Crestaju怪文書   作:おいかわ

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ラーフィア2

 昼休みの中央食堂は、フェイマル大学のキャンパスの中でも一番賑やかな空間かも知れない。午前中の講義を終えた学生や研究員たちと、午後から重役出勤の不真面目な学生たちが入り交じって、だだっ広いフロアに行儀よく整列された席を埋め尽くして歓談に興じている。後ろのボックス席からは、課外サークルの仲間内だろうか、テーブルゲームに勝った負けたで騒ぐ声が聞こえてくる。私が普段活動範囲にしている、文学部第ニ講義棟の陰気さとはまるで違う。

「ラーフィア、隣良い?」

 私はこの人混みがあまり好きではなかったから、いつもは研究室のデスクでサンドイッチを齧っていることが多いのだけど、今朝はバタバタしていて売店に寄る時間が無かった。だから、久しぶりに中央食堂壁際のカウンター席で二十ファンの素うどんを啜りながら物思いに耽っていたのだけど、その思考を中断するように、聞き馴染んだ声が私を呼ぶのが聞こえて来た。

「どうぞ、お構いなく」

 私が顔を上げるでもなく答えると、その声の主は無遠慮に私の隣のイスをギギッと音を立てて引き出し、どっかりと腰掛ける。薄桃色の開襟シャツに、小麦色に日焼けした肌──思った通り、同級生のリエルだった。

「……相変わらずよく食べるのね」

「もちろん、沢山食べないと元気出ないじゃない!ラーフィアこそ、そんな少しで大丈夫なの?」

 彼女は、白い平皿に山盛りにされた肉野菜炒めと、お茶碗にドームを形成するかのような白米を見せ付けるかの如く、誇らしげに言う。一体この華奢な体のどこにそれだけの量が入るのだろう?

「別に、そんな食欲無いっての」

 彼女の茶碗に盛られた、ほかほかと湯気を立てるご飯の山を見ているだけでもお腹いっぱいになりそうだ。彼女がテニスサークルに所属していて、今日も朝から練習に励んでいたであろうことは知っているけれど、それにしても昼間からよくこんなに食べられるものだ。

「またまた、ダイエットでもしてるんじゃないの?」

 リエルが私の肩を指で突っつこうとしてくるから、それを左手で払いのける。

「うっさいわね、これでも全然体重変わってないのよ?」

「あー、いいなーラーフィアちゃん。スタイルも良いし肌も真っ白なんだもんね。それに比べて私ったらこんなに焼けてるし……」

「それは貴方が毎日外で走り回ってるからでしょ。もういいから、黙って食べなさいよ、冷めちゃうでしょ?」

「むう、それもそうね。いただきまーす」

 私が言うと、彼女はようやく目の前の箸立てに刺さった箸を手にして、もごもごと肉野菜炒め定食を頬張り始めた。短く切り揃えられた栗色の髪の合間からは、汗の浮かんだ首筋が覗いている。私も、胸元まで垂れ下がる髪をかき上げながらうどんを啜る。私の故郷のそれよりも濃い目に味付けされた鰹節の風味が鼻腔に抜けていく。

 箸を繰る彼女の右手の中指に嵌められている、フェイマル大学の徽章をあしらった指輪を見て思い出す。リエルと初めて出会ったのは、この指輪が記念品として贈呈された、新入生向けのオリエンテーションの日だった。私はこんな指輪、早々に着けることも無くなって今では寮の押入れの藻屑となっているのだけど、彼女は相変わらず変にマメなところがあるのだった。

 あの日たまたま隣の席になって、専攻も同じだと分かった私たちは、自然と昼休みや講義の合間に言葉を交わすようになっていた。彼女も遠くの街の出身で、町中にアパートを借りて一人暮らししていたから、部屋に遊びに行って夜中までお酒を飲んだことも一度や二度ではない。彼女はいつも専攻やサークルの友達と賑やかに騒いでいて、人に指摘されるまでもなく愛想の無さを自覚している私とは対照的だったけれど、不思議とこの腐れ縁は今まで続いていた。狭い交友範囲に閉じこもりがちな私にとって、誰彼構わず無遠慮に話しかけていく彼女の屈託の無さは、半ば呆れの気持ちがありつつも、羨望の対象であったことは認めざるを得ない。

 だけど、考えてみればリエルと会うのも久しぶりだ。ちょうど一年ぐらい前に別々の研究室に配属されて、講義で顔を合わせることも少なくなったし、私も一段と図書館や居室に籠りがちの生活になっていたから、こうして隣り合って昼食を摂るのも長らく無かったことだ。けれど、彼女は以前と変わらぬ気安さでそこに居た。いくら親密な関係でも、少しの切っ掛けから何となく疎遠になっていつか自然に消えてしまう、なんていくらでもある話だろうけど、こうしてあの頃と同じ彼女が隣に居ることが、なんだか貴重なことのように思えた。

 そして殊更そう思うのは、北方熱の流行以来、私がますます周囲とのすれ違いを感じていたからで──

 

 

「それで、最近はどうなの?」

 リエルの言葉に我に返ると、彼女はあれだけの量あったはずの肉野菜炒め定食──大盛りで三十五ファンだっけ?──の、最後の一口を口元へ運ぼうとするところだった。一方私の丼ぶりの中では、うどんの白い麺が絹糸のように伸び切っている。

「どうって、何がよ?」

「研究よ、研究!」

 リエルが私の眉間に箸先を向けて詰め寄って来る。汁が飛ぶっての。

「……うるさいなあ、ちゃんとやってるわよ」

「……そっか。なら、いいんだけど」

 彼女が気勢を削がれたように箸を下ろす。本当は今日も朝からロクに進んでいなかったのだけど。

「もう、心配したんだよ。ラーフィア、いっとき全然キャンパスに来なかったじゃない。あのまま大学辞めちゃうんじゃないかって思ってたんだ」

「……別に、そんな急に辞めたりしないわよ」

 なんだ、リエルも知ってたんだ。私が大学に来てるかどうかなんて、気にしているのは担当教官と、研究室の雑務を輪番で担当している同僚ぐらいのものと思っていたのだけど。

「辛いのは分かる……なんて、言わないけどさ。ラーフィアが居なくなったら寂しいよ、私も張り合いが無いし」

 両親の訃報が素っ気なく記された薄い便箋を寮の郵便受けに見つけたあの日から、一ヶ月間ぐらいだろうか、私が大学に通うことを止め、何をするでもなく部屋に閉じこもっていたのは。

 それまでもセノウの苦境は新聞や巷の噂で否が応でも耳に入ってきていたし、見たくない場所でかつての友達の名前を見つけてしまうこともあったから、覚悟していなかったわけじゃない。だけど、いざ恐れていたことが現実になってみると、今まで自分を奮い立たせていた理想やエネルギーがすっかり空っぽになってしまったような気がした。

 思い返してみると、私が最後に両親の姿を見たのはいつだろう。北方熱が発生して以来、グラウンドシップ定期便フェイマル港に掲示された「セノウ行は復航未定です」の文字を、何度恨めしく睨みつけたことだろう。こんなことなら面倒臭がらずにもっと帰省しておけばよかった。無理言って都会の大学に飛び出して、家業のことも顧みずにちっとも帰らなかった私のことを、両親は今際の際で親不孝者と詰っていただろうか?

 ──いけない。また鼻の奥が熱くなってきた。少しは平気になってきたと思ってたのにな。

「……でも、あんただって最近頑張ってるみたいじゃない。聞いたわよ、レイリー教授がこの前の発表ですごく褒めてたって。私のことなんて気にしてる場合じゃないでしょ」

 まさかこの場で泣くわけにもいかない。私は火照った顔を彼女から反らしながら言った。

「それとこれとは話が別!入学してすぐのゼミで私思ったんだもん。ああ、こういう人が一流の学者になるんだな、私じゃ敵わないなって」

 するとリエルが突然大きな声を上げる。じっと私の目を見つめて迫ってくるものだから、たじろいでしまう。

「……買い被りすぎだって」

 私を射抜く彼女の視線から逃れるように、まだ残っていたお茶を口に含みながら言う。斜向かいの席でレポート用紙を拾いげていた男子学生二人組が、こちらを振り返って何事かと様子を伺っていた。

「心配しなくても大丈夫。最近はちゃんと大学にも来てるから」

 私が答えると、彼女は気勢のやり場に困ったように、前髪に指を絡ませた。

「……本当かなあ。とにかく、ラーフィアは私にとって期待の星なんだから。分かった?」

「……それはどうも」

 でも、リエルにそこまで尊敬の眼差しを向けられているとは知らなかった。確かに私は成績が良くて、得意な言語学や古典の課題なんかはリエルにも教えてあげたものだけど、それは私が毎日クソ真面目に図書館に通って課題や勉強に取り組んでいたからで、他の優秀な同期のように才能に恵まれていたからだとは思えない。そして最近はその気力すら衰え、無為に日々を過ごしている私からすると、活発で友達もたくさん居て、サークルでも研究でも成果を上げている彼女の方がよほど優れているように思えた。

 いや、あるいは以前なら、彼女の言葉も当然だと傲慢に受け入れていただろうか?なんだか、かつての自分がすっかり遠くなってしまったような気がする。

 私がそんなことを考えていると、彼女が今度は不気味な含み笑いを浮かべていた。

「……そういえばさ」と彼女は言う。一体何を考えているのやら。

「……なによ」

「私見ちゃったんだけど、夜中にラーフィアがアズグレイさんと一緒に歩いてるところ!」

 思わずお茶を吹き出すところだった。

「もう、そんなの見つけなくていいから!」

 きっと先週の帰り道だ。あの道は表通りから外れていて、夜は人通りもほとんど無いから、誰にも見られる心配はないと思っていたのに、本当に目ざといヤツだ。一体どこで見つかったのやら。

「良い雰囲気だったよねー。隣同士ぴったり並んでさ。でも二人ならお似合いだね、アズグレイさんもカッコいいしラーフィアちゃんも美人だし、おまけに二人とも秀才だもんね」

 そう言われると悪い気はしないけど、こいつは絶対面白がっているだけだ。

「もう、そういうのいいって!たまたま一緒になっただけだから、他の人に変な噂しないでよね」

「分かってるって。私を信じたまえ!」

 威勢よく胸を叩きながら言うけれど、拡声器みたいによく喋る彼女のことだ。誰に言いふらすか知れたもんじゃない。それにアズグレイさん、有名人だしなあ。私だって、友達がアズグレイさんと仲良さそうにしてたら気になっただろう。

「全然信用できないんだけど……」

 私が言うと、リエルはニヤニヤと口角を上げたままだった。言いふらす気満々だな、こいつ。

「でもさ、最近アズグレイさんどうしたんだろうね。なんか今日も、荷物抱えてフェイマルの議会に入っていくの見たよ」

「……議会って、あの港湾通りの大きな建物?」

「そうそう。あそこって、事務手続きしに行くような所でもないじゃない。そこに、スーツ着て、何が入ってるのか知らないけどこんな大きな鞄抱えてさ」

 リエルが両手をいっぱいに広げて四角形を描きながら言う。

「……ふうん」

「なんだ、ラーフィアなら知ってるかと思ったのに」

 リエルが溜息を漏らしながら言う。そこでがっかりされても困る。

「いや、研究室が同じってだけで、別にそこまで親しいわけじゃないし……」

 また妄想を逞しくしているな、と思ったけど、私も実際のところ心当たりがあるわけじゃ無かった。この前会った時は図書館帰りみたいだっただし、以前と変わらず研究に勤しんでいるように見えたけど。

「またまたあ。いや、それはいいんだけどね、あと、この前宗教学の講義でも見かけたんだよ。それも結構専門的なやつ。確かアズグレイさんの専攻って史学とかじゃない。なんでこんな講義受けてるのかなって気になったんだ」

「……へえ。ま、何か関係あるんじゃないの?アズグレイさんの研究テーマが何なのかあんまり知らないけど、歴史って言っても色々あるしさ」

「うーん、でも、大陸協会の祝詞を分析するようなやつだよ。私だって難しくてよく分かんないのに、あんなの歴史の研究に役立つとは思えないけどな……」

 でも、確かにこの前のアズグレイさんは何かに迷っているようだった。あの様子とフェイマル議会に宗教学の講義、何か関係があるのだろうか。少し考えてみたけれど、やっぱり私には何も思い浮かばないのだった。

「ま、また探りを入れといてよ。そういえばさ、ラーフィアこのあと暇?」

 別にそんな仲じゃないっての、とツッコミを入れながら何かあるのかと問うと、ノーステリア大学から有名な教授が講演に来るらしい。確かに私も名前を聞いたことのある人で、確かイーストプレーンの魔術史が専門の人だったと思う。

 実際のところ最近の私はその手のイベントにめっきり興味が無くなっていたのだけど、また研究室の机に戻るよりは気分転換になるかも知れない。それに、隣にリエルが居れば、つまらなければ二人で抜け出してもいいし。

 私が了解すると、彼女はそれじゃ行きましょと言い、空になった皿が載った盆を持って食堂の返却口の方へと向かう。私もそれを追いかけて立ち上がる。丼の中では結局食べるのことのなかった麺が未だに泳いでいて、少し勿体なかった。

 

 

「どーだった?」

 三時限目の終わりを告げる鐘が鳴って講演がお開きになり、私とリエルは文学部第一講堂から事務棟へと続く渡り廊下を歩いている。ガラス張りの外壁からは白く抜けるような陽光が差し込み、私達の肌を照りつけている。昨晩まで長らく降り続いていた雨が上がり、今日は久々の雲ひとつ無い快晴だった。

「結構面白かったわね。もっとお固い話するのかと思ってた」

 魔術史の教授と聞いていたから、また眠くなるような詠唱経文の起源や魔術分類学の話を聞かされるのかと思っていたのだけど、MC回復の原理とか高級魔術習得のコツとか、門外漢の私にも分かる話をしてくれたから意外と楽しかった。といってもそれは学術的な関心じゃなくて、ほとんど興味本位みたいなものだったけど。

「でしょ。魔法は実際に使ってこそだって、あの先生のモットーなんだって。私も撃ってみたくなったな、ダウンバースト!とか、ライジングサン!とか!」

「やめてよ物騒な……」

 私も魔法詠唱は得意だったから、そこまでは行かずともウィンドオーヴとかフレアウェイヴぐらいは使えるのだけど、あれでもかなり強い風や炎が起こるのだ。こんな街中でダウンバーストなんて撃った日には、そこらじゅうの街路樹がなぎ倒されてしまうだろう。リエルがどれくらい魔術に長けているのかは知らないけれど、所構わず唱えるのだけは勘弁して欲しい。

「この後はどうする?もう研究室に戻る?」

 リエルが私の顔を覗き込むように尋ねてくる。彼女は私より顔半分くらい背が低かったから、お互いに立っていると自然にこの目線になるのだった。

「どうしようかな、まだ三時前だけど……」

 彼女の言う通り研究室に向かおうかと思ったけど、今日はもう帰ってしまってもいいかも知れない。少しは気分転換になったことだし、また机に向かって悶々とするよりは、久々にちゃんと料理でも作って早めに寝てしまった方が良いような気がした。それに、溜まっていた洗濯物も片付けてしまいたいし。

 リエルはどうするの、と聞こうとすると、ちょうど向こうの角の部屋から誰かが出てくるのが目に入った。

「あ、アズグレイさん、こんにちは」

 肩の辺りまで伸びたストレートの銀髪で、遠くからでもすぐに分かった。

「あ、ああ、ラーフィアか。どうしたんだ、こんな所で」

 私が声を掛けると、アズグレイさんの肩が一瞬驚いたように跳ねた。どうしたのかと思ってアズグレイさんが出てきた部屋の方を見ると、白い石板に「学長室」の文字が刻まれた表札が吊り下げられている。事務棟の二階の西端、普通の学生ならまず用のない場所だけど、こんな所にあるんだ。私は学長がどんな人なのか、顔すら知らなかったけれど。

 そしてアズグレイさんは、学長室に一体何の用だったのだろう?

「私は今から帰るところですけど。ほら、ちょうど第一講堂の方で講義があったんで。アズグレイさんは?」

 私が問うと、アズグレイさんは、ちょっと野暮用でな、と誤魔化すように言った。先生の肩には両手に余るほど大きな黒いボストンバッグが提げられ、更に右手には皮革で装丁された分厚い本が何冊も抱えられている。

「学長と何かお話されたんですか?」

 私が問いかけると、ああ、そんなところだよと先生は再び言葉を濁した。さっきのリエルの話もあったから気になったけれど、やっぱり答えたくないことなのかなと思った。

「まあ、その内ラーフィアにも伝えようと思ってることだから」

 と、先生は左手で顎の辺りをさすりながら言う。

「ええ、なんですかそれ」

 何があるのか知らないけれど、不意に意味深なことを言うものだから、どぎまぎしてしまう。

 それじゃ、とアズグレイさんが私達に背を向け足早に立ち去ろうとしたとき、先生の抱えていた本の束の上から、短冊型の小さな紙がひらりと床に舞い落ちた。

「あ、アズグレイさん、何か落としましたよ」

 私がその紙を拾い上げると、「フェイマル航路アルシア行」と大写しに印刷された文字が目に入る。紙の中央には手で千切れるようにミシン目が走っている。グラウンドシップのチケットだ。出発日には明後日の日付が記されている。

「ご旅行か何かですか?」

 アルシアといえば清流で知られる長閑な村で、イーストプレーンでも名の知れたリゾート地だ。セノウからそんなに離れていないから、私も子供の頃に何度か行ったことがある。でも、夏季休暇が始まってもいないこの時期に行くなんて、随分急な話だなと思った。

「……そうだな、旅行みたいなものだよ」

 アズグレイさんはやっぱり曖昧に言うのだった。先生も近々また学会の発表を控えていたはずで、そんな暇は無いような気がしたのだけど。

 先生は私からチケットを受け取ると、踵を返して私達が来た方向へと去っていく。それを目で追っていると、リエルが私にじとっと視線を向けていることに気付く。またからかわれるのかと思ったら、彼女はなぜか神妙に眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいるようだった。

「……ラーフィア、気が付いた?」

「何が?」

 彼女は暫く口を噤んだままで、言うべきかどうか逡巡しているようだった。私たち以外人影の無い事務棟の廊下を沈黙が覆っていく。

「……今アズグレイさんが持ってたの、医学書だったよ。感染症がどうとか表紙に書いてた……」

 そして、リエルがようやく口を開く。

 アズグレイ先生の専門は歴史だ。医学を囓っているなんて話、聞いたことがない。それが今、専門書を持って学長と会っているというのは、どういうことなのか。

「もしかしてアズグレイさん、行く気なんじゃないのかな」

「……行くって、アルシアに?」

 私もあの地名を見たとき、脳裏を掠めたけれど。

「……違う。セノウにだよ」

 彼女の声が、水を打ったように静かな廊下の虚に溶けていった。

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