ウィザード・ディテクティブ~魔術探偵ホタル   作:天木武

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Episode 1-7

 

 

 左反がプレコグニションで予知した宝石店は通りに面していた。近辺には他の店が多く、駐車場のスペースは1本裏に入らないと確保されていないか、あるいは各店舗数台分程度しかなく、車内からの張り込みには不向きだった。

 代わりに道路を挟んで喫茶店があり、穂樽はそこで宝石店を張り込み、今川が下見に来るのを待つことにした。蜂谷にもつき合わせてしまうことを少々悪いとは思ったが、彼は特に気にしていないと事前にことわってくれていた。とはいえ、その上でさらに喫煙席に座る気にもなれず、また窓際は禁煙席しかなかったため、しばらくは煙草の変わりにコーヒーで気を紛らわせるか、と穂樽は思っていた。

 

 元々蜂谷は無口である。ここまで小一時間程度の車の移動中も必要以上の会話はなかったし、今も特に世間話をしてるでもない。彼がそういう性格だということも、特に怒っているとかいうわけでもないとわかってはいるが、どうにも手持ち無沙汰感に近いものを感じてしまう。だが自分から何か話を切り出そうと言う気にもなれず、穂樽は向かいの宝石店へと目を光らせていた。

 

「こういうことは、多いのか?」

 

 と、不意に蜂谷がそう尋ねてきた。まさか世間話を振ってくるとは予想しておらず、一瞬穂樽は驚いたように彼を見つめたが、すぐに視線を戻して視界の隅と意識の中に宝石店を入れる。

 

「そうですね。探偵、という職業柄しばしばです。昨日も車内からでしたけど、今川のアパートに張り込んでましたし」

「車の中からか。大変そうだな」

「そうでもないです。最近はこの手の喫茶店とかから張り込もうとすると、どうしても窓際は禁煙席になってしまうんで。吸いたい時に一服できる車内は、そういう意味では気楽です」

「……そうか。さっき移動中に吸っていたな。今かけてる眼鏡も含めて、以前の穂樽からは少々イメージできないが」

 

 再び意外そうに穂樽は視線を蜂谷の方へと移す。だが彼は特に気にした様子もなく、時間を潰す用に注文したコーヒーに口をつけていた。

 

「そんなに今の私はかつてのイメージと違いますか?」

「ああ。俺の中では……完璧主義者で非の打ち所のない姿を理想としているのかと思っていた。だがどうも今のお前は……」

「ガサツになった、と?」

「さっき甲原にもそう言ったな。俺もそこまで思ってはいない。だが、てっきり須藤と一緒にバタフライを引っ張っていく存在になると思っていたが、独立して探偵事務所を構えると聞いたときは寝耳に水だった」

 

 弁魔士時代から人と顔を合わせることは多かったし、探偵業に鞍替えしてもそれは同様だと穂樽は思っている。故に、相手の顔から腹の内をある程度探ることは、知らず知らずの内に出来るようになっていたつもりだった。だが、蜂谷の無表情からは、どこまでが本気なのかが窺い知れない。あくまで宝石店からは意識を逸らし切らないようにしつつ、彼女は少しこの話に興味が沸いていた。

 

「私とセシルがバタ法を引っ張るっていう冗談、なかなか面白いですね」

「俺は本気で言ったがな。確かに須藤は最年少で弁魔士となり、まだ20歳だが既に経験もそこそこ積んでいる。だが、あいつは物事をまっすぐに、一面的に見つめ過ぎる」

「それは私も思います。蜂谷さんも昔言ってましたね。『おめでたい奴だ』って」

「ああ。今もその意見は……ある意味で変わっていない。あいつは母親を助けたいのだろう。『弁魔士が人を救う』と本気で信じている。確かにそういう面もあるが、当然それだけではすまない部分も存在する。

 その点、お前は須藤より遥かに客観的に物事を見ることが出来る。弁魔士という存在の光も闇も見極められるだろう。いずれは突っ走る須藤とそれを止める穂樽、というコンビが生まれ、バタフライを引っ張ると思っていた」

 

 気恥ずかしさを感じ、コーヒーを流し込みながら穂樽は視線を逸らした。しかしその視線の先、宝石店を下見するような男性はおらず、店内に女性が数名いるだけである。

 

「だがお前自身が選んだ道だ、今のは俺の個人的な考えであって、今更どうこう口を挟むつもりはない。……が、無理はしすぎるな」

「無理?」

「煙草を吸うようになったというのは、どうにもお前らしくない。何かを溜め込んでいるか、あるいは何かから逃げようとしているようにも見える。無論やめろとは言わない。お前の習慣に口を出す資格など、俺にはないからな。

 ……同時に、俺ではお前の相談に乗ってやることもおそらく出来ない。だが、相談に乗れないと言っておきながらなんだが、苦しいときは昔の仲間に話し相手になってもらうことは悪くないと思う。バタフライの連中はなんだかんだ面倒見がいいのが多い。それにお前も顔を出すことに嫌そうな雰囲気は見せていなかったはずだからな」

 

 呆けたように、穂樽は蜂谷を見つめていた。過去に弁護の時以外、これほど彼が喋ったことがあっただろうか。厳しくはありつつも、本当は面倒見がいい人だということはわかっていた。しかし、これほど長く、そしてはっきりと自分へと心配する言葉をかけてくるとは、穂樽は夢にも思わなかった。

 蜂谷は照れ隠しか、それとも穂樽が完全に宝石店から目を離してるため代わりに見張る目的か、目を逸らした。笑ったところは見たことがないと言われる「法廷のターミネーター」、やはり表情は無表情を貼り付け、その心中を読み解くことは出来ない。そんな彼の代わりとばかりに、穂樽が小さく笑いを溢した。

 

「……俺は変なことを言ったか?」

「ええ。蜂谷さんがそこまで何かを言うことなんてないと思ってましたから。でも私は大丈夫です。……気を使っていただいてありがとうございます」

 

 穂樽の感謝の言葉に、蜂谷は何も返さなかった。しかしそれを不快となど全く思わない。むしろこの方が、さっきまでの彼よりもらしく思えるほどだった。

 一口コーヒーを流し込み、穂樽はひとつ息を吐いた。そして再び視界の端に宝石店を捕らえて観察を続け、それから少し経った時だった。

 

「穂樽」

 

 蜂谷に名を呼ばれるより前に、もう彼女の目つきは変わっていた。小さく頷き、宝石店の前で足を止めた男を注視する。まだ後姿しか見えない。だがおそらく間違いないと彼女のカンは告げていた。そしてそれを裏付けるかのように、横を向いたその男の顔は彼女が画像でずっと見続けてきた依頼対象の人間、今川有部志の横顔に間違いなかった。

 

「行きましょう」

 

 伝票を手に2人は立ち上がる。既に打ち合わせは終えている。少々危険かもしれないが、今川が1人でいるために直接接触する計画だ。基本的には本業である穂樽が対応し、蜂谷は少し後ろで待機していると決めていた。

 手早く会計を済ませて店を出て、道路を横切る。しばらく宝石店の中の様子を外から窺っていた今川は、やがてその場を離れて歩き始めた。足早に今川を追いかけ、やがて穂樽は追いつく。そして追い抜き様に事故のフリをして右肩から提げていたバッグを彼へとぶつけた。

 

「あっ、ごめんなさい! ……あれ? もしかして斎藤君じゃない? ほら、中学の時同級生だった……」

 

 謝りつつ、でっちあげられたありもしない話を穂樽は口にする。が、これも彼女の作戦の内だ。あえて勘違いを装うことでまず相手の関心を別な方向へと向けさせ、結果的に警戒心を緩めさせる。いきなり本名を呼べば逃げられる可能性もある。まず話を聞かせる、という狙いだ。実際、今川はいきなり逃げ出すようなことはせず、訝しげに穂樽を眺めただけだった。

 

「……人違いです。俺はそんな人じゃないしあなたのことも知りません」

「え、そんなことないって。ねえ、待ってよ」

 

 足早に離れようとする今川にそう言いつつ追いつき、穂樽は声のトーンを落として反論しようとする今川を無視して今度こそ本題を切り出した。

 

「だから俺は……」

「……大きな声を出さないで。私はあなたの味方よ、今川有部志さん。安心して、警察じゃないわ。八橋貴那子さんから探してほしいという依頼を受けてあなたを探していたの」

 

 瞬時に今川の顔色が変わった。次の行動を起こさせまいと、穂樽は口調を早めて畳み掛ける。

 

「今のあなたはかなり危険な状況にある。そろそろ警察からもマークされるわ。まず私の話を聞いてちょうだい」

「う、嘘だ! だってキナは……!」

 

 シッ、と穂樽は口元に人差し指を当てた。人目につくのはまずい。声量は抑えるに越したことはない。

 

「あなたが記憶を消したはず、かしら? ……ええ、そう。だから彼女はあなたのことを覚えていない。『いたはずの恋人を探してほしい』という曖昧な依頼をしてきたわ。証拠は全て消したつもりでしょうけど、携帯のデータを復旧してあなたに行き着いたの。……そんな細かい話は後よ。単刀直入に言うわ。もし柏って人に脅迫されて手を貸しているだけなら、今日もまた過ちを犯す前に自首しなさい」

「なっ……! なんで柏のことを……!? いや、その前にあんた警察じゃないんだろ!?」

「ええ、探偵よ。でも八橋さんの依頼を可能な限り良好な形で完了する義務があるし、そうしたいと私自身も思っている。脅迫されていたとなれば、その事実に加えて自首で酌量の余地ありと判断される可能性が高い。そうなれば、窃盗幇助と魔禁法違反ぐらいは帳消しに出来るかもしれない。今私の背後に知り合いの弁魔士もいる、あなたを弁護してくれるわ。警察に捕まって強盗傷害容疑もかけられるよりは遥かにマシだと思うけど」

「う、うるせえ! あんたにゃ関係ねえ! 俺に近づくんじゃねえ!」

 

 声を荒げ、今川は穂樽を押し飛ばして駆け出した。バランスを崩した穂樽を見て、慌てて蜂谷が駆け寄って支える。

 

「大丈夫か、穂樽?」

「なんでよ! やっぱりあの女の方がいいんじゃないのよ、馬鹿ぁー!」

 

 が、心配した蜂谷には答えず、気でも触れたかのように先ほどまでの真面目な声色と一転して素っ頓狂な声を上げ、口元を抑えながら穂樽は細い路地のほうへと駆け出した。一瞬呆気に取られた蜂谷だが、慌ててその背中を追いかける。

 

「お、おい穂樽!」

 

 背後からの声に、少ししてから彼女は走るペースを緩めた。そして「……丁度よかった」と首の角度を上げつつ独り言を溢す。見れば、「たばこ」という看板がかかる店があり、軒下に灰皿が置いてあった。

 バッグの中から煙草を1本取り出し、穂樽は火を灯した。煙を吐き出し、呆然とした様子で立つ蜂谷の方を振り返る。

 

「1本だけすみません。今川のせいでべったべたの芝居打たされたし、このぐらいしないとちょっとやってられないんで」

 

 苦笑を浮かべつつそう言った声は、先ほど上げた間の抜けたようなものではなかった。蜂谷も一応予想はしていたがあれは演技だったらしい。とはいえ、あまりに普段の穂樽からかけ離れていたために、彼も驚かずにはいられなかったわけだが。

 

「あ、ああ……。それはいいが……。さっきのあれは意味があるのか?」

「『男が女を突き飛ばして逃げた』という状況に『痴話喧嘩が聞こえた』という話が加われば、原因は明らかだと考えられる。ギャラリーに下手に勘ぐられるよりは、そちらの方がマシかと思ったんですけど、愚作でしたかね?」

「いや、言われてみれば確かにお前の言うことは一理あるな。しかし……。以前を知っていると探偵とはいえ到底信じられない姿ではあったが」

 

 それに対しては、ばつの悪そうな表情を見せるしかなかった。知っている人間に見られたのはやはり恥ずかしい。

 

「皆には言わないでくださいね。やる意味あったのかと言われると怪しいところもありますし。それに何より、説得には失敗してしまいましたから」

「最初のはいいとして、後のはどうする? 説得できれば俺が同伴して自首する予定だったが……」

「まあ仕方ありません。脅されていたなら、ありえた行動ですから。

 今度は強行策に出ます。おそらく今川はこの後主犯格と一度合流するはず。そこで可能ならこちらに有利な発言を連中から入手した後、無理でも彼が宝石店に行く前に力ずくででも今川の身柄を確保します。それから蜂谷さんに同伴してもらって彼には自首してもらいます。呼びたくなかったけど、セシルも応援に呼んだほうがいいでしょうね」

「それはわかったが、奴の行き先はわかるのか?」

 

 至極もっともな蜂谷の問いに、穂樽は煙草を燻らせてから得意げな笑みを浮かべた。

 

「さっき最初にぶつかった時に彼の服の裾に発信機を取り付けておきました。さらにそれに気づかれてもある程度対応できるように、魔禁法スレスレではありますが魔力こめて独自に調合した砂も少々ポケットに忍ばせてあります。発信機ほど正確な位置は探れませんが、ある程度近ければ私の魔術に反応して大体の位置を教えてくれます」

 

 これには蜂谷も驚いたらしい。感心した様子でため息をひとつこぼした。

 

「……前言を撤回する。穂樽、お前は見事に探偵をしているようだな。さすがとしか言いようのない手際のよさだ」

「ありがとうございます。探偵冥利に尽きる褒め言葉ですよ。……さて、いつまでものんびり一服してるわけにもいきませんね」

 

 穂樽は吸っていた煙草を揉み消す。それから歩き出すが、路地を迂回して先ほどの通りに戻るらしく、来た道は戻らなかった。

 

「ひとまず別ルートで車まで戻りましょう。さっきのを目撃した人いるとこっちとしても困りますし。今川の移動先と、あとセシルと合流の手はずを整えなくちゃいけません。最後の大捕り物、失敗だけはするわけにはいきませんからね」

 

 

 

 

 

 日が落ちかけた頃を見計らったように、今川は行動を開始した様子だった。それまでこちらの尾行を警戒してか、目的地のはっきりしない移動を繰り返していたが、GPS信号の動きが早くなったことからどうやら電車に乗ったらしい。さすがに車では電車の速度に叶わなかったが、それでもどうにかGPSの移動が止まりしばらく経ってからその付近に到着することに成功していた。

 

「それで、どうするのなっち?」

 

 今川と接触した後に連絡し、合流して今は後部座席に乗っているセシルが穂樽に尋ねてくる。彼女は愛用のミニバイクに乗って移動してきたのだが、今川を追うにあたっては一緒に行動した方がいいという穂樽の提案によって本格的な移動を始める前に駐輪してもらっていた。

 

「今川につけた発信機の信号が止まったのはあの廃工場跡に間違いないわね。おそらく連中のアジトとか、犯行前の集合場所とかでしょう。一応小型の集音マイク持ってきたから、こっちに有利な証言が出るまでは音拾えるように粘るわ。もしその前に連中が移動を開始しようとしたら実力行使になると思うけど……」

 

 そこまで言ったところで、穂樽は後部座席から覗き込んでいる顔がやけに生き生きしていることに気づいた。元々明るい表情なことが多いセシルだが、それにしてはどうにも明る過ぎる。

 

「……どうかした?」

「ううん! なんか、なっちほんとに探偵さんなんだなって! 証拠を押さえて現場に突入とかかっこいいなあって思って!」

 

 思わず穂樽はため息をこぼす。確かにセシルからすれば新鮮な体験かもしれない。だが変な期待感を持たれ、浮ついた心で手伝われるのは困る。

 

「あのね、遊びじゃないのよ? それに私は警察でもないから、可能なら踏み込みたくもないの。さっき今川が私の話を聞いてくれればもっと事は簡単だったのに、拒否されたからしょうがなくやるだけなんだから」

「須藤、相手は問答無用で穂樽に魔術を使ったほど血の気の多い連中だ。下手をすれば怪我をする。今言われたとおり、遊び半分な気持ちでいるなら、少し気を引き締めた方がいい」

 

 2人にそう言われ、セシルは気まずそうに顔を伏せた。だがすぐに真面目な表情と共に上げなおし、敬礼のポーズと共に「Roger(ラジャー)」と、英語で「かしこまりました」という意図を伝える。

 

「とにかく私が先行して物理的、あるいは魔術的なセンサーのトラップの有無だけ調べるわ。左反さんのプレコグ妨害を信じるなら、私達の踏み込みは予知出来ないはず。基本的に2人は周囲警戒を。もし誰かが後から来たらわかるように一応私もセンサー代わりの砂を多少は撒いてはおくけど」

「踏み込んだらどうすればいい?」

「今川を無理矢理にでも説得させます。その上で彼の身の安全を最優先に。連れ出せたら蜂谷さんは録音機材等の入った私のバッグを回収後、彼を警察に連れて行って自首させてください。キー、預けておきます。出来れば修理とかしないで済むように返してくださいね」

「努力はしよう」

 

 彼としては至極真面目な返答なのだろう。だがどうしても冗談交じりに聞こえてしまい、笑わない彼の代わりに穂樽が苦笑を浮かべつつキーを手渡した。

 

「セシルは私と一緒に蜂谷さんと今川を守りつつ時間稼ぎを。同時に出来る限り犯人を逃がさないようにすること。事前にクイン警部に連絡はしておくけど、自首後に犯人グループ逮捕、という事実を作りたいから、どうしても連絡を少し遅くせざるを得ない。そこで相手を抑える必要がある。わかった?」

「わかった。任せて!」

「……あとディアボロイドは禁止ね」

「ええー!? どうして!?」

「さっきアゲハさんに言われたでしょ、もしそれで罰金発生したらあんたと私で払え、バタ法は一切関知しないって。私だって余計な出費はしたくないし時間稼ぐだけなんだから、今回は封印しなさい」

「……努力します」

「蜂谷さんの真似して誤魔化さないで」

 

 セシルはまだ不満そうだが、穂樽はそんな彼女を無視してドアを開けた。蜂谷もそれに続き、渋々セシルも車を降りる。そして3人は廃工場までの道を人目につかないように歩き始めた。

 

 

 

 

 

 ここの空気は最悪だ、と改めて彼は思った。他のメンバーから距離を置き、片膝を立てるように廃材の上に腰掛け、そこに置いた肘の部分の衣服で鼻を覆う。埃っぽさとカビ臭さが鼻をつくこんな空間で、よくも連中は平然と酒を飲んでくだらない話を出来るものだと辟易としていた。

 

「おい今川、お前も1人でそんなとこいねえで酒でも飲めよ」

「……ほっといてくれ。それより、約束はちゃんと守ってくれるんだろうな?」

「ああ? 今日の一件がうまくいったらお前にゃもう近づかない、って話か?」

「なんだよ、つれねえなあ今川ちゃん。俺達は共犯じゃねえか。堕ちる時は一緒に地獄に堕ちようぜ?」

 

 鼻から下を服で隠したまま、視線だけを鋭く相手へと向ける。それに機嫌を損ねたか、それとも幻影魔術を使われると思ったのか。十余名のうち何人かが威嚇するような声を出しつつ立ち上がった。が、「まあお前ら落ち着け」というボスらしき男の一言でそれをやめる。

 

「それなんだがな、もうちょっと考えねえか? 今言われたとおりもうお前は共犯だ。となりゃお前の彼女に手を出さない代わりに、なんて条件ももう必要ねえだろ。どうせなら俺達と一緒に……」

「ふざけんな! お前らが俺をボコった後、彼女にこれ以上の仕打ちをしてもいいのかとか脅してきたんだろうが! じゃなきゃ俺は絶対手なんか貸さなかったんだ!」

「まあ確かにきっかけはそうだったかもな。でももうお前は一線を越えてんだよ。なら俺らと一蓮托生といこうや? ……もっとも、それを断る、ってんなら……」

 

 目で送られた合図に、魔炎と魔風使いの2人が掌の上で魔術をチラつかせる。そこで脅迫の対象が他人ではなく自分に対してになっていたと、遅まきながら身の危険を感じていた。

 

「言わなくてもわかんだろ? 拒否すりゃどうなるか。まあそりゃお前の勝手だ。良心の呵責に耐えられないなんて戯言ほざくなら、余計なことを話されるのも面倒だし今すぐ引導をわたしてやるぜ。証拠を残さない手の込んだ方法を取るに越したことはねえが、お前がいないところで店員を襲っての強盗に切り替えるだけだからよ」

「同級生の(よしみ)だ。そうなったら中学の時やられた分10倍ぐらいにして、俺の魔風で吹き飛ばし切り刻んで返してやるよ」

「柏……てめえ……!」

 

 ギリッと歯を鳴らしつつ、今川は目の前の連中を睨み付ける。提案を受け入れれば晴れて立派な犯罪人に、断れば口封じのために死人に。従った振りをして逃げ出すことも出来なくないかもしれない。だが連中の中に予知魔術使いがいる以上、到底利口な方法とはいえない。

 どの道「店員を襲っても構わない」と明言してきた以上、自分がこの後逃げ出したとしても犯行は実行され、被害者は増え、その上で自分を追いかけてきて彼女にまで被害が及ぶことは容易に想像できる。

 道の先が全て闇でしかなく、今川は絶望を覚えた。もはやどうしようもないのか。もしあの時、探偵と言った女に従って自首していたら、という後悔の念が襲ってくる。だがもう遅い。

 完全に手詰まりとなった今川が神にもすがりたいと思った、その時。

 

「……これでわかったでしょう?」

 

 響いたのは、彼にとって女神に等しい、救いの声だった。

 

 




穂樽とハチミツの絡みが原作で少なかったな、と思ったので意図的にコンビを組ませています。
ハチミツさんはかっこいいです。

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