ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 0 ブルースカイ・アクア
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Episode 0 ブルースカイ・アクア

 

 

 

 1人の青年が、都会の街中を歩いていた。ひ弱、とまではいかなくとも線が細く、大きな目と男性でありながらさらりとした黒の短髪が目に付く。手にした携帯と周囲を見比べながら歩いていた青年は、大通りからは外れた路地で目的であろう建物を見つけると足を止め、案内用の看板へと目を移した。

 

『人探しから物探し、浮気調査にその他厄介ごとまで! 御法に触れなきゃ報酬次第でなんでもござれ! 女性も安心のファイアフライ魔術探偵所は当ビル2階!』

 

 ネットで事前に調べた時にも見かけた独特な売り文句に、少し前に電話をかけた建物はここに間違いないと確信する。その案内にある通り、ビルの中へ入って2階へと昇っていく。

 目的のフロアの扉の脇には、確かに「ファイアフライ魔術探偵所」と看板があった。さらに「営業中・お気軽にお入りください」とのプレートもかけてある。青年はその指示に従って扉を開けた。

 扉にかかっていた来客を知らせるためであろう鈴が音を鳴らす。その音に気づいたか、事務所内の椅子に座っていた女性は視線を入り口へと移し、立ち上がって一礼した。

 

「いらっしゃいませ。小田(おだ)さん、ですね?」

「はい。先ほど電話をした小田です」

 

 出迎えた女性は、水色を基調としたワンピース風の服装だった。そこから黒のパンプスとストッキングに包まれた脚が覗き、上に目を移せば艶やかで流れるような長い黒の髪が目を引く。加えて、メタルフレームの眼鏡の奥にあるクールな眼差しの瞳が、「仕事の出来る女」という印象を醸し出していた。

 

「お待ちしておりました。今お飲み物をご用意しますので、そちらにかけてお待ちいただけますか?」

 

 一見すると少しきつそうとも取れる印象ではあったが、それでも女性は相手に緊張を与えない程度に笑顔を作り、手で椅子の方へと促した。小田と名乗った青年は礼を述べ、椅子へと腰掛ける。

 事務所の中はこざっぱりとしていた。応接用の机と椅子がワンセット、パソコンのある作業用と思われる机がひとつ。その他は資料やら参考文献が入った本棚がある程度で、彼女の趣味であろうか、その棚の上に置いてある数多くの砂時計がようやくインテリアとしての役割を担っていた。

 ややあって、女性はコーヒーを客の前へと差し出した。自分の席にも置き、前もって用意しておいたであろう名刺を手に取って手渡す。

 

「では、改めまして……。本日は、当事務所をご訪問いただきありがとうございます。私こういう者です」

 

 そこには「ファイアフライ魔術探偵所所長」という肩書きや連絡先などと共に、彼女の名前が記されていた。

 

穂樽夏菜(ほたるなつな)さん……」

 

 自分の名を呼ばれると、女所長はどこか恥ずかしそうな表情を浮かべた笑みを返す。

 

「所長、なんて肩書きですけど。他に働いてる人がいないんでそう名乗っているだけなんですよね」

 

 相手の緊張をほぐそうかとそうかけた言葉だったが、彼の表情は硬いまま。どうやら効果薄だったらしい。なら早く話を進めたほうがいいかと、穂樽は咳払いをひとつ挟むと表情を引き締めてメモ帳とペンを手にし、仕事の話題を切り出した。

 

「……では早速ですが、ご依頼のお話に移らせていただきます。お電話を頂いた時は人を探している、という話だったかと思いますが」

「そうです。ずっと会っていない、かつての……恋人を探しています」

「恋人……ですか。その方に最後に会ったのは、また、会えなくなった理由がありましたら、事情を説明してもらってもいいですか?」

「はい。最後に会ったのは……9年前です。俺が小学校6年生の時、彼女は同級生でした。ですが、俺はある事情で急な転校となったために、最後の挨拶も出来ずに別れてしまった。以降、連絡は取っていません。当時の彼女は携帯も持っておらず、その時の連絡先にもいないみたいです。その他の連絡先は知らなかったので」

「では今どの辺りに住んでいるのか大まかな情報もわからない、と」

「そうなります」

 

 メモを取りつつ穂樽は少し難しい表情を浮かべていた。場所を絞り込めないのは厳しい。小学6年の時から9年という歳月は長く、名前だけで探せるか少々不安ではあった。

 

「探していただきたい方の名前、あと可能なら写真か画像などありますか?」

「持って来てます。ただ、小学生の時の写真なんであまり手がかりにはならないかもしれませんが……」

「何か特徴があれば参考になりますので」

 

 特徴か、と独り言のように呟きつつ、彼は荷物の中へと手を入れて探し物を始めた様子だった。

 

「確かハーフだったはずです、両親が日本人とカナダ人だったかな。ああ、あと俺もあの子も、名前は特徴的でしたけど」

「小田さんのお名前、『アクア(・・・)』さんでしたっけ?」

「そうです、アクアです。『青空』と書いて『あくあ』と読むんですよ。珍しいでしょう?」

 

 取っていたメモのところに「小田青空」と名前を書きつつ、何故青空なのにアクアなのだろうか、と彼女はふと思う。だが失礼に当たるかもしれないと、その質問は飲み込むことにした。

 

「写真、これです。探してほしいのはこの子です」

 

 差し出された写真を覗き込む。そこで青空が指差した少女の姿を見て――思わず穂樽は言葉を失った。青空と共に写りこんだ、額に独特なピースサインを作るその少女。9年前という知っている姿からはかなり幼かったとはいえ、穂樽はその彼女を見間違えるはずがなかった。

 

「彼女の名はセシル(・・・)……。須藤聖知(すどうせしる)です」

 

 

 

 

 

「かつての恋人……か……」

 

 事務所の奥。依頼人との話を終えて帰した後、居住空間として分けてある部屋のソファに寝そべり、穂樽は預かった写真をしげしげと見つめていた。

 穂樽自身もある程度は知っている話ではあった。そのため、話を聞けば聞くほど、青空(あくあ)の言い分は彼女を納得させるのに十分なものだった。

 小田青空。彼が探してほしいと依頼してきた須藤セシルは穂樽同様の「ウド」と呼ばれる魔術使いであり、その魔術使いを弁護する弁護士ならぬ弁魔士である。同時に、穂樽にとっては以前の同期でもあった。

 そのセシルの母、娘同様ウドである須藤芽美(めぐみ)が、かつて娘と自身を守るために正当防衛で魔術を使って人を殺めてしまったという事件があった。その時命を落としたのが青空の父で当時警部だった小田京介(きょうすけ)。その結果、加害者の娘と被害者の息子という関係となった2人は、良好な関係であった仲を引き裂かれざるを得ない状況となった。そんな事情があっては、青空がセシルと会えなくなるのも納得だと考えられる。その時2人は互いをどう思っていたか、穂樽には想像でしか補うことは出来ない。

 だが、ここ最近、その芽美の正当防衛が認められ再審請求が通るかもしれないということにより状況が変わる可能性があるという情報を知り、またセシルに会いたいという気持ちが芽生えたらしい。加えて、父の死の真相を、何故そのような事態となってしまったのかを知りたいということだった。

 

 一応その件はセシルを通して穂樽も聞いている。逃亡した連続殺人犯を京介が追っている際、セシルと芽美が人質となってしまうが、魔術使い――ウドへの偏見のある京介は「魔術使いが死のうが関係ない」と犯人の警告を無視し発砲。結果犯人の無力化に成功するものの、銃撃戦の際にセシルを誤射してしまう。彼は自分のミスが表沙汰にならないよう、口封じのために親子2人とも殺そうとしたために、そこで芽美が魔術を行使して京介を殺めてしまった、という話を芽美から聞いたとセシルは話してくれた。

 だが世間一般の情報は錯綜している。ウドは、魔術を使えない人間から見れば異端の存在、その力は脅威であるとも見られる。故に魔術使用を狭く制限される「魔禁法」という法が存在するし、裁判も一審制だ。ウドが肩身の狭いを思いを強いられるこの状況のせいで芽美は控訴も何も出来ず死刑が確定してしまった、という背景はある。そんな彼女の判決が覆るかもしれないということは多少の話題にはなりつつも、同時に対象がウドということで偏向気味な報道もあり、一般人には明確にはわからないのが現状だ。

 

 寝転がり写真を変わらず見つめつつ、穂樽は机の上にある白地に緑のラインの入った箱を開ける。そして煙草を1本取り出して口に咥えた。

 

「ニャ。穂樽様、寝煙草は危ないニャン」

 

 その様子を見咎めたのか、穂樽の使い魔である猫のニャニャイーが横から口を挟んできた。

 

「わかってるわよ、そのぐらい。咥えるだけよ」

「というか、その前に煙草自体やめてほしいニャ。体に毒ニャ」

「余計なお世話。習慣なんだからしょうがないでしょ」

 

 1年前、穂樽は弁魔士と別なアプローチでウドの力になりたいと、かつての職場であったバタフライ法律事務所、通称バタ法の面々と相談し、バタ法を抜けてこの事務所を立ち上げた。弁魔士という職業は確かに世間で冷たい目で見られることが多いウドの助けになる。しかし、魔術関連事案を裁く法廷である魔法廷での案件が前提となるため、どうしても受け入れる間口は小さくなってしまう。もっと多くのウドを助けたい、そう思った穂樽はウドも訪れやすい「魔術」という文言を入れ、よりフットワークの軽快な探偵業に着目した。元々穂樽自身、個人で動きたがる傾向も意識しており、合っていると思ったのだった。

 3年前から2年間をともに過ごした仲間は皆納得して送り出してくれたし、今も関係は悪くない。「ファイアフライ魔術探偵所」という名前をはじめとして、ビル入り口の看板やネット上のサイトにある独特な売り文句は、当時の同僚が考えてくれたものだった。加えて提携もしており、裁判証拠の収集などに穂樽が動くこともあるし、自分の手に負えない案件のときは弁護を頼むということもある。どうしても以前の職場に頼りがちになってしまっていることは否めないが、基本的に今の環境に不満はない。

 

 とはいえ、いいことばかりでもない。まず、基本的にはストレスとの戦いだ。浮気調査や素行調査のようなものの場合、尾行を含む長時間の張り込みなどを強いられることもある。そこで気分転換に煙草を試したところ、意外なほど心が落ち着いた気がしたために、以降ニャニャイーに文句を言われても手放せないものとなっていた。

 また、弁魔士時代からもある程度はそうだったが、パソコンに向かい合う時間がより増えたために視力も落ちた。当初はコンタクトを使用していたが、つけるのが面倒と今では眼鏡に切り替えている。

 結果、仕事優先で若干ずぼらになってしまったことは否めない。かつては妻のいる大学教授に惚れ、危なく不倫まがいの恋愛をしかけたこともある。まだそれを引き摺っていることを自覚してはいるが、今思えば若気の至りだったと思うし、そんな自分を戒める意味も込めて男事情から距離を置いていた。

 

「まったく、私の自慢のご主人様である穂樽様はどうしてこうなってしまったのかニャ……。女子力が高いんじゃなかったのかニャ?」

「高いわよ。色々出来るけどやらないだけ」

「それもなんだか最近じゃ胡散臭いニャ。……あと煙草臭いニャ」

「うるさい。まだ吸ってない。考えごとしてるんだからちょっと黙ってなさい」

 

 眼鏡のレンズ越しに鋭い視線で使い魔を睨み付けつつ問答無用で黙らせ、穂樽はどうしたものかと考えていた。

 

 当然、探すまでもなく相手は見つかっているも同然だ。穂樽はセシルの携帯番号も知っているし、時折顔を合わせてもいる。今電話をかけて「今日の夜食事にでも行かない?」と誘えば、あっさり「見つかる」ことだろう。

 

 だが、穂樽はすぐにそうしようという気にはならなかった。結果、自分とセシルの接点を伏せ、普通に依頼を受けている。

 勿論理由はある。まず、写真を見て女の子がセシルとわかったところで、穂樽は以前セシルの実家を訪ねたときに見せてもらった、「初恋の人」と写った幼い彼女の写真を思い出していた。その時点で自分との接点を意図的に伏せた。

 あの時のセシルは複雑そうな表情をしていたはずと記憶していたために、何かがあったことは彼女の様子から想像するに難しくなかった。だからまず青空から事情を聞き、その「何か」をはっきりとさせた。それがわかった上で、やはりセシルのことを考えると自分との関係を伏せたまま、セシルの本心を聞いてから対処を考えたいと思ったのだ。

 

 確かに青空はセシルに会うことを望んでいる。しかし、セシルはどうだろうか。絶対に嫌、ということはないだろうが、心の整理をしたほうがいいかもしれない。5歳差という年齢でありながら同期として、時にはライバルとして穂樽と一緒にバタ法で働いた彼女は、かつての「恋人」と会うことをどう思っているのだろうか。

 

「……私もちょっと過保護、かな」

 

 バタ法の面々の癖がうつったかもしれない、と体を起こしつつ穂樽はぼやく。史上最年少弁魔士、バタ法に務め始めた当初のセシルは17歳という年齢と、加えて穂樽も含めた事務所の面々が巻き込まれた事件の関係もあり、皆何かと世話を焼いていた。そのせいかもしれないという感覚は否めない。

 ライターを手にし、咥えたままだった煙草に火を灯す。考えはまとまらない。煙を吐き出し、「さて、どうしたものかしらね」と独り言をこぼしていた。

 

「ニャにを迷ってるニャ? 依頼を受けたんだし、あとはセシルの日程調節するなり番号教えるなりすれば解決ニャ。楽して大もうけニャ」

「……言っておくけど今回の件を受けた理由、お金目的じゃないわよ」

「ニャ? じゃあニャンでニャ?」

「私が迷っているのは……セシルに小田青空の存在を伝えていいものか、あの子は彼に会うことを望むのかということよ。セシルは死刑判決を受けた母親の再審請求、ひいては無罪を勝ち取るためだけに青春の全てを投げ打って、17歳という若さで弁魔士になった。そしてついに事件の真相に触れ、再審請求にまでこぎつけた。

 でも小田の側から見たら? たとえ正当防衛が認められて無罪になったとしても、セシルの母が彼の父を殺してしまったという事実は変わらない。セシルだってそのことは当然わかっているはず」

「だったら断ればよかったのニャ。話がめんどくさいニャン。……あと煙草臭いニャ」

「うっさい」

 

 ニャニャイーの抗議を無視し、穂樽は再び煙草を燻らせる。

 どうすべきか。1人で考えていても埒は明かない。やはりセシルに話を通すところから始めなければならないだろう。少なくとも仕事として受けている以上、依頼主には最低限の筋の通った結果を残す義務があるのだから。

 それで話をして、本人が会うことを望めば日程を調整して双方の連絡役になればいい。望まない場合、他の依頼の時と同様に「元気ではあるが会うことを望んでいない」と伝えるのが妥当だろう。

 

 とにかくセシルに話して気持ちを確認するのが最優先だとまとめ、穂樽は煙草を灰皿に押し付けて火を揉み消した。それから携帯を手にして電話帳を呼び出し、だがそこで一瞬手が止まった。

 

「……きっと大丈夫。あの子は、もっと重いものを背負い、それでも前へと進んできたのだから」

 

 穂樽は自分自身にそう呟いて言い聞かせ、通話ボタンをタップした。数度の呼び出し音の後、聞き慣れた明るい声が携帯電話越しに聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 多少以前よりガサツになった、と穂樽自身自覚してはいる。だがそれでも根は堅物の生真面目だ。待ち合わせをすれば約束の10分前、遅くとも5分前には待ち合わせ場所に着くよう常に心がけている。

 それに引き換え、と彼女は腕時計へと目を移した。既に約束の時間からは10分過ぎている。職業柄、いつ建物から出てくるかわからない相手を張り込むこともあるため、待つこと自体は苦ではない。とはいえ、約束時間から遅れるというのはやはり感心できたことではないとも思う。

 気を紛らわすために一服したいところではあった。が、分煙を越えて嫌煙ともいえる時代の波によって、街中の喫煙スペースはかなり限られている。ここで吸うことは勿論、視界の中に喫煙スペースは見当たらない。そのことが余計に心を苛立たせるようにも感じ、ごまかすためにほぼ無意識のうちに携帯を手にいじり始めていた。連絡してもいいが、まだ10分。さすがにもう少しは我慢するか、と適当にニュースサイトでも見ようとした、その時。

 

「ごめーん! 駐輪場が見つからなくて……。なっち、待った!?」

 

 数時間前にも聞いた、耳に馴染んだ底抜けな明るい声に、穂樽はため息をこぼし、携帯の操作をやめた。声の主を確認するまでもない。顔を上げると同時、返事代わりに彼女は口を開く。

 

「遅い。10分遅刻よ」

「うわ、めちゃ怒ってる……」

 

 以前から変わらない、どこかのアイドルかあるいはコスプレかと思うようなかわいらしい服装。本人曰く「戦闘服」に身を包み、須藤セシルは申し訳なさそうな表情を浮かべて穂樽へと駆け寄った。駐輪場、と言ったことからも愛用のミニバイクで近くまで来たのだろう、手にはヘルメットと、カバンからはカエルの使い魔であるナナジーニィが顔を出している。

 

「だから言ったじゃないの、私がバタ法まで行こうか、って。忙しいなら私の提案受けなさい」

「だって……。なっちが折角食事に誘ってくれたし、2人きりでなんてこと滅多にない気がしたから、気を使わせちゃ悪いかなとか思って……」

「誘ってるのはこっちなんだから、そういう時は余計な気は使わなくていいの。それに遅刻されるぐらいなら私が出向く方がマシだったわ」

「まったく穂樽は相変わらず不機嫌だボン。そんなに怒ってると頭の血管が切れるボーン」

「うるさいわね、エロガエル。……こいついるならニャニャイー連れてきて相手させるんだったわ」

「ボボーン! あの猫はどうしても苦手だボーン!」

「まあどの道、食事中は黙っててもらうからいいけど」

 

 相変わらずのナナジーニィの様子に、思わず穂樽は小さく笑顔をこぼした。それを見ていたセシルも小さく笑う。

 

「……よかった、なっちの機嫌が直った」

「直ってない。それとこれとは話が別よ。……でもまあいいわ。立ち話もなんだし、いつまでもここで話してると予約の時間に遅れるかもしれないから行きましょう」

 

 先導して穂樽は歩き出した。慌ててセシルがそこに続く。

 

「予約してくれてたの? ごめんね、それなのに遅れちゃって」

「大丈夫よ。そこまで見越して待ち合わせの20分後に予約してあるから」

「すごーい! セシルの行動を予測してるなんて、なっちはさすが探偵さんだね」

「……皮肉のつもりだったんだけど。あと探偵っていっても、イメージしてるものとは違うって前に説明しなかった?」

 

 どうにもペースが乱されている、と穂樽は感じていた。やはり底抜けに明るいセシルと自分の性格は本来合わないはずなのだろうと改めて実感する。

 出会って最初の頃は史上最年少弁魔士とはいえ、中身はただの子供と思い冷たく接していた。しかし彼女が背負っているものの重みや表に出さない悩みなどを知り、次第に心を通わせていくに連れて、年の差を越えた友情のようなものを感じるようになっていった。

 だがいくら心を許した仲、さらには今年成人式を迎える年齢とはいえ、まだまだセシルは子供っぽいところが多いのも事実だ。そういうところで振り回され、気づけば彼女のペースに引きこまれていたということも少なくない。今日はそれはまずい。食事はあくまで口実、本当の目的は別にある、と穂樽は自分に言い聞かせる。

 

 予約していたレストランは歩いてすぐだった。予約時間にはまだ少し早かったが、店側は2人を席へと案内してくれた。

 席に着き、メニュー表を開いて「うわあ」とセシルが声をこぼすのがわかった。穂樽自身それなりの値段の店を選んだつもりだったし、そういう反応が出るのはある意味予想の範囲内ではある。

 

「結構するね……」

「やっぱりこういうところあんまり入ったことないのね」

「高そうなところは避けてるから。……どうしよう、今日持ち合わせあんまりないかも」

「私の奢りでいわよ。呼び出したのはこっちなんだから」

「え? でも……本当にいいの?」

「いいのよ。そういう時は素直に年上にたかっておきなさい」

「ありがとう、なっち!」

「それに……本題は食事と違うところにあるから」

 

 最後はセシルに聞こえるかどうかという声量で穂樽は呟いていた。結局食事を口実に、食事代を持つということで呼び出してしまったことを帳消しにしようとしている自分に気づき、若干の罪悪感を覚える。どう言い繕おうと、公私を混同していると指摘されれば否定し切れないかもしれない。

 そんな苦い気持ちが表情に出ているという自覚はあった。それ故、穂樽は今表情を覗き込んで来たセシルに対して必要以上に動揺してしまった。心の中を見透かされたようで少し気まずさを覚える。

 

「な、何?」

「なっち、眼鏡もいいなあと思って」

「は?」

 

 予想と全く異なる答えに、思わず穂樽は間の抜けた声を上げる。確かに眼鏡をかけ始めたのはバタ法を抜けて今の事務所を立ち上げてからだ。セシルからすれば見慣れていないということはわかるが、あまりに突拍子がない。

 

「バタフライの何でも屋受付嬢の抜田(ばった)さんっぽいなあって。出来る女、みたいで似合ってるよ」

「何よそれ。……まあいいわ」

 

 ひとまず本題を話し始める前にオーダーを済ませ、その待ち時間を利用した方がいいと、穂樽は注文を決めるようにセシルへと促した。あれこれと迷いつつも、セシルは食事代を出してもらうということで多少は遠慮したのだろう。メニューの中ではさほど値の張らない料理を注文していた。

 

 メニューを下げてもらい、さて、と穂樽は心を落ちつける。ここからが本題。だが、その前にまずは世間話をしたがってしょうがないであろう目の前の相手を止めるのが先だ。事実、セシルは今すぐにでも話をしたいと目を輝かせている。ペースを握られないよう、先手を打って穂樽は彼女を制するように目の前に手をかざした。

 

「え? 何?」

「色々話したい気持ちはわかるわ。だけど……あなたを呼んだ本当の理由は、どうしても聞いてもらいたいことがあったからなの」

「セシルに聞いてもらいたいこと……?」

 

 首を傾げながらセシルは尋ねる。その問いに答える代わりに、穂樽はカバンの中から1枚の写真を取り出した。

 

「今日うちにある依頼人が来たの。彼は9年前に別れて以来、ずっと会っていないこの写真の女の子を探してほしいと頼んできた」

 

 穂樽は手にした写真を差し出す。その写真を見ると同時、セシルの目が大きく見開かれ、「Unbelievable……」と反射的に英語が口を衝いて出ていた。

 

「言わなくてもわかるわね。探してほしいと言われたこの少女の名は須藤セシル……他ならぬあなたよ。そして依頼人はあなたと一緒に写っているこの男の子……」

「小田……青空君……」

 

 写真に目を落とし言葉を失うセシルの反応を見て、穂樽は自分の予想が正しかったことを知る。彼女は普段の笑顔からかけ離れ、驚きや困惑と言ったよう表情が入り混じって浮かんでいるようだった。しばし続いた沈黙を嫌うように、穂樽は口を開く。

 

「彼……小田さんがあなたと別れてからのこと、少しならわかるわ。知りたい?」

 

 表情を変えず、やや間があってからセシルはゆっくり首を縦に振る。

 

「彼の父……小田京介の死後、離婚していた母に引き取られたところまではあなたも知っていると思う。それから彼が中学2年の時に母は再婚。相手は医者だったそうよ。結果、小田さんも医師の道を目指すことになる。その後、高校は進学校へ進み、1年の浪人期間を経て医学部に合格、現在20歳の大学1年生で都内で1人暮らし。親元を離れたことを機に、あなたのことを探したいと依頼してきた。……大まかにはこんなところ」

 

 穂樽の説明を聞き終えても、セシルは写真から目を離さず、見つめ続けたまま何かを考えているようだった。自分が一方的に話すのも気が引けたが、返事を促そうという気にもなれず、穂樽はさらに続ける。

 

「最初に言ったとおり、小田さんはあなたを探してもらいたいと私のところに来た。同じウドなら見つけやすいかもしれないと思ったからだそうよ。そしてあなたを見つけた後は、可能なら会って話をしたいと言っていた」

「何を……話したいの……?」

 

 ようやく、搾り出すようにセシルは呟いた。

 

「彼、しばらく前のあなたのお母さん……芽美さんの再審請求が通るかもしれないという件をニュースで知ったそうよ。でも、法曹界の間ではかなりの話題になっていることでも、世間一般から見れば少し珍しいニュース、としか取り上げられない。加えて、様々な情報が飛び交ってどれが正しいかもわからない。だから、あなたの口からわかることを聞きたい、と言っていたわ」

「でも……。どんな顔をして青空君に会えばいいの? 確かに正当防衛が認められてママの再審請求が通りそうなのは事実だし、ママの証言もセシルは信じてる。あの時ママが助けてくれなかったら、セシルもママも命を落としてしまったかもしれない。だけどいくらそう言っても……ママが青空君のお父さんの命を奪ってしまったという事実は変わらないよ……」

「セシル……」

「私が初めてバタフライで弁護をして無罪を勝ち取った時、ハチミツさんに言われたことがあった。『無罪かもしれないが、無実ではない』って。……こういうことなんだと、思う」

 

 やはりセシル自身そのことに気づいていたと、同時に返す言葉も見つからないと穂樽は黙り込んだ。加害者の娘と被害者の息子、その事実は揺らぐことはない。

 

「ねえ、なっち……。セシルは、どうしたらいいのかな……」

「それは私が口を出すことじゃないわ。あなたが決めることよ。……あなたは彼に会いたくないの? カナダにあったあなたの実家に行ったとき、部屋で見つけた写真に写っていた『初恋の人』って、彼のことだと記憶してるけど」

「よく覚えてるね。そう、青空君だよ。だから、会いたい気持ちがないわけじゃない。だけど……やっぱり怖いしわからないの。ママの証言を話しても、拒絶されたらどうしよう、とか。青空君のお父さんはセシルとママの命を奪おうとしてたかもしれないとか、そんなのは『知らないほうが幸せなこともある』って思うと、その方がいいんじゃないか、とか……」

 

 うな垂れるセシルに対し、穂樽は宙を仰いだ。普段は持ち前の明るさで突っ走るような彼女が目の前でしょげられていると、どうも調子が狂う。こんなセシルはセシルらしくない。そう思い、穂樽は口を開いた。

 

「……Post nubila Phoebus(ポスト・ヌービラ・ポエブス)

 

 突然告げられた馴染みの無い言語の言葉に、セシルは首を傾げる。

 

「スペイン語?」

「ラテン語よ。雲の後ろに太陽は輝く。転じて、太陽という存在を疑いようのない真実、雲はそれを覆う闇と考えれば、どんなに闇があろうとも真実はその奥で常に輝いている、という意味ともとれる。

 ……セシル、あなたはかつて弁魔士として己の正義を信じて、闇の奥に隠れる光り輝く真実を掴み取った。少し大仰かもしれないけど、小田さんもまた、自分の父のことについて真実を知ることを望んでいると言えるんじゃないかしら。確かに知らないほうが幸せなこともあるかもしれないし、真実とは時に残酷だとも思う。でも、彼はそれを受け入れ、乗り越えようとしている。そしてあなたにまた会うことを望んでいる。それだけは、きっと確かだと思うの」

「なっち……」

 

 セシルは目に涙を浮かべていた。どうにもその様子にばつの悪さを覚え、穂樽は目をそらして少し乱暴に付け加える。

 

「だ、だからさっさと決めなさいってこと! あなたの選択で私も先方にどう対処するかが変わってくるんだから、決めてくれないと困るのよ」

「うん……。やっぱり、少し怖いけど……。セシル、青空君に会うよ」

「……いいのね?」

 

 穂樽の問いに、セシルはゆっくり頷いた。涙を拭い、ぎこちないながらも笑顔を浮かべる。

 

「青空君がそれを望んでる……。何より、私も会いたいから。……ママのしたことを許してほしいとは言わない。でも、青空君が真相を知りたいと言うのなら、それを伝えるのも弁魔士としてのセシルのすべきことだと思うから」

「……そう。わかった。じゃあ彼の方には私から連絡しておくわ。この先2週間分ぐらいで都合のいい日時を後で、出来るだけ早くメールで送って頂戴」

「うん。……ありがとう、なっち」

「べ、別に……。私は仕事を済ませただけだから」

「そうかもしれないけど……ありがと」

 

 改めてそう言われるとどうしても照れくささを覚える。穂樽は誤魔化すように視線を逸らしつつ水を一口呷った。

 

 そこでタイミングよく料理が運ばれてきた。どうにか自分の用件はひとまず済んだ。あとは話したいことがたくさんあるであろうセシルの話題に合わせてあげようと、夕食を前に穂樽は思ったのだった。

 

 

 

 

 

 セシルとの食事から数日後。日が落ちつつあった時間に、穂樽はバタ法近くの公園にいた。

 あの後、穂樽は青空に連絡を取り、セシルも会うことを了承してくれたと伝えると同時に、最初から接点がありつつも伏せて依頼を受けたことを告白し、そのことに対して謝罪していた。だが青空はそれを特に責めようとはしなかった。

 

『彼女と連絡を取って、俺と会うという約束を取り付けてくれただけでも十分感謝してます。だから別に怒ってはいませんよ。ただ、さすがに元同僚ということまでは予想できませんでしたけど』

 

 そう言った電話口の青空の声からは怒りや懐疑といった色はなく、むしろ笑っているようだった。騙してしまったようでどこか申し訳なく思う穂樽だったが、当の青空はまったく気にしていない様子で、次第に彼女も深く考えなくていいかと思うようになっていた。

 

 穂樽は時計を見る。予定時刻の10分前。まずはセシルと合流し、少し離れたところで待ち合わせている青空のところへと連れて行くという流れだ。今日ぐらいは時間に遅れず来てほしいと思いつつ腕時計から目を戻したところで、セシルが自分の方へと歩いてくるのが見えた。その表情は硬い。緊張している様子が手に取るようにわかる。

 

「今日は遅刻せずに来たわね」

「うん……。あんまり仕事が手につかなくて。アゲハさんが大切な用事があるなら今日はもういいから、って」

 

 バタ法の「ボス弁」であるアゲハの名前を聞いて、やはりあそこの面々はセシルに甘いなと、穂樽は改めて思う。とはいえ、自分もなんだかんだで相談には乗ってもらい、今の状況になっているのは事実だ。誰かに甘いというわけではなく、人がいいだけなのだろうと思いなおすことにした。

 

「時間までまだ少し早いけど、ゆっくり歩けば丁度いいぐらいかもね。行ってみる?」

 

 セシルは頷く。先導しつつも彼女のペースに合わせ、穂樽はゆっくりと歩き始めた。

 

「彼のところまで行ったら、私はそこの喫煙スペースに戻ってきてるから」

「え……。一緒にいてくれるんじゃないの?」

「お邪魔虫でしょ。かつての恋人同士、そんなあなた達が惚気てるところ見せられても嬉しくもないわよ。一応待ってはいるけど、彼といい感じになったら、私置いて彼と帰っていいから」

 

 穂樽としては冗談を含めて、セシルの緊張を少しでもほぐそうとおどけて言ったつもりだった。だが今の彼女には冗談も通じないらしい。セシルの表情は硬いまま、下をうつむき気味に無言を返す。

 

「……ちょっと、真に受けないでよ。もし気に障ったなら謝るけど」

「そんなことないけど……。あの事件の後は初めてで、しかも9年ぶりに会うわけだし。それに本当に恋人、って言っていいのかどうかわからなくて。本当はセシルのことどう思っていたのかもよくわからないからなんだか不安で……」

「なにウジウジしてるのよ、あんたらしくもない。普段堂々と弁護するみたいな態度でいればいいのよ。それに彼はあなたを『かつての恋人』って私に言ったのよ? ……なにはともあれ、少なくともあなたも彼も、互いに会いたいという思いはある。それだけは間違いないんでしょうから」

「うん……。ありがとう。ちょっと、吹っ切れてきたかも。……なんだかなっち、お姉さんっぽいね」

「同期ではあるけど5つも年上なんだから十分お姉さんなのよ。本当はもっと敬ってほしいぐらいだわ」

 

 ようやく、少しセシルの表情が緩んだ気がした。気を緩めさせようと話したが多少は効果があったか、と穂樽も思わずため息をこぼす。

 

 そんなやり取りをしながら歩いているうちに、青空との待ち合わせ場所に着いた。予定時刻より少し早かったが、そこには1人の青年が待っていた。セシルにとって9年ぶりに再会する、初恋の人。

 

「青空君……」

 

 小学6年の時以来、悲劇的な事件によって引き裂かれ、9年という歳月を経て会った2人は、互いの目にどう映ったのであろうか。それは自分にとっては想像でしか考えることが出来ないだろうと、極力事務的に穂樽は青空へと声をかける。

 

「小田さん、彼女が須藤セシルです。お探しになっていた女性に間違いありませんか?」

「……はい。ありがとうございます、穂樽さん」

「では、邪魔をするのもなんですので、私はこれで失礼します。事務的な話はまた後日ということで。……セシル、しっかりね」

 

 ポンと穂樽はセシルの肩に手を軽く乗せ、振り返ることなく足早にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 この公園に来た時にはまだ残っていた夕日は完全に落ち、今は夜の闇を街灯が辺りを照らしていた。その中の喫煙スペースにいた穂樽は何をするでもなく、煙草を燻らせていた。

 今吸っていた1本がもう無くなる、とわかると火を消して灰皿に放り込み、次の1本を取り出す。もう吸い始めて4本目になる。それもチェーンスモークでほぼ吸いっ放しだ。ニャニャイーがいたら間違いなく口やかましく言われることだろう。

 が、こうでもしていないと落ち着かなかった。待つのは仕事柄慣れているはずが、どうもただ待っていることが出来ない。かといって、携帯を適当にいじる気にもならない。とりあえず火をつけて煙を吸い、ぼうっと夜空を見上げる。

 

 初恋の人のことなど、穂樽はもう覚えていない。多分小学生か、あるいは幼稚園の時だっただろうが、結局恋かどうかもわからず終わった、という記憶がある程度だ。普通の女の子が経験するであろうことを全て捨てて青春時代を過ごしたセシルと違い、穂樽は人並みな青春は送ったつもりだし、無論恋もした。今でこそ不倫まがいの恋を諦め切るために、仕事でごまかして男から遠ざかっているが、恋自体を敬遠しているわけではない。9年越しの再会、というセシルと青空の状況は、穂樽にとっても眩しく、また羨ましく映っていた。

 

 煙を吐き、灰を灰皿に落とそうとしたところで、穂樽はふと夜の闇の中に手にした煙草の火が輝いていることに気づいた。それを目にして、意図せず小さく笑う。

 闇の中に浮かぶ光は、まさに自分の苗字と同じく「ホタル」のようにも見えるんじゃないかと思うのだった。暗闇の中でもうっすらとそこを照らし出す、儚くも美しい光。

 

 ああ、そうだったと、不意に彼女は思い出した。「ファイアフライ魔術探偵所」、そんな苗字をもじっただけのベタベタなネーミングを同僚に薦められ、当初は反対したが結局は受け入れた理由。弁魔士と違うアプローチで、より身近な存在としてウドをはじめとする人々の力になりたい。ファイアフライ――「ホタル」のように、(かす)かでも、小さくても、救いを求める人の光となりたい。そんな思いからだった。

 だとするなら、9年越しの再会の2人を羨ましくは思うが、もう少し仕事に生きるのもいいかもしれない。もっとも、そういうことを色情魔まがいで年中男祭りのかつての同僚に言えば「そんなこと言ってると男が寄り付かなくなって、気づくとおしまいになってるのよ」などと言われかねないとも思う。未だ本当は諦めきれない恋から目を背けるために仕事に逃げているだけかもしれないが、独り身は気楽だし、今は楽しい。少なくとも今日はセシルと青空、2人を幸せに出来たのではないかとも思える。

 

 どうにも取りとめのないことばかりを考えてしまう、と煙草を味わいながら穂樽は苦笑を浮かべた。手元を見ればこの紙巻も残り僅か。さすがに次を吸ったらしばらく控えた方がいいかもしれないと考えつつ灰皿へと煙草を押し付けたところで、「なっちー!」と自分の愛称を呼ぶ声が聞こえてくる。視線を上げるとセシルがさっきまでの表情が嘘のように明るく、普段のようにこちらへと駆け寄ってくるところだった。

 

「お待たせ、なっち」

「別に私のことなんて放っておいてもよかったのに。……でもその表情、彼とはうまく話せたみたいね」

 

 やはり先ほどまでと異なり、今度は即答だった。「うん!」と嬉しそうに頭を縦に振る。

 

「ママと青空君のお父さんのことは、やっぱり簡単にはいかない問題だったけど……。でも9年間という期間と、ママが守ってくれなかったらセシルが死んでたかもしれないってことで、ある程度は心の整理がついたって。あとは再審の結果、どういう状況になっても受け入れるつもりでいてくれるって。過去はどうあれ、セシルのことは恋人だったと思ってくれてたし、今もその思いは変わってないから、セシルさえよければまた会いたいって言ってもらえたの。連絡先も交換したし、今度食事に行こうって誘われちゃった。……改めて、ありがとう、なっち。青空君も感謝してたよ」

 

 笑顔で感謝を述べるセシルと対照的。穂樽は信じられないというような表情を浮かべていた。

 

「今度、って……。あんたそこまでいいムードなら今日行きなさいよ! 何で戻ってきてるのよ!」

「え、ええ!? だって、なっち待っててくれると思って……」

「私のことなんて二の次でいいじゃないのよ! 今日9年振りの再会でしょ? 彼、あなたを恋人だと思ってるって言ったんでしょ? しかもその思いは変わってないとか言ったんでしょ? そこは押さないとダメじゃないのよ! 何してんのよ!」

「あ……う……。な、なんか……ごめんなさい」

 

 縮こまるセシルの様子を見るに、おそらく当人としては悪いことは何もしておらず、穂樽のためを思って取った行動なのに怒られている理由がわからないのだろう。そんな無垢な相手に怒鳴ってしまったという罪の意識が襲ってくる。「あーもう!」と頭をガシガシと掻いて、穂樽は有無を言わせない口調で告げた。

 

「……よしわかった。私の奢りでいいわ、飲みに行きましょう。せっかくセシルが9年振りの恋人との再会を蹴ってるんですから、全部私が持つわ」

「それは嬉しいんだけど……。ご飯じゃなくて飲みなの? セシル、お酒飲んだことなくて……」

「もう20歳でしょ? だったら一度経験しておきなさい。次彼に会った時にお酒薦められて、酔っていい気分のうちにお持ち帰りされちゃいました、は洒落にならないんだから」

「そ、そんなこと青空君はしないもん! ……なんかなっちがそり姉みたいになってる」

「あんな男狂いのエロ人間と一緒にしないで頂戴。私はあんたのためを思って言ってるの!」

 

 強引にそう決めながらも、穂樽はこの流れはそもそもセシルが戻ってきたせいで起こったということに気づいた。つまり、やはり彼女にペースを作られてしまっていた、ということになる。

 まあもう細かいことはいいかと、穂樽は考えることを放棄して自嘲的な笑みをこぼした。振り回されっぱなしでも、自分のほうが年上だ。さっき言われたような「お姉さん」とでも思っておけばいい。お姉さんなんだからしょうがない。そしてそう思うのは案外悪くないと、改めて穂樽は感じつつ、2人は夜の街へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

ブルースカイ・アクア (終)




原作でなっちの出番が少なすぎる、悪堕ちとかまであるかもしれないと思ってたのにこれじゃただの同期噛ませツンデレじゃないか! よし、なっちをメインにして書こう!!
そんなコンセプトでプロットを練ってこうなりました。

初期投稿時は最終話はまだ放送されていなかったのですが、予定の範囲内に収まったので軽い手直しで済みました。ぶっちゃけ、本編ラストとかでもし青空出てきたらどうしようかとはちょっと思ってました。
読んでいただければわかるとおり、内容としては小説版と本編の8話の写真と9話冒頭に登場したセシルの「初恋の男の子」である小田青空とセシルの再会を、穂樽が陰から支えるという話になってます。

設定を変えてる点ですが、弁魔士設定を蹴ったのは、単純に探偵の方が動かしやすいと思ったからです。自分の中で探偵というとコナンとかよりも探偵物語(放送時には生まれてすらいないので見たこと自体はないんですが……)みたいな感じがありまして、推理するより足で調査するなんでも屋、な印象がありました。実際調べてみると探偵さんのお仕事は人探しや浮気調査などがメインのようです。また、そういう探偵となるとやはり煙草は欠かせないだろうと。まあ眼鏡と合わせてこの2点は個人的趣味で追加してます。

なお、当初はこの短編のみで終わりにする予定でしたが、中編が書けましたので向こうが本編で、こっちはサイドという扱いでエピソード0ということにしました。
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