ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 5-3

 

 

 シャークナイトの事務所内に通された穂樽は、来客用のスペースへと案内された。先ほどの約束どおり鮫岡は手荒な真似はせず、さらにソファに腰を下ろした彼女の前にコーヒーと要求どおりの灰皿を用意してくれた。

 バッグから白地に緑のラインが入った煙草の箱を取り出し、1本咥えて火を灯す。数時間ぶりの一服によるメンソールの刺激がなんとも心地よかった。

 

「さて……。穂樽君は確かバタ法を辞めた後、探偵になった、と聞いたんだが……」

 

 鮫岡のその発言は間違えてない、という意味を込めて、穂樽は灰皿の縁に煙草を置いて名刺を手渡した。鮫岡と工白の2人がそれをまじまじと見つめて「ほう……」と声を漏らす。

 

「おっしゃるとおりです。弁魔士と違うアプローチでウドの力になりたいと思いまして。……もし何かありましたら連絡をいただければ、承りますよ。一応売り文句は『御法に触れなきゃ報酬次第でなんでもござれ』ですから。……ああ、でもバタ法ともう提携してますので、それ以外でしたら、ですけど」

「商売熱心だな。まあ何かあるときは、考えよう。ウドの力になりたい、というその意志にはとても共感できるからな。……それはともかく、どうもうちを嗅ぎ回っていたようだが。誰の依頼で、何が目的かな?」

 

 受け取った名刺をしまい、鮫岡の視線が鋭くなる。が、穂樽はそれを受け流さんと、灰皿に一旦置いた煙草を手に取って煙を吐いた。

 

「……申し訳ありませんが、依頼主を言うわけにはいきません。そういうクライアントの強い要望ですので」

「姉ちゃん、置かれとる状況わかっちゅうか? あんま意地張っとると……」

「やめろ。手荒な真似はしないという約束だ。……では一点だけ。バタ法からの依頼か否か、だけ答えていただきたい」

 

 穂樽は一度煙を燻らせた。本来なら全て伏せたかったが、この状況ではやむを得まい。

 

「違います。そこ以外の、個人的な依頼です」

「なら、あまり気にしなくていいな。……ライバル事務所の妨害工作の類なら、さすがに少し考えるところだった」

「アゲハさんはそういうこと……する時もあるか。時に手段を選ばないというのは、身をもって教えてもらったことだったっけ……」

 

 フォローしようとして出来なかったと穂樽は苦笑を浮かべる。アゲハはやり手だ。だが、今言ったとおり時に手段を選ばない。クインでさえ「強引」というほどの方法を取ることさえある。そう思うと、元所属弁魔士を使っての妨害工作というのは、考えられなくはないとも思えた。

 

「とにかく、バタ法は関係なく、あくまで個人的な依頼です」

「とはいえ、こちらも誰かがマークされたとなると少々気になるのは事実だ。動きにくくなるのは御免被りたい。何を調査していたかはしらないが、可能ならあまり嗅ぎ回るような真似をするのは控えてもらえないだろうか?」

 

 難しい表情を浮かべ、穂樽は考え込む。相手に警戒された以上、秘密裏に事を進めるのはもうかなり困難となった。加えて、事前にクインに「失敗率は高い」とことわってある。ならば、せっかく虎穴に招き入れられたのだ、虎子を得に行こうと開き直ることにした。まだ葉が残っていたため少し勿体無いが、心を決める意味でも煙草を揉み消す。

 

「鮫岡さん、細波サンゴさんはいらっしゃいますか?」

「……ああ、いるが。彼に関することなのか?」

「はい。私が受けた依頼は彼に関することです。ですが、もう秘密裏にそれを進めるのも難しそうなので……。いっそ、本人から直接お話を伺えればと」

 

 この切り替えの早さは鮫岡も予想していなかったらしい。だがすぐに普段通りの様子に戻り、細波を呼んでくれた。ややあって、長身に前髪の長い顔立ちのいい男性と、丸刈り頭に耳のピアスが特徴的な男性の2人が穂樽達のところへと近づいてくる。前者が細波ということは知っていたが、丸刈りの方は誰かわからなかった。

 

「彼が細波サンゴだ。ちなみにもう1人は海神往(かじの)紗馳(しゃち)。これでうちのめぼしいアソシエイトはほぼ全員だ」

 

 一応の紹介を受け、細波が穂樽に軽く頭を下げる。一方の海神往は訝しんだ風に彼女を見つめるだけだった。

 

「鮫岡さん、俺に何か用ですか? 状況が見えないんですが……」

「ああ。こちらのお嬢さんが君と話したいらしい」

「俺と? ……えっと、確か、元バタ法の穂樽夏菜さん、でしたか?」

 

 自分の名前をフルネームで言い当てられ、思わず穂樽は驚いた。今さっき、鮫岡の口からは自分の名は出なかったはず。さらに顔を合わせたことはあっただろうかと彼女が思うほどだったというのに、である。

 

「ええ、穂樽です。……あまり顔を合わせた記憶は無いんですが、よくご存知で」

「サンゴ君は女の子にマメやきな。バタ法のメンツ、おそらくパラリーまで入れて把握してるんやかえ?」

 

 横から入ってきた工白に彼は苦笑を返した後で、穂樽を見つめなおす。

 

「さすがにそこまでは。ただ、マメなのは自覚してるというか、よく言われます」

「……確かにあのエロ人間もそう言ってたっけ」

「エロ人間……? ああ、左反さんのことですか。でも実のところ、あの方とはウマが合わないんですけどね」

 

 こればかりは穂樽も不思議でならない。男好きの左反と女性にマメな細波、両者から同じ意見が出たのだからほぼ間違いないだろう。しかしなぜ合わないのだろうか。

 それはともかく、せっかく鮫岡に気を利かせてもらって場をセッティングしてもらったのだ。生かさない手はないと、穂樽は細波に切り出した。

 

「細波さん、実は私は今バタ法を離れて所謂探偵をしています。それで、ある方からあなたの身辺調査をしてもらいたい、という依頼を受けているんです」

「なるほど、そういうことだったのか。それで事務所の前に張りこんでいたわけだ。で、俺が不審に思って連れてきた、ということになると」

 

 鮫岡に早速話の腰を折られた形になる。が、穂樽はこれを聞き流せなかった。

 

「ちょっと待ってください、私そんなに不審でした?」

「思いっきり不審じゃったわ。知っとる顔が1時間も窓の外におったら気づくわ」

 

 さらに工白から追撃が飛ぶ。悪くない案だと思っていたが、あまりに迂闊過ぎたと内心で反省する。やはり自分はまだまだだと軽くショックを受けてうな垂れた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 そんな様子に質問を保留された状態だった細波が声をかけてきた。手をひらひらと動かして大丈夫とアピールしつつ、穂樽は顔を上げる。

 

「……大丈夫です。私が思いっきりヘマやったってだけのことですので。話戻しましょう」

「はい。俺の身辺調査、という話かと思いますが……。何かまずいことをした記憶はないんですが」

「そういった類ではないです。なんと言いますか……。マイナスの意味でなく、プラスの意味で気になるから、調べてほしい、と」

 

 細波は考え込む様子を見せる。少し話が抽象的過ぎたかもしれない。

 

「心当たりは?」

 

 鮫岡が彼に尋ねる。が、わからないという風に肩をすくめた。

 

「あるにはありますが、ありすぎるというか」

「マメなのが裏目に出たんだなきっと。女の人を助けてそのまま去った、とかじゃないの? それで相手がサンゴ君のことを詳しく知りたいとかさ」

 

 それまで細波と共にソファの背後に立っていた海神往がそう補足した。これは助かったと、穂樽は頷いて意味合いとしてその通りだと伝える。

 

「そんなところです。本当に助かったので、あなたのことが詳しく知りたい、と」

 

 ふむ、と一言挟み、細波は考え込む様子を見せた。

 

「……2点、いいですか」

「なんでしょう?」

「再度確認しますが、『人探し』としてではなく、『身辺調査』として依頼を受けたんですよね?」

 

 直感的に、嫌な予感を感じていた。心に冷たいものが押し当てられたような錯覚を覚えつつ、僅かに顔の角度を変えてそれを肯定する。

 

「ということは、自分の存在を知っている人からの依頼、となるわけですよね。……まあ多分名刺を渡した相手でしょうから、知っていて当然なんでしょうが。しかし、そこで自分で直接コンタクトをとるわけでなく、あなたに調査を依頼した。……さっきの紗馳君の言い分なら自分で来た方が手っ取り早いと思ったんで、その辺りが少々腑に落ちなかったんです」

 

 鋭い、と内心穂樽は感心していた。言われるとおり、相手から名刺を受け取って弁魔士であることを知っていれば、ここに来てさっきの自分のように出てくるところを待つなりして、直接話せばいい。

 それが出来ない理由として真っ先に2つ思いついた。まずは細波、あるいはシャークナイト内の他の人間と顔見知りであり、顔を合わせるのがよくない相手なために依頼してきたということ。クインはここに当てはまる。

 だがもう1つ。先ほど同様にクインの場合こちらにも当てはまるのだが、穂樽はそっちでこの場を乗り切ろうと計った。

 

「あまり依頼主の情報は出せないのですが、どうやらかなり照れ屋と言いますか、異性への免疫があまりないようでして……。それで私を通して調べてほしい、ということのようです」

「なるほど、納得しました。なかなか奥ゆかしい女性のようだ。……ただ、もしその方が俺へ思うところがあるのだとしても、申し訳ありませんがこちらにそのつもりはない、とお伝えください。そうすれば俺の身辺調査をこれ以上続ける必要もなくなるでしょうから」

 

 きっぱりと言い切った細波に、少し疑念を持った声色で穂樽は尋ねる。

 

「……失礼ですが、どなたかお付き合いしている女性が?」

「いえ。ですが、どういう形でその方を助けたかはわかりませんが、こちらは見返りを求めて、ましてや気を惹こうなどというつもりは微塵もなくやっていることです。なので、そう依頼人の方にお伝えください。それでも諦めがつかないとなれば、まあ数度話すぐらいは構いませんので直接自分にコンタクトを取っていただければ。……あなたの仕事を潰してしまうようで少々心苦しくはありますがね」

 

 なるほど、自分に対してもここまで気を使ってくれるとは、本当にマメな男性なんだろうと穂樽は実感した。同時に、下心はないという頑なな信念を持っているというか。これでは取り付く島もない。クインには諦めてもらおうと思うことにした。

 

「わかりました。依頼人にはそう伝えておきます。……それで、2点目は?」

「穂樽さんは、元弁魔士でしたね。なら、黙秘の重要性はよく知っているはず。……場合によっては、次の質問には黙秘していただいても結構です。その場合は追求しませんので」

 

 妙な前置きだな、と思ったが、彼女は次の言葉を待つ。

 

「……今述べたとおり、あなたはお隣の元バタ法の弁魔士だ。当然、顔はこちらに割れている可能性が非常に高い。おそらくあなたもこの件を受けるとなった時にそのことを事前にことわったはず。にもかかわらず俺の『身辺調査』の依頼を受けた。……その理由に、少々興味がありまして」

 

 長い前髪から覗く相手の鋭い視線に、サッと穂樽の血の気が引いた。さっきの質問が軽いジャブに思えてくるほどの鋭い切り込み。ポーカーフェイスを保とうとして、それすら出来ないのではないかという不安が押し寄せる。

 嘘の返しようはいくらでもあった。依頼人がウドで他より頼みやすいと言われた、報酬がよかった、逆に自分とシャークナイト側が顔見知りである点を利用して聞き込みをしてもらいたいと言われた、など。だが、どれも本来の理由である「依頼人が自分と顔見知りで他に頼みたくなかった」ということに当てはまらない。中途半端な嘘は現役弁魔士のこの男の前では看破され、より状況が悪化する可能性がある。特に「自分と顔見知り」という点だけでも見抜かれるのは非常によろしくない。そう思うと、先ほど提示された「黙秘」という選択しか、もう逃げ道はなかった。

 

「そのぐらいにしておけ。俺も出来れば知りたいところだが、どうしても依頼主に関する情報は漏らしたくないようだ。あまり困らせない方がいいだろう」

 

 思わず黙り込んだ穂樽を見かねたか、そこで鮫岡のフォローが入った。「……そうですね」と細波も了解し、助かったと意図せず穂樽の体から力が抜ける。

 

「では穂樽君。すまないがあまりこちらを嗅ぎ回らないでほしいということで頼みたい。それからさっきあったように、どうしても連絡が取りたいなら当人から直接彼にコンタクトを取るよう、伝えてもらえるか?」

「わかりました、そうさせていただきます。……この稼業をやってるとヒヤリとする場面には幾度となく遭遇します。時には命が危なかった、なんてこともあります。でも……はっきり言って、今日のやりとりの方が随分と心臓に悪かったですよ」

 

 褒め言葉と捉えたのだろう。鮫岡は僅かに口の端を上げた。

 

「弁魔士としては賛辞だろうな。ありがたく受け取っておくよ。では、お帰りはそちらのドアから」

 

 本当に疲れたと、穂樽はソファから腰を上げた。だが事務所に戻ったところで、クインに連絡を入れてとにかく謝るということが約束されている。気が重いと感じて荷物を手にしたその時。

 

「ちょっと失礼するわね。以前うちにいた穂樽ちゃんが、こちらの事務所に拉致されたところをうちの事務員が見かけた、と言っているんだけど?」

 

 突如事務所の入り口のドアが開き、その言葉と共に入ってきたのはアゲハだった。さらにその後ろにはセシルの姿も見える。

 

「鮫岡さん、工白さん! 前にセシルを助けてくれたことは感謝してます。でも、だからってなっちの誘拐を許すことなんてできません!」

 

 思わず穂樽は頭を抱えた。さすが何でも屋受付嬢、今のアゲハの話を聞くに、さりげなくあそこから外の自分の様子を観察していたのだろう。そこで自分が鮫岡と工白に事務所内に連れ込まれた、となれば思わず不安になってアゲハに相談したと考えられる。そこにセシルも乗っかる形でついてきたのだろう。

 

「なんじゃそりゃ!? 俺らがそげなことするわけなかちゅうに!」

「……どうやら激しく勘違いされてるようだが。穂樽君、当人の口から誤解だと釈明してはくれないか?」

 

 帰る前にまた厄介ごとが増えてしまった。同時に、彼女にとって師とも仰ぐ人物と、かつてライバルであった5つ下の元同期にヘマをやらかしたことを告白しなくてはいけないと気づく。今日はとんだ災難の日、ゲンを担ぐクインに言わせれば間違いなく「厄日」だったのだろうと憂鬱な気分のまま、彼女は事情の説明を始めた。

 

 

 

 

 

「何やってんだよドジ! すまんで済むならあたしら警察いらねーよ! あークソ、そういや昨日仏滅だった!」

 

 早々に調査失敗と相成った翌日。連絡を受けてクインは今後の方針を再度決めなおすため、事務所へと出向いてきていた。既に前日の電話口でも色々と言われている。もし事務所で1対1だと延々怒られ続ける可能性が高い。そこで穂樽は「まあまあ、奢りますからおいしいコーヒーでも飲みながら話しましょうよ、マスターさんもいい人ですし」とうまいこと説得し、1階喫茶店の「シュガーローズ」マスターである浅賀(あさか)の援護を求めるために店に連れてきていた。

 が、それでも相手は遠慮無しだった。これだけ大っぴらに文句が言えるなら自分以外の人間にも依頼できたんじゃないかとも思えてくる。クインはコーヒーより先に灰皿を注文して煙草を蒸かし、完全に自分の空気を作り上げていた。仮にも自分のミスである以上、穂樽は何も言い返せない。甘んじて辛辣な言葉を受け入れていた。

 

「ま、まあまあ刑事さん。穂樽ちゃんだって人間なんだから、ミスすることもありますし……」

「うっせーおっさん、黙ってコーヒー煎れてろ」

「……はい」

 

 ああ、まさかの援護射撃不発か、と気迫に負けておとなしく引き下がった浅賀を見て穂樽は肩を落とす。元々浅賀は若干強面な顔に似合わず温厚な人物だ。故にその人柄で相手を(いさ)めることは得意なようだが、怒りでそれが通じない相手には効果が薄いらしい。そして激しい口論を嫌うような性格であるため、こうなるともう引き下がるしかなくなってしまうのだった。

 

「大体よ、事務所の前で張り込んでたって、お前顔割れてるんだから無茶に決まってんだろ! あたしだって変装するなり考えるぞ」

「その方が逆に怪しいですよ。それにこっちはあくまでバタ法側の人間を待ち合わせてるフリで乗り切ろうとしたんですから、変装なんてもってのほかです」

「んで結局怪しまれて事務所に連行で失敗か? もうちょいなんとかならなかったのかよ?」

 

 結果論ではあるが、確かにもっと違う方法を取ればなんとかなったかもしれない。とはいえ、相手方に顔が割れている可能性が高く、その上で尾行や調査となると難易度が急激に上がるというのも事実である。

 とにかく失敗は失敗。今回は平謝りで依頼料は無し、さらには食事に誘う、とかの方法で埋め合わせをしないといけないと穂樽は考えていた。

 

「……んで、失敗はわかったんだが。代替案はあるのか?」

 

 が、目の前の依頼人は終わりにする気はなかったらしい。まさかの言葉に思わず穂樽が凍りついた。

 

「ちょっとクインさん……まだやれって言うんですか?」

「なんとかなんねーのか? 結局あたしがわかったことといったら、頭切れることと運動神経いいこと、それから女性にマメってことぐらいだろ。んで向こうは付き合ってる相手もいないのにこっちに興味ないってことを言ってきた。これではいおしまいです、はねえだろ?」

「あるでしょう……。脈なしと思って諦めましょうよ」

「あるもないも、まだ脈確認してすらいねえじゃねえかよ!」

 

 だったら自分で行けよ、と言ってやりたかった。が、さすがに失敗した手前言えず、穂樽は別な言葉を考える。

 

「もう1回顔合わせて来いとか、寿命縮みますよ。向こうは相当のやり手です。危うくクインさんからの依頼だとバレるような鋭い切り口で聞いてきたんですよ?」

「知るかよ、見つかった方が悪いんだろ」

「刑事さん、ちょっとひとついいかな?」

 

 と、そこで浅賀が会話に割り込もうとしてきた。が、クインは「いいからコーヒー煎れてろ」と相手にする気はないらしい。しかし今回は彼も引かなかった。「まあまあ」と前置きをして、続きを切り出す。

 

「こうなったらいっそ、刑事さんが直接アプローチする、というのはどうかな?」

 

 煙草を吸っていた手が止まり、次に「ハァ!?」とクインは驚きの声を上げる。

 

「なんであたしが直接って話が出て来るんだよ!?」

「だって聞いてる限り、刑事さんはその弁魔士さんが気になるんでしょ? だったら、もう直接顔を合わせて話した方が早いだろうし、穂樽ちゃんもこれ以上動きにくい状態で動くこともなくなっていいと思うんだけど」

 

 思わずクインは反論に詰まった。まあつまるところそうだ、ということには穂樽も早々に気づいていた。何も名刺をもらって連絡先もわかっているのだから、直接自分で連絡を取ればいい。少なくとも相手に付き合ってる女性がいない、という情報は仕入れた。なら、あとはアタックあるのみだろう、とか他人事のように思っていた。

 

「……警察と弁魔士だぞ? 仲良くできるわけねえだろ」

「でも穂樽ちゃんとは仲良いじゃない?」

「こいつはもう弁魔士じゃねえだろ。それに言われるほど仲も良くねえ」

「え、そうなんですか。ショックです」

 

 どこかわざとらしく言った穂樽にクインはジロリと一瞥をくれてきた。

 

「まあその辺は、煎れ終わったんでコーヒーを飲みながらどうぞ。はい、ブレンド2つお待たせ」

 

 浅賀がコーヒーを差し出す。煙草を揉み消しそれを飲もうとクインがカップに手をかけた。

 

「あ、クインさん。ここのコーヒーすごく苦いんで砂糖入れたほうが……」

「いらねえよ。あたしはコーヒーはブラックって決めてるんだ」

 

 そう豪語してみせ、一口液体を口に含み――。

 ブーッと派手にクインはそれを吹き出した。

 

「ちょ、ちょっとクインさん!? 浅賀さん、台拭き!」

「な、なんだよこれ! 苦過ぎだろ!」

「だから言ったじゃないですか、すごく苦いって!」

 

 返答しつつ、穂樽は浅賀と共にカウンターを拭く。幸いさほどの量でなかったため、被害は軽微だった。

 

「おいおっさん、金返せって怒るぞ!?」

「お、落ち着いて……。砂糖2杯ぐらい入れて飲んでもらえる? それでかなり飲みやすくなるから」

「んなわけあるか! 元がどうしようもねえんだぞ、どうしたって変わらねえよ!」

「いいから騙されたと思って砂糖2杯入れて飲みなおしてくださいよ。それでダメならお金返し……って、元々私の奢りじゃないですか。さっきの発言の権利はクインさんにないですよ」

 

 やかましい、と文句を言いつつ、クインは薔薇の絵柄の描かれたシュガーポットから砂糖を2杯、乱暴にコーヒーへと放り込む。そして苦い顔のままそれを口元へと近づけて一口含み――意外そうな表情を浮かべなおしてそのカップを眺めた。

 

「どうです? おいしいでしょう?」

「……おいおっさん、あんたウドだったよな? 何か魔術使ってこの味変えたとかか?」

 

 あくまで信じられないと言わんばかりに穂樽の問いを無視し、クインは尋ねる。

 

「僕の使用魔術は治療魔術、人の味覚までは騙せないよ」

「これが浅賀さんのコーヒーなんですよ。不思議なんですけど」

「……わからねえ。絶対何かトリックあるだろ、これ」

 

 そう言いつつも、クインはどうやら気に入ったらしい。怪しむ様子はまだあるが、味わって飲んでいるようだった。

 

「さっき刑事さんは僕のコーヒーを『元がどうしようもない』って言ったけどね。砂糖だけでそれは変わった。だから、もしかしたら手を加えると化ける可能性があるかもしれないのに、それをやらずに諦めてしまう、ってこともあると思う。最初から無理だと諦めず、まずやってみることが大切なんじゃないかな、って思うんだ」

 

 真面目な表情でそれを聞くクインの隣で、穂樽は表情を緩めないように気を使っていた。自分のコーヒーを使ってうまいこと例えているが、付き合いの長い彼女にはこれが苦さを正当化するための理由付けだとわかっていたからだった。

 

「……ダメ元でもやってみろ、ってことか。なるほど。おっさん、年食ってるだけのことはあってその発言には説得力はあるな。……でもな、今のその例えでコーヒーを引き合いに出した以上、つまるところ自分のコーヒーの苦さを正当化したいだけだろ?」

 

 これには耐えかねて穂樽が吹き出した。さすが現役の警部、話の本質とその皮を被った裏まで見抜いてきた。浅賀も苦い顔を浮かべるしかない。

 

「……穂樽ちゃん、この刑事さん、君以上にきついね」

「それってつまり私もきついって思われてるってことですよね?」

 

 らしくなく墓穴を掘ったと思いつつも、穂樽も追撃の手を緩めなかった。2人の集中砲火を浴びて、さしものマスターも完全にお手上げであった。

 

「……こりゃ口は災いの元だね。今日はおとなしく黙ってるよ」

「あら、浅賀さん拗ねちゃった……。クインさんのせいですよ」

「知るか。……それよりこれからどうするかだよ。話が逸れに逸れちまったけど」

 

 考え込んだ様子を見せ、穂樽はコーヒーを口へと運ぶ。マイルドになった苦味の中に深みのある独特な美味を堪能しつつ、結局さっきの案に落ち着くしかないだろうという諦めの気持ちが強く浮かんできた。

 

「やっぱりこうなったら直談判しかないと思うんですけど。私が裏で動くのはもう限界ですし、諦めがつかないっていうならそれしか……」

「……どんな顔して会えってんだよ? あたし1回あの事務所にありもしなかった話でっちあげて踏み込んでんだぞ?」

「昔は昔でしょう。それにあの一件に関しては向こうも理解あるから大丈夫だと思いますよ。そこまでしてでも顔を合わせたいぐらいに惚れた相手じゃないんですか?」

「ほ……!」

 

 見る見るうちにクインの顔が赤くなる。ああ、また面倒なことになると穂樽は若干憂鬱になりつつその顔を見つめていた。

 

「ほ、惚れてねえよ馬鹿野郎! あたしはだな、あくまで自分がしてもらったことに対する礼をしたいだけだっつーの!」

「じゃあそれでいいですけど。ともかく礼をするにしても、もう直接会った方がいいんじゃないですか? 私が『依頼人は述べられませんが、ありがとうと言ってました』と言ったところでまったくありがたみがないと思うんですが。だからといってクインさんの名前出すぐらいなら、自分で会いに行ったほうがいいでしょうし」

 

 至極全うな言い分に思わずクインは反論に詰まった。不貞腐れたように穂樽から視線を逸らして頬杖をつき、コーヒーを呷る。

 

「それで、どうします?」

 

 直接顔を合わせるのか合わせないのか。それだけでもはっきりして自分が今後どう動いたらいいかだけでも決めたい。そう思って探偵は警部に先を促した。

 

「……穂樽、ひとつ、頼まれてくれるか?」

「なんですか?」

「あたしからの依頼だってことを明かしてくれていい。だから……向こうと顔を合わせられる機会を作ってもらいたい。今までの身辺調査の代わりとしてそれを頼みたいんだが、可能か?」

「大丈夫ですよ。お見合いみたいに2人が顔を合わせられる場をセッティングすればいいんですね?」

 

 クインはお見合いという単語に対して嫌悪感を見せた。嫌そうな表情を浮かべて視線を穂樽へと移す。

 

「なんだよそのお見合いって例え。もう少しなんとかならねえのか?」

「はいはい。じゃあ食事会、ってことでいいですね。で、希望はあります? お店の種類とか、値段とか」

「全部任せる。向こうが指定する店でもいい。勿論その分の金はあたしが持つ。……ああ、喫煙可の店、ってのだけ条件だ。あと、お前もついて来い」

 

 わかりました、と流そうとして最後の部分に穂樽が固まった。

 

「……ちょっと待ってください。今最後、なんて言いました?」

「お前もついて来いって言ったんだよ」

「なんでですか!? 私関係ないじゃないですか!」

「なくねえだろ! お前が失敗しなきゃこうならなかったんだ。それに1対1とか絶対無理だ、こっちが2人なら向こうだって2人以上で来るだろう。その方が話もしやすい」

 

 言っていることに理解は示せる。が、納得は出来ない。なんで自分まで巻き込まれて尻拭いを、とも思ったが、確かに言われたとおり一応そもそもは自分の失敗に起因している、と言えなくもない。それにこの様子のクインを細波と1対1にしたところでまともに話せそうにないだろう。なら向こうからも数名、鮫岡と工白辺りも出させた方が会話は進むかもしれない。半ば自棄ともいえる考えかもしれないが、そうも思えた。

 深くため息を吐き出す。それが、彼女に出来る精一杯の抗議のサインだった。

 

「……わかりましたよ。連絡取ります。じゃあこっちは私とクインさん、向こうは細波と数名、とかでいいですか?」

「ああ、それで頼む」

「あ。あとじゃあついでに、話盛り上がるように左反さん辺りに声かけときます?」

「余計なことすんじゃねえ!」

 




方言キャラは普通に話させるだけで難しいです。
それが理由でつのみんは冷や飯を食わされてるわけですが、今回はシャークナイトも絡む以上、どうしても工白が外せず、土佐弁変換サイトを利用したり調べたりしてどうにか書いています。もし高知出身などで土佐弁が明らかにおかしいところがあったらご指摘ください。

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