Episode 5-1
Episode 5 クイーンズ・スキャンダル
◇
この事務所がこれほど煙たくなるのはここを開いてから初めてのことではないだろうか。自身も吐き出した煙を眼鏡のレンズ越しに眺めつつ、そんな風に所長である
しかし今回は相手方からの勧めもあって蒸かしているわけである。が、その相手は相手で早くも1本目を吸い終わり、2本目に移ろうとしていた。そんな様子に思わず穂樽の顔に苦笑が浮ぶ。
「……なんだよ、何笑ってんだよ。そんなにあたしの顔がおかしいか?」
チェーンスモークで2本目の煙草に自前のマッチで火を灯しつつ、穂樽の目の前にいる女性――
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」
「じゃあなんだよ? あんたも吸ってるんだ、ここで吸う事自体に文句はないだろ?」
「文句はありませんよ。ただ、そもそも私にも吸うように勧めてきたのはそっちです。それにもう奥に避難しましたが、うちの使い魔が大層文句を言ってから逃げていったので……」
クインはウドでないが故に使い魔は見えない。それをいいことに、元々煙草に対して文句を言い続けていた穂樽の使い魔であるニャニャイーは、2人揃って煙草を吸うとわかると散々不満をぶちまけた後で居住区へと退避していた。それに対する同情もある。が、彼女が苦い表情なのはそれ以上の理由があった。
「……それで、話しやすいようにというそちらの勧めで私も今現在煙草を蒸かしてるわけですが。ぼちぼち本題に入ってもらってもいいですか?」
穂樽にそう言われても、クインは視線を逸らしたまま煙を吐くだけで何も話そうとしなかった。
クインがファイアフライ魔術探偵所を訪れたのはほんの少し前のことだった。珍しい来客だと思って何の用かという穂樽の問いに対し、「あたしが依頼に来ちゃ悪いのか?」と返され、初めて彼女は目の前の警部が依頼人だとわかったのだった。
ところが、応接用のテーブル前にある椅子にどかっと座った後、絶対に吸うものだろうと灰皿を出した穂樽に「あんたも吸え、その方が話しやすい」と彼女は喫煙を勧めてきた。
そう言うのなら、と穂樽は居住区から煙草とライターを持参し、入れ替わるように文句を垂れ流し続けるニャニャイーが居住区へと退避した。その後彼女も煙草を蒸かし始めたわけだが、クインは一向に話を始めようとしない。そうこうしている間に相手の煙草の1本目が終わったのだ、さすがに急かしたくなるというものである。
いい加減話を進めたい。思わずため息をこぼし、そろそろ皮肉でもぶつけるかと穂樽は口を開いた。
「クイン警部、一応言っておきますけどうちは喫煙所じゃないんですよ?」
「わかってるよ」
「暇つぶしの談笑の場でもありません」
「それもわかってるっての!」
「味気ないコーヒーと煙草で雑談するぐらいなら下の喫茶店行った方が……」
「だから違うって言ってんだろ!」
思わずクインは机を拳で叩く。が、直後に「……悪い」と、珍しく謝罪の言葉がついて出ていた。
「……ほんとどうしたんですか? 普段の警部らしくない」
「あ? あんたあたしを何だと思ってんだよ?」
「そりゃ思うところは色々ありますが……。とにかくうちに何か依頼したくていらしたんですよね?」
少しでも話を進めようと直接尋ねる穂樽。が、返ってきたのは「……ああ、まあ」という曖昧な返事だけだった。もういいやと諦め、多少強引に話を進めることにする。
「では依頼ということで話を進めさせていただきますが、何を頼みたいんです?」
やはりクインは返答を渋った。灰皿に灰を落とすも、何も返ってこない。再び穂樽からため息がこぼれる。
「警部、そりゃ私は『誰だかわからないけど恋人探してくれ』って無茶な依頼を運良く成功させたこともありますよ? でも魔術使いは漫画に出てくるような便利な何でも出来る超能力者じゃないんです。何考えるか当てるなんて出来ません。まあ元同僚のセクハラ女王なら予知魔術とかで当てられるかもしれませんけど。……とにかく、そろそろ依頼の中身をおっしゃってくれませんか?」
穂樽の追求にとうとうクインは観念したように煙草を揉み消しつつ煙を吐き出した。次の煙草に移る前に、ボソッと呟くように述べる。
「……身辺調査だよ」
その一言に思わず穂樽は固まった。危うく手元の煙草の灰を落としかけ、慌てて灰皿に手を伸ばす。
「……ちょっと待ってくださいよ。それって内部調査の特別な組織とか公安とかがやる仕事じゃないんですか? 私みたいな個人事務所の、しかもウドの探偵がやることじゃ……」
「違うっての! 何で警察内部の調査を魔術使いに頼むって話が出て来るんだよ!」
身を乗り出しつつ興奮気味にそう言い終えると同時。クインの表情が僅かに曇り、身を椅子へと沈めなおす。
「……悪い。ウドを差別するつもりはなかった」
「ちょっと、ほんとにどうしたんですか? 警部のウド嫌いは知ってます。それに今のも謝るようなことでも……」
「かつてのパートナーが実はウドで、それを知らずにウドに対する一方的な偏見の文句を言い続けたとあったら、多少はあたしだって反省するさ……」
聞いた瞬間に今はもう亡くなっている
ウドに偏見をもたれるのは悲しいが仕方のないことと穂樽は思っているし、それを直接不快な形でぶつけられなければ別にいいと思っている。よって、クインがウド嫌いであろうが、自分と普通に接してくれる分には全く気にしてはなかった。
「その、静夢さん関係の調査ですか?」
話の流れから彼女はそう推測して尋ねる。が、クインは「ハァ!?」と間の抜けた声を上げるだけだった。
「なんでそうなるんだよ」
「だって今静夢さんの話をしてたから……」
「ぜんっぜん関係ない。あいつはいい奴でした。確かにあたしも死にかけたけど、あいつに悪いことしてたなと思ってるのも事実です。はいそれでその話はおしまい! 依頼の話とは無関係!」
早口でまくし立てるようにそう言ってクインは3本目の煙草に火をつける。ようやく1本目を吸い終わった穂樽は困惑した様子で火を消しつつ、ずれた道をどうにか修正しようとしていた。
「……じゃあ静夢さん絡みじゃないと」
「そ。あと警察関係でもない。……あたしの個人的な頼み」
そこでようやく何かが少し見えてきた。つまりクインが個人的に誰かの身辺調査を頼みたい、ということらしい。
「えーっと……。クイン『警部』じゃなくてクイン『さん』からの依頼と考えた方が自然ですか?」
「それでいいよ。重ねて言うけど警察云々は全く関係ない、あたし個人の頼みだ」
「もう最初からそう言ってくださいよ……。それで、どちらさんを、どうして調べてもらいたいんですか?」
だがここで再び彼女の口が止まった。3本目の煙草を蒸かすだけで答えようとしない。ガリガリと頭を掻いて穂樽も2本目の煙草を咥えて火を灯した。
「……あんた、元バタ法だよな」
煙を吐く頃になって短くクインはそう尋ねる。
「ええ、ご存知の通り。……どうしたんです、改めて?」
「同業のシャークナイトのことは、詳しいか?」
シャークナイト法律事務所。かつて穂樽が所属していたバタフライ法律事務所の近くにあるライバル事務所だ。イケメン揃いで有名でもある。
「それは、当然多少なら……」
「……そこの
穂樽は記憶を探る。いくら同業のライバルで知ってるとはいえ、さっき言ったとおり「多少」だ。そのことを包み隠さず告白する。
「ボスの
「なんだよ……そこに期待してたのに」
煙と一緒に文句まで吐かれる。思わずムッとして穂樽は返した。
「それは失礼しましたね。で、その細波という人間の身辺調査をしてもらいたいと?」
「まあ……そういうこと」
が、今度は一転してどこかばつが悪そうにクインはそう答える。
「でも身辺調査程度なら、クインさんの立場利用していくらでもできるんじゃないですか? 以前はあの事務所に踏み込みもしたでしょう?」
まだ穂樽が新人弁魔士だった頃、彼女の同期であるセシルを巡る事件でクインはシャークナイト法律事務所に踏み込んだという経緯がある。実のところその令状の中身自体が嘘八百であり、彼女は踊らされていただけだと後になって知ったのだが、その気になれば調査どころかその時同様に踏み込みすら可能だろう。
そう思って尋ねた穂樽に、どこか呆れたようにクインは返答する。
「職権濫用って知ってるか? あるいは警察権力の私的使用でもいいが」
「要するにその彼は悪いことをしたわけでもない、と」
それに対しても曖昧に「ああ……まあ……」という答えを受け、だんだんと穂樽のフラストレーションが溜まりつつあった。こんな回りくどいやりとりなどとっととやめて、細波の身辺調査であるならさっさと何故という理由まで効率よく話を進めたい。
クインは既に3本目の煙草も吸い終えてしまっていた。次にいこうと箱に手を伸ばしかけたところで、穂樽がそれを取り上げる。
「おい何すんだよ、返せ。4は日本じゃゲンが悪い数字だろ。とっとと吸い終わって5本目いくんだ、返せよ」
「クインさん、煙草もゲン担ぎもいいですけど早いところ話進めてください。私はあなたと話すのは嫌いではありませんが、仮にもクライアントとしていらしてるなら、それ相応のものとして話を進めたいんです。ちゃんと話してくれるならお返しします」
「ふざけんなよ、とっ捕まえるぞ」
「それこそ職権濫用か、警察権力の私的使用じゃないですか」
それを言われてはクインは何も言い返せない。恨めしそうに取り上げられた煙草の箱を見つめた後で「……わかったよ!」と観念の言葉を口にする。そして鞄の中を探し、穂樽の方へ何かカードのようなものを机の上の滑らせて渡してきた。
「……名刺?」
そこには先ほどクインの口から出た「シャークナイト法律事務所」という事務所の名前と、「弁魔士・細波サンゴ」という名前が記されている。
「おい、煙草返せ。こんな話……吸いながらでもないと話す気が起こらねえ」
それを口実に取り返したいだけとも思えたが、素直に穂樽は煙草を返すことにした。奪い返した主はそこから1本を咥えて火をつけ、煙を吐いてから話し始める。
「……そもそもは、数日前のことだ。ちょっと面倒な事件抱えててな。どうにかそれは解決したんだ。……ところが上からやり方が強引過ぎるだの、解決したからいいようなものの本来なら庇え切れないだのなんだの文句言われてよ」
「確かに……。警部強引な方法取ったりしますもんね」
「茶々入れんな! あたしよりあんたの前の職場のアゲハさんの方が相当だっての。それを引き継いだお前もお前だしよ。……いいや、話反れちまった。んで、上から言われるだけじゃなく、パートナーの警部補の奴からも色々ごちゃごちゃ言われてよ。ったくあの軟弱野郎め」
もしかしたらこれは愚痴大会になるんじゃないかという嫌な予感が穂樽の脳裏をよぎる。が、それは嬉しいことに外れてくれた。そこまで文句を述べた後、彼女は煙草を味わいながら無事続きを話し始めてくれた。
「それで腹立ったから飲み屋行ってウサ晴らしに1人でひたすら飲んだんだよ。だけどちょっとばっかり飲み過ぎちまってな。正直なところその辺りの記憶から曖昧なんだが……。とりあえずタクシー呼んで帰ろうと思ってたんだ。ところが千鳥足だったせいで道で転んじまった。その時に……その、転んだあたしに手を伸ばして立ち上がるのを手伝ってくれたんだよ。その後も……いいって言ったんだが、肩貸してくれて……さらにはタクシー呼んでくれてよ……」
途中からは常時奥歯に物の挟まったような話し方に、思わず突っ込みたい穂樽だったがグッと堪えた。しかも助けてくれたのが誰か、という主語がことごとく欠けている。さっきの流れから察するに細波が、なのだろうが、クインらしくなく照れてるのか恥ずかしがっているのか、なかなか話が進まない。
早い話が、街中で酔い潰れて転んでしまったクインを見かけた細波が、彼女を手助けしての代わりにタクシーを呼び、住んでいるアパートまで送って連れて行ってくれたのだという。さらに許可を得て部屋まで上がり、介抱してそのまま去ろうとしたらしい。礼をしようにも酔いすぎていてまともに対応出来ない彼女はせめて名刺だけは置いていけと主張し、どうにか相手の存在だけは確認できた、ということだった。
「……男の人を部屋に上げさせたんですか?」
話を聞き終わってまず穂樽の口をついて出た感想はそれだった。
「なんだよ、悪いかよ?」
「いえ……随分と無用心というか、なんというか……」
「あたしはアパートまででいい、って言った……はずなんだけどよ。まあその程度の記憶しかないぐらいに酔ってたんだ。だからか、あまりに泥酔状態でそれすら不安だってんで部屋まで送ってくれたみたいなんだよ。ああ、前もって警察手帳見せて『変なことしたらとっ捕まえる』っては言っておいた気もする。んで部屋上がった後水とか飲ませてもらった……と思うんだよなあ、どうにも曖昧なんだが」
当人の記憶が不明確すぎる。弁魔士の過去を思い出すと、これは法廷でなら証人の発言としては信憑性に欠ける、という判断が下りそうだとも思った。
「それで、細波はクインさんに何をしたでもなく、さらには言われるまで名刺も出そうとせずにただ帰った、と」
「何もしてなくはねえよ。介抱してくれた、多分」
「いや、まあそうですけど。そっちの意味じゃなくて。……ああまずい、私もあの下ネタ女王の癖がうつったかもしれない」
勝手に自己嫌悪に陥った穂樽を煙草を蒸かしながら見つめた後で、ようやくクインは彼女が言わんとしていたことに気づいたらしい。思わず「お前なあ!」と声を上げた。
「あ、あたしは一緒に朝まではいなかったぞ! それだけは断じて!」
「別に強調しなくてもいいですけど……。プライベートに口出すつもりはありませんよ。まあクインさんに魅力がなかっただけかもしれませんし」
「誰が何だって!? 確かにもうピチピチじゃねえかもしれねえけどな! あたしだってまだまだ若いっての!」
自分で振った話題だが墓穴だったと、思わず穂樽は失笑した。手で落ち着くように指示し、相手をなだめる。
「クインさん、私が悪かったです。その話はやめましょう」
この手の話題でヒートアップするのはよろしくない。なぜなら――。
「……二十代半ばを過ぎた独身の女2人、煙草を蒸かしながらの話題としては不毛過ぎてむなしくなります」
「う……ぐ……。確かに……。お前、意外とドライだな……」
「手痛い一発もらえば、こうもなりますよ。おかげで割と達観できるんです」
代わりにもらった一発のおかげでしばらくはかなりの重症でしたけど、と内心で追加する。が、思い出さないほうがいいだろうとその記憶を封印し、「まあそれはいいとして」と話を続けた。
「その細波って人、随分と紳士的ですね」
何気なくそう言った穂樽の最後の一言に、予想以上にクインが食いついた。
「だろ!? お前もそう思うだろ!?」
「え、ええ……」
「このご時勢に転んだ女性に手を伸ばして助けてくれただけじゃなく、家までタクシーで送ってくれて、しかもあたしが弁魔士にとっちゃ天敵にもなりうる警察、もっと言えば以前あの事務所にありもしないでっちあげで踏み込んだことがあったからあたしの顔をわかっていて、もしかしたらいい思いをしていなかったかもしれないにも関わらず丁寧に介抱してやましいこともせず帰って行ったんだよ!」
これまた随分とテンションが上がっているように穂樽は感じた。熱くなる相手と対照的、冷ややかに口を開く。
「最後のは警察手帳の威力とクインさんの魅力という怪しい部分があるんで置いておくにしても……」
「置くな!」
煙草を蒸かしつつ目を半分閉じて穂樽はジロリとクインを睨みつける。いちいち突っ込みご苦労様、と思うほど律儀過ぎる。
「……ともかく、なかなか丁寧な人だという印象は受けますね」
「しかもあたしが言わなきゃ名乗らず帰っていこうとしたんだぞ? ……慎ましいじゃねえか。そんな『快男児』みたいな、今時古きよき『サムライ』を思わせる振る舞いをしてくれる男がいたなんて、あたしは思わなかったよ」
「……例え合ってるんですか、それ」
今日果たしてこんな呆れた気持ちになるのは何度目だろうか。相手の突っ込みに律儀と思いつつも、自分も結局突っ込んでると気づき、ため息と共に穂樽は煙を吐きつつ、煙草を揉み消す。
「じゃあなんですか。早い話が……クインさんはその時助けてもらった細波に惚れた、と」
「ほ……!」
クインの顔が目に見えて赤くなった。そんな彼女の顔を目撃するのは穂樽にとって初めてだったために、思わずまじまじと見入ってしまった。
「惚れてなんかいねえよ! そんな目で見んじゃねえよ馬鹿野郎! あ、あたしはただ、あの時手を差し伸べてくれた相手がどんな奴か、それが気になってるだけなんだよ!」
それを惚れてるというんでしょう、と突っ込みたかったが、グッと堪えることに成功した。同時に、今日のクインの様子がおかしかったことに対してようやく納得がいった。
口でああ言おうが、腹の内を読める穂樽にとって、こんなの見抜く以前の問題としてまず間違いなくクインは細波に興味がある、もっと砕いて言えば惚れかけてるとわかった。だから妙に落ち着かない様子だったし、相談しやすく、かつシャークナイトに関係のありそうな自分のところに来た。さらには相手が弁魔士であるのだから、ウド嫌いでありながらもそのことであまり偏見を持たないように努めていた、というところだろう。
クインはなおも煙草に火を点けている。これで何本目だと言いたい。だがそれより先に依頼の話を終わらせようと思った。
「……大体の話と経緯は把握しました。要するにシャークナイトの細波サンゴの身辺調査。クインさんの依頼はそれでいいですね?」
「そういうことだよ」
「わかりました。……最初からそう言ってくれればものの数分で終わる話だったのに」
「あ!? 何か言ったか? それよりやってくれるのかくれないのか、どっちなんだ?」
こちらから急かした時はことごとく無視してくれたのに、自分のこととなると急かしてくる。全くこの人は、と諦めの色を滲ませつつ、穂樽は答えた。
「受けることは可能です」
「そうか! さすが穂樽……」
「ただし」
食い気味にそう重ね、喜ぼうとするクインの言葉を遮る。
「いくつか了解していただきたい点はありますが」
「何だ?」
「まず、私は元バタ法です。相手側に顔が割れている可能性が高い。そこで身辺調査、となりますと、向こうから見れば知った顔が嗅ぎ回っていると気づかれやすい。さらには知らん顔をして接触するのも出来ないために方法がかなり制限されてしまう。そこは了承してください」
「つまり、存在を気づかれやすい、さらにはうまく調査出来ないかもしれないってことか?」
頷き、「お恥ずかしながら」と形式上で穂樽はそう謝罪する。
「それは……。まあ困るには困るが、顔見知りのお前以外にこんな話したくねえし……。しょうがねえな」
「ありがとうございます。次に。……ちゃんと依頼成功したらお金で報酬払ってください。適当に情報回すから、とか言って踏み倒しは無しで」
「や、やるわけねえだろ! 思ってもいなかったっての!」
今の態度から、本気ではないにせよ一度はそれで吹っかけてくるつもりだったか、と穂樽はクインの心を読み解いた。もっとも、本当にそれだけで押し通してくるとは思っていなかったが。
「最後に、今情報云々の話した直後で済みませんが、今後も良好な関係は続けたいですので、ギブアンドテイクの情報交換の際はご贔屓によろしくお願いします」
「……なーんかお前、それ汚くね?」
「汚くないです。ちゃんとこっちも出すもの出すから教えてくれ、って言ってるだけですから。その3点、了解してくださるんでしたら、難しいとは思いますがやれる限りでやってみましょう」
渋い表情を浮かべ、煙を吐いて精一杯の抗議の様子を見せつつ、「……わかったよ」とクインはその点を了承した。穂樽は立ち上がり、パソコンデスクの中から依頼の書類を持ってくる。
「では依頼ということでこの書類に記入お願いします。……正式書類なんで灰落とさないでくださいね」
「わーってるよ」
咥え煙草のまま、クインはお世辞にも丁寧とは言えない字で書類へと記入を始めた。すっかり冷めたコーヒーで喉を潤しつつ、ようやく穂樽にも雑談する気が起きてくる。
「ところで、シャークナイトの情報を仕入れるとなるとバタ法に聞き込むのも手なんですが……」
「ば、馬鹿馬鹿! やめろ! あたしの弱みをアゲハさんに見せんじゃねえ!」
「クインさんの依頼だとは言いませんよ。セクハラ女王なら男関係の話だから、その辺り何か知ってそうだと思うんですよ。あと何でも屋受付嬢辺りも色々情報持ってそうですし」
「……絶対にあたしの名前出すなよ。それなら、まあいいけど」
とりあえずもう1本吸おうと、穂樽は白地に緑のラインの入った煙草の箱を空けて口に咥える。火を灯して煙を吸って吐き、書類を書くクインになおも話を投げかけた。
「それにしても、ちょっと嬉しいです」
「何が?」
「『弱みを見せたくない』と言った割りに、私のところには来て全部告白してくれてますから。……私を信頼に足る人物だと認めてくれたみたいで、嬉しかったんですよ」
「……フン」
不機嫌そうに煙を吐き出して灰を灰皿に落としただけで、クインは明確には答えなかった。だがそれでも彼女なりに自分を信頼してくれてるんだと、穂樽は言葉通り少し嬉しかった。
「……ほらよ。これでいいか?」
乱雑にクインが書類を穂樽のほうへと流してくる。仮にも正式な書類なんだから丁寧に扱ってほしいと思いつつ、記入に過不足がないことを確認した。
「大丈夫です。では明日からしばらく、調査に当たってみます」
「おう。頼むよ」
「ベストを尽くします。ただ、ずっと思ってたんですが……」
「あん?」
依頼の内容が判明し、クインの異変の理由がわかった時から冷やかしてやりたいとは思っていた。今ならもう依頼の書類を受け取った後だ、これでご破算という話にはならないだろう、と狡猾な打算と共に、穂樽は少し意地悪く茶化してやろうと思っていた。
「……クインさんって、心は意外とピュアな乙女なんですね」
「うるせえ! 意外とはなんだ! つーか余計なお世話だ!」
タイトル「クイーンズ・スキャンダル」の通り、クイン警部がメインの話です。重要な役どころのようでいまひとつ原作で出番が少なかったように感じたので、キーのキャラとなる話を書こうと思ってました。
細波については5話と10話だったかにチラッと出てます。あまりにチラッと過ぎる気もしますが。
なお細波のCVはヤスヒロさん。クイン役の井上さんとはカイトリベレイターのオーディオコメンタリーで一緒に喋ったりしてます。
ちなみに。クインを「基本的にガサツだが恋愛に関してはピュア」という設定で書いたのですが、BD2巻のブックレットで左反にこれが当てはまるというまさかの公式設定に衝撃を隠せませんでした。あれだけ下ネタ言っておいて……!
というわけで公式の左反の設定と被ってしまったんですが、クインも似た者だろうということで話を進めます。