ダンガンロンパ 狛枝   作:雪哉

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Chapter 1 『モノクマ』

それから、狛枝は自分の素性について詳しく教えてくれたが、私は非常に驚くこととなった。

「こ、狛枝さんって、希望ヶ峰学園の学生なんですか? しかも、『超高校級の幸運』ですって?」

 取り乱す私と対照的に、狛枝は飄々としている。

「うん、そうなんだ。最初は、身に余るって断ってたんだけどね……。どうしてもと言われたから、ありがたく入学させてもらうことにしたんだ」

希望ヶ峰学園は、世界中の『超高校級』の才能を持つ高校生をスカウトし、ありとあらゆる分野の天才を育成する教育機関だ。巷では、卒業できれば人生成功したも同然、とまで言われているほどである。断る方がどうかしている。

「……、希望ヶ峰学園の事は知ってましたけど、『幸運』なんて理由で選ばれるなんて初耳です……」

「そりゃ、ボクも同じだよ。でも――」

 狛枝は声を潜めた。

「ここだけの話、希望ヶ峰学園は才能の研究所でもあるんだ。『幸運』ってのは、まだ科学でも検証しきれてないらしくてね……。毎年『幸運』枠を設けて、抽選で一人を選んでるらしいんだよ。勿論、研究の一環のためにね。ボクも何回かモルモットにされたけど、あまり成果は芳しくないみたいだね。そのせいかわからないけど、学園の運営側には嫌われちゃったみたいだ」

 そこまで言うと、彼は「あはは」と乾いた笑い声を立てた。私はまじまじと狛枝を見つめる。

(この男が『超高校級の幸運』? 全くそうは見えないけど……。だって、現に『誘拐』なんかの標的にされて、あまつさえ拉致されてるわけだし……)

 とはいっても、悪い話だけではなかった。希望ヶ峰学園が『幸運』枠を設けているのならば、私にも入学通知が来るに違いない。絶対の自信がある。こんな状況下とはいえ、私は少し嬉しくなってしまった。

 すると、感情が少し表に出てしまったのだろうか、狛枝が不思議そうに私を見ているのに気付いた。慌てて、

「ど、どうかしましたか? 狛枝さん?」

 と平静を保ったように振る舞うと、

「いや、琴江木さんの制服、それ……?」

 ああ、と私は彼の言わんとすることを察すると、

「金光女子学院付属中学校の制服です。ご存知でしたか?」

 すると狛枝は、大きく頷いている。

「もちろん知っているよ。国内有数の女子校だからね。それに――」

「?」

「実はボクの同期、七十七期生の一人に金光女子学院出身の人がいてね……。一回だけその制服を着てる時の写真を見せてもらったことがあるんだよ」

「その人って、まさかあの日本舞踊家の……?」

「その通りだよ!」

 狛枝は何故か嬉しそうにしている。同期の話が好きなのだろうか、目を爛々と光らせていた。少しして、彼は一変して真剣な顔になった。

「あのね、琴江木さん。ボクはみんなの所へ帰らなくちゃいけない。こんなところで油を売ってる場合じゃないんだ」

「それには、同感ですけど……。何か策でもあるんですか?」

「うん、まずは攫われた時のことを思い出してみようか。といっても、ボクは突然後ろから殴られて、薬で眠らされ……。何か話してると嫌な気分になってくるね……」

 狛枝は顔をしかめると、

「琴江木さんは? 何か思い出した?」

 と私に訊いてきた。必死に記憶を辿ってみる。

「確か……。そう、今日の下校途中、いつも使ってる道が封鎖されてたんです。そこで仕方なく回り道をしていたところで、あなたが車に引きずり込まれているのを目撃しました。そこから、意識がなくなってしまっています」

「目撃者だったんだね……。やっぱりボクのせいか……」

 狛枝は遠くを見るような目になると、

「……それにもう一つ謝らないとなぁ。多分、その道路が封鎖されてたのもボクのせいかもしれない」

「えっ? ど、どういうことですか?」

「あのね、あの辺にはちょっと野暮用で来てたんだけど、にわか雨に降られちゃったんだ。立ち往生してた時に運良くタクシーが通りかかった。それに乗って駅まで行こうとした矢先、別の車に追突されてね……。一悶着あったけど、ボクも特に怪我はなかったし、そのまま帰れることになった。そのまま歩きで駅まで向かおうと、路地裏に入って少し進んだところで攫われた、って筋書きなんだ。ほら、やっぱりボクのせいでしょ?」

 ほら、と言われても困る。結局、自分は被害者ではないか。全部狛枝のせいだ。文句を言おうとしたところで、またしても疑問に駆られる。

(私ほどの『幸運』があれば、そもそも回り道なんて選択を迫られる事なんてありえない。やっぱり、何かがおかしい。何かが狂っている……。原因はもしかして……?)

 私は狛枝の顔を見る。彼はまがりなりにも希望ヶ峰学園に『超高校級の幸運』として選ばれた人間だ。そこで運を使い切ったのかもしれないが、いくらなんでも私の『幸運』を打ち消すほどの『不幸』に犯されているとは思えない。考えられるとすれば、この男、ただの『幸運』ではない……?

 そこまで考えたところで、狛枝が片手を振りながら笑顔を浮かべているのに気付いた。

「まあ、琴江木さん。繰り返すけど、そんなに心配はしなくてもいいんじゃないかな?」

「……だから、その余裕は何なんですか?」

「うーん、ボクにとっては誘拐されたことなんてこれが初めてじゃないしね……」

「は、はあ? 何を言って……」

「前は得体のしれない殺人犯に誘拐されたんだけど、悪い事だけじゃなかったよ。詰め込まれたゴミ袋の中に三億円の宝くじが入っていてね……。ボクもこの通り無事だったし」

「そ、それ、ほんとの話ですか?」

「もちろんだよ! それに、こんな嘘言っても意味ないでしょ?」

「まあ、それもそうですが……」

 その話が本当だとすると、やはりこの狛枝凪斗という人物はただの『幸運』ではないように思える。先のタクシーの話から見ても、まるで『幸運』と『不幸』を永遠に繰り返しているかのような、そんな幻想を抱いた。

「それにね、今回は前と違って犯人に心当たりがないわけでもないんだよ」

「えっ? 犯人を知っているんですか?」

「これも同期の松田クンって人に聞いた話だけどね、どうやら希望ヶ峰学園の生徒が襲われる事件がちょくちょく起きているらしいんだ。とはいっても、ほとんど表沙汰にはならないレベルだけど。彼も誰かから教えてもらったそうだよ。確か、知り合いの女の子からだったっけ……。そこは良く覚えてないや」

「……ってことはつまり……?」

「うん、同一犯かは分からないけど、その線が濃いね。どうやら、だいぶ大胆な手に打って出たようだけど」

 希望ヶ峰学園の生徒を狙った犯罪。だが、依然として犯人の正体も目的も不明のままだ。私は口をつぐんだ。狛枝も何かを考えこむように、片手で軽く顎に触れている。

 その時だった。

『あー、あー。マイクテス、マイクテス。大丈夫? 聞こえているかい?』

 唐突にアナウンスが上から降ってきた。

『ようこそ、『超高校級の幸運』こと狛枝凪斗君。歓迎するよ。それと、お連れのお嬢さん、君には悪い事をしたね。君はすぐに解放するつもりだけど、立会人として、これから始まる『コロシアイ』に付き合ってもらおうかな』

 声のする方を見上げると、モニターがあった。薄暗くて気付かなかったが、今はモニターに映像が流れているので、はっきりと視認できる。しかし、奇妙なのはモニターに映った、『それ』だった。

 右反面は白、左反面は黒に装飾されたクマのお面をつけた人物が、そこには映っていた。音声はもちろん合成されたものだ。

「な、何ですか、あなたは? 誰なんです?」

 私が叫ぶと、その人物は「うぷぷ」と笑い声をあげた。

『そうだね……、取り敢えず『モノクマ』と呼んでくれないかな』

 その言葉に狛枝が顔を上げる。

「……『モノクマ』?」

『そう! 中々可愛いだろう? 気に入ってくれたかな?』

 私はそうは思わなかった。むしろ、不気味な印象を受ける。サイコなモンスター、それでいてどこかポップなイメージを内包したような……。『モノクマ』のアナウンスは続く。

『さて、ボクが呼んだのは狛枝クン、君なんだけど、理由はわかるかい?』

 それを受けて狛枝は答える。

「うーん、思いつかないなあ。教えてくれるの? 『モノクマ』?」

「そうかそうか、分からないか。まあ、別に構わないよ。後でたっぷりとおしおき……じゃなかった、教えてあげるからね! うぷぷぷぷ!」

『モノクマ』は狂ったように笑っている。しばらくすると、気がすんだのか真面目な口調でこう言ってきた。

『「コロシアイ」って言ったけど、これはボクと狛枝クンとの「コロシアイ」なんだ。狛枝クンには今から三つのゲームに挑戦してもらうよ。全てクリアすることができれば、君の勝ち。ボクは死ぬ。でも、一回でもゲームを落とせば君は死ぬ。どうだい? 分かり易いだろう?』

「……ゲームを断ったら?」

『それは駄目だよ。ゲームを拒んだ時点で失格。問答無用で死んでもらう。それでも断るかい?』

 狛枝は大きく溜息をついた。

「……わかったよ。やろう。まずはそのゲームの説明をお願いしようかな」

『結構! では、その部屋の鍵を外すから、そのまま廊下をまっすぐ行って、正面の部屋に入ってくれるかい? そこで一つ目のゲームを始めよう』

 アナウンスはそこで途切れた。次の瞬間、「ガチャン」と大きな音がして、牢屋の扉が静かに開いていく。私は狛枝を見た。

「狛枝さん、どうするんですか?」

「うん。『モノクマ』の狙いはボクみたいだからね。琴江木さんは心配しなくていいよ」

「そういうことじゃなくて……。こんな命懸けのゲームなんて馬鹿馬鹿しいですよ。扉も開きましたし、脱出する方法を考えましょう」

 すると、狛枝は首を横に振った。

「脱出口があるなんて、そんな生易しい考えは捨てるべきだね。どうやら向こうも自分の命を懸けてきてるみたいだ。逃げ場はないよ」

 そう言うと、彼は扉の方に歩き始める。私もそれを追いかけた。

「……勝算はあるんですか?」

 私が尋ねると、狛枝は笑いながらこう言った。

 

「この程度の『絶望』じゃね……。ボクの中の『希望』を打ち負かすには遠く及ばないよ!」

 

 

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