闇の中に飲み込まれることもないだろう。

かつて、柔沢紅香に自分が憧れたように―――。

 

「だったら今すぐ教えてくれよ。……頼むよ…!」

 

おぶった息子からのあまりにも率直な懇願に、真九郎は思わず苦笑。

そして唐突に理解した。

銀子が言っていた。息子は、若い頃の自分にそっくりだと。

確かに息子である銀我の身体や顔の造りは、若い頃の真九郎に驚くほど似ているらしい。違うのは目で、これだけは銀子にそっくりだとか。

性格は負けん気が強く無鉄砲なところがある。

負けん気の強いところは銀子に似ているなと本人の前で指摘して、あわや夫婦間の危機にまで発展しかけたことがあった。

真九郎自身、昔の自分と比べると、外見はともかく性格は全然違うよなあ、と考えていたが、果たしてそうだろうか?

その疑問の答えも、妻である銀子が口にしていたかも知れない。

 

“きっとご家族が生きてらっしゃったら、あんたもあんな風になっていたわよ”

 

考えてみれば、これは正鵠。

あの事故にあわず、みな家族が生きていたら。

こんな鬱屈した性格にはならなかっただろう。

明るく前向きで、息子みたいな無鉄砲な子供に育っていたかも知れない。

それを言ってしまえば、紅香に弟子入りを直訴した昔の自分は、無鉄砲以外の何ものだというのだろう?

 

つまり銀我は、幸福な少年時代を過ごしたもう一人の紅真九郎なのだ。

父親として具体的な幸福を提供できたかということには、正直疑問符がつく。

けれど、家族の誰一人欠けることなく一緒にいる幸せ。一緒にいられる幸せ。きっとこれに勝る幸せはないから。

 

真九郎の中で苦笑が素直な笑いに切り替わる。

真夜中であるにも関わらず、笑い声が漏れるのを止められない。

 

「…父さん?」

 

背中で息子が訝しがる気配。

そういえば、こいつに父さんなんて呼ばれるのは久しぶりだ。

というか、こうやってまともな会話もあまりしたことないよな。

そんなことを考えつつ、真九郎は笑いを止められない。

むしろ、それだけしゃべる元気あるなら、いい加減おまえ降りて歩けよ。

真九郎がそう背中に言っててやろうとしたとき。

 

突如、進行方向に現れる巨大な影。

 

「…久しぶりだな、小僧」

 

かつて聞いた覚えのある声に、真九郎の足が止まる。

その姿を認めた瞬間、背筋が粟立った。

 

「…降ろしてくれよ。オレが戦う」

 

背中で銀我が身じろぎする気配。

茫然と立ち尽くす父にくわえ、『小僧』という単語が自分に向けられたものと思ったらしい。

 

「………」

 

だが、真九郎は素直に息子の要請に従った。

ただし、最初の『降ろして』という部分だけ。

背中から降ろした息子を振り返るなり、すかさず腰のあたりに指突。

 

「…あれ!?」

 

アスファルトに立ったと思ったら、かくんと後ろに腰を落とす銀我。

真九郎が施したのは、痛みもなく下半身をしばらく麻痺させる方法。崩月流で学んだ技術の一つ。

 

「ちょっ…何したんだよ!?」

 

わめく銀我に背を向ける。

一度戦う意思を見せた以上、戦闘は不可避。

ましてや相手は裏世界のプロだ。邪魔するなら子供だって容赦はしないだろう。

 

『いつだって、親の仕事は子供の尻拭いなんだよ』

 

誰から聞いた台詞だったか。もしくは漫画か映画か?

なんにせよ、この期におよんで皮肉交じりに真九郎はその意味を痛感。

 

それと。

 

『男は黙って背中で語るものだ』

 

こちらの金言を口にしていたのは、義父となった銀正か、記憶にしかない亡き父か。

 

…ならば、自分も父親として。

 

腕に意識を集中。

皮膚と服を突き破り、姿を現す異形の角。

たちまち活力が巡り渡り、全細胞が賦活化。

 

「《鉄腕》ダニエル・プランチャート…!」

 

懐かしい相手の名乗りを前に、真九郎の片頬に不敵な笑みが浮かぶ。

ちらりと視界の片隅に、一瞬だけ捉えた息子の姿。

 

―――それに、子供は親の背中を見て育つっていうだろう?

 

朗々と、真九郎は数年ぶりの名乗りを上げた。

 

 

 

「崩月流甲一種二級戦鬼、紅真九郎!!」

 

 

 

 

 

 

 

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