白銀 ~sirogane   作:羽山健次郎

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第9話

斬島切彦。

斬島に生まれついたものにとっての至尊の継名。同時に称号であり当代の証でもある。

 

ゆえに斬島の誰もが、一度は切彦の称号を目指す。

継承には、齢も性差も関係ない。

当代の切彦に認められ、名前を譲渡されることによって成立する。

誰にでも挑むことが出来る反面、一人に与えられる機会は一度きり。

 

現在の当主は六十六代目。

連綿と続く斬島一族の歴史の中でも稀なる天稟を持ち、十代そこそこで切彦の名を継いだ才女。

 

ひろ子(偽名であるが便宜上そう呼ぶ)も、もちろん切彦の名を継ぐべく努力を重ねた。

自信を持って挑んだ継承式。

それを。

刃を交わらせることすらなく、あっさりと六十六代目は告げたのだ。

 

『おまえに才能はない』と。

 

そこで目標は潰えた。

諦めて忘却するには、能力とプライドは高すぎた。

加えて、周囲を漂う噂も彼女を苛む。

 

六十六代目は既に継承者を決めている。なんでも雪姫とかいう娘だとか―――。

 

噂の真偽は分らない。

だがひろ子は信じた。

そう信じることによって、自らを正当化。

 

ならばあの継承式自体茶番ではないか!

 

憤慨したまま故郷を出奔し都会に潜伏。

刃物を使えば無敵だが、それ以外は普通の小娘に準ずるひろ子は、生きていくために人並みにバイトをし、それでも苦しくて夜の水商売に手を染める。

しばらくはそうやって糊口を凌いでいたが、己の中で鎌首をもたげる狂気だけはどうしようもなかった。

存分に刃を振るい、あらゆるものを切り裂きたいという衝動だけは。

 

廃材置き場に忍び込んで欲求を紛らわせる日々は、ある晩に終わりを告げた。

夜の仕事で出会った偏執的な客。店を出たあと、自宅近くまであとをつけられた帰り道。

気がついたとき、人気の無い路地裏に連れ込まれ、押し倒されようとしていた。

正当防衛。

ひろ子は隠し持っていたナイフを抜く。

あとは簡単だった。

声を立てないように喉を切り裂くのは簡単だった。

逃げられないように手足の腱を切り裂くのは簡単だった。

のたうちまわり助けを求める唇と鼻をそぎ落とすのは簡単だった。

全てを血の出ないように切り裂くのは簡単だった。

 

気づいたとき。

自分でも驚くほど呆気なく、人の解体は完了していた。

 

ひろ子は震えた。

人を殺したことではない。

人を解体するということの喜びに。

 

なんて楽しい。

楽しすぎて気が狂いそう。

 

斬島である以上、人を切りつけることに躊躇はない。

しかし彼女の場合、そこに歪つで新たな喜びを発見。

 

刃一つで人の肉と骨を切り分ける喜び。

刃一つで人を別の形に整形していく愉しみ。

この世に、これほどの愉悦があったなんて。

 

文字通り寸刻みに男を解体したあと、財布の中身の現金だけは頂いた。

副次的な収入として、大いに家計に役立った。

 

以来、夜の仕事でたびたび獲物を物色し、裏の世界へ引き込んでは解体。

多少気を持たせる素振りをしただけで、面白いほど男は釣れた。

趣味と実益の両立。

なんて素晴らしい。

 

人を殺すことへの禁忌などなかった。

かの六十六代目さえ『ギロチン』を名乗り、裏世界で大鉈を振るっているのだ。

切彦の継承者とさえ目された私が、幾ら人を解体したところで何を恐れることがある?

 

それに、関わってきたのは相手のほう。

こんな私に関わってしまったなら、命を奪われてもしようがない。

嫌なら最初から関わってこなければ良い。

 

一方的な三段論法は彼女の定めた唯一のルール。

 

過日、例によって気を持たせてストーカー化させた男も獲物の一人で、紅という揉め事処理屋を介入させたのは単なる気まぐれ。

場合によっては、あの場で二人まとめて解体するつもりだった。

そうならなかったのは、予想以上に若い揉め事処理屋の登場に唖然とし、同時に興味をそそられたことに起因する。

村上銀我と名乗り直した少年に非常に食指が動いたのだ。

極上の素材を見て、料理人が調理法に想いを馳せるように。

 

繰り返した人の解体作業により、ひろ子の嗜好は更に残酷かつ美食化。

泥酔した肉体よりも、しらふの肉体の方が切り応えがある。

恐怖で硬直した肉体より、ある程度乳酸が分泌されほぐれた肉体の方が切り味が良い。

そして、若い筋肉ほど、瑞々しくて味わい深い―――。

 

喧嘩屋を雇ったのはその下準備のため。

大男は散々ナイフで嬲って服従を誓わせた。

これから来る少年を殺せたら解放してやるとけしかけたが、もちろん最初から生きて帰すつもりなどない。

村上銀我に対しての当て馬。

大男に課せられた役割はそれだけ。

銀我少年へのコンタクトは、適当な情報屋を使って簡単に割り出すことが出来た。

思わせぶりな電話での救援依頼。目的地までの誘導に一旦自宅を経由させたのは小細工だが、それなりの心理効果を期待してのこと。

 

結果として、村上銀我はひろ子の希望に申し分なく応えてくれた。

最低ランクの戦闘屋とはいえ、互角に渡りあうという予想以上の活躍に拍手を惜しむつもりはない。

鬱陶しい大男には退場してもらって、これからが本当のお楽しみ。解体タイム。

十分にほぐれた若い男の子の肉はどんな切り味がするのかしら。

 

―――そう思った矢先、乱入してきた村上銀我の姉を名乗るこの女。

しかも。

 

「“星噛”だあ…!?」

 

裏十三家の斬島に生まれたひろ子にとって、同じ裏十三家の星噛についての知識はある。

冶金技術に特化した能力を持ち、自らの身体を眷属が開発した義体に入れ替えるという趣向を持つ家系。

しかも確か星噛の棟梁は、かの悪宇商会の総元締めだったとか―――。

 

「てめえもッ! 星噛の一族だってのかあッ!?」

 

叫びながら、予備のナイフを使ってのひろ子の二連撃。

斬りつけた刃先に火花がはじける。

刃は衣類を斬り裂きながらも、しかし身体に傷をつけた様子はない。

 

「くッ…!」

 

刃は欠け、痺れに負けひろ子はナイフを取り落とす。

冷ややかな雰囲気のまま、星噛を名乗った少女―――真白は言った。

 

「あたしは、星噛一族と少し違う。あなたが、斬島を逸脱してしまったように」

 

「なんだとッ!?」

 

真白は、落ちたナイフを指差す。

 

「それが証拠」

 

「なにわけわかんねえこと言ってんだテメェ!」

 

ひろ子は睨みつける。

返ってきたのは哀れむ視線。

 

「あなた自身、気づいていないのね―――」

 

「だからさっきから何言ってるんだテメェ! オレを馬鹿にしてるのかッ!?」

 

怒鳴りつつ、密かに後ずさりするひろ子。

鉄より硬い義体の持ち主でも、武器を変えれば切り裂くことは可能。

隠してある武器をの何れかを手入れられれば。

地面に横たえた弟を後ろに庇うように仁王立ちしたまま、真白はポツリと言う。

 

「今のあなたは素手。なのにどうして人格の変化が起きていないの?」

 

「は―――?」

 

なんだそんなの。

笑い飛ばそうとして、そのままひろ子の顔が凍りついた。

待て。

待て待て待て。

オレは…!

私は…!

…あれ?

オレはどっちで私は何を―――。

 

「刃物を手にしたときのみ、斬島の異能は発揮される。

 反面、刃物を持たない斬島は人畜無害」

 

それは、あまりにも強力な能力ゆえに斬島自身が施した安全装置。

同時に、一族の命脈を保つための自衛措置であるともいえる。

裏十三家で一、二を争う暴勇を誇る斬島も、その意味では己を弁えていた。

制御の利かない剥き出しの刃ほど、危険で厄介なものはない。

その刃が己に向いて自滅するならまだしも、相手構わず牙を剥くようなことがあれば?

最悪、周囲の十三家によってたかって潰されてしまう。

力が巨大であればあるほど制御は必須。

刃物を持ったときに生じる人格交替といういささか極端な処置も、その力を鑑みれば妥当といえるのではないか。

ならば、その制御が外れた斬島は―――。

 

「切彦を詐称するならまだしも、逸脱してしまったあなたは斬島の名に値しない。ただのフリークス」

 

「……だ、黙れ黙れ黙れーーーーーーッ!

 このオレが、この私がフリークスだと?

 オレが、オレこそが本当の斬島切彦に………!」

 

「今のあなたは殺人狂以外のなにものだというの?」

 

だから。

だから六十六代目から依頼が来たの。

 

真白の声を、ひろ子は聞いていなかった。

回れ右の全力疾走は逃亡ではない。

ひろ子が飛び込んだのは建設途上のビル。

内装も大分出来てきているその中を走り、一番手近な部屋へと。

あった。あらかじめ隠しておいたサバイバルナイフ。

そのグリップを握り、冷たい刃を眺めていると、スッと気分が落ち着いた。

ふつふつと血が沸き立ってくるのを感じる。

この感覚。

これこそが斬島の一族である証。

 

ひろ子の片頬に笑みが浮かぶ。

 

―――そう、私は壊れてなんていない。

―――オレは切彦に劣らない斬島。

―――いや、私こそが切彦。

―――オレが! オレが六十七代目の切彦だ!

 

冷静になった頭で思考を巡らせる。

 

六十六代目の依頼?

そんなもの返り討ちにしてやる。

そうすれば、六十六代目が自ら出てくる。

なんて冴えている私。

うふふ。

フフフフ。

ははははハハハハハ!

 

ひろ子はビルの中を見回した。

この中の構造は熟知している。

念のためと前もって幾つも武器も隠し済み。

コレクションの中には日本刀も存在。

あれを使えば、星噛製の義体もぶった斬る自信がある。

他にも無数のトラップをビル内に配していた。

いざとなればビルの支柱を斬って倒壊させるのも、斬島にとって造作もないこと。

いかな星噛の剛健を持ってしても、大質量に埋もれてしまえば身動きは取れなくなるはず。

つまり、この中に引き込んで戦えば、負ける要素はない。

ここはひろ子にとっての城。要塞だ。

 

そういえば星噛の棟梁は、確か『弧人要塞』と仇名されているとか。

 

あの真白と名乗った星噛もそうなのかわからねど、折りしも要塞対要塞という構図が成立する。

 

ひろ子は哄笑。

 

ならば―――追ってくるがいい。入ってくるがいい。

この私の要塞が、おまえの要塞を粉砕してやる。

 

しかし。

 

「…?」

 

相手が、ビルに入ってこようとしない。

気配そのものはビルの前にあるのを感じる。

こちらの罠を察しているのか?

出てくるのを待っているつもりか?

仮に後者であるならば持久戦となる。

だが、夜が明ければ工事関係者など人がやってくるのは自明。

そこまで悠長な対応をするとは考えにくい。

 

ひろ子は窓辺に顔を寄せる。

四階の、現状では最上階に位置する一室。

真下を覗き込めば、外壁を前に佇む真白の姿が見下ろせた。

 

…あの女、何をするつもりだ?

 

結果として、ひろ子の予想は半分正解し、半分外れることになる。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

真白はこのビルの中に罠が張り巡らされていることは察知していた。

そして、相手がビルから出てくることを待つつもりもなかった。

ならば。

彼女が打った手は、最も短絡的かつ簡単な解決法。

 

真新しい外壁の前に立ち、半身に構えた。

腰溜めに構えた右拳に意識を集中。

 

「はッ」

 

細い気合と共に突き出された右拳は、空を斬る過程で掌底突きへと変化。

外壁に密着するその瞬間、掌から迸る閃光。

閃光の正体は、まるでパイルバンカーのように突き出された角。

水晶色をした人に在らざる器官はコンクリートの壁を穿ち、その衝撃はビル全体へと伝播。

まるで水晶を打ち鳴らしたような澄んだ音が響き渡り―――ビルは全身を震わせるように激しく揺れた。

次の瞬間、角の先端からコンクリートの微粒子が迸る。

ビル全体の壁に縦横に走る微細なヒビ。

堰を切ったように始まる崩壊は、さながら砂上の楼閣のよう。

無数の崩落音が連鎖する中、微かにつぶやかれた声を聞きとがめたものは誰もいない。

 

「―――《戦鬼砲》」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

…生きているのか?

 

うっすらとひろ子は目を開けた。

視界いっぱいにもうもうと立ち込める土埃。

身体を動かそうとして、下半身に激痛が走る。

ほぼ全身が、コンクリートや木材に埋もれていた。

とりあえず致命傷は避けられたのは、斬島の才能ゆえ。

崩落していく最中で、落下してくる天井や柱に刃を振るったことは覚えているが、何が起きたのか理解しがたかった。

いや、理解したくなかったといったほうが正解かも知れない。

 

「あの女…」

 

あの星噛がこちらの要塞を砕いた。

そこまでは理解している。

が、まるで豆腐の如く四階相当のビルを破壊せしめた一撃は、一体どのような威力を秘めていたのか。

ましてやそれと正面切って相対しようとしていたなど。

 

「良かった、生きていますねー」

 

ガラガラと瓦礫を押しのけて、あの女が姿を現す。

浮かべている表情がこちらの安否を本当に気遣っているようで、ひろ子は戦慄。

 

「生きててもらわないと依頼が果たせませんから」

 

浮かべられた笑顔を見上げ、思う。

こいつは化け物だ。

正真正銘の怪物。このオレに勝るフリークス。

 

「…ああ。もう逃げも隠れもしねえよ。だから最後に、アンタの名乗りを教えてくれないか?」

 

化け物は目を見張り、虚をつかれたような顔つきになった。

それこそがひろ子の待ち望んだラストチャンス。

唇を尖らせ、口内に含んだガラス片を射出。

刃であれば、斬島の能力に則った威力を発揮する。狙いは見開かれた瞳。

 

キン! と澄んだ音が夜空に木霊した。

 

「……眼まで星噛製かよクソッタレ……」

 

これで正真正銘打つ手はなし。投了だ。

相手は、まるで何事もなかったかのような笑顔を浮かべたまま、

 

「崩月流特種無等級戦鬼、紅真白。揉め事処理屋です」

 

振り上げられた拳は、何気ない仕草で振り下ろされた。

 

顔面が陥没する感触。

激痛に失神する刹那の瞬間、ひろ子は気づく。

 

『金さえ出せばあらゆる揉め事を片づけてくれる凄腕の人がいるらしい』

 

―――そうか。

紅を名乗る揉め事処理屋は二人いたのか―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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