ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 1-10

 

 

 今川との接見のために電車で移動した穂樽と八橋を待っていたのは蜂谷1人だけだった。相変わらずの仏頂面と高長身に、背後で八橋が思わず怯んだ様子を穂樽は感じ取る。

 

「蜂谷さん、昨日は本当にありがとうございました」

「俺は1番楽な役回りだったから大したことはしていない。むしろディアボロイドを相手にしたというお前と須藤の方が大変だっただろう。顔にも絆創膏があるようだが」

「これはかすり傷です。そっちよりもまだ疲れ抜けてないっていうかほとんど寝てない方がしんどいんですけどね。……で、そのセシルなんですけど、サポートについてるんじゃなかったんですか?」

「……事務所のデスクに突っ伏してる。ボス命令で起こすな、という注文つきで。おかげで連れてこられなかった。だが聴取もあって徹夜だったんだろう? 仕方ない」

「とはいえ、アゲハさんはやっぱあの子に甘い気がするけどな……」

 

 苦笑を浮かべつつ、穂樽は昨日の大捕り物で1番の功労者といってもいい、史上最年少で弁魔士となった彼女が机に突っ伏して寝ている様子を思い浮かべる。きっと起こすのも躊躇われる程熟睡していたのだろうということは容易に推測できた。

 

「それで、彼女が今川の恋人……お前にとっての依頼人か?」

「あ、そうです。八橋貴那子さんです。八橋さん、こちらは今回今川さんの弁護を引き受けてくださったバタフライ法律事務所の弁魔士、蜂谷ミツヒサさんです」

「よ、よろしくお願いします……」

「こちらこそよろしく頼む」

 

 明らかに狼狽を通り越して怯えた様子の八橋と変わらず無表情の蜂谷。全然噛み合いそうにない2人を見て穂樽は思わずフォローを入れようという気になった。

 

「八橋さん、蜂谷さんは確かに無愛想ですけど怖い方ではないんで大丈夫ですよ。弁護の方も、『法廷のターミネーター』の異名を持つほど優秀な方です」

「……穂樽、それは俺を褒めているのかそれとも茶化しているのか、判断しにくいんだが」

「……とまあこんな風に軽口も叩ける方ですから」

「は、はあ……」

 

 八橋は困り顔をしていたが、当初よりは蜂谷への警戒心は薄れたらしい。一方の蜂谷は特に気にした様子もなく、早く接見を行おうと2人を目で促していた。

 

 接見室に入ると、それまで以上に八橋は落ち着かない様子だった。当然とは思いつつ、「深呼吸したら?」と穂樽は一応アドバイスする。助言に従って八橋が一度大きく息を吸って吐いたところで、窓の向こうの扉が開いた。入ってきた男性は八橋の姿を見て、思わず目を見開く。

 

「キナ……!」

 

 愛称で呼ばれても、八橋は自分のことだと気づかなかったらしい。それを見た窓越しの今川の表情が僅かに曇り、椅子に腰を下ろした。

 

「昨日移動中に話したが、改めて自己紹介しよう。バタフライ法律事務所の弁魔士、蜂谷ミツヒサだ。君の弁護を担当させてもらう」

「はい……。よろしくお願いします、蜂谷さん」

 

 挨拶を返しつつも、今川の視線は蜂谷の後ろ、八橋の方へと向いていた。彼もそのことを感じ取ったのだろう。椅子をわずかにずらし、後ろの2人が見えやすいように位置を調整する。

 

「2人は弁魔士ではないが、今回協力してくれる。君も知っている2人だと思う」

「ちゃんとした自己紹介は初めてですね。ファイアフライ魔術探偵所の穂樽夏菜と言います。昨日述べたとおり、こちらの彼女、八橋貴那子さんの依頼であなたを探していました」

「……昨日はすみませんでした」

「謝罪なら、私にではなく彼女に。……あなたも彼女も、共に話したいことはたくさんあるでしょうから」

 

 そう言うと、穂樽は八橋に発言を譲ろうとした。だが彼女は何から話したらいいか整理がついていない様子である。

 

「えっと……。あの……今川……さん」

「……自分でやったこととはいえ、きついな。聞きたいことがあるなら何でも答えるよ。キナ、そっちから聞いてくれ」

「その、『キナ』っていうのは、私のことですよね……?」

「ああ……。『貴那子』だから『キナ』。そう呼んでほしいって言ったのは、キナの方なんだけどな」

「……ごめんなさい、思い出せなくて」

「謝るのは俺の方だ。お前の記憶を消してしまった俺が、全部悪いんだから」

「やっぱり……。今川さんが私の記憶を……」

 

 それきり、八橋は何を聞くべきか迷うように口を閉ざしてしまった。今川もつらそうに天を仰ぐ。

 

「……穂樽さん。すみませんが、私の代わりに彼と話を進めてください。私は何から聞いたらいいか、わからなくて……」

「あなたがそう言うのなら。……今川さん、あなたと彼女の出会いとか、付き合っていたときの様子とか、そういうことを話してあげたらどうかしら? 彼女もそれで何かを思い出すかもしれない」

 

 八橋の要請を受けて穂樽が助け舟を出す。だが、今川はそれに対して困ったような表情を見せていた。

 

「……なんか公開処刑だな、それ。惚気話をするみたいで小っ恥ずかしいんですけど」

「自業自得でしょ。彼女を巻き込みたくなかったとはいえ、やったのはあなたなんだから、責任持って彼女をちゃんと『彼女』にしてあげなさい」

「……そうですね。うまいこと言いますね、探偵さん。……じゃあ、どっから話したもんかな」

 

 少し悩んだ後、そもそも今川は受けたくて今の大学を受けたわけではない、というところから話し始めた。父親は大企業の社員、母親はウドで元プロバイオリニスト。そんな環境に生まれた彼は、幼少期からバイオリンを習い、将来はかつての母と同じようにプロバイオリニストを目指していた。そのため、音楽大学を志望、実技では華麗にバイオリンを演奏してみせ、当初は見事合格という発表をされていた。

 ところがそこで彼にとって悲劇が起こった。合格通知の代わりに彼の元に届いたのは、合格取り消しの通告であった。ウドで幻影魔術使いということで、魔術を行使して実技試験で高得点を取ったのではないかというあらぬ疑いをかけられたという噂が流されたと知ったのは、それからしばらく経ってからのことだった。

 それを期に今川は音楽の道を諦めた。どんなに美しい音色を奏でて人の心を動かそうが、幻影魔術使いというだけで魔術を使ったのではないかと言われる。だったらもう2度と楽器は手に取らない。そう心に決め、翌年に今の大学の文学部に入学、音楽の繋がりからヨーロッパ文化に多少は興味があったためにヨーロッパ文化専攻を選択したのだった。

 

「……でも夢も目標もなく入った大学なんて、面白くもなんともなかった。好きだったバイオリンに触ることをやめ、ただなんとなく授業に出てレポートを提出して試験を受けて単位を取る。友達と呼べるほどの存在もほとんどいない。

 そんな生活を1年続け、2年になったある日のことでした。……偶然、キナと出会ったんです」

 

 初めての出会いは混んでいた学食の中だった。長机の端に座って昼食を取っていた八橋の向かいに、席が空いていないという理由でたまたま今川が腰を下ろした。その時の彼は彼女のことなど気にも留めていなかった。だが、食後に八橋が教育学部の次の授業で使うピアノの譜面を見始めたことで、思わず興味を惹かれた。その時、意図せずじっとその譜面を眺めていた彼に、彼女が気づいたのだ。

 

『あの……。この楽譜が何か?』

『……あ、いや。なんでもない』

 

 楽器弾きの(さが)か、声をかけられて初めて、今川は自分が懐かしい音符の並びを見つめていたと知った。2人の初めての会話はそれだけ、しかも、一方的にそこで今川が席を立って終わりというものだった。

 しかし数日後、今川が1人で学食で食べていると、向かいに八橋が座ってきたのだった。八橋は今川が印象的だったらしい。ピアノ譜を見つめていたのはもしかしたらピアノが弾けるからじゃないか、違うとしても何か楽器をやっているんじゃないのか、と興味深そうに尋ねてきた。

 適当にあしらおうとしたが、昼食を進める様子なく問い詰めてくる八橋に根負けした。昔バイオリンをやっていた、と告げると、今度は感心しきった声を上げるばかりだった。

 

「はっきり言って変わってると思いましたよ。バイオリン弾きなんてあの大学のでかいオケに行けばいくらでもいるでしょうから。

 ……でも後になって、キナが俺に声をかけてきた理由はそれだけじゃないって言ったんです。キナは言ってました。大学に入学して1年経ったけど友達らしい友達も出来ない。母は既に亡くなっていて、父に負担をかけさせたくない。だからバイトしていてサークルに入る暇もないって。

 キナは、俺から自分と似た、孤独な雰囲気をなんとなく感じ取って、気になっていたらしいんです。それでその時1人でいた俺を見かけて、勇気を出して声をかけてきたって言ってました」

 

 似た境遇にあった2人は次第に打ち解け、意気投合していった。連絡先を交換し、休日には一緒に出かけるほどの仲になった。そして互いに悩みや夢などを打ち明けていく。

 今川は自分がウドであること、音大に入学を取り消され今の大学にいること、かつてバイオリンを弾いていたがその一件を境に弾くのをやめたことを。

 八橋は母が教師だったこと、それを誇りに思っていたこと、だが中学校の時に他界してしまったこと、そんな母のような教師になりたくて教育学部へと入ったことを。

 

 チラリ、と穂樽が八橋の方へと視線を移した。彼女はずっと難しい表情を浮かべて俯いていた。が、穂樽の視線に気づいたのだろう。頷き、「……私の話については、間違っていません」と今の話を肯定した。

 

「キナは小学校の先生になりたいって言ってました。でも、実技のピアノの授業が苦手だった。……だからある提案をしたんです。俺が弾くバイオリンと一緒にセッションすれば、苦手なピアノを克服できるんじゃないかって。キナはずっと俺のバイオリンを聞きたいと言ってました。だから大喜びでその提案を受け入れてくれました」

「そのセッションは……行われたんですか……?」

 

 尋ねたのは八橋だった。どこか距離を置くような態度でここまで質問できずにいた彼女が、今川をまっすぐ見つめている。蜂谷と穂樽に聞かせるという意味合いが強い様子で話していた今川が、今度は八橋に向けて話し出した。

 

「ああ。俺がお前の記憶を消して姿を消す、数日前のことだった。俺も楽しみにしてたよ。とはいえ、さすがに久しぶりに楽器に触ったときは手が震えたけどな。2度と弾かないとまで決意して断ち切った楽器だから。

 けど、キナと一緒にセッション出来るなら、その時はきっと魔術だなんだ関係無しに音を重ねられる。純粋に音を楽しむ……『音楽』が出来るだろうと、そう思ったんだ。

 覚えてないだろうけど、キナは『つたない伴奏でごめんね』と前置きしながらも、事前に一生懸命練習してくれていて、ちゃんと弾いてくれた。その時俺達が一緒に弾いた曲が……」

「G線上の……アリア……」

 

 曲名紡いだその言葉は、今川のものではなかった。僅かに瞳に涙を浮かべた、彼女のものだった。

 

「バイオリンのG線だけで演奏できることから、そういう名前がついた……。そう説明してくれたよね、ユウ君(・・・)

「キナ!? お前、記憶が……」

 

 彼女の目から涙がこぼれる。それでも、浮かべていた表情は笑顔だった。

 

「思い出した……。全部、思い出したよ……。私のことをニックネームで呼んでほしいって言ったら『キナ』って呼んでくれたこと。だから私も『有部志』って名前から『ユウ君』って呼ぶようにしたこと。そんなユウ君はいつも優しく私を支えてくれてたこと。私が知らないことをたくさん知ってたこと。そして、本当はバイオリンを弾くのがとても好きだったこと……。

 あの時、私は初めてユウ君のバイオリンを聞いた。すごく上手で、綺麗で、私の心に響く音だった。つたない伴奏だってわかってたけど、一緒に演奏できて本当に嬉しかった。それをきっかけに私は少しピアノに対する苦手意識が薄れた気がしたし、何よりまたユウ君がバイオリンを演奏するようになるんじゃないかって思ってた。……だけど」

 

 そこで八橋は涙を拭い、表情を曇らせた。

 

「……その数日後、電話があった後、怪我をしたユウ君が私の部屋に来た。どうしたのって聞く私に、ユウ君は何も言ってくれなくて。ただ、私のことを本当に大切に思ってるから、私のためだから自分を信じてこの目を見てくれって言われて。

 ……そして気づいたら、ユウ君はもういなかった。私の記憶と、携帯のデータや共に演奏した時の録音などの思い出の品と一緒に……」

「……すまなかった、キナ。俺はどうしてもお前を巻き込みたくなかった。だから、いなくなった俺を追いかけないで済むように魔術を使ったんだ。本当はお前の部屋から回収したものを全部処分しようと思った。でも、俺の携帯の解約までは出来ても、それ以上は出来なかった……。俺の部屋に、お前の部屋から回収したものは保管してある。勿論、録音したデータもパソコンにあるよ」

「よかった……。あの録音は、どうしても消してほしくなかったから。……でも、説明してほしいの。どうして、そんなことになっちゃったのか」

「ああ、わかってる。……蜂谷さん、穂樽さん、今キナにも頼まれた通り、なぜそうなったのかについて詳しくお話します。俺がキナの記憶を消したその日、中学の時の同級生だった柏って奴に会ったのが全ての発端です」

 

 今川自身は10歳の時に幻影魔術に目覚め、しかし世間の目もあるため、可能な限り使わないようにしていた。だが中学校に進学し、人付き合いがうまくなく、またあまり気の強い方でなかった彼は柏をはじめとするいわゆる不良グループから嫌がらせまがいの接し方をされるようになる。この頃、柏はまだ魔術使いとしては覚醒していないということだった。しかし魔術を使わないと決めていた今川は特に反抗することもなく、多少我慢しつつもその関係を続けていた。

 当初は耐えられる程度であったが、ある日決定的な事件が起きる。今川が幼少期からバイオリンを習っていることを知っていた音楽教師が、授業で実際に何か弾いてほしいと頼んだことがあった。彼はそれを了承し、音楽教師も舌を巻くほどの見事な演奏をしてみせる。それはクラスメイトも絶賛したが、柏達は面白く思わなかったらしい。授業の後にそのことで難癖をつけ、あろうことか机の上に置いてあった彼のバイオリンの入ったケースを蹴り飛ばしたのだ。

 

「……最低な連中」

「おそらく数百万クラスの楽器のはずだ。お前が怒るのも無理はない」

「金額の問題じゃありません。あのバイオリンは母から譲り受けた大切なもの、俺にとって片腕、体の一部と言ってもいい楽器です。それを足蹴にされたということは許せなかった。

 頭に血が上った俺は、反射的に魔術を行使してました。かなりの怒りをこめて使用した幻影魔術です、あいつは相当恐ろしい幻覚を目の当たりにしたんでしょう。悲鳴を上げて倒れこみ、その後1週間は登校して来ませんでした」

「自業自得ね」

「担任もそう見てくれたようです。両親を呼び出されて口頭で厳重注意を受けましたが、それだけで済みました。父にも厳しく叱られましたが、状況が状況だからと一定の理解は示したもらえました。母からも今後は魔術を使わないように言われ、でも自分が譲った楽器を大切に思ってくれてありがとうと言われました。

 ……だけど、良くも悪くもその日から俺に対する学校での印象は変わりました。嫌がらせまがいに絡んできた連中は接触をぱったりとやめ、他のクラスメイトも俺と一定の距離を置くようになった……そんな雰囲気を感じました」

 

 思わず、穂樽の表情が僅かに曇る。ウドなら経験することがあるであろう、魔術が使えるということで受ける他人からの羨望と畏怖の眼差し。彼女自身の魔術の発現は今川よりもっと早く、まだ砂場で遊ぶような年齢の時のことだった。不意に砂場の砂を自在に操れると気づき、一瞬のうちに触れることなく砂の山を作り上げてみせた。そんな様子に他の子供達は歓声をあげて喜んでいたが、その背後、保護者達が何かヒトならざるモノを見るような冷たい目をしていたことを、穂樽は今も忘れていない。後から両親に魔術のことの説明受けるより早く、幼い彼女は本能的にそれは使ってはいけないものだと悟り、ウドであることを極力隠して生活してきた。

 

「柏とはその件以来、まともに話しませんでした。高校も別でしたし。あいつのことなんて忘れていたんですが、つい1週間ぐらい前に、突然街で出会って絡まれたんです。『あの時は随分と痛い目を見させてもらった、今は俺もウドなんだ』って。高校の時に覚醒して、それで力を見せびらかすように何度か使ったらしいです。それが原因で揉め事を起こして中退したって言ってました」

「珍しいケースね。……ああ、中退の件じゃなくて、魔術の覚醒の件ね。大半の場合魔術の発現は11歳までに起こる。……まあ例外はいくらでもあるけど。ここにもレアケースがいるわけだし」

「俺も数年前に覚醒した。当時は検事だったが、魔禁法六条、魔術使いは公職へ就けないということから今は弁魔士をやっている」

「そうなんですか。……ともかく、柏は俺に魔術を使われた一件を恨んでいたそうです。そしてたまたま、前に俺とキナが一緒に街中を歩いているところを目撃した、と言ってきました」

 

 高校を中退した柏は中学の時同様、だがそれよりたちの悪い不良グループとつるむようになっていたらしい。今川が絡まれた日も何名かとつるんでおり、人目のつかない裏路地に今川は連れ込まれ、「手を貸せ」と要求されたのだ。元々彼らはでかいことをやろうとしていた矢先だったという話だった。そこで幻影魔術、というその特性を生かせば犯罪を有利に運べる存在の使い手を見つけた。仲間内には攻撃系の自然魔術使いが多く、予知魔術使いまではいたが幻影魔術使いはいなかったという話だった。

 当然今川はそれを断った。結果、魔術も交えて暴行を受けた。反撃しようにも相手が複数では自分の魔術では対抗しきれない。当人を痛めつけても効果がないとわかった相手は、別な方法で揺さぶりをかけてきたのだ。

 

「……もし断るなら、お前と一緒に歩いていた女を見つけ出して、今日やったこと以上の仕打ちをしてやると脅してきました。キナのことをどこまで知っているのかはわからなかった。でも、相手に予知魔術使いがいる……。そう思うと、キナを巻き込んでしまうんじゃないかと思って、怖くなったんです」

「だから、あの時ユウ君は怪我をしたまま私の部屋に来たんだ……」

 

 今川は頷き、八橋の言葉を肯定した、

 

「そうだ。お前を巻き込まないために、一刻も早く手を打つ必要があった。……そして俺は、奴らに手を貸してしまった。

 蜂谷さん、3日前の宝石店強奪事件、俺は閉店間際に店に入り、前もって目の前で宝石を強奪されても気づかれないように従業員に魔術を行使したのは事実です。ですが、その後は翌日まで連中と会っていないので盗み自体には加わっていません。……俺の言葉を信じてもらえるなら、ですが」

「わかった。それについて裏を取る。そう難しいことではないだろう。……とにかく、お前がしたことはその宝石店の店員に幻影魔術を行使したことと、彼女の記憶を消したこと。それだけだな?」

「自分ではそう自覚しています。……とにかく消してしまったキナの記憶も戻ってくれた。心残りはありません。これでもう、どんな重い罰も受ける覚悟は出来ました」

「……ふざけないで」

 

 不意に話に割って入ったのは穂樽だった。場の面々が意外そうに彼女を見つめる。

 

「穂樽さん……?」

「もし刑務所に放り込まれたとして、その間あなたのことを待っている八橋さんの気持ちを本当に考えてるの? 彼女の記憶が戻ってよかった? 心残りはない? どんな罰も受ける? ……よく言うわ。強がるのもいい加減にしなさい。あなただって本当は、今すぐにでも以前のように彼女と共にいたいんでしょう?」

 

 まくし立てるように、穂樽はさらに続ける。

 

「ほ、穂樽さん! いくらなんでも……!」

「黙ってて。……何より、私が八橋さんから受けた依頼は『いなくなったはずの彼を探すこと』。見つけたけど堀の中です、ではまだ完了したとは言えない。あなたが晴れて自由の身となり彼女と共に元の生活を取り戻したその時、初めて私は依頼を完了出来るのよ。だからそんな最初から諦めたような物言いは、私は気に入らないわ」

 

 鋭い穂樽の指摘に、思わず今川は彼女を睨み付けた。それは彼女に図星を突かれたという反応に他ならなかった。

 

「んなこと言ったって……俺はあいつらに手を貸しちまった! 共犯じゃねえか!」

「厳密にはそれは違う。話を聞く限り、お前は脅迫されて宝石店襲撃、もっと加えるなら窃盗という点のみの手伝いをした、と取れる。しかも直接の実行犯ではない。ならば窃盗幇助と魔禁法一条違反、ただし脅迫されていたという酌量の余地がつく。そこに自首も合わされば、無罪まで勝ち取れる可能性がある。彼女に魔術を行使した点は確かに魔禁法一条違反だが、彼女を事件に巻き込みたくないという守衛的な面を考えれば十条が適用されると考えられる。さらに彼女自身の記憶も戻り既に納得してのことだ、そこまでの問題とも考えなくていいだろう」

 

 すらすらと述べられる蜂谷の言葉に、今川は呆然と聞き入っていた。話を終えたと気づき、ようやく頭を回すことが出来るようになってきたらしい。何か希望を持ったような目で「じゃ、じゃあつまり……」と切り出した。

 

「そうだ。つまり、無罪を勝ち取れる可能性は十分にある」

「私も最初自首を勧めた時に言ったはずよ、かなり有利ではあるって。……今川さん、蜂谷さんを信じて。さっきは厳しいことを言ってしまったけど、1日も早く八橋さんの元へ帰れるよう、私も協力は惜しまないわ」

 

 今川の目に僅かに涙が浮かぶ。先ほど指摘したとおり、懸命に強がっていたのだと穂樽にはわかった。次いで彼は深々と頭を下げた。

 

「……ありがとうございます。どうかよろしくお願いします。……キナ、待っててくれ。必ず、俺は戻るから」

「うん……。私もきっとユウ君がすぐ戻ってきてくれるって信じてる。それまで待ってるから……!」

 

 彼氏を懸命に元気付けようと、記憶を戻した「彼女」の八橋は、笑顔をと共にその言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 接見後、外に出てまず喫煙所を見つけた穂樽は、蜂谷と八橋にことわって1本だけ吸う時間を貰っていた。時間を置いて吸ったおかげか、メンソールの香りが喉に響き、煙がいつにも増しておいしく感じる。

 

「……しかし意外だな」

 

 その煙の範囲の外に立ちつつ、蜂谷が穂樽へと声をかける。

 

「何がです? 私の喫煙する画ですか?」

「いや、確かにそれもあるが、お前があそこまで感情を露わにするとは思ってもいなかった」

「しました? そんなつもりないですけど」

 

 穂樽自身、それは嘘だと自覚している。今川に対してかなり感情的に言ってしまったとはわかっていた。

 

「その気になればあとはこちらに投げてお前自身の依頼は完了と言い切ってもいい話じゃないか?」

「それは私も気になりました。穂樽さんはユウ君を見つけてくれた。それに、私の記憶も取り戻してくれました。私の依頼は十分成し遂げてくれたといってもいいはずです」

「記憶は私の功績じゃないわ。あなた自身が掴んだものよ」

「だとしても……。依頼にかこつけてはいたが、お前にしては珍しく随分と直接的に物事を言ったと感じてな。どうこういうつもりはないが、それが意外とは思った」

 

 誤魔化すように煙草を蒸かし、穂樽は多く煙を吐いた。蜂谷には全てを見抜かれているように思えてくる。同時に、言いたくなければいいというようなその言い回しにも、彼なりの配慮を感じていた。

 

「……仮にも私も女子ですからね。恋人のために、捨てたはずの楽器をもう1度手にしてセッションした、そしてその話をきっかけに記憶を取り戻した、なんて話聞いたら……ロマンチックだとは思いますよ」

「それで、最後まで協力を……?」

「ま、乗りかけた船です。最後まで付き合うってことですよ。無論追加料金は取りません。ご安心してください。弁護関連の料金は、全て彼からバタ法側へ払ってもらいますから」

 

 眼鏡の位置を調整しつつ、悠然と穂樽はそう八橋へと返した。が、それには照れ隠しも含まれている。どうも八橋もそれを感じた様子で、表情を僅かに崩しているのがわかった。

 

「はい。ありがとうございます」

「それはそうと八橋、君も今川のために証人として立つ可能性がある。勿論俺が出来る限りサポートするつもりでいるが、心構えはしておいたほうがいいかもしれない」

「確かに。ありえますね。そこで今川さんに有利な証言をすることが出来るかもしれない」

「証人……。もし私が協力することでユウ君の助けとなるのなら、私頑張ります!」

 

 まっすぐな言葉に、僅かに穂樽は笑みをこぼして煙草を揉み消した。ずっとおどおどしていた印象を受けていた彼女だが、なかなかどうして、頼りになりそうな表情になったと思う。それだけ堂々と出来るのなら、将来教師としても恥ずかしくないんじゃないだろうか、などと少し意地悪く思ったりもするのだった。

 




法律の知識全然無いんで、色々おかしい点あるかもしれません。
指摘がありましたら、直せる範囲でなら直したいと思います。

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