ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 1-4

 

 

 翌日は穂樽の動き始めも早かった。シラバスはネットからダウンロード出来るためにどの授業にどの学部の人間が集まるのかある程度は予測出来た。そのために前日のうちに聞き込み用の時間割をタブレットPCにまとめてある。朝一の授業より早く学校に向かい、授業を受ける前の生徒から聞き込みを行う、という予定でいた。

 昨夜はどうにか寝酒が効いてくれたらしく、不規則な中での早い時間の就寝だったが眠りにつくことができ、今日も起床に成功している。とはいえ、朝食は低血圧気味で喉を通りそうにない。寝起きの一服だけを蒸かしてメンソールの爽快感で頭を無理矢理覚醒させることにする。移動中の車内か聞き込みを行えない授業中の時間に適当に朝を食べようと決め、身支度を整えて事務所を後にした。

 

 ビルの階段を下り、外に出たところでふと彼女は足を止めた。ファイアフライ魔術探偵所のあるビルの1階には喫茶店が入っている。そこの窓を丁寧に磨く中年の男性を見かけたからだった。相手も穂樽に気づいたらしく、作業の手を止め笑顔で挨拶をかけてくる。

 

「おはよう、穂樽ちゃん。今日は昨日以上に早いんだね」

「おはようございます。そういう浅賀(あさか)さんこそ、お早いですね」

「まあ、この店を続けるのが楽しみみたいなもんだからね。しょうがないんだよ」

 

 そう言って、一見強面気味にも見える若干黒っぽいレンズの眼鏡をかけた中年マスターは小さく笑う。1階の喫茶店の名は「シュガーローズ」、穂樽も時折コーヒーや軽食をごちそうになることもある店だ。

 そもそもこのビルの名は「浅賀ビル」であり、オーナーは今穂樽が話している浅賀和則(かずのり)その人である。浅賀もウドであり、かつてバタ法でアゲハに助けられたことがあった。その縁あって、丁度テナントが空いていた2階に穂樽は事務所兼住居を構えることが出来たという経緯がある。

 浅賀は真面目でまめな男性だ。加えて、見た目こそ少し怖そうではあるものの、一度話せば物腰柔らかいことがわかるし、ダンディとも言えるいい声は聞く心を落ち着かせてくれる。煎れるコーヒーは苦味がかなり強いものの味わい深く、サンドイッチをはじめとする軽食も絶品だった。このビルで世話になるようになって2年近くになるが、今の自分がこうしていられるのは浅賀のおかげの部分もあると穂樽は感じている。

 

「悪いね、まだ店は空けられないからコーヒーは出せそうにないんだ」

「いえ、時間外にお邪魔するのもなんですし、私も今日はあまり余裕があるわけではないですので。またの機会に、クライアントの都合がつきそうなら一緒に伺いますよ」

「そうかい。……なんだか催促しちゃったかな」

「そんなことありませんよ。浅賀さんのコーヒーもサンドイッチもすごくおいしいですから。……では開店準備頑張ってください」

「ありがとう。穂樽ちゃんも気をつけて。昨夜も宝石強奪事件があったとか物騒になってきたし。探偵さんって危険なこともあるだろうからね」

 

 感謝の意味を込めて笑顔を返し、穂樽は車が置いてある最寄の月極駐車場へと歩いていく。その表情は先ほどまでとは一転、硬いものに変わっていた。

 探し出す対象である今川については、既に入手できている情報は少なくない。うまくいけば今日中に八橋と再会させられる可能性すらあるだろう。

 しかし彼女の心に未だ引っかかっているものはあった。消されていた八橋の記憶と、今川の存在を証明する証拠。自身の仮説が正しければ消したのは他ならぬ今川だ。その結果、よろしくない事情が裏にあるのかもしれない。

 だが考えても埒は明かない。だったら、当の本人を見つけ出して問い質せばいい。とめどなく続きそうな思考をそう考えることで一時的に停止させ、穂樽は車のエンジンをかけた。

 

 

 

 

 

 八橋の通う大学の構内。その中にある数少ない喫煙スペースで、穂樽は今、煙草に火をつけて一服していた。

 穂樽はまず工学部の2年生の授業に狙いを絞った。経験則、というか彼女のイメージでは理系学部は必修科目が多い。つまり、同じ学部の人間のことを覚えていやすい、と踏んでの判断だった。だが朝一の授業前の聞き込みの収穫結果はゼロ。その後も工学部棟の中で幾度か聞き込みを行ったがやはり収穫はなし。さすがにあまりうろついていると怪しまれかねないと、一旦休憩を挟むことにしていた。

 そこで喫煙スペースを見つけたことが、強いて言えば最大の収穫だっただろう。我ながらしょうもない収穫だと自虐しつつも、煙草を吸う手は止まらない。誰かがここに来れば聞き込もうかとも思ったが朝早いからか誰も来ないまま、彼女の紙巻は葉の部分を燃やし切った。

 そろそろ1コマ目の授業が終わる。穂樽は喫煙所から離れて構内の適当なベンチに座り、荷物の中からタブレットPCを取り出して昨夜まとめた学部別の時間割一覧を呼び出す。

 もう1度工学部を当たるのは少々気が引ける。部外者がいることで怪しまれているかもしれないと考慮すればもう少し間隔を空けた方がいいだろう。となれば、次はどの学部に絞るべきか。穂樽がそんな風に考えていた、その時だった。

 

「あれ? 昨日の探偵さん、ですよね?」

 

 名前で呼ばれたわけではなかったが、まず間違いなく自分のことだろうと、穂樽はその声の方へと視線を向けた。そこに立っていたのはポニーテールが良く似合う女性。一瞬記憶を探り、昨日管弦楽部を尋ねた際に応対してくれた女子であることに思い当たった。

 

「ああ、昨日の管弦楽部の……」

「あ、覚えていてくれてどうもです。今日も聞き込みですか?」

 

 彼女の表情は明るい。珍しいことに首を突っ込もうとしているという好奇心が働いているのだろう。

 

「ええ、まあ」

「丁度よかった。昼休みか部活の前に電話しようかと思ってたんですよ」

「どうしました? 何かご依頼、ですか?」

 

 昨日宣伝したわけだが、今は八橋の依頼で手が一杯だ。受けたとしてまともに動けそうにはない。

 

「いえいえ。昨日探してた人。今川さん、でしたっけ? その人なんですけど……」

「見つかったの!?」

 

 思わず場所も考えず、反射的に穂樽は声量を上げていた。学生数名がこちらを振り返ったことに気づき、思わずばつが悪そうに俯く。それを見て苦笑しながら隣に腰を下ろしつつ、ポニーテールの彼女は続けた。

 

「期待させちゃってごめんなさい、そこまではいってないんです。でも、その人の学部はわかりました」

「本当?」

 

 間を持たせるために「えーっと、ちょっと待ってくださいね……」と断りつつ、彼女は手帳をめくる。

 

「あった。今川有部志さん、ですよね? 文学部2年、専攻はヨーロッパ文化専攻だそうです。さすがに80人もいる部なんで、昨日合奏後のミーティングで聞いたら一発で知ってる人出て来てくれました。……ああ、ついでに探偵さんの事務所も宣伝しておきましたよ」

 

 前半は喜ばしい情報だったが、最後のは穂樽としては少々困り顔を浮かべるしかなかった。確かに宣伝しつつ名刺を渡したのは自分だが、なんだか少々恥ずかしい気持ちが浮かんでくる。とにかくそれはひとまず置いておくこととして、穂樽は手にしていたタブレットPCを操作し、文学部の時間割一覧を呼び出した。

 

「うわっ! これもしかしてうちの大学のパソコンにハッキングして入手したんですか!?」

 

 タブレットを覗き込んだ彼女が驚いた声を上げた。思わず穂樽の表情が困り顔に変わる。

 

「人聞きの悪いこと言わないでください。シラバスは誰でもダウンロードできるじゃないですか。そこから2年生が関係しそうな時間割をまとめただけですよ。……文学部ヨーロッパ文化専攻の学生が受けてそうな授業は……あった。このコマの授業に彼が出てれば話は早いんだけど……」

「あ、それなんですけど……。私が聞いた部員が言うに、先週ぐらいから全然授業に出てきてないらしいです」

「先週ぐらいから?」

「はい。学部棟の中でも見かけない気がするって。まあ取ってる授業いくつか被ってるだけで話したことないから、詳しくはわからないそうですが」

 

 先週、と聞いて穂樽は八橋の消されていたデータを思い出す。最後に消されていたデータは確か1週間ほど前だった。さらに一昨日事務所を訪れた八橋が違和感を感じ始めたのも、医者に行ったのも数日前と言っていたのはず。つまりこれもその1週間ほど前、に合致する。

 出来過ぎている。やはり今川が八橋の記憶と自身の証拠を消したという推測が強くなる。だが学校に来ていないとなれば、彼はもう何かに巻き込まれた後、という悪い状況もありうる。

 しかし学部、さらには専攻が絞れただけでかなり有力な情報だった。あとは交友関係があることを祈るばかり。うまくいけば住居も割り出せるかもしれない。そうなれば張り込みで捕まえられることもあるかもしれないし、無理でも何かしらの情報を得られる可能性は高い。

 

「ありがとう、十分過ぎる情報よ。何かお礼したいところだけど……」

「あ、じゃあ今巷で話題の、昨日起きた宝石強奪事件解決してくださいよ!」

 

 急に瞳を輝かせたポニーテールの彼女に、思わず穂樽は呆れた表情を浮かべていた。その事件は出てくる前に浅賀も触れていたし移動中にラジオで報道されたのでそれとなく知っている。閉店直後の宝石店に不審者達が侵入。しかし店員は怪我もなく、負傷したのは警備員のみ。しかもその警備員以外宝石が強奪されたことすら気づかなかった、という妙な事件と報じられていた。確かにゴシップな話題として面白がられそうな事件だと思うが、生憎穂樽はそういう事件を解決する探偵ではない。

 

「昨日も言いませんでした? 探偵って言っても地味な依頼ばかりだって。そういうのは警察が解決してくれますよ」

「うーん、そうですか……。残念。じゃあ適当に貸し、ってことで。もし私がお世話になることがあったら、その時はサービスでもしてください」

 

 果たして強奪事件を解決しろという話はどこまで本気だったのか。ポニーテールを振るわせつつ、管弦楽部の彼女は満面の笑みを浮かべて立ち上がっていた。深く考えても仕方ないかと、改めて感謝の言葉を述べて穂樽も立ち上がり、文学部棟へと向かった。

 

 

 

 

 

 思わぬところで入手できた情報はかなりの助けとなった。1コマ目終了後に狙いをつけた授業の学生に聞き込みをしたところ、今川のアパートを訪ねたことがあるという人物を見つけることに成功した。いくつが授業が被っているが、さっき聞いた情報の通りここ1週間ほど姿を見ていないことが確認できた。穂樽は自分が探偵であることを明かし、恋人が探していることと携帯にも繋がらないことを話すとアパートの部屋番号まで教えてくれた。「そこまで仲がいいわけじゃないけど何かあったとしたら気にはなる」ということだった。

 

 今、穂樽はその今川が暮らしていると言われたアパートの近くにいた。彼の部屋は大学から少し離れたアパートの3階にあるらしく、そこが見えるような場所から張り込みをしているところである。主要道路付近にあったため、すぐ近くに大きな駐車場を構えた牛丼チェーン店があり、張り込むには絶好の環境であった。少々店には悪いと思いつつも、場所代、というわけでもないがそこで昼食を購入し、車内で食べながら穂樽はアパートの方を窺っていた。

 

「……これだと男の胃袋は掴めないわね」

 

 男を掴むなら胃袋を掴めとは、かつて自分も言ったっけな、と彼女は思い出す。とはいえ今の一言は特に食べられないとかまずいという意味合いからこぼしたわけなどでは全く無い。チェーンということで無難にまとまった味ではあるが、やはり押しに欠ける、と思ったからだった。そこは作り手の真心とか愛情とかが最高の調味料になるのかな、などと随分と乙女なことをふと考えてしまって苦笑を浮かべ、牛丼を買ったついでに自販で購入したお茶を流し込んだ。

 穂樽が座っている場所は車の後部座席である。使用している車には多少手が加えられており、この後部座席の窓はスモークガラスになっている。これで横から覗かれにくくなり、さらに後部にいることで前方からも中の様子を窺われにくくなる。張り込み時の常套手段だ。長期戦に向いている点も合わせ、やはり車を持って来て正解だったと彼女は思っていた。

 

 それから今川が暮らしているはずの部屋に対してももうアプローチ済みだった。5階建てのアパートだったが、オートロックの建物でなく、外に階段があったことは非常に助かった。セキュリティ的には弱いことに他ならないのだが、おかげで戸口の前まで行きやすく、また階段の様子を外から窺えることで観察もしやすい。

 まず手始めに、小細工を一切抜きにして部屋のインターホンを鳴らした。が、反応はなかった。部屋の電気メーターの回り方を見るに、居留守ではなく本当にいないと考えるのが妥当とも思えた。

 それでも居留守だった場合を考慮し、ドアの隙間に書置き代わりのメモを挟んでおいた。部屋の中に人がいれば、これが気になって回収する可能性があり、そうなれば居留守であることがわかる。さらに少々禁じ手ではあったが、特別に魔力反応を高めて調合した砂を少々、郵便受けから中に忍ばせておいた。この砂はセンサーの役割を果たし、踏めばそのことが穂樽に伝わる、という仕組みである。部屋の玄関の砂を踏む、ということはやはり部屋の中に誰かがいることとなる。

 しかしたまたま外出していただけ、という可能性はありうる。そのために今張り込んでいるわけだが、どうにも長丁場になりそうだった。穂樽の見立てでは、もう今川はここで生活していないという予感がしている。それでも現状で他のどこに行ったのかという有力な情報がなく、かつ僅かな可能性でもある以上は張り込まなければならないだろう。

 

 牛丼を平らげ、お茶で喉を潤す。ああ、こんなことをしているからニャニャイーや左反にガサツだの女を磨けだの言われるんだろうなと、彼女は自嘲的に笑みを浮かべた。しかしわかっていてもまだあまり直すつもりはない。その証拠に、既に左手には煙草の箱が握られている。残りは10本。長丁場を戦い抜くには少々心許ない本数だが致し方ない。まずは食後の一服と、彼女は1本目を口に咥えて火を灯した。

 

 

 

 

 

 それから数時間が経過した。アパートの今川の部屋への訪問者はなく、様子に変化もない。煙草もついに在庫が切れた。来た当初は昼食前の時間だったが、既に時刻は夕方。センサーの砂に変化は全くなし。もはや居留守の線は消していいだろう。となると、戻る可能性の低いアパートに張り込むよりも別な情報を探した方がいいかもしれない。加えて――。

 

「見られてる、かな……」

 

 車越しに、ここしばらく穂樽はそんな気配を感じてもいた。確かに張り込みをしていると不審がって見てくる人は少なくない。それをあまりにも感じる場合にはその場での張り込みを諦め、場所を変えるなり日を改めるなりすることはある。

 が、今感じているものはそういう類ではなかった。牛丼屋の店員が迷惑がるようなものではなく、もっと敵意すら感じる、何か危険な視線。それが明らかに自分の方へと向けられている。

 最初に今川の部屋のインターホンを押して戻ってきてからしばらくはそんな視線はなかったはずだった。感じ始めたのはこの小一時間ほど前から。先ほど穂樽が使った砂のセンサーのようなものを今川の部屋付近に張っており、それに気づいて誰かが来たか。あるいは左反が得意とするような予知魔術で自分の訪問を予知したか。それとも居留守はほぼありえないはずだが今川か、あるいは他の誰かが中にいて助けを呼んだのか。

 いずれにせよ、虎穴に入らずんば、と彼女は腹を括った。かなり危険な予感はするが、当人のアパートに張り込んでこうなっている以上、間違いなく今川絡みの一件であろう。なら敢えてその誘いに乗り、新しい情報を狙うことにする。バッグの中を入念に確認し、穂樽はドアを開けてロックしてから車を離れてアパートへと向かった。

 

 やはり視線は感じる。正確にはわからないが、おそらく3名程度。不意打ちにだけ気をつけつつ、あくまで気づかないフリをして彼女はアパートの階段を3階まで昇っていく。

 今川の部屋の前に着くと、穂樽はまずインターホンを押した。反応は9割9分ありえない、故に期待はしていない。その間に自分が挟んだ紙がまだ健在であること、中の砂のセンサーはやはり変化がないこと、電気メーターを見上げて回りが遅いことを確認する。

 そうしつつも、殺気、とまで言ってもいい気配が階段付近まで近づいてきていることを彼女は感じていた。だがあえてもう1度インターホンを鳴らし、ドアをノックする。

 

「今川さん? いらっしゃいませんか? 大切なお話があるのですが」

 

 あえて大きめの声を出す。これで自分が「今川という存在を探している」ということは階段付近に待機する相手にも気づいてもらえたはず。

 穂樽は一度大きく深呼吸した。おそらくここから危険な橋を渡ることになる。弁魔士時代に何度か鉄火場を経験した彼女のカンが、そう告げていた。

 

 案の定、その予想は的中した。3階から2階へと降りかけたところで、サングラスにマスクで顔を隠した男3人が穂樽の行き先を阻むように立ち塞がっていた。

 

「あの……通していただけますか?」

 

 わざとらし過ぎない程度に穂樽は男達に告げる。が、当然相手はそうするつもりはないとばかりに動かない。

 

「姉ちゃん、今川の奴を探してんのか?」

 

 ビンゴ、と内心彼女はほくそ笑んだ。やはりこの連中は今川絡みの人間らしい。しかしそれを表情に出さないように心がけて質問を返す。

 

「今川さんのことを知っているんですか?」

「ああ、知ってる知ってる。……知ってるけどさあ」

 

 瞬間――先頭にいた男が手をかざした。同時に突風が吹き荒れる。

 魔風使いのウド。そう頭で判断するより早く、穂樽の体は宙に浮き、階段の先の壁に体を叩きつけられていた。

 

「がはっ……!」

 

 背中をしたたかに打ちつけ、穂樽の顔が苦痛に歪む。肺の中の空気が吐き出され、痛みで呼吸が正しく保てない。

 

「今見つけられちゃうとちょーっと困っちゃうんだよねえ」

 

 男達はゆっくりと階段を上がってくる。飛び降りる以外、ここの他に下への道はない。退路を塞いだ男達は顔を隠しているせいで表情を窺い知ることは出来ない。だがほぼ間違いなく、獲物を追い詰めた者の目をしているだろうことは容易に想像がついた。

 

「ま、姉ちゃんそこそこ美人だし、大人しく俺達についてきてくれるってんなら、こっちもそんなに乱暴はしないで可愛がってあげるけど?」

 

 挑発的な物言いにクールな穂樽の頭にカッと血が上った。右手上着のポケットに入れ、何かを投げつけつつ怒鳴り返す。

 

「馬鹿にしないで!」

 

 投げられたのは、砂の詰まった小型容器だった。それに向かって彼女が右手をかざすと、中に入っていた砂が暴れるように飛び出す。穂樽の使用する砂塵魔術の能力だ。不意を突かれた先頭の風使いはその砂の攻撃を浴び、サングラスを吹き飛ばされ悲鳴を上げつつ踊り場へ転げ落ちていく。

 

「この女、ウドか!」

「なめやがって!」

 

 残された片方の男の手に火球が生まれる。魔炎魔術。自然魔術の中でも破壊力に富む危険な魔術だ。まずい、と直感的に悟り、穂樽は痛む体を立ち上がらせその場を飛び退く。一瞬遅れて紅蓮の炎が壁に命中して小さく爆発を起こし、その熱気が穂樽の肌に触れた。

 そのまま穂樽は階段を上へと駆け上がる。だが男達の行動も早かった。

 

「逃がすかよ!」

 

 続けて火球が飛んでくる。咄嗟に穂樽はもうひとつ容器を放り投げて目の前に砂の壁を作って防御するが――。

 

「キャアッ!!」

 

 火球が砂の壁にぶつかると同時、それは爆ぜ、穂樽を吹き飛ばした。かけていた眼鏡は宙に舞い、華奢なその体は踊り場の手すりを越え、3階の高さから重力に引かれて自由落下。ややあってドスンという重い音が、辺りに響き渡った。

 

「バカ野郎! おめえは加減ってものを知らねえから!」

「う、うるせえ! 派手にやりすぎた、とにかく逃げるぞ!」

 

 男達は3階から吹き飛ばした穂樽のことを確認せずに、脱兎のごとく駆け出す。魔炎魔術の爆発の衝撃に加えて3階からの落下だ。下手をすれば助からない。助かったとして、しばらくは病院生活だろう。故に階段の逆側に落ちたということも相俟って、確認の必要はないという判断だった。

 

「下手に嗅ぎ回ったあんたが悪いんだぜ、姉ちゃんよ」

 

 全く悪びれた様子もなく、魔炎魔術を放った男は聞こえないとわかっていながらも穂樽の方に向かってそう吐き捨て、その現場から離れて行った。

 

 

 




他の自然魔術はいいんですが、砂塵魔術だけは解釈に悩みました。炎はまあ空気中発火でいいだろうし、水も大気の成分を云々で使えそうだし、風は文句なく扱いやすい。でも砂は媒介が空気中にはないのではないかと。
なのであくまで「砂の入った小型容器を持ち歩き、それを媒介に魔術発動」という形で今回は使用しています。
実際穂樽が魔術を使ったシーンはほぼ地面がある場所で下から上へと魔術が展開してたと記憶してますし、7話では塩が入っているらしい小瓶を投げつけてその塩が砂塵だから操れる、ということで媒介に発動している様子が窺えました。
でもラストで魔法廷内で使ったときや4話の覚醒したセシルを見る限り、屋内で瓦礫や床辺りを砂塵状にして使用してるので、砂に限定しなくても使えるのではないかとも考察しています。
まあ「魔力で一時的に作り出せる」とか考えると、この辺り細かく考えずにすむことではあるんですが。

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