傘がない状態よりマシではあったが、自宅のマンションに着く頃には周は全身びしょ濡れだった。樹の言葉を思い出して、真昼と出会った公園にふと寄り道してしまったのが主な原因である。
この雨の中、ブランコに座り込む子供を発見した周は……なんて展開があるわけもなく。結果として、まっすぐ帰宅するより余計に雨風に吹きさらされただけであった。
「帰ったらまずシャワー浴びるか……」
折り畳み傘を閉じた周の吐く息は重い。こんな時にも思い出すのは樹のお小言である。これで明日風邪をひこうものなら、樹にからかわれることは間違いない。なんなら、一緒に話していた千歳までハッピーセットでついてくる。
いや、湯船にまでしっかり浸かろう。
そんな未来は勘弁であった。樹と千歳の2人にからかわれながら目の前でイチャつかれるなど、ただの拷問でしかない。
……まぁ、風邪引いて真昼に移したらいけないしな。と周は謎に己を正当化した。湯船に浸かる大義名分を得た周は家の扉を開け───濡れたローファーを見つけて固まった。動きを止めた周をよそに、洗面所から制服姿の真昼が姿を見せる。
「おかえりなさい周くん。まずはこれで鞄や髪を拭いて下さい」
「……?」
「湯船も用意しておいたので、ちゃんと浸かるように───周くん?」
「あ、あぁ。ごめん。ありがとう。……真昼、なんでここに?」
「私が周くんの家にいたらいけませんか?」
「い、いや。そういう訳じゃないけどさぁ……」
「ふふ。冗談です。周くんのことですから、シャワーで済ませようとしてるんじゃないかと思ったので。用意しておきました」
タオルを受け取ったままぽかんとしている周の様子が面白かったのか、真昼はそう言ってくすくすと笑う。ちゃんと温まってくるのですよ。と念押しする真昼に周の言いたいことは伝わっていないようなので、周は抗議の意を込めて真昼のほっぺたを優しくつまんだ。
「ちょっ、なにふるんですか」
「やってくれたことは本当にすごく嬉しいし助かるけど、俺より真昼が風邪を引く方がダメ。すぐに自分の家に戻って風呂に入らないなら、真昼が用意してくれた俺の家の風呂に先に入って貰うからな」
真昼と比べて体調管理が出来ていない人間の自覚はあるが、それとこれとは話が別なのである。自分のことなど気にならない程度には、真昼には病気になって欲しくない。ほっぺから手を離し、少し意地の悪いことを言うと、真昼は顔を真っ赤に染めた。
「き、着替えも持ってきてないので帰ります……」
「そ、そうか」
想定とは異なる返答に、周まで頰が熱くなる。着替えを持っていればどうなっていたんだと訊く勇気は、周には当然なかった。
「そ、それにほら。真昼が風邪引いちゃうと美味しいご飯が食べられないし。俺、1回でも多く真昼の作るご飯食べたい」
「……周くんのばか」
誤魔化すようにまくしたてた周に、真昼は小さく呟いた。
その後、逃げるように家を後にした真昼を見送り、周は用意して貰った湯船に浸かっていた。既に熱くなっていた頬以外にも、熱が広がっていくのを感じる。これで樹と千歳に風邪を引いてからかわれることもないだろうと、周は真昼に改めて感謝した。いつも以上に、今日は真昼の家事手伝いをなんでもやる所存である。
「……そういえばあいつら、この雨の中を傘1つで帰ったんだよな」
あいつらこそ風邪引くんじゃないだろうか。湯船の中で、周はふとそんな事を思った。
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「周おっはよー!ちゃんと風邪引かずに学校来れて偉い!」
「バカにしてんのか。お前らこそ、あの雨の中傘1つで大丈夫だったのか?」
「2人ともずぶ濡れになったから、いっくんと一緒にお風呂入った!」
「よしわかったもういい2人ともこれ以上口を開くな」
「まだオレ何も言ってないのに!」
1話完結しか書けないみたいです。
後日こちらの話も1話にまとめます。