ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 1-3

 

 

 滑るような動きでパソコンのキーボードがタッチされていく。かなりの速度だが打ち間違いもなく、それがさも当然とばかりに赤縁眼鏡の女性は作業を続けていた。

 ディスプレイを見つめつつも、しかし彼女は来客には誰よりも早く反応している。入り口の扉に誰かが近づいてきたことに気づき、バタフライ法律事務所の事務員、抜田美都利(ばったみとり)はその手を止め、ドアの方へと目を移していた。対応しようと準備していた彼女だが、訪れた客に少々意表を突かれた。扉が開いて現れた顔は出かけていったアソシエイトが戻ってきたものではなく、かといっておそらく客でもなかった。

 

「こんにちは。失礼します。アポなしですみません」

「あ、穂樽さん。こんにちは。今日はどうしました、外注ですか?」

「外注、というところまで大仰でもないんですけど……。抜田さんの都合がよければ、ちょっとお力を貸していただきたいと思って」

「私の? ええ、構いませんよ」

「ありがとう。助かります」

 

 感謝の言葉を述べながら、穂樽は受付のデスクを迂回して抜田の側へと回る。そうしつつ、かつての職場であった室内を眺めていた。

 ウドを弁護する弁護士ならぬ弁魔士としてここにいたのは2年間、出て行ってからまだ1年と少ししか経っていない。なのに、妙に懐かしさを感じる。アソシエイトやパラリーガルの面々は昼食に出ているか、はたまた外部に出ているのか。各人のデスクについている人は少なかった。時折ここを訪れて顔を合わせることはあったが、やはりどうしても少し前のことを思い出してしまうのだった。

 

「あら。声が聞こえたと思ったらやっぱり穂樽ちゃんだったか」

「え? うそうそ、ほたりん来てんの?」

 

 と、その時階上の会議用スペースから聞き慣れた声が降ってきた。この事務所の総責任者で「ボス弁」である蝶野(ちょうの)アゲハと、アソシエイトの中では年長のリーダー格である左反衣(さそりころも)。2人とも穂樽にとってはかつての仲間であり、自分が独立したいという意思を示した時に力になってくれたよき理解者であった。

 

「アゲハさん、左反さん、お邪魔してます」

「仕事の話かしら? こっちからの委託はなかったと思うけど……。そちらから依頼?」

「そこまでではないんですけど、何でも屋受付嬢に相談というか尋ねようかと思うことがありまして」

「とかなんとか言って、万能事務員のばーみんをうまいこと使おうって魂胆? ほたりんってば随分としたたかになったこと」

「……痛いところ突いてきますね、左反さん。これは弁護してくれる人を探したいところです」

「じゃあその弁護は蝶野が引き受けるわ。かつての仲間なんだからそんな細かいことは気にしなくてオッケー、ってことで一件落着。……まあ左反ちゃんも本気で言ってるわけじゃないでしょうし」

 

 事務所のボスからの鶴の一声に、左反も「そりゃ勿論そうですけどね」と茶化して言っていたことを認め、話は収まる。別にこのぐらいはなんということはない。むしろ、左反の場合は同姓なのにセクハラまがいのエロネタを連発することの方が問題だ。

 

「それで、穂樽さんが私に尋ねたいことって?」

「えっと、昨日うちに人探しの依頼で来た女性がいたんですが……」

 

 穂樽は状況をかいつまんで説明する。クライアントの情報を外部に話すのは本来感心できないかもしれない。だが探している今川がウドである以上、ここのデータベースに情報があるかもしれないと思ったのと、何よりバタ法の皆を信頼しているという理由から、彼女は話したのだった。やり手のボス弁であるアゲハの意見に参考になる部分があるかもしれないと思った部分もある。

 

「……というわけなんです」

「なるほど。それで2人が通う大学の管弦楽部に行ったけどはずれだった、と」

「はい。前回の演奏会のパンフレットもらって部員確認できたので、多分間違いないです」

 

 言いながら穂樽はバッグからさっき貰った演奏会パンフレットを取り出し、抜田へと手渡す。メンバーの名前に目を走らせつつ「確かにいないですね……」とこぼした後で、「あっ」と彼女は口走った。

 

「何かありました?」

「いえ、全然関係ないんですが。……学生オケでブルックナーなんて珍しいなって思って」

 

 思わず苦い顔になっているのを穂樽は感じていた。さすが知識豊富な何でも屋受付嬢と感心すると同時、興味がないためにその辺りのことは全然わからない。

 

「抜田ちゃん、それ珍しいことなの?」

 

 興味も知識もないのはアゲハも同様らしい。横から口を挟んできた。

 

「はい。このプログラムだと4番の『ロマンティック』なんで比較的演奏しやすい曲ではありますが、学生オケの場合シンフォニーはもっと一般的な……例えばチャイコフスキーやドヴォルザークとかが人気です」

 

 それはさすがの穂樽も聞いたことがある作曲者の名前だった。くるみ割人形と新世界か、と具体的に思い浮かべられる。

 

「理由は色々ありますが……。関連性の大きいのは曲のとっつきやすさも含めての好まれる傾向と楽器編成の2点ですね。前者は演奏団体の嗜好によるのである程度なんとかなりますが、後者は団体の規模によっては如何ともしがたい問題です。その点、この大学のオーケストラは部員が非常に多いので、大編成の曲の演奏も可能なんだと思われます。……まあこの『ロマンティック』はそこまできつい編成ではないはずですけど」

「それは部員の子も言ってました。この部は人が多いのが強みだって」

「確かにすごい数いるわ。100人近くいるし、これだけいればきっと年下のいい男も……!」

 

 この人の頭の中は男のことしかないのか、と呆れた表情で穂樽は左反を一瞥する。が、当人は気づいていないのか、気づいていても気に留めないのか。まったく顔の様子に変化はない。

 

「穂樽さんが復元したメールのやり取りでは具体的に今川さんのバイオリンの音を耳にしてよかった、と言ってるわけですよね? なら、演奏会を聴きに行っての感想というのは考えにくいです。これだけプルト数の多いバイオリンの中で1人の音を聞き分けるのは……かなりの絶対音感があるならまだしも、普通は不可能です。さらにこう言ってはオケのバイオリン奏者の方に失礼かもしれませんが、ソリストでもない限り管打楽器と違って個人が特別目立つパートでもない。そもそも、演奏会の日とやり取りの日がずれすぎています」

「確かに……。そうね」

「なので大学の管弦楽部から、という線は完全に消えると思います。次は他の弦楽器で演奏するサークル、ということになりますが……」

 

 抜田は慣れた手つきで検索を始め、八橋と今川の大学の学生課のページを呼び出す。その中のサークル一覧のリンクへととんだ。

 

「正式に大学側が届出を受理しているサークルはこれだけですね。パッと見、弦楽器での演奏が考えられるサークルは……見当たりません」

「仮にあったとして、ホームページへのリンクすらないサークルも多いから、それじゃ連絡の取りようもないか……。サークルの線はお手上げね」

「大学オケでなく他大学、あるいは一般という外部のオケという可能性はありますが、それにしても絞り込みは厳しいかもしれません。別口を当たる方がいいと思います」

 

 一度穂樽はため息をこぼす。当たりをつけたかったが見当が外れてしまった。このまま八橋に報告してもいいが、折角ここにいる以上もう少し得られる情報があるなら得たい。

 今川が幻影魔術使いと推測している以上、同系統の魔術使いから話を聞きたかったが、生憎バタ法の幻影魔術使いであった鎌霧飛郎(かまきりとびろう)は穂樽がバタ法を抜けた少し後に高齢を理由に退職している。だが相変わらず元気でアイドルを追いかけているらしく、アゲハがどうしてもと頼み込むときは助力してくれるとは耳にしていた。しかし今はいないために、協力は仰げない。

 

「抜田さん、バイオリンのメーカーとかはわかります? 彼が楽器を構えてる画像はあるんですが……」

「さすがにそこまではちょっと自信ないですね。それにメーカーがわかっても現在の今川さんの居場所に直結する情報は得られにくいと思います」

「そうか……。そうよね……」

「ってかほたりん、その彼の画像あるなら見せなさいよ。いい男ならあたしが無償で協力してあげるからさ。なんならプレコグニション(予知魔術)もやってあげようか?」

 

 うんざりした様子で「あまりクライアントの情報漏らすのはよろしくないんでプレコグは遠慮します」と言いつつも、穂樽は左反に画像を見せた。しげしげと見つめて唸った後で、男好きのアソシエイトは感想を述べる。

 

「……パッとしないわね。そもそもあたしのタイプじゃないし。とはいえ、全然イケメンじゃないけど、まあギリギリオッケーって感じ?」

 

 いつか思った台詞そのままを言ってくれたと、穂樽は意図せず吹き出していた。その様子に左反が怪訝な表情を浮かべる。

 

「……何よ?」

「きっと左反さんならそういうこと言うんだろうなとか思ってたら、まんま予想したことを言ってくれたので、つい……」

「なっ!? ちょっとほたりん、あんたあたしのことどう思ってるのよ!」

「年中男祭り、男大好きセクハラ弁魔士さんですかね」

「あんたねえ!」

 

 事実を述べただけ、と穂樽は無視を決め込んだ。代わりにアゲハにも画像を見せて尋ねる。

 

「アゲハさん、この顔に覚えないですか? ここに来たことがあるか、とか」

「どうかしら。ピンと来ないけど……。ねえ、抜田ちゃん」

「はい。もう調べてます。今川有部志さん……。ここに来たことはないみたいですね」

「そうですか……。現状じゃここまで、かな。今日のところはあとは八橋さんに報告して反応待ちね。……すみません、お邪魔してしまって。助かりました。抜田さん、今度ご飯でも食べに行きましょう」

「あ、いいですね。その時はバタ法の皆も誘いますよ」

 

 僅かに穂樽の表情が緩む。営業スマイルとまではいかなくても、どこかぎこちないような、はにかんだ笑みだった。

 

「じゃあ私はこれで失礼します」

「ほたりん、もうちょいしてったら? 昼に出てる皆帰って来ると思うけど」

「いえ、忙しいのに邪魔しちゃ悪いですし。ノキ弁なわけでもないし、この後クライアントに報告する内容をまとめないといけないので、お(いとま)させていただきますよ」

 

 荷物をまとめ、穂樽は受付カウンターを迂回して入り口へと歩き出す。その背に、左反が声を投げかけた。

 

「仕事もいいけど、男っ気ないんじゃない? ちょっとは女磨いて男作る努力でもしてみたら? 今度合コンありそうなとき誘ってあげようか?」

「左反さんと一緒にしないでください。それに私の男性のタイプは左反さんと合いませんよ」

「ああ、そっか。年上趣味だっけ?」

「そういうことをはっきり言います? まあ時間がありそうなら、検討はしますよ」

 

 改めて頭を下げ、穂樽はバタ法を後にした。どこか寂しさの広がったような沈黙を破るようにアゲハが口を開く。

 

「……穂樽ちゃん、ちょっと無理してるのかもね」

「あ……。アゲハさんもそう思いました? なんか仕事命、みたいな感じだし、煙草も吸い始めたとか言ってたし……。それが悪いって言う気はないですけど、以前のあの子はもっと身だしなみとか気を使っていたと思うんですよね。まあばーみんとのダブル眼鏡……って、アゲハさんもいるからトリプル眼鏡か。そこは出来る女っぽくていいと思ったけど、昔のイメージから離れちゃって、コンタクトの方がいいのになとか思っちゃいました」

「そうね……。ああやって、あえて恋愛事情から距離を置こうとしてるのかもしれないけど」

 

 そうは言っても、穂樽に最終的に独立と今の職のアドバイスをしたのはアゲハ自身だ。元々プライドが高いのも、独りを好む傾向があることもわかっている。それを踏まえ、よりウドを受け入れる間口を広げたいという本人の望みと合わせて考えれば妥当な判断だったと今でも思っている。それでもかつて同じ職場で働き、今も仲間としての繋がりがあると考えている相手が以前より変わったのを見ると、どうしても心配になってしまっていた。

 

「でも当人は苦に思うどころか、やりがい感じてるみたいですよ。私は事務員ですから外注の連絡受けたりしますけど、声の様子とか思いつめてるようではないですし。さっきも悩んでる風には見えませんでした」

「万能受付嬢のばーみんがそう言うならまあ大丈夫なんだろうけど……。あんま仕事命ってのも、ねえ……。男無しでなんてあたしは無理だわ」

「それは左反ちゃんだからでしょ。……でも確かに彼女が決めた道なら、外野がどうこう口を出すようなことじゃないのかもしれないわね」

 

 最終的にはそこに落ち着いてしまうな、と改めてアゲハは思った。悩みがあるなら時々乗ってあげればいい。幸いバタ法に顔を出すことを本人はそこまで気にしていない様子だし、アソシエイトの面々と食事に行ったりすることもある。だとするならあまり干渉し過ぎない方がいいだろう。無論協力は惜しまないが、見守る立場として今のままの彼女を見ていこうと、バタフライ法律事務所の女ボスは思っていた。

 

 

 

 

 

 夜8時。普段ならとうに事務所を閉めている時間だったが、穂樽は事務所の応接用テーブルでまとめた資料に過不足はないか目を通しつつ、八橋が訪れるのを待っていた。結局今川に関する情報はある程度得られたものの、「探してほしい」という依頼自体の進展はあまりなかった、と言ってしまってもいい。

 こうなるとあとは復元できた画像等から八橋の記憶が戻ることを期待するしかない。それもダメなら、探偵の本分に則って足で稼ぎ地道な聞き込みとなるだろう。楽に済ませたい、と言うつもりはないが、早く依頼を完了出来るに越したことはない。

 

 そんなことを考えているうちに、階段を昇る足音が聞こえてきた。他の階に用がある人物の可能性もあったが、案の定、この階まで昇ったところでその足音は止まる。穂樽は小さく息を吐いて眼鏡の位置を僅かに直し、扉が開くのを待った。急ぎ足でここまで昇ってきたのとは対照的、丁寧にノックを挟み、穂樽の返事の後に開けられた扉はどこか控えめだった。

 

「失礼します。……本来なら時間外にすみません」

「いえ、気になさらないでください。どうぞおかけに」

 

 言葉通り本来の営業時間外の応対に、事務所に入ってきた八橋はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。穂樽はそんな彼女に笑顔を投げかけ、椅子へと促す。そのまま外の看板をクローズに変え、コーヒーメーカーから注いだカップを2つ机へと持ってきた。

 

「では早速ですけど、この一両日の報告をさせていただきます」

 

 一刻も早く話を聞きたいことだろう。八橋の心を汲み取った穂樽は前置きも短く、預かっていた携帯電話を彼女の前へと差し出した。

 

「結論から言いますと、携帯のデータの復元には成功しました」

「本当ですか!?」

 

 言うが早いか、八橋が昨日今日と手放していた携帯を手に操作を始める。カメラ画像の中に昨日までは見られなかったものがあったのだろう、その手が止まった。

 

「この、私と一緒に写ってる男の人が……」

「そうです。八橋さんが探している『彼』です。メール等から推測するに、名前は今川有部志さんというようです」

「今川……さん……」

 

 苗字でそう言ったきり、再び八橋は黙り込んでしまう。どうにか記憶を呼び起こそうとしているのかもしれない。穂樽はメールからまとめた情報を続けて報告した。

 

「大学、学年とも八橋さんと一緒のようです。ただ、年齢は1つ上、それから学部も特定できませんでした。それでも文面から推測するに、八橋さんとは違う学部と思われます。趣味はバイオリン、その線でも当たってみましたが、学内の管弦楽部には所属していませんでした。部外者に対しては大学の総務側も簡単には情報を開示してくれないので、申し訳ありませんが昨日今日だけで得られた情報はこのぐらいになってしまいます」

「それだけの情報を昨日携帯を預けてから今までに集めてくださったんですか?」

 

 携帯の画面から目を離し、八橋は穂樽を見つめながら問いかけた。表情に驚きと感心の色が混じっているようにも見られる。

 

「ほとんどは携帯の復元したデータ……プライバシーを覗き見たようで申し訳ありませんがほぼメールからです。部活の線でそちらの大学に今日聞き込みには向かいましたが、有力な情報はありませんでしたので」

「うちの大学まで聞き込みに……。なんだかすみません」

「いえ、こちらもそれが商売ですので。それにこの仕事の基本は足ですし」

 

 相手の心を慮って穂樽は優しい表情でそう返した。しかし一方で八橋は申し訳なさ気に目を伏せる。

 

「ありがとうございます、穂樽さん。でも、ここまでしていただいたんですが……」

「やはり今川さんのことは思い出せない、と」

 

 重々しく頷く依頼人。これで思い出してくれたのなら話は早いのだが、やはりそうは問屋が卸してくれないらしい。

 

「わかりました。お気になさらないでください。むしろつらいのは八橋さんの方でしょうから」

「……なんだかすみません」

「一応番号も復元できたのでかけてみたのですが、繋がりませんでした。もしかすると解約されているかもしれません」

「解約……?」

 

 今度深刻そうに頷いたのは穂樽の方だった。少しためらいつつも口を開く。

 

「これはあくまで私の想像に過ぎないのですが……。八橋さんの携帯のデータを消去したのは、今川さんではないかと考えています」

「えっ……?」

「彼に関するものは八橋さんの部屋からは何も出てこなかった……。もし恋人同士であれば、部屋に入るのは難しくない、自分が送ったものなどを回収することも出来るでしょうし、携帯をいじることも出来る……」

「ま、待ってください! じゃあ私の記憶はどう説明するんですか!?」

「今川さんは魔術使いでした。それは、復元したメールにそのことが書いてあったので、確かなはずです」

「でも、魔術使いは万能じゃないんですよね?」

 

 頷き、穂樽はウドについて大まかに説明を付け加える。確かに万能ではないが人によって使える能力が異なること。自分は自然魔術で砂を扱うが、他に風や水を操れる人もいること。その他にも金属を分解、収集して再形成する魔術や幻影魔術などがあること。そしてその幻影魔術なら記憶の操作も可能ではないか、ということ。

 

「じゃあ……。私の記憶はその彼が消した可能性もある、と……」

「幻影魔術に長けていれば、不可能なことではないはずです。ましてや、恋人同士という関係で相手に対する懐疑心が薄れているなら、なおさら抵抗感が薄れてかかりやすくなる……。催眠術にかかりやすい、というようなものだと考えてください」

 

 そこまで聞いたところで呆然と八橋は視線を宙に彷徨わせていた。「そんな……どうして……」という言葉が口を次いで出る。

 

「理由はわかりません。それに、最初に言ったとおりあくまで私の想像ですので、それが合っているかどうかもわかりません。そもそも今川さんはウドのようですが、使える魔術がどうかまでは判明していませんし。ただ、可能性としてありえるという話をさせてもらったということです。……混乱させてしまってすみません」

「あ、いえ、私の方こそ早とちりしてしまってごめんなさい……」

 

 互いに謝罪しあう形になってしまい、なんだか空気が少し重くなる。だがそれでも穂樽は十分にありえるこの予想をいずれは伝えなければならないと思い、あえて口にしていたのだった。

 

「とにかく、同じ大学で同じ学年、そして名前までわかればあとは学部がわかればほぼ絞り込めるのですが……」

「でも、うちの大学は全学部が同じキャンパスになりますから、かなりの人数がいますよ。それに学部が一緒でも学科が違えば人付き合いも希薄だったりしますし、そこからさらに専攻で別れるとかもあるので。彼……今川さんの交友関係がどれほどかわかりませんけど、実際私友達とかほとんどいませんし……」

「そこは……探偵の本業である足で稼ぎますよ。あまり目立つ動きをすると大学側からマークされてしまうかもしれませんが、明日も八橋さんの大学に足を運んで聞き込みをしようと思います。楽観視するのはよくないかもしれませんが、情報がかなり得られている以上、そこまで見つけ出すのに時間はかからないのではないかと思います」

「私も手伝います。教育学部なので、授業が被ってる別な専攻の人にもなんとか聞いてみようと思います」

 

 本来は自分の仕事なのだが、八橋も動かずにはいられないのだろう。穂樽は彼女の好意を受け入れることにした。

 

「では今日はもう遅くなってしまいましたし、このぐらいで。もし明日、学部の方に尋ねてみて何か進展がありましたらいつでも私の携帯を鳴らしてください」

「わかりました。……どうかよろしくお願いします」

 

 例を述べつつ帰る八橋を見て穂樽はため息をひとつこぼす。明日からはしばらく看板をクローズにして朝早くから行動を始めないといけない。事務所の電気を落としつつ、寝酒に一杯引っ掛けて今日は早めベッドに入るかと居住スペースに戻って思うのだった。

 

 

 

 

 

 ある街の一角。赤色灯が辺りを照らし、遠巻きに野次馬がそれを見つめる中、1人の男がいた。

 

「何の騒ぎだ?」

「強盗だってよ。しかも店員が目の前で宝石盗まれたのに全然気づかなかったとか」

「マジ? この時代に怪盗現る、ってか?」

「どうせ魔術使いの仕業だろ? 便利だよな、連中」

 

 野次馬達の話を耳にしつつ、男は露骨に顔をしかめ、その場を離れた。明日にはこの事件は世間を賑わす犯罪として取り上げられることだろう。押し寄せる後悔の念に、男は拳を血が出るほどに握り締めた。

 

「……キナ、俺は……」

 

 ポツリとそう呟いた男は、日が完全に落ちた夜の街へと姿を消していった。

 

 




やりたかったことの1つ、眼鏡穂樽と眼鏡抜田の絡み。さらにアゲハさんも入れてのトリプル眼鏡。
バタ法面々の正式登場は後ほどになります。

なお、きり爺こと鎌霧ですが、原作時点で既に86歳でこれはその数年後、普通に考えて高齢過ぎるだろうということで引退扱いにしてあります。

左反の穂樽に対する呼び方がアニメ4話において「ほたりん」だったのを確認したので、そっちに統一して修正しました。

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