ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 7-5

 

 

 翌日、木曜日。今日中に出来るだけ情報を集めたい穂樽の下に吉報が飛び込んできた。昨日の夕方頃、セシルに「もよについて気になったことは何か無いか。それからちょっと引っかかった点があるから10年前の事件についても聞きたい」というメールを送ったところ、夜になって「昼食のときに話したいことがある」と返って来ていたのだ。

 とはいえ、あまり期待し過ぎない方がいいのもわかっている。これで肩透かしではダメージが倍増だ。さらにセシルには悪いが、自分を昼食に誘うための名目として、あまり有力ではない情報だがあると言ってきた可能性もある。新情報があれば儲けもの、という感覚で行こうと考えていた。

 

 バタ法近くのパーキングに車を止め、あえて穂樽は中には入らず外で待つことにした。頻繁に顔を出してるのも迷惑かもしれない。それ以上に、カンの鋭いアゲハ辺りが何かに気づく可能性もある。メールで到着したから外で待ってるという内容をセシルに送ると、しばらくして彼女は興梠と共に現れた。2人きりでないのは少々まずいかもしれないとも思えたが、角美や左反はいなくて逆に助かったとも思えてしまう。

 

「お待たせ、なっち。じゃあお昼食べに行こう」

 

 ああ、やっぱり期待できないという事前の予想通りかと若干穂樽は気落ちした。この様子では昼食目的という思考が先行して自分が本来聞きたいことなど忘れているのではないだろうか。マカルと因縁浅からぬ興梠もいるということを考えると、麻楠が関連している内容を聞くのも(はばか)られると思っていた。

 

 が、穂樽のこの予想は良い意味で外れてくれた。バタ法時代からの行きつけの食堂に着いて注文を終えた後、セシルは至極真面目な顔で切り出してきたのだ。

 

「それでなっち、昨日のメールなんだけど……。10年前の事……ずっと私が真実を追っているママに関する事件について聞きたいって、どういうこと?」

 

 少々それは語弊がある。あくまで穂樽が聞きたいのはその時のセシルのことだ。

 

「正確にはその事件、というより、その時のあなたについてなんだけど」

「セシルの……? でも、あの時のことは本当に覚えてなくて……」

「確かあなたは一度命を落としてから……麻楠の召喚魔術によって蘇生した、という話だったはずよね」

 

 視界の端で斜め前に座った興梠の様子を窺う。「麻楠」という単語に、僅かに身を固くした様子がわかった。

 

「その時のこと、何か覚えてないかと思って。……まあ、覚えてないわよね」

「……ごめん、あの時のことはセシルにもよくわからないの。でもどうしたの、急に?」

「いえ、途方も無く考えを巡らせていたらなんか気になっただけよ。麻楠の話ではルシフェル召喚に代償が必要だったはずなのに、あなたの場合それがなかったような気がして」

 

 やはりはす向かいの彼女の表情は強張っていた。それを思うと、これ以上の話は気が引けた。

 

「何でそうなったって、小田さんが前見せてくれた幼少期の写真、もよさんが幼かったら似てたんじゃないかってことを急に思ったからなんだけど。今もよさんの調査の方が本人戻ってきてくれないから詰まってて、当たれるところから当たろうとしてたときに思っただけのこと。それで10年前の事件のことを思い出して、さっきの質問に至ったというわけ。ちなみに、彼に聞いてみたらもよさんのことは知らないって。他人の空似だったみたい」

「青空君と話したの? もよよんと似てるかな? あんまり感じなかった。……でも今、ママの件で動いてるから青空君とちょっと顔合わせにくくて、しばらく会わないようにしてるの」

「みたいね。彼、寂しがってたわよ」

 

 茶化した穂樽に「もー! なっち!」とセシルは顔を赤くしつつ非難の声を上げた。これにはしばらく緊張していた様子の興梠も笑顔を浮かべている。

 

「もよよんさんと似てる須藤先輩の恋人さん……。会ってみたいです」

「今は似てないわよ。線は細い印象だけど、男性っぽくなってるし。昔は一層中性的だったから、その頃のもよさんとだったら似てたんじゃないか、って話。今の小田さんの画像なら多分セシルの携帯に入ってるでしょ。興梠さんに見せてあげなさいよ」

「な、なんでそのこと……じゃなくて! リンちゃんに見せるって話が出るの!?」

「そりゃあ興梠さんだって見たいでしょうし」

 

 話を振られた彼女は当然とばかりに目を輝かせて頷いている。当初の目的から話が逸れてしまったが、まあ仕方が無いだろう。やはり当初の考えどおり有力な情報は期待できなかった。

 

 穂樽がそう思って、今日の収穫も無いか、と諦めかけた時だった。

 

「もう、なっちのせいで話逸れて思い出して言おうとしたの忘れるところだった。さっき聞かれたようなこと、以前もよよんにも聞かれた、って言おうとしてたのに」

 

 その一言に穂樽は凍りついた。それまでの和やかな表情から一転、顔を強張らせる。

 

「……さっき、って、どれのこと?」

「なんだったかな……。もよよんに私が1度死んで生き返ったらしい、って話をした時だと思う。確か『死んでる時って、どんな感じだった?』みたいな奇妙な質問だったような……」

 

 そこで注文した料理が運ばれてきた。間が悪い、と思わず舌打ちをこぼしそうになるのを穂樽はグッと堪える。

 

「それ、もっと詳しく聞かせてくれない?」

 

 既にいただきます、と言って料理に箸をつけようとしたセシルを止めるように穂樽は尋ねた。目の前の煮魚の身をほぐしてご飯と共に口に運んだセシルは、考える様子を見せてそれを飲み込んでから口を開く。

 

「詳しく、って言われても……。結局よくわからないって答えておしまいだったよ。ただ……」

「何かあるの?」

「その後……4年前のあの事件で、セシルが誘拐された時……。夢を見たの」

 

 目の前の食事には手をつけようとせず、穂樽は「夢?」とオウム返しに口にした。その言葉を受けてセシルは頷く。

 

「うっすらとで、あまり詳しくは覚えてないんだけど……。もよよんと話す夢だった気がする。それで、『ひとつになろう』とかその夢の中で言われような……。後から気になってもよよんにその話をして何者なのか、って尋ねてみたんだけど、『セシルんが大好きなだけのパラリーガルだよ、大好きだから夢に出たんだよー!』とかってはぐらかされちゃって。まあ気のせいだと思ってるんだよね」

 

 言葉通り、特に気にした様子も無くセシルはそう言うと箸を再び進め始めた。しかし一方、穂樽は固まったままだった。「セシルをもらう」、その意味は今さっき「もらう」と宣言された対象が口にした言葉、「ひとつになる」ということと同義ではないかと思ったからだ。

 セシルの魔力は強大だ。故に人ならざる者、と仮定しているもよが彼女の魔力に魅力を感じ、己の糧としようとしているのではないかとも思える。だから彼女は異常なほどにセシルに興味を抱き、ずっとくっついていたのではないだろうか。

 しかし確証はない。加えて、本題である「天刀もよの正体」という点ではやはり進展が無い。それでも多少は前進したか、とプラスに考え、穂樽も昼食をとることにする。

 

「ありがとう。まあ彼女の身辺調査、という今回の私の調査からはその夢云々ってのはオカルト染みててあまり考慮には入れられないけど、なかなか面白い話ではあったわ」

「あ、じゃあその身辺調査の足しになるかわからないけど、っていうか、こっちが本題。なっちのメールを見て思い出したんだけど、4年前の事件の時、工白(くじら)さんだったかな。『天刀もよに気をつけろ』って言ってきたことがあったよ。もしかしたらラボネである工白さん達にとって気になることでもあったのかな? でももよよんはウドですらないから、マカルのはずはないのにね」

 

 瞬間、穂樽の目は見開かれ、その斜め向かいに座っていた興梠は箸を止めていた。これだけあからさまに空気が変わると、さすがのセシルも気づいたらしい。

 

「……あれ? 2人ともどうしたの?」

 

 どうしたものか。もよの身辺調査、という名目がある自分はいいにしろ、興梠まで動揺したのは明らかに不自然だ。しかし下手なフォローは彼女の過去を抉る形になるし、同時にそのことを隠そうとする彼女に対して自分は全て知っている、と暴露することにもなりかねない。

 

「……須藤先輩、工白さんって、ライバル事務所のシャークナイトの方ですよね?」

「そうだよ。リンちゃんは会ったことなかった?」

「ラボネ……なんですか?」

 

 今のは墓穴だろうと穂樽は突っ込みたかった。普通はその単語すら知らない。ましてや知っていたとして、過激派のマカルを怖れるならまだしも、穏健派に位置するラボネに対して怖れたような態度を見せるのはおかしいとも言えてしまう。

 

「そうだよ。シャークナイトの人達は基本そうみたい。だから4年前、セシルを守ろうとしてくれたの。……でもリンちゃん、セシルは4年前までその言葉すら知らなかったのに、マカルとラボネのこと知ってるの?」

「そ、それは……」

 

 まずい。ここは助け舟を出さざるを得ない。記憶を探り、咄嗟に穂樽は口を開いた。

 

「確かお父さんが少し詳しかったんじゃなかった? うちに研修に来てたときにそんなこと言ってたはずだし。……まあ普通はウドでもその存在すら知らない派閥の話だからどっち派、なんて言われると身構えちゃうかもしれないけど、ラボネは人間と共存を望む思想らしいし。それって、普通に生活してる私達と似た考えだとも思えるから、ラボネだからって身構えることは無いと思うわよ」

「そ、そうですね」

 

 まだ動揺は続いているらしかったが、どうにか興梠は穂樽の誘いに乗ってきた。これで一先ずは乗り切れそうだ、と穂樽は続ける。

 

「現にシャークナイトの人達は悪い人達ではないわよ。……まあ癖はあるけど」

「マカルだったら、ちょっと身構えちゃうけどね。セシルを誘拐したもん」

 

 折角の人の助け舟を何故沈めるのか、と穂樽は心で愚痴った。現に興梠の表情は暗かった。自分の父がセシルに対してひどいことをした、という罪の意識を感じているのかもしれない。

 しかし一方でセシルは先ほどの疑惑を拭い去っていたようであった。それだけは救いだろうと思って穂樽は自分の昼食をとりつつ、さっきの発言の確認を取る。

 

「……で、工白さんが言ったって発言、本当なのね?」

「うん。でもそれ以後特に何も言ってこないし、工白さんの考え過ぎだったんじゃないかなって思うけど」

 

 彼らは何かを知っているかもしれない。今日1番の有力情報だ。意図せず、穂樽の口の端が僅かに上がった。

 

「ちょっと興味深いわ。本人不在で行き詰ってたところだし、話聞いてみようかしら」

「……なんかなっちのそのセリフ、ちょっと悪者っぽいかも」

 

 余計なお世話よ、と返して本格的に穂樽は昼食の時間に入ることにした。これでこの後シャークナイトを訪問することは決定事項となった。彼らが自分も知らない何かを知っていることを祈りつつ、遅れを取り戻すように穂樽は箸を進めた。

 

 

 

 

 

 昼食を終えた後、セシル達と別れた穂樽は手近な喫煙所を探して食後の一服を楽しんでいた。同時に、この後シャークナイト法律事務所に行くために心を落ち着ける。1本吸い終えたところで表情を引き締め、彼女はかつて勤めていたところからするとライバルとなる事務所の入り口を開けた。

 

「失礼します」

 

 突然の来訪者、しかも以前は強引に招き入れたこともある顔に事務所内の人間の視線が集まる。

 

「お? 姉ちゃん、久しぶりちや。何か用でもあるかえ?」

 

 印象深い特徴的な土佐弁と共にそう問いかけてきたのは工白志吹(しぶき)だった。はい、と穂樽は頷き、彼を見つめたまま続ける。

 

「ノンアポで申し訳ありません。ですが、どうしても工白さんにお尋ねしたことがありまして」

「俺に?」

 

 自分を指差したまま怪訝な表情を浮かべる工白。そんな2人のやりとりに気づいたのだろう、奥から所長である鮫岡生羽(さめおかきば)が姿を現した。

 

「穂樽君、今度はうちの工白の身辺調査かな?」

「勘弁してくれ! 何ちゃあしとらんわ」

「そういう類のものではありません。少々お尋ねしたいことがあるだけです。……可能なら、鮫岡さんも」

 

 一瞬間を置き、「わかった」と鮫岡はそれを了承した。渋い表情の工白を促し、応対スペースへと案内する。

 

「コーヒーと、あと灰皿でよかったかな?」

「いえ、お気持ちだけで。聞くことを聞いたら、私はさっさと消えますので」

 

 硬い表情のままそう続けた穂樽に鮫岡は小さく笑みをこぼしたようだった。一方やはり工白はあまり浮かない表情である。

 3人が腰を下ろし、穂樽が口を開くより早く。先に言葉を発したのは工白だった。

 

「で、俺に聞きたいことって?」

「4年前、まだ私が新人弁魔士だった頃に起こった、セシルを巡る一連の事件のこと。ラボネのお二方は当然覚えていますよね?」

 

 途端に2人の視線が鋭くなった。ラボネ、という単語に反応したように見えた。警戒した様子で鮫岡が尋ねてくる。

 

「……それが?」

「今私はバタ法の天刀もよの身辺調査の依頼を受けています。しかし彼女は今週頭から急に休みを取っていて、現在連絡がつかない状況です。そこで、集められる情報から集める方針を取っているのですが、さっきセシルから興味深い話を耳にしたんです。……4年前の事件の時、工白さんに『天刀もよに気をつけろ』と言われたと彼女は言っていました。その発言の意図を、知りたいと思いまして」

 

 反射的に工白は鮫岡へと視線を移していた。それに気づいている事務所のボスは、代わりとばかりに口を開く。

 

「……特に深い意味は無いだろう。さっき君が言ったとおり我々はラボネ、セシル君を守る立場にある。故に怪しいと思った相手に対して気をつけろというのは……」

「申し訳ありません、鮫岡さん。私は工白さんに尋ねているんです。可能なら彼の口から、建前でなく真意を話していただきたいんです」

 

 不躾とも思える物言いに、工白が舌打ちをこぼした。

 

「真意も何も無いちや! 今生羽君が言ったとおりが全て、それ以外なんちゃあない」

 

 語気を荒げてそう言われても、穂樽は硬い表情を崩さず、堪えた様子もなかった。代わりにバッグの中から茶封筒を取り出し、無言で机の上に差し出す。

 

「……何の真似かな?」

 

 その中身が何か。当然わかった上で鮫岡はそう問いかけた。

 

「もう1度言います。真意を、話していただきたいんです」

「なるほど。たとえ買収してでも聞きたい、という心構えと捉えよう。しかしそう言われても、無い袖は振れない、としか言いようが無い」

 

 突き放すようにそう言われたが、穂樽は無視して先を続ける。

 

「天刀もよの魔術届出はありません。クイン警部に調べてもらったので間違いありません。そんな彼女を気をつけろと言った。……本来ウドですらないにも関わらず脅威となりうる存在。そのように思ったから注意を促したのではないですか? そう、例えるなら……ありえないはずのない彼女の魔術を見てしまった、とか」

 

 2人の表情が強張る。工白は横目に鮫岡の様子を窺っていた。その様子から、今のカマかけは効果的だったと判断する。おそらくこの2人もどういう形でかはわからないが、穂樽が体験したような超常的な力を目の当たりにしたのだろう。

 

「……わかった。我々の負けのようだ」

「生羽君!? しっかしそれは……」

「彼女は本気だ。警部まで動かしている。そして何よりおそらくは、彼女も見てしまったのだろう。……俺達同様に」

 

 やはり、と穂樽は息を呑んだ。既におおよそわかっていたことだが、これでもよが魔術、いやそれで説明のつかないような力を持っていることは間違いないと確信した。

 

「金は受け取れない。買収された、という形になるのはどうもきまりが悪いからな」

「わかりました。……それで、何を見たんですか?」

「さっきおまんが言うた通り。あのパラリーの魔術ちや」

「4年前、君達がアメリカからカナダ……確か、セシル君の実家に行っている最中のことだ。覚えているか?」

 

 記憶を探り、「はい」と答える。当時は偶然2人がそこにいた、と思っていたが、今思うとラボネとしてセシルを守るために密かに動いていたのではないか、とも思える。

 

「あの時、俺達はたまたま天刀もよを目撃した。……彼女は湖の水の上に沈むことなく、まるで浮遊しているかのように立ち、そして消えた」

「ちょっと待ってください。……勿論アメリカかカナダか、そこでの話ですよね?」

「当然じゃ」

「でもあの時もよさんは日本に残ったはず。なのに海外で目撃された、ということですか……」

 

 突如現れ、そして消えていく。既に何度か、そのような事例は経験している。ゲームを持ちかけてきたときにいつの間にか部屋の中にいたことも、浅賀に目撃されること無く消えたのも、昨日似たようなことがあったのも全てそれだ。

 

「あれは魔術使いであったとしても、人間の持ち得る力ではない。正体がわからない」

「だからセシルちゃんに警告した。けんど、あの事件で何も行動を起こしていないように見えた」

「それでも何か尻尾を掴もうと、こちらはバタ法から食事会の話を持ちかけられたときに彼女を誘ってはみたのだが……。警戒しているのか、乗ってこなかった」

「左反さんが言っていた合コンの話か……。じゃあ、彼女が何者かという心当たりはありませんか?」

 

 鮫岡はゆっくりと首を横に振る。

 

「その時にそれとなく探りを入れたかったが、断られた以上出来なかった。かといって踏み込んで調べたくとも、あれだけの力を目の当たりにするとどうしても尻込みをしてしまう。触らぬ神になんとやら、だ。……我々の動きも既にばれているが、まだ脅威ではないと敢えて泳がせているのかもしれない。俺がこの話を渋った理由は、そこだ」

「気ぃつけな。うちを出た途端跡形も無く消えました、は勘弁願うが」

「……悪いことは言わない。これ以上首を突っ込んで彼女を調べないほうがいい。もし君も我々同様あり得るはずのない力を見てしまったのだとしたら……。優秀な君だ、最悪の場合自分がどうなるか、想像することは容易いだろう」

 

 バタ法のライバル事務所のやり手弁魔士2人でさえ、危険と判断して口外すら避けてきたという事実。それは穂樽に改めて相手の異質さと不気味さ、そして恐ろしさを感じさせていた。

 

「……ご忠告、感謝します。ですが私はもう足を踏み入れてしまっていますからね。それに、かつての同期の傍に危険な存在がいるという事実を、黙って見過ごすことも出来ません」

「危険な存在、というのなら彼女のより注視すべき人物がいる。あちらのボスは気づいているのかいないのか、それともわざとなのか、こちらとしてはあのパラリーガル以上にそっちが気にかかる。同期を心配するのなら、ここまで動きの無かった『触るべきでない者(アンタッチャブル)』よりその人物を洗うべきだ、と助言しておこう」

 

 やや考え、「ああ」と穂樽は声をこぼした。ラボネの鮫岡は相対すると思われる組織の存在の人物のことを把握している。そこまではその気になれば調べられなくもないだろう。が、彼女の本当の姿までは見抜けていない。同時に彼女の危険性を臭わせることでもよの調査から距離を置かせようとしている、と気づいた。

 

「興梠花鈴のことでしたら、彼女はマカルとはもはや無関係です。敬虔なマカル信者だった父が4年前のセシルの事件で逮捕後、母と共にマカルの思想を捨てています。アゲハさんはそんな2人の力になりたいと、彼女をバタ法に迎え入れたと言っていました」

 

 鮫岡と工白が目を見開いた。この2人を手玉に取ったように思え、思わずくだらない優越感が心に浮かぶ。

 

「おまん、なんで向こうの新人のことを!?」

「いや、それよりも調べたのか?」

「4月にアゲハさんがうちに研修という名目で彼女をよこしたんです。その時共に行動していて少々引っかかるところがありまして。調べてみたところ、どうもマカルなのではないかと思って先ほどの鮫岡さんと同じ疑問を抱き、アゲハさんに直接問い質したんです。私が受けた回答は、全て辻褄があっています」

「なるほど。それで君はかつてのボスの言葉は嘘ではない、と判断したわけか」

 

 はい、と返事を返しつつ穂樽は頷く。ため息をこぼしながら鮫岡は諦めたように口を開いた。

 

「……暗にもうやめておけと言いたかったのだが、そちらが一枚上手だったらしいな。わかった、もう何も言うまい」

「ええんか?」

「ああ。どうせ俺が止めようが彼女は忠告を聞き入れない、そうだろう?」

 

 再び、今度は無言で頷いた。その表情だけで決意の重さが伝わったようだった。

 

「何が君をそこまで突き動かそうとしてるのかはわからない。調査というのも名目だけで、その実もっと大きなものを背負い込んでいるようにも思う。だがすまないがそんな君に対して結局俺達は何もしてやれない。それでこんなことを言う資格があるかはわからないが……。くれぐれも無茶だけはするなよ」

 

 微笑と共に穂樽は立ち上がった。つられるように2人も立ち上がる。

 

「お心遣いありがとうございます。それから、興味深い話を聞けて助かりました。……もし私に何かあったら、まあその時は墓参りにでも来てください」

「縁起でもないことを言うがやない」

「君がいなくなればセシル君は悲しむだろう。……無論、俺も失うには惜しい優秀な人材だと思っている。ウドと人間との共存を望む、我々に通じる考えを持っているようだしな」

 

 僅かに顎を引いて感謝の意思を示し、穂樽は出口へと向かった。「失礼しました」と述べた彼女の姿が完全に見えなくなるまで見送ってから、渋い顔と共に工白は独り言をこぼした。

 

「……ありゃあまっこと()()()()ちや」

「はちきん? ……ああ、お前のところの言葉でいうと『いごっそう』みたいなものか。褒めてるのか?」

「当然じゃか。俺らが見て見ぬ振りを決め込んだというに、頑固なやっちゃ」

「真実をひたすらに追い続ける、か。……是非とも願うとおりの結末を迎えてもらいたいものだ」

 

 穂樽が去っていった扉を見つめつつ、鮫岡は呟く。だが次には軽く頭を振って思考を切り替えようとし、シャークナイト事務所内の応対スペースを後にした。

 

 


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