ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 7-2

 

 

 かつては相談相手になってもらったこともあった。一緒に食事をしたこともあった。そんな相手を調査する、それだけで穂樽が重い気分になっているのは事実だった。だがあの時事務所に訪れ、自分に対して未知の力を使った姿こそが、彼女の本性なのだ。認めたくは無かったが、それが現実だ。

 本当は思いたくなかったし何かの間違いであってほしいとも思ったが、天刀もよに対して穂樽はもうそんな風に思うことに決めていた。あの後彼女の携帯にかけてみたが全く繋がらない。いずれにせよ、期限まで顔を合わせる気はないという口調だった以上、当人を探そうとしても徒労に終わるだろう。

 

 そういう考えに至った穂樽は翌日の月曜日、まずは彼女の職場であるバタフライ法律事務所での聞き込みから始めることにした。あまり重い顔をして妙な質問をすると見抜かれる可能性がある。そこで「依頼人は明かせないが天刀もよの身辺調査を受けた」という線で乗り切ることにするつもりだった。依頼人を明かすことと、もよが超常的な力を持っているかもしれないと言うこと以外は何をしてもいいというルールだ。「奥手な依頼人が彼女のことを気にして調査を依頼してきたんですよ」とでも言って、身元を洗ったり情報を聞き出したりして彼女の正体に少しでも近づければいい。以上のように考えをまとめ、努めて明るい表情で穂樽はかつての職場の入り口を開けた。

 バタ法の中はあまり人が多くなかった。まずパッと見た感じでもよはいないとわかる。それから穂樽の同期であり、今回もよに「もらう」という対象にされている須藤(すどう)セシルもおらず、一時期アシスタントとして預かって研修していた新人の興梠花鈴(こおろぎかりん)も見当たらなかった。

 

「あら、穂樽さん。どうしたんですか? 外注は無かったと思うんですが……」

 

 やはりまず声をかけてきたのは、赤いセルフレーム眼鏡が特徴的な何でも屋受付嬢の抜田美都利(ばったみとり)であった。挨拶を返しつつ、予定通りに穂樽は切り出す。

 

「こんにちは。ノンアポですみません。……ちょっと訳ありの依頼抱えちゃって、相談と言いますか何といいますか。もよさんいます?」

 

 いるはずがないことはわかっている。しかしあえてまずはそこから入ることにした。

 

「天刀さんですか? それが今週1週間、どうしても休みがほしいという連絡を昨日突然受けたってアゲハさんの話で……」

「いらっしゃい、穂樽ちゃん。聞こえてたわ。実は今抜田ちゃんが言った通りなのよ。『どうしても1週間休みがほしい』って一方的に言ってきて。普通なら首飛ばすのも考えるところだけど、なんだかんだ彼女普段は真面目だし何か事情があるみたいだから、今回ぐらいは特別大目に見ようって思って」

 

 穂樽と抜田の話が聞こえていたのだろう、階段の上からボスである蝶野(ちょうの)アゲハがそう言いながら降りてきた。背後には弟の蝶野セセリが不機嫌そうに着いてきている。

 

「アゲ姉はそういうところが甘い。こんな前例を認めたら、真似をする者も出るかもしれないじゃないか」

「それで見せしめにクビなんてしたところで、こっちへの風当たりが強くなって不満が出ると思うけど? もよちゃんはアソシエイトからの信頼も厚いからね。とはいえ、これは減給か何かを課すことになりそうだけど」

 

 そう、自分も信頼していた、と穂樽は心の中で呟く。しかし今はもうそんな風に思うことは難しい。彼女は得体の知れない何かだとわかってしまったのだから。

 案の定、昨日言われた通りここにもよはいなかった。ひとまずそれを事実として受け入れ、穂樽は次の段階へ話を進める。

 

「連絡、つきませんか? 私もさっきかけたんですけど繋がらなかったんでここに来たんですが……」

「やっぱりそうよね。昨日連絡受けた後、なんか引っかかったからしばらくしてかけてみたんだけど、圏外にいるか何かみたいでダメみたいなのよ。彼女に用事だったの?」

「ええ、まあ。用事というか、彼女絡みの依頼で」

「お、なんだなんだ。もよよんが気になる男でも現れたか?」

 

 穂樽の予想に違わず、そんな質問を飛ばしてきたのは「セクハラ女王」とも呼ばれる年長アソシエイトの左反衣(さそりころも)だった。普段ならその質問にため息をこぼすところであるが、今回に限っては助かる援護射撃、と思わずにはいられない。

 

「いい加減にしてください。……と、言いたいところなんですが、実はそんな具合なんですよ」

「え!? 嘘、マジ!?」

「深く聞くのもあればってん、どんな依頼と?」

 

 独特の長崎弁交じりで甲原角美(かぶとはらつのみ)が問いかけてくる。穂樽は呆れた風を装いながら、両手を広げて見せた。

 

「よくある話ですよ。気になった人がいるけど自分じゃ奥手で声もかけられない。だから相手がどういう人が調べてほしい。たまたま私が彼女と昔同じ職場だったと知ったら是非お願いしたい、って。……直接話聞けば早いと思ったんですが、いないし連絡つかないんで、予想に反していきなりつまずいた感はありますけどね」

「別にわざわざ調べなくても、ほたりんの印象で色々教えてあげればいいじゃん」

 

 大した考えた様子も無くそう述べた左反に、今度は演技の要素を抜いてため息をこぼす。

 

「そんな主観的情報だけではちゃんとした調査とは到底いえません。お金が絡む以上、知り合い同士の噂話みたいなレベルで済ませるわけにいかないですから。まあ参考ぐらいにはなると思いますけど。それに出来るだけ詳しく、という条件付です。……アゲハさん、可能なら彼女の経歴や血縁関係などを教えていただきたいんですが、難しいですよね?」

 

 穂樽の問いにアゲハは眉を寄せ考え込んだ様子だった。

 

「うーん……。確かに穂樽ちゃんは信頼出来るってわかってるけど、さすがに本人の了承無しに、っていうのは気が引けるわね」

「ですよね……。仕方ないか」

「もし彼女から連絡あるか、こちらから連絡がついたときにそのことは聞いてみるわね。穂樽ちゃんがそういう依頼を抱えたみたいだから、って」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

 

 礼は述べたものの、それは叶わないだろうと予想を立てていた。昨日の段階でもよは完全に姿をくらます、ということを暗に述べている。

 左反や角美から情報を聞いてもいいが、建前である身辺調査としては意味のある行為でも、今の彼女の本来の目的からはかけ離れてしまう。だとするとこれ以上ここで聞きだせることはあまりないかと、切り口を変えてみることにした。

 

「ところでアゲハさん、もよさんはなんで急に休みたいって言ったんですか?」

 

 ストールを羽織った両手を広げ、わからない、というジェスチャー。

 

「それが聞こうとしたんだけど、あくまでどうしても1週間休みたい、ってしか言わなかったのよ。それで一方的に通話切られちゃって。やっぱり気になったからしばらくしてかけなおしたんだけど、もう繋がらなくて。まあ最初から何か訳ありみたいには感じたけど」

「なんか……。らしからんことやね」

 

 角美の意見に左反も頷いている。普通なら自分もそう思っていたはずだろう。しかし自分とのゲームのためだけに姿を消したとわかる穂樽には、それは大した問題にならなかった。

 

「異変とか、なかったんですか?」

「私が見てた限りでは、特に。左反ちゃん達、どう?」

「どう、って言われてもねえ……。つのみん」

「感じんとでした」

 

 角美の回答を受け、さらに左反はここまで会話に混ざろうとしない蜂谷(はちや)ミツヒサにも声をかける。

 

「ハチミツ、あんたも何か感じてない?」

「……いや」

 

 元々無口な蜂谷は首を小さく横に振り、無愛想気味にそう答えただけだった。やれやれ、と左反は肩をすくめている。

 

 ではこのゲームを突発的に思いついたのだろうか。それは捨て切れない。あの超常的な力を目撃しては、おそらくやろうと思えばいつでもやれるだろうと考えてしまう。同時に、ゲームをやらなくてもセシルを「もらう」ことも出来るだろうと思えるのだから。

 しかし穂樽はふともよが言ったことを思い出していた。期間は1週間と言ったときに、合わせてなんと言ったか。「次の満月まで」、そう付け加えたはずだ。なら、満月まで1週間の期間が用意できるこのときを敢えて狙った、と考えられる。つまり、計画的でありながら姿を消す気配を全く見せなかった。ということは、もよにとって、そのゲームが終われば後のことはもう考える必要もない、そういうことであろうか。

 

「ほたりん、どうしたと? 難しい顔して……」

「あ、いえ。……連絡もつかない以上、ちょっと心配で」

 

 本当なら心にも思っていないことだが、ここは相手に合わせたほうがいいだろう。加えて今の表情の意味を誤魔化す意味でも、穂樽はそう口にした。

 

「そうね……。一応事前連絡があったとはいえ、一方的だし今連絡つかないわけだし。なんだか気になるのは事実だわ」

「というかほたりん、もよよんのこと心配してるんだ。やっぱきつそうな見た目に反して実はいい子、典型的なツンデレってやつよね」

 

 反射的に左反を一瞥。その鋭い視線に「おおう、やっぱりツンデレ」などと相手は堪えた様子も無く平然と返してきた。

 

「気にはなるでしょう。私にとって元同僚、ここにいた時は一応世話になりましたから。逆に左反さんは気にならないんですか?」

「ならなくはないけど。たまにはそんな時もあるんじゃない? 生理不順でムカムカしてる時とかさ、全部忘れてどっかにふらっと行きたくなったりするものよ」

「だからといってほぼ無断欠勤まがいのことを認めるわけにはいかん! くれぐれもそういう真似はしないでくれよ」

 

 強い口調で言ってきたのはセセリだが、女子2人は軽く受け流しているようである。彼女らがこの調子なら自分が心配しすぎる様子を見せては逆効果かもしれない、と穂樽は考えていた。

 だがこれではバタ法で得られる情報は期待出来そうに無い。次の当てに移ったほうがいいかと思ったが、もよに「多分無駄」と前もって断られてはいる。それでもやらないよりはマシか、とバタ法を去ろうかと考えた時。

 

「戻りましたー」

 

 入り口から耳に馴染んだ明るい声が聞こえてきた。確認をしなくてもわかったが、抜田が「須藤さん、興梠さん、おかえりなさい。お疲れ様です」と声をかけたことで間違いないと確信した。おそらく調査に出ていたか何かであろう。

 

「セシルちゃん、花鈴ちゃん、おかえり。穂樽ちゃん来てるわよ」

 

 数人が集まる形になっていた階下のスペースから戻ってきた2人にアゲハが声をかける。それを聞くなり「あ、本当だ!」と荷物を置き、かつての同期は小走りに駆け寄ってきた。

 

「なっちー! 久しぶり」

「……そんな久しぶりでもないと思うけど」

 

 普段と変わらない、呑気な挨拶に意図せず穂樽はため息をこぼす。当人はもよに狙われているなどと夢にも思っていないのだろうし、言ったところで信じようともしないだろう。もっとも、彼女を余計に不安にさせても事態は好転するどころかむしろ悪化するのは目に見えるために、そもそも黙っておこうとも思うのだが。

 

「今日はどうしたの? アゲハさんのお手伝い?」

「もよよんを気にしてる人からの依頼で聞き込みだってさー」

 

 また食いつきそうな具合に左反が話を盛ってくれたと思わず気が重くなる。案の定、セシルは話題に乗ってきた。

 

「え!? もしかしてもよよんのことを好きになっちゃった人が調べてほしいって依頼に来た、みたいな?」

「……もうそれでいいわよ。近からずとも遠からずってところだし」

「穂樽さん……奇妙な依頼受けるんですね」

 

 興梠の全うともいえる反応を見て、先輩も少しは後輩を見習えと思ってしまう。それはさて置き、と期待はできないが2人にも一応話を聞いておくことにした。

 

「それでここに来たんだけどもよさん休みでいないみたいで。困ってたところだったのよ」

「あ、そうか……。もよよん急に休む、って言ってきたんだっけ……」

「なんだかもよよんさんらしくないです。ふざけてても締めるところは締める方だと思ってたんで……」

「……興梠さんのその評価はどうなのかしら。まあともかく、2人とももよさんが突然休む兆候とか異変とか、そういうの感じなかった?」

 

 2人は唸って考え込む。この様子ではやはり事前の予想通り期待はできそうになかった。

 

「……ほたりん、本題から離れとらんと? こんままそん原因まで調べる勢いけんね」

「そういうつもりはないんですが……。探偵だからですかね。引っかかる部分があると調べようとしてしまうんですよ」

 

 角美から入ったつっこみをうまいこと誤魔化して苦笑交じりにかわし、再び穂樽は2人に視線を戻す。

 

「うーん……。特に無かったと思うんだけど」

「私も須藤先輩と同意見です。……話してるときにやっぱり視線感じるときはありましたけど」

「それはいつものことじゃないの?」

「そう……ですね。ようやく最近慣れてきました」

 

 慣れてきた、という矢先に今回の一件というのはどうしたものだろうか。ともかく、2人からも有力な情報はないとわかると次の当てに移るしかなさそうだった。

 

「ありがとう。もし何かもよさんに関して気になることとか思い出したら、私に連絡して」

「ほたりん、もう完全にもよよん探す気じゃないのそれ?」

「本人から聞くのが早いですからね。連絡取れない以上、見つけられるなら話聞けるでしょうから。それに何かあったら……嫌ですし」

 

 ふむ、とアゲハは声をこぼす。少し考え込んでから申し訳なさそうに穂樽に頼み込んできた。

 

「……穂樽ちゃん。よければなんだけど、調査の一環とでも思ってもよちゃんのアパート、訪ねてもらっていい? もしいそうな気配があって顔を合わせられたら、依頼の件のついででいいから何があったかぐらいは聞いてもらいたいの。名簿渡してあったと思うから、そのぐらいは本人の許可無くてもいいでしょうから」

「ええ、構いませんよ。……その代わり今教えてもらってもいいですか? 帰り足に寄るんで」

「あ、そうね。ちょっと待ってて……」

 

 アゲハは自分のデスクまで戻ってしばらくしてからもよの住所がメモされた紙を穂樽へと手渡した。それを見てさほど遠くないな、と思いつつ「わかりました」と了承する。

 

「じゃあ申し訳ないけどお願いね。……本当はセシルちゃんが大事な時期にさしかかってるから、出来ることならもよちゃんにも手伝ってもらいたいところだし」

「大事な時期……?」

 

 疑問系で返してから、穂樽はセシルの方を見つめた。なぜか彼女はどこか恥ずかしそうに笑顔を返してきた。

 

「セシルちゃんのお母さんの件、再審が本格的に動き出しそうなのよ」

「本当ですか!?」

 

 セシルの母、須藤芽美(めぐみ)は娘を守るため、正当防衛で魔術を使って人を殺めてしまったという過去がある。そして魔法廷でその正当防衛が認められずに死刑判決を受け、現在服役している。だがその事件は仕組まれたものという説が濃厚であり、「自分達を虐げてきた人間を憎み、ウドの支配下に置くべき」という思想のマカル一派の指導者である麻楠史文(まくすしもん)が首謀者と目されていた。その事件が起こってから実に10年。魔法廷は一審制、しかも再審は過去に例が無い、ということで非常に困難であろうことは穂樽も知っていた。

 

「よく通りましたね。はっきり言ってかなり難しいと思ってたんですが……」

「カリスマ的存在である麻楠の逮捕からマカルは弱体化を始めた。ウドであることを隠し、様々な公職に潜り込んでいた彼の息のかかった人間達が摘発されるようになり、これまで闇の中にあった真実が少しずつ明らかになってきた。結果、この件を皮切りにこれまでにあったマカルが関わってそうな事件に対する不可解に思える判決に違法性があったのではないか、見直す価値はあるのではないか、という流れになったということかしらね」

 

 気づかれないよう、穂樽は横目に興梠の様子を窺う。本人には言っていないが、穂樽は既に興梠の素性をアゲハから確認している。彼女は敬虔なマカルの父を持った、元マカルの人間だ。しかしセシルを巡る4年前の一連の騒動で麻楠と共に父が逮捕されたことに伴い、その思想を捨て、今はアゲハの元でウド同士、あるいはウドと人が手を取り合えるように弁魔士として働いている。

 案の定、彼女は僅かに表情に影を落としていたようだった。彼女にとってかつての「同胞」が起こした事件。半ば強制的に父の教えに従わされていただけで彼女自身が何かをしたわけではなくとも、その責任を感じているように穂樽の目には映った。

 

「これまでの不可解な事件の真実が明らかになるというのなら、彼女も少しは浮かばれるだろう。何より……俺自身、せめてもの罪滅ぼしになるかもしれない」

 

 小声での呟くような独白は蜂谷だった。だが穂樽はそれをしっかりと耳にしていた。今彼が口にした彼女――早乙女真夕(さおとめまゆ)に関連する話だと想像がつく。セシルや興梠だけでなく、彼もまた過去を背負った存在だ。マカルという存在が残した傷跡は大きいのだと、改めて穂樽は実感していた。

 

「でももよよんもきっと来週には戻ってきてくれるし、リンちゃんがサポートについてくれてるから。今日もその件でさっきまで出てたわけだし。……ありがとね、リンちゃん」

「あ……いえ。私の力なんて微々たる物ですが、須藤先輩のためになるんでしたら頑張らせていただきます」

 

 今の興梠の一言を聞いて、皮肉な巡り会わせではないか、と穂樽は思う。しかしアゲハが何も言わない、あるいは敢えてサポートにつかせたとも考えられる。だとすると贖罪の意味合いもあるのだろうか、とチラリと女ボスの様子を窺う。穂樽の視線の移動に気づいていた様子のアゲハは、余裕のある雰囲気を纏わせたまま、その視線を交錯させた。やはり彼女なりの考えかららしいと悟った。

 

「まだまだようやく始まったばかりでこれからが大変だろうけど、やっとあなたの目標の入り口には立てたわけね。……私はもう隣に立てないけど、陰からなら支えられるし、応援もしてるわ。何か困ったことがあったらいつでもうちに連絡よこしなさい。何と言ってもうちの売り文句は『御法に触れなきゃ報酬次第でなんでもござれ』だからね」

 

 これにはセシルは苦笑を浮かべるしかなかった。しかし穂樽なりの激励と捉えたようだった。

 

「ありがとう、なっち。頼ることになるかはわからないけど、頑張るよ」

「その意気よ。……興梠さん、彼女をよろしくね」

「は、はい! 及ばずながらサポートしたいと思います」

 

 僅かに笑顔を浮かべ、「さて」と穂樽は切り出した。

 

「じゃあ私はそろそろ行きます。一応もよさんのアパート、覗いてみますね」

「お願いね。何かあったら連絡頂戴。こっちも連絡があったら、そっちにかけるから」

「頑張ってもよよんの彼氏さん候補見つけてね!」

「……すっごく語弊があるけどまあいいわ。そうするから、あんたも頑張りなさいよ」

 

 セシルに適当に返事を返して、穂樽は出口へと向かい始める。だがその表情は強張っていた。

 彼女にとって夢にまで見た母親の再審が、いよいよ始まろうとしている。そんな矢先にあったもよの宣言。「もらう」という意味が具体的にどういうことかはわからないが、やはりセシルを渡すわけにはいかない。そのことを改めて実感しつつ、バタ法を後にし、穂樽は住所にあるもよのアパートへと向かおうとしていた。

 

 


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