◇
結局、聴取を終えて穂樽が事務所兼自宅に到着したのは翌日の昼前だった。クインの計らいで犯人グループに関する聴取自体は本来の時間から考えれば短い部類で済み、魔禁法違反もあくまでディアボロイド製造に関わる九条違反のみ。そのため、懐的には確かに痛いが、さほどでもない罰金で済むことができた。
が、その罰金の支払い割合でセシルと揉めに揉めた。穂樽は実質セシルが違反したとはいえ自分が巻き込んだ以上、3割程度は持つつもりでいた。ところが当のセシル本人は半々だろうと算段していたらしい。そこからは元弁魔士と現弁魔士による、互いの主張をぶつけ合って相手の不備を突っつく議論の応酬となり、担当していた警官も頭を抱えるほどのやり取りあがった。結果、互いに譲歩して穂樽4割、セシル6割を持つことで和解となっている。
その後、先に帰った蜂谷が回収した機材入りの荷物と預けておいた車のキーを受け取り、セシルを乗ってきたミニバイク付近まで送ってからようやく帰路につけたのだった。犯行グループと一戦交えたせいで体中が痛く、また魔禁法違反の罰金のせいで頭の痛い出来事だったと彼女は思う。蜂谷が約束どおり車を傷ひとつなく返してくれたことだけがせめてもの救いだと思うことにした。
「ただいま……」
疲れ切った様子でファイアフライ魔術探偵所の入り口をくぐる穂樽。その様子に、ブラインドの隙間から入る日光で日向ぼっこしつつ寝そべっていたニャニャイーが気づき、のっそりと体を起こした。
「ニャ。穂樽様お帰りニャ。夜通しとは随分お疲れのご様子……ニャ!? 顔怪我してるのかニャ!?」
「この絆創膏? かすり傷よ。そっちよりも疲れたなんてもんじゃないほうが問題……。割に合わない仕事しちゃったわ……」
事務所の入り口に鍵をかけ、そのまま奥へと向かう。ニャニャイーもその後についてきた。
機材入りのバッグをソファに置き、ベッドへとダイブ。それだけで抗いがたいほどの睡魔が襲ってきた。
「穂樽様、寝る時は眼鏡外すニャ。壊れるニャ」
「わかってるわよ……。ああ、ニャニャイー、バッグから携帯とって頂戴。寝る前に八橋さんに一応顛末のメール送らないと……」
「だから私は小間使いじゃニャいニャン!」
文句を言いつつ、ニャニャイーは言われたとおりにバッグから仕事用の携帯を取り出し、穂樽へと手渡した。眠気で半分意識が飛びつつも懸命にそれを繋ぎとめ、今川を見つけたこと、事件に巻き込まれていて彼が警察へと自首したこと、彼に関わっていた犯行グループは全て捕まったためもう心配ないことを要点だけ手早くまとめ、送信ボタンを押した。
「終わった……。おやすみ、ニャニャイー……」
「ニャ! 眼鏡かけたままニャ!」
使い魔の注意ももはや聞こえていないらしい。携帯を片手に、穂樽は早くも寝息を立てていた。
が、直後。その手に持った携帯が鳴り始めた。しばらくしても止まる気配がない。どうやらメールではなく着信らしい。まだ朦朧とする意識のまま、穂樽はどうにか携帯を操作して通話に応じた。
「はい……。ファイアフライ魔術探偵……」
『穂樽さん! さっきのメール、どういうことですか!?』
聞こえてきたのは耳を
「えーっと……。八橋さん?」
『そうです、八橋です! そんなのよりさっきのメールのことです! 今川さんを見つけたけど自首して今は警察にいるって、どういうことですか!?』
これまでのおどおどした様子の声からは想像出来ないような詰め寄る声に、言葉を濁して相槌を打ちつつ、飛びかけた意識の中で打ったメールの内容を思い出す。そういえば要点だけをまとめることを重視する余り、今川が置かれていた状況やら何やらを全てすっ飛ばして結論だけを書いてしまっていたかもしれない。
「どこから話せばいいか……。話すと長くなりますし……」
『じゃあ今からそちらに向かいます! 小一時間で着くと思うんでまとめておいてください!』
一方的に通話は切られた。「ちょ、ちょっと! 八橋さん!?」という穂樽の声だけがむなしく響き渡る。返って来るのは通話を終えたことを意味する電子音だけだ。だが穂樽はそれに対して文句を言うでもなく、その電話を手にしたまま枕に頭を沈め、目を閉じた。
「穂樽様、眼鏡ニャ!」
「いいわよどうせもう少ししたら八橋さん来るから……。それまでちょっとでいいから寝させて……」
使い魔の三度の忠告を無視し、言い終えるかどうかといううちに穂樽は寝息を立て、僅かな時間の仮眠を取り始めた。
◇
穂樽にとって至福の睡眠時間は、予想通り長くは続かなかった。それもかなり荒っぽい形でその時間を終えることとなる。前もって電話で言われたとおり1時間少し手前、事務所のチャイムが鳴らされ、ドアをノックされ、挙句手に持ったままの携帯まで鳴り出した。
「穂樽さん!? いますよね!? 八橋です、どういうことか説明してください!」
新手の嫌がらせか何かかと錯覚するような三段攻撃に、まだ気だるい体を引き摺るように起こしながら穂樽は事務所の方へと向かった。入り口の鍵を開けると同時、自分がドアを開けるより先にそれが開けられる。
「説明してください! 彼が見つかったのに自首して警察に捕まってるってどういうことなんですか!?」
「……ちょっと声のボリューム落としてもらえます? 鉄火場を終えた後の徹夜明けでまだしんどいんですよ……」
「穂樽さん!」
「落ち着いてって言ってるでしょ!」
荒げられた穂樽の声に、思わず八橋は肩を震わせた。しかし言ってから、穂樽にも若干の罪悪感が押し寄せる。見れば、八橋の肩は僅かに震えていた。いたはずだった恋人、消えた記憶。その真相に辿り着けるというその時に突然「見つけたが捕まった」という連絡を受ければ、普段おとなしい彼女であろうと取り乱すのも無理はないと思えていた。
「……ごめんなさい。私、昨日一昨日と授業が一緒の人達に頑張って聞いてみたんですけど、全然情報がなくて……。そんな時に穂樽さんからさっきのメールを受信したから、つい気が動転してしまって……」
「こちらこそ怒鳴ってしまったことと説明不足なのは謝罪します。ただ、話が長くなるのでどこから話せばいいか。頭も体も疲れてるせいで順序立ててうまく説明出来ないかもしれません。煙草のメンソールでも覚醒出来るか怪しいから、強い気つけ薬でも欲しいところだけど……」
そこまで言ったところで、穂樽は時計へと目を移した。時刻は11時少し前。ならば、いい案がある。
「八橋さん、当然お昼はまだですよね?」
「え? え、ええ……」
「じゃあ下に行きましょう。『シュガーローズ』、1階にある喫茶店です。そこで話します」
「私は別にここでも……」
「私が行きたいの。奢りますよ。……勿論その分料金上乗せとかしませんからご安心を」
ジョークを飛ばしつつ、穂樽は手ぐしで軽く髪を整えただけで身支度を済ませた。奥にいるニャニャイーに「下行って来る、留守番お願い」とだけ声をかけ、事務所の鍵を締めてクローズになっているのを確認すると階段を降り始めた。
穂樽が案内した1階の喫茶店「シュガーローズ」はクラシックな内装だった。いわゆる「昭和レトロ」というものであろうか。カウンター8席、テーブル2席の小ささも相俟っていかにも、という印象を受ける。もっとも、その頃を知らない穂樽や八橋からすればあくまでイメージでしかないわけではあるが。
「いらっしゃ……。おや、穂樽ちゃんか」
「お邪魔します、浅賀さん」
軽く頭を下げ、穂樽はためらいなくカウンター席のもっとも奥へと足を進める。店内に他の客はおらず、てっきりテーブル席に座るものだと思っていた八橋は少々意表を突かれた。
「あの……テーブル席じゃないんですか?」
「穂樽ちゃんのクライアントさんかな? どうも、マスターの浅賀です。穂樽ちゃんにとっては、カウンターの一番奥のここが指定席なんだ。うちに来るといつもここなんだよ」
説明するマスター、浅賀の言うとおり、穂樽は何事もないかのように1番奥の席へと腰を下ろした。一見強面な眼鏡のマスターに少し怯みつつ、八橋もその隣へと座る。
「浅賀さん、ちょっと早いですけど日替わりランチできます?」
「いいよ。穂樽ちゃんの頼みだ、特別ね。2人分でいいかい?」
「あ、私は……」
「いいから食べなさいって。浅賀さんのサンドイッチは絶品だから。ね?」
ここまで言われて断れば失礼に当たるだろう。八橋は穂樽の提案を受け入れることにした。
出された水を穂樽が一口呷る。気だるそうに机に肘をついて右手で頭を抑えつつ口を開いた。
「さて……。コーヒー出てくるまで頭働きそうにないんだけど、どこから説明したものかしらね……」
重い頭を無理矢理働かせ、穂樽は説明を始めた。今川自体は昨日の昼に見つけたこと。しかし事件に巻き込まれており、どうやら八橋を脅迫の材料として利用されていたこと。最終的に自首を決意し、犯人グループは全て逮捕されたこと。
八橋の表情はずっと驚いたままだった。まさか「いたはずの恋人を探してほしい」という依頼が、巷で話題の宝石店襲撃事件まで関連してここまで大きくなるとは思っていなかったのだろう。
「それにしても今朝のニュースで騒がれてた宝石店襲撃犯の逮捕に穂樽さんが貢献していたなんて……。顔、それで怪我されたんですね」
「かすり傷だから大したことないわ。……それより問題はディアボロイドよ。あれは冗談じゃなかったわよ。……ああ、料金の上乗せはいいですよ。私も半ば興味本位で首を突っ込んだことですから」
「とか何とか言っちゃう穂樽ちゃんのその素直じゃないところは、僕個人としてはかわいいと思うところなんだけどね」
コーヒーの準備をしつつからかってきた浅賀を穂樽が面白くなさそうにチラッと見つめた。
「じゃあ今川さんが私の記憶を消したのは……」
「おそらくあなたを巻き込まないためでしょうね。……随分と不器用な選択だと、私は思うけど」
「そうかな? 僕にはわかる気がするよ。むしろ、本当に思いやれる相手だからこそ、その決断を出来たんじゃないかと思う」
浅賀の言葉と共に、コーヒーの香りが店内に広がる。あとはカップへと移すだけのようだ。
「優しい人ほど、何かを自分だけで抱えようとする。他人を巻き込みたくないと思ってね。僕は今川さんという人のことはよくわからないけど、きっと彼は優しい人なんだと思うよ。だからあなたを巻き込まないようにしたんじゃないかな」
「優しい人……」
「頼りなさそうではありましたけど」
穂樽の付け足しに思わず八橋がジロリと視線を移してきた。記憶は戻っていないはずだが、恋人だったはずの人間のことを悪く言われるのはあまりいい気がしないのだろう。
と、そこで2人の前に液体の入ったコーヒーカップが差し出された。
「はい。ブレンド、お待たせ。砂糖はそこのシュガーポットから好きなだけどうぞ」
「多分多めになると思うわよ。まあ最初だけは物は試しにブラックでいってみるのもいいと思うけど」
そう言うと、穂樽は何も入れずにそのまま液体を喉へと流し込んだ。次いで眉を寄せ、カップを置く。
「お、穂樽ちゃんブラックでいったのかい? じゃあ昨日は徹夜?」
「そうです。さっき言ったとおり犯人連中と派手にやりあったので。……やっぱ徹夜明けはこれに限りますね」
穂樽がそう言っているのを見て、八橋も興味が沸いたらしい。コーヒーを少し吹いて冷まし、一口含む。が、直後にむせてコーヒーをこぼしかけた。
「なっ……。苦っ……!」
「でしょう? それがうちの売りなんだ。穂樽ちゃんと一緒で僕もウドなんだけどね。ウドのコーヒーは苦いんだよ」
「そう……なんですか?」
「浅賀さんのジョークよ。真に受けないで。私もウドだけど、うちの事務所で出したコーヒーはそんなことなかったでしょ? ……まあ安物のインスタントだけど」
続けて穂樽はブラックのまま飲み始めた。とても無理だと、八橋はシュガーポットを手元に寄せる。そこでそのビンに美しい薔薇の模様が描かれていることに気づいた。その時、ふとこの店名のことが彼女の頭に浮かぶ。
「あの、マスターさん。もしかして薔薇がお好きなんですか?」
「んー……。どうして?」
「いえ、シュガーポットに薔薇の模様があったんで。他の席にあるものにも皆似たように薔薇があったから、お好きなのかなと……」
「よく気づいたね。でも好きだったのは僕の妻だよ。……5年前に遠くへ行ってしまったけどね」
「あ……。ごめんなさい……」
反射的に八橋は謝罪の言葉を口にしていた。だが浅賀は気にした様子もなく続ける。
「気にしなくていいよ。……彼女がよく言っていたんだ、僕の入れるコーヒーは苦いから、砂糖が手放せないって。このお店を開店する時に絶対皆が砂糖を使うことになるんだから、綺麗なシュガーポットを特注しようって提案されてね。彼女は薔薇が好きだったから、その模様が入ってるシュガーポットを用意しようってことになったんだ」
「そこからこのお店の名前が『シュガーローズ』になった。……いつ聞いても素敵な話だと思いますよ」
補足する穂樽の説明に感心したような声を上げる八橋。一方浅賀はどこか照れくさそうな表情だ。
「穂樽ちゃん、からかってない?」
「そんなことありませんよ。ガサツにはなりましたけど、私も仮にも女子ですから。そういう話は好きですよ」
2人の話を耳にしつつ、八橋はそんな思い入れのあるシュガーポットを開けた。
「標準でティースプーン山盛り2杯。苦めが好みなら1杯半、逆に甘めが好みなら2杯半ってところよ。3杯入れても甘ったるくはならないわ」
そう言っている当の本人がブラックで飲み続けているのはどうなのだろうと彼女はふと思う。とりあえず勧められたとおり2杯入れてよく溶かし、再び口へと運んだ。
「あ……」
今度はむせるような苦味はなかった。代わりにマイルドになった口当たりの中に深みを感じ、先ほどまでの味とは別物のようだった。
「よかった。気に入ってもらえたみたいだね。……僕の煎れるコーヒーは苦い。でも、それも少し条件が変わるだけで全く違う味になる。同様に、物事はアプローチを変えるだけで見える面が変わることもある。だけど、本質はコーヒーということから変わってはいない。……要するに、色々な面から物事を見ると面白いんじゃないかな、っていうのが僕の持論なんだ」
「……ってなんかいいこと言ってるみたいだけど、苦いコーヒーをどう言ったら相手に納得してもらえるかを考えた浅賀さんの苦悩の末の持論なのよ」
「きっついなあ、穂樽ちゃん。オチを先に言わないでよ」
「それは失礼しました。でも私はその考えを支持しますよ。今の私自身がそういうところはありますからね」
フォローされているのかいないのか。判断に困った浅賀は苦笑を浮かべつつ、完成した日替わりランチを2人の前に並べた。ホットサンドとミニサラダの乗ったプレートが差し出される。
「……はい、日替わりランチのサンドイッチお待たせ。今日はハムチーズとタマゴサンドだよ。それからミニサラダね」
「やった、タマゴの日だった。いただきます」
待ちわびていたように穂樽はタマゴサンドを口へと運ぶ。少しきつめな印象を与える彼女のその表情が自然と笑顔になったのを見て、思わず八橋もタマゴサンドへとかぶりついた。その瞬間、穂樽が「絶品」と褒めちぎった理由がわかった。
トーストしたことによる香ばしい香りとサクッとした歯ごたえ、挟まれた食感豊かなタマゴ、そしてしつこくなくあっさりとしつつもしっかりとついているその味。全てが綺麗に、そして上品にまとまっている。
「おいしい……!」
「ありがとう。そう言ってもらえると、作り甲斐があるよ」
反射的に感想が八橋の口をついて出ていた。それを見て穂樽も得意げな表情を浮かべる。
「ここのタマゴサンドの秘密はマヨネーズにあるのよ。油を使わず自家製なの。あとは特製のトースターでホットサンドにしてるのも、美味しい理由ね」
「穂樽ちゃん、あまりうちの秘密をばらさないでくれるかな? 味を盗まれちゃったらこっちは商売上がっちゃうよ」
「大丈夫ですよ。この自家製マヨは真似できませんから」
穂樽と浅賀の話を聞いているうちに、気づけば八橋は最初のタマゴサンドを食べ終えていた。続いてハムチーズサンドを口に運ぶ。こちらもいい具合に溶けたチーズと、先ほどから言われている自家製マヨネーズがハムに合わさり、なんとも言えない味を作り出していた。
結局色々話をもっと聞きたかったはずなのに、無言でひたすらランチを食べていた、と食べ終えてから八橋はようやく気づいた。同時にコーヒーカップも底が見えそうになっている。
「もう1杯いかがかな?」
浅賀の提案に一旦八橋は迷った。が、隣で穂樽が「お願いします」と差し出したのを見て、彼女も頼む。戻ってきたカップに、穂樽は今度はブラックをやめて砂糖を入れたようだった。
「さて……。お腹一杯になって私もコーヒーのおかげでやっとエンジンかかってきたところだし、話に戻りましょうか」
表情を引き締め、穂樽は八橋の方を見つめなおした。これまでより少し真面目な雰囲気になり、「お仕事モード」という印象を受ける。
「彼……今川さんは、これからどうなるんですか?」
「楽観視は出来ないけど、あくまで容疑は窃盗幇助と魔禁法違反。でも脅迫されていた、という事実と、自首したということで酌量の余地は十分にあると判断されると思います。あとは彼に有利な証言と証拠がどれだけ出るか。それから、弁魔士の腕次第です。うまくすれば、無罪を勝ち取れるかもしれません」
「そう……ですか……。実際に会って話を聞けば私の記憶が戻るかもしれないと思ったんですけど……。ずっと先になっちゃいそうですね……」
「会いますか? 彼の力になれるかもしれませんし」
「……え?」
思ってもいなかった穂樽の言葉に、八橋は完全に虚を突かれた。ぽかんと口を開けたまま、穂樽を見つめる。
「会えるんですか!?」
「弁護人も立ち会いますし可能ですよ。弁護はかつての職場の人間に頼んだので、八橋さんが望むなら立ち会ってくれると思います。行きますか?」
「お願いします! できるなら、今すぐにでも!」
興奮気味の八橋だが、穂樽はそれをなだめるか、あるいは少し呆れの意味も含めた視線を送る。
「……今すぐって、授業はいいの?」
「う……。じ、自主休講です! 非常時ですから!」
「単位落としても私は責任持ちませんからね」
「普段ちゃんと出てるから1回ぐらい大丈夫です! ……多分」
やれやれとため息をこぼしつつ穂樽は携帯を取り出し、席を立とうとした。だが「他にお客さん来てないし、いいよ」と浅賀が電話を許可してくれたため、席に腰掛けたまま通話を始める。
「……あ、忙しいところすみません、抜田さん。穂樽です。……ええそうです。お願いします。……あ、蜂谷さん、昨日はありがとうございました。……ええ、大丈夫です。聴取かかって徹夜になったのとセシルにゴネられて予定より多めに持たされたこと以外問題ないです。それでお願いがあるんですが、今私の依頼人である八橋さんがいらしてて。……そうです、今川の恋人です。可能なら接見をしたいと思っているのですが。……あ、丁度よかった。じゃあ今から向かっても大丈夫ですか? ……はい、ありがとうございます。では後ほど」
通話を終え、穂樽は八橋の方を向き直る。
「オッケーだそうです。丁度弁護人も接見に行こうとしてたところだったそうなので」
「じゃあ行きましょう!」
そのまま店を飛び出していきそうな八橋を落ち着かせるように、だが苦笑を浮かべて穂樽は口を開く。
「気持ちはわかりますけど、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。このコーヒーを飲み終えてからにしません?」
穂樽の提案に早くコーヒーを飲み干したい八橋だったが、やはりここのコーヒーは美味しい。味わうことなく飲んでしまっては勿体無い。言われたとおり焦ることはないかと、はやる心を抑えてコーヒーを口へと運んだ。
ウドのコーヒーは苦いと言いたかっただけです、ごめんなさい。
体質上、自分はコーヒーがダメなので喫茶店に縁がないんですが、そのせいか逆に憧れを感じたりします。