ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 7 フォーリン・エンジェル
Episode 7-1


Episode 7 フォーリン・エンジェル

 

 

 

「では今回のご依頼である身辺調査の結果をまとめた資料がこちらになります。よろしいでしょうか?」

 

 ファイアフライ魔術探偵所。所長であり唯一の職員でもある穂樽夏菜(ほたるなつな)は、そう述べながらまとめられた紙の束を手渡した。先ほど一旦は確認したからか、彼女の目の前に座る痩せ型に眼鏡の中年男性は「ああ、ありがとう」と述べると特にその資料を見直すでもなく受け取って鞄へと入れ、引き換える形で茶封筒を差し出した。「拝見させていただきます」と中身を確認して要求どおりの依頼料が入っているとわかると、再び相手へと視線を移す。

 

「確かにお預かりしました」

 

 その声を待っていたように目の前の相手は立ち上がり、次いで穂樽も腰を上げた。「ご苦労様、助かったよ」と述べる相手に礼を返して頭を下げ、扉の鈴が鳴って部屋から出て行ったのを見届ける。確認を終えたところで大きくため息をこぼし、穂樽はパソコンデスクの椅子へと腰掛けた。そしてデスクの1番下の鍵を開けて引き出しから小型金庫を取り出し、その中へと受け取った料金を保管する。

 

 今帰った依頼人はとある企業の中間管理職の男だった。今度新たに他企業から引き抜く形で採用する部下を持つこととなったのだが、前の会社での状況がいまひとつわからないということだった。同時に相手がウドであるのに対して彼自身はウドでなく、接した経験もほとんどないため不安になり、魔術使い関連の案件を引き受けてくれそうな穂樽の元を尋ねてきたということであった。

 調べてみれば何と言うことはなかった。対象の人物は品行方正であり、いたって真面目で問題らしい問題は見受けられなかった。ただ、ウドということで社内では嫌がらせまがいの出来事もあったらしい。彼はたまたま依頼人の会社の人間と昔ながらの顔馴染みであり、そのことを相談した結果、引き抜きという形で採用が決まったという経緯があったと突き止めた。前の会社での状況がわからないというのは、特に問題になる点が見当たらないというだけの話だったのだ。その辺りは本来人事が把握すべきことではないだろうかと突っ込みたかった穂樽だが、コネでの引き抜きとなればどこからともなく圧力がかかって情報が流されなかったという可能性もありうる。いずれにせよ詮無い話だし、自分が関わるわけでもないかと深く考えずにいた。

 

 労力の割にはいい収入だったとは思う。が、やはりきっかけがきっかけであることに加えて、依頼人もウドに対して無知すぎると思わざるを得ず、意図せず心労は溜まったなと思うのだった。

 そんなことをぼんやりと考えながら金庫を戻して鍵を引き出しにかけ直した、その時。

 

「なっち」

 

 突然聞こえてきた声に、彼女は飛びあがりそうになった。慌てて顔を戻して入り口の方に目を移せば、そこにバタフライ法律事務所のパラリーガル、天刀(てんとう)もよが普段のような笑みを浮かべて立っていたのだ。

 

「もよさん? あれ、いついらしたんですか?」

「んー? 今だよ。気づかなかった?」

「……全然気づきませんでした。扉開けたら鈴が鳴って気づくはずなのに……」

 

 ちょっと考え事をしすぎていたかもしれないな、と穂樽は深く考えず、椅子から立ち上がった。が、もよは部屋の入り口から中に来る様子がない。

 

「それで突然どうしたんですか? うちを訪ねてくるなんて。食事か何かのお誘いですか?」

 

 入り口付近から動こうとしない相手に、穂樽はまずそう予想を立てた。そろそろ昼時だということはわかっていたが、腕時計に目を移すと11時になる5分前。もう間もなく下の喫茶店、シュガーローズでランチが始まる時間か、と思いつつ、だが彼女の特異すぎる食べ方を考えると連れて行くのも気が引けるな、などと考えていた。

 

「違うよ。なっちにお願いしたいことがあってきたの」

「お願い? ……依頼、ということで考えていいですか?」

「んー。まあそんな感じかなあ」

 

 予想していなかった展開に、これは珍しい来客だと思い、改めて穂樽は「じゃあこちらにどうぞ」と応対用のテーブルへと促す。が、もよは動こうとはしなかった。

 

「いいよ、すぐ済む話だから」

「そうは言っても、依頼を受けるとなったら正式な書類とか書いてもらわないといけなくなるわけで……」

「大丈夫だから」

 

 何が大丈夫なのかと穂樽は怪訝な表情をもよへと向ける。しかし彼女はやはり特に気にかけた様子もなく、そして普段と変わらない様子で口を開いた。

 

「依頼はね……。私とゲームをしてもらいたいの。私が何者か、その正体を当てられるかっていうゲーム。それで当てられたらなっちの勝ち。出来なければ私の勝ち。要するに私の身辺調査、ってことでいいよ。期間は次の満月、来週の日曜日まで……丁度1週間」

「は……? 何言ってるんですか?」

 

 疑問の声が意図せず穂樽の口をついて出た。もよの様子と相俟ってふざけているようにしか見えない。

 

「あの……もよさん。私を冷やかしてるんですか?」

 

 半ば非難の意味もこめてそう問いかけるが、相手は全く気にかけた様子は無く、平然と首を横に振った。

 

「んーん? 本気だよ?」

「本気って……」

「私が勝ったら……セシルんをもらうね。なっちが勝ったら、それはやめにしてあげる。もしなっちがこのゲームに参加しない、っていうんであれば、私の不戦勝になっちゃうから、よろしくね」

 

 穂樽は大きくため息をこぼした。冷やかしには慣れているつもりだが、まさか顔見知りの相手までそれをやりに来るとは。頭を抱え、精一杯の抗議の姿勢を見せてからもよへと話しかける。

 

「……もよさん、いくら顔見知りの相手とはいえ、いい加減にしてくれないと私も怒りますよ?」

「そっかぁ。やっぱりわかってくれないか。まあしょうがないよね。……じゃあ私が本気だっていうことと、さっきの問題のヒントを教えてあげる」

 

 もよの表情がそれまでと異なる、妖艶な笑みに変わった、瞬間だった。

 穂樽は両太股に違和感を感じた。急に足から力が抜ける。何かがおかしいと視線を落とした彼女は、自分の両脚に漆黒の何か、形容するなら、刀身だけの刃のようなものが突き刺さっている様を目にした。

 

「あ……!」

 

 一瞬遅れてやってきた激痛。部分的に破れたストッキングにじわりと染みが広がり、自然に膝が折れた。

 

「あああああッ! あがっ……ああッ!」

 

 耐えられずうずくまり、悲鳴にも似た声が上がる。焼けるような痛みの中で、眼鏡のレンズ越しに真っ赤な鮮血が視界に入った。自分の足から流れ出る血がフロアを染め、独特の血の臭いが鼻をつく。今自分の身に起こっていることは疑いようも無く本物であると、痛みが支配する精神の中で彼女は悟っていた。

 

「な……なんで……もよさんが……。これ……魔術じゃ……」

「ねえなっち、痛い? ……痛いよね、ごめんね。でも本気にしてくれないなっちが悪いんだよ?」

 

 床に崩れ落ち、苦痛に顔を歪める穂樽の顔を、いつの間に近づいて来たのか、さも何事もないかのようにもよが覗き込む。その顔は穂樽にとってよく知っている表情であり、それ故かえって不気味でもあった。

 

「も、もよさん……。一体……何を……」

「別に大したことはしてないよ? ちょっと痛い思いをしてもらっただけ」

「ちょっと……ですって……」

 

 痛みのあまり額に脂汗が浮かぶ。太股から流れ出る血は全く止まる気配は無い。このまま自分は失血死するのではないか。そんな怖れが穂樽の心に浮かぶ。耐えようと歯を鳴らし、しかしそれでも目だけはもよを睨み付けていた。

 

「んー。なっち、いい目するね。痛みに耐えてるのに。だけどこれで私が本気だって、わかってくれた?」

「何が……何が目的なんですか……?」

「さっき言ったとおりだよ? 私とゲームをしてほしいの。私が何者かを突き止められたら、なっちの勝ち。出来なかったら私の勝ち。私が勝ったら、セシルんはもらっちゃうから」

「残念……ですね……。これじゃ……そのゲーム……できそうにないです……」

 

 出血のせいか痛みのせいか。目の前が霞み意識が朦朧としつつも、穂樽は喘ぐように言葉を紡ぎ、軽口を叩いてみせた。

 こんなところで、何が起こったかわからないまま自分の命の火は消えようとしている。本来ありえるはずも無く、理不尽な力を持っているかもしれない目の前の相手の正体が何者かと疑問に思いつつも、もうその疑問は解決することは無いだろうと意識を手放そうとした。

 

「素直じゃないなあ、なっちは。……でも今の発言、参加の意思あり、と捉えたよ。その脚の件は大丈夫。後に残るのは、痛みの記憶だけだから」

 

 何を、と穂樽が問おうとするより早く。もよの右手が穂樽の太股の辺りを撫でた。

 

「……え!?」

 

 直後、それまで感じていたはずの激痛が突如として消えた。穂樽は太股を触って、先ほどまで突き刺さっていたはずのものも、ぬめる血の感触も、痛みすらもなくなっていることを確認してから上半身を起こす。目で見ても傷の後は全く無く、ストッキングの破れた後すら見当たらない。床を赤く染めていた血の跡も綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「な、なんで……。一体、何が……」

「1週間後」

 

 唖然とする穂樽に、声が降り注いだ。さっきまで目の前にいたはずのもよは、今度はいつの間にか入り口付近にまで移動していた。人差し指を1本立て、普段のように微笑を浮かべている。

 

「もう1度確認するけど、次に満月が来るその時が期限。満月が空に昇るその日の夜、さっきの問いの答えを聞くね。私は明日からしばらく事務所を休むから、私に会いに来ても無駄だよ。それから禁止事項として、依頼人が私であることを言ってはいけない。なっちは探偵なんだから、その守秘義務は守ってね。あと、今ここで起こったことを私がやったと言ってもいけない。でもどっちも使い魔はセーフにしてあげる。……それ以外なら何をしてもいいよ。アゲハさんやクイン警部に私が何者であるかを尋ねてもいい。多分答えは返って来ないと思うけど」

 

 そう告げると、もよは扉を開けた。今度は確かに、来客を知らせる扉の鈴が鳴った。

 

「禁止事項は守ってね。破ったらペナルティだから。バレないと思ってても、私は全部お見通しだからね。……じゃあ頑張って、なっち。頑張らないと……セシルんはいただいちゃうから、ね」

 

 呆然とする穂樽の前でウインクを残し、もよが去っていく。扉が閉まるときの鈴の音で、穂樽は我へと返った。

 

「ま、待って!」

 

 慌てて扉を開けるが、もうそこにもよの姿は無かった。階段を駆け下り外へと出るが、やはり目的の人物の姿はどこにも見当たらない。

 

「……もしかしたら、浅賀(あさか)さんなら」

 

 呟き、穂樽は1階の喫茶店、シュガーローズの扉を開ける。

 

「浅賀さん!」

 

 日曜日ということもあってか、店内には数名の客がおり、穂樽の声に入り口の方へと目を移してきた。そんな訝しんだ様子の客に「ああ、常連の上の階の探偵さんだよ」とマスターの浅賀は警戒感を解くように声をかけてから、穂樽の方へとカウンターの中を近づいてくる。

 

「どうしたの穂樽ちゃん。らしくなく慌ててるみたいだけど……」

「今、うちの事務所から誰か出てきませんでした?」

「ああ、眼鏡の中年のおじさん?」

「そっちじゃないです。若い女性です」

 

 しばらく浅賀は考え込んだようだったが、「……見てないなあ」とだけ答えた。僅かに穂樽は肩を落とす。

 

「……そう、ですか」

「大丈夫? 顔色あんまりよくないみたいだけど」

「ええ……まあ……」

「ランチ食べてく? ()()()()()()けど、サービスで出すよ」

「いえ、今食欲は……」

 

 そこまで述べてから、穂樽は言葉を止めた。ハッとしたように腕時計に目を移す。その時間を見て彼女は思わず目を見開いた。時刻は11時になる5分前。もよが来た時間から、()()()()()()()()

 

「嘘……。なんで……」

 

 もよが事務所にいた時間は間違いなく数分間はあったはずだ。にもかかわらず、時計の短針と長針はそれぞれ11の手前とその少し脇にまとまっている。時計の故障でないことは、秒針が動いていることと今の浅賀の発言からも明らかだった。

 

「どうしたの、穂樽ちゃん。本当に大丈夫? あんまり体調良くないなら無理しないほうが……」

「あ、ありがとうございます、大丈夫です。……それより、うちの事務所から出てきたっていう眼鏡の中年の方、どのぐらい前に出てきたかわかりますか?」

 

 浅賀の心配を聞き流した穂樽だが、今の質問に彼の表情はますます険しくなった。おかしなことを言っている、と考えられているように思える。

 

「……ほんの今さっきだったよ」

「じゃあ……もうひとつ質問です。……治療魔術で、足を貫通するほどの重傷である傷を一瞬で治すことって、可能ですか?」

 

 いよいよもって浅賀の疑問の色が濃くなる。それでも穂樽の顔が真剣そのものであったために、言いかけた何かをやめ、返答してきた。

 

「……そんなの不可能だよ。どれだけ優れた治療魔術の使い手でも、そんな重傷を一瞬で治すなんて聞いたことが無い」

「そう……ですよね……。ありがとうございます。……すみません、変なこと聞いて」

 

 反射的に右手で頭を抱える。その様子に、なおも浅賀は配慮の声をかけた。

 

「何回も聞くみたいだけど……本当に大丈夫? 無理は禁物だよ?」

「大丈夫です。……すみません、お店の方はまた今度食べに来ます。お邪魔して申し訳ありませんでした」

 

 心配そうな視線を送る浅賀に頭を下げ、穂樽は事務所への階段を昇り始めた。だがその表情は青ざめ、一段一段昇る足が重い。

 自分の理解の範疇を超えている。あの時走った激痛は嘘でもなんでもないはずだ。しかし一瞬の内にその傷口は塞がった。まるで何事もなかったかのように。

 だがあれだけの重傷を瞬時に治すことなど不可能。治療魔術使いの浅賀がそう言った以上、通常では出来るはずが無い。

 では幻影魔術だったのではないだろか。だとしてもあれだけ強烈な幻影を見せ付けられるとしたら、やはり桁違いな能力でなくては出来ないことのはずだ。

 そして何より、もよが来て帰るまで動かなかった時計の針。加えて、突如として消えたその姿。よく思い出せば、彼女はいつの間にか部屋の中にいた。

 

 もよは魔術使いではなかったはずだ。なのに魔術ですら説明のつかないような、超常的な力を穂樽は目撃している。彼女はただの人間ではないのではないか。そんな予感が、心に強く浮かんでいた。

 

「もよさん……。あなたは、一体……」

 

 彼女の依頼、「自分が何者かを当ててみせろ」。それをゲームだと言った。

 このゲームを無視することは出来ない。彼女は「セシルをもらう」と宣言している。あれだけの力を見せ付けられた以上、それが嘘やおふざけとは思えない。厳重に警護をしようがセシルが本気で魔術を行使して抵抗しようが、きっと「もらう」ことなど容易いのだと、今の彼女には直感的にわかった。それが出来るほどの力を持っていて、仮に自分や他のウドが束になろうと反抗出来ないほどなのだろう。

 圧倒的な力を持つ強者が暇を持て余すために行う「ゲーム」、そういう類のものだと穂樽は想像する。彼女がその気になれば、今すぐにでもセシルを「もらう」ことは出来るのかもしれない。だがそれをしないのは、あくまでゲームを楽しみたいからではないだろうか。だとするなら、口約束だけで保証も何も無いが、もうこのゲームに参加するしかない。

 

 かつて経験したこともない出来事に、怖れはあった。信頼していたはずのもよが得体の知れない何者かだったという事実に、衝撃もあった。

 しかしそんな己の心を懸命に振り切り、穂樽は自身を奮い立たせた。事務所のドアノブに手をかけつつ、強い決意を持って小さく呟く。

 

「……いいわ、天刀もよ。探偵としてそのゲーム、受けて立つ。セシルは、絶対に渡さない……!」

 

 




タイトルは「フォーリン・エンジェル」、直訳で堕天使です。
言うまでも無く天刀もよに焦点を合わせた話です。
原作アニメを見ていれば、視聴者の観点からはもよの正体はわかっているようなもの。ですが劇中の登場人物はそのことをわからない。それを穂樽が調べていく、という話になります。
ちょっと違うかもしれないけど、視聴者は先に犯人がわかっているという点では刑事コロンボとか古畑任三郎ってこんな感じだったような、というイメージで書きました。
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