ダンガンロンパ 狛枝 作:雪哉
狛枝の言葉で、その場が静寂に包まれる。
その沈黙を破ったのは私だった。
「……狛枝さん。『予備学科』ってまさか……?」
「ああ。琴江木さんも耳にはしたことはあるでしょ? 希望ヶ峰学園が新しく始めた制度。スカウトされた『超高校級』の学生ではなく、普通の入学試験によって入学者を選抜する。普通の高校と一緒だね。ただし――」
狛枝はそこで言葉を区切ると、モニターに映った『モノクマ』に冷ややかな視線を投げかける。
「――僕ら『本科』の人間とは何から何まで扱いが違うらしいよ。異常に高い入学費や授業料はもちろん、教師も一般募集で外から集められてるらしい。『本科』の教師は、学園側の人間なのにね……」
「……そんなに違うんですか? 『本科』と『予備学科』って……?」
すると、狛枝の目が再び気味の悪い色に変化したような気がした。
「……っはは。別に大したことじゃないよ。要するに、『予備学科』なんて才能という『希望』のための『踏み台』に過ぎないって話だよ。いや、むしろそうであるべきじゃないかな? ねえ、君はどう思う? 『モノクマ』?」
私は狛枝から視線を外し、先程から一言も喋らない『モノクマ』へと向ける。
『…………』
『モノクマ』は何の反応も示さない。
それを見た狛枝は大きく溜息をついた。
「全く……、逆恨みもいいとこだよ……。君たちは望んで『希望』の踏み台になることを選んだんじゃないか。あのね、実のところボクも同じなんだ。ボクはこの通り『幸運』なんていうゴミクズみたいな才能しかないけど、『みんな』は違う。文字通り『選ばれた人間』なんだよ! だからボクたちは彼らの『踏み台』であることに、感謝こそすれど、嫉妬を抱くことなんて許されるはずがない、違うかい?」
私はその話を聞きながら、「ああ、この人も狂っているな」と今更ながらに理解していた。『希望』に対する歪んだ考えもそうだが、自分の『幸運』をゴミクズ呼ばわりしながらも、おそらく彼はその『幸運』を何よりも信じているはずだ。そう、まさしく『命を懸けれる』ほどに。そんな矛盾しきった狂気を内側に秘めた男。『幸運』と『不幸』、『希望』と『絶望』の狭間を永遠にさまよい続ける男こそが、この『狛枝凪斗』なのだろう。
『………うぷ。うぷぷ』
突然、モニターの『モノクマ』が笑い出した。
『うぷぷ、うぷぷぷぷぷうぷ、うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!』
私が呆然として『モノクマ』を見上げていると、
『……何が「踏み台だ」。……クソがっ! 舐めやがって、クソがぁっ!』
――語るに落ちた、といったところか。
『「選ばれた人間」だと? 何なんだよそれ! ただ才能に頼って生きてるだけの畜生以下だろうが! 虚仮にしやがって、何様のつもりなんだよ! その才能ってクソに群がる連中も同じだ! 俺からすべてを奪いやがった! 憎い憎いニクイ憎い憎い憎い憎い憎い! 殺す殺すコロス殺す殺すころす殺す! 殺してやる!』
怨嗟の言葉を喚き散らす『モノクマ』を見る狛枝の視線は、相も変わらず氷のような冷たさを帯びている。
「やっぱり、希望ヶ峰学園の生徒を襲っていたのも君、いや、君たちか……。あのね、『予備学科』の『モノクマ』さん。まさか、君は自分が『希望』になれるとでも思ってたの……?」
『ああ? 当たり前だろうが! 俺は誰よりも努力したよ! 毎日毎日、血反吐を吐きながら、寝る間も惜しんで努力してきた! それを貴様らは何の躊躇いもなく切り捨てやがった! 俺はお前らみたいな家畜の餌になるために生まれてきたわけじゃねえんだよ! 最後には必ず報われると信じて、これまで努力してきたんだ!』
ふーん、と狛枝は退屈そうにそれを聞いていたが、
「ねえ、『モノクマ』」
と、人差し指を立て、薄気味悪い笑顔を浮かべながらこう言った。
「それは、違うよ……」
喚いていた『モノクマ』がピタリ、と静かになる。
『……何が違うって?』
あのね、と狛枝は両手を広げて笑う。
「ボクらは昔からそういう風に教わってきたはずだよ。
直接的に言葉で言われなくたって、ボクらを取り巻く世界を見ればわかるよね。
テレビやネットや新聞から垂れ流される『希望あふれるメッセージ』がそう言ってるもん……。
勝てない人間も、がんばらない人間も、がんばっても勝てない人間も、……等しく無価値でクズなんだって。
価値ある人間とそうでない人間って生まれた瞬間から明白にわかれてるんだ。ダメな人間はどれだけ努力したって価値のある人間にはなれっこない・・
『努力が成功を生む』なんて、とんでもない誤解だよ。世界がそんな簡単なワケないもん。小型犬がどんなにがんばったところで大型犬にはなれないし、ペンギンがどんなにがんばったところで空を飛べるようにはならないんだ。
つまり、ダメな人間っていうのは何をやってもダメなんだよ。才能ある人間は『なる』もんじゃない……。最初からそれだけの器を持って生まれてくるものなんだ……」
それを聞いた『モノクマ』は何の言葉も発しない。その場に沈黙が流れる。せいぜい五分かそこらだっただろうが、私の体感ではもっと長く感じた。やがて、
『……あっそ。じゃあ、もういいよ』
『さあ、次のゲームを、と言いたいところなんだけど、気が変わった。ゲームの内容を変えるからちょっと待っててね』
『モノクマ』がそう言うと、モニターが暗転した。私は恐る恐る狛枝に話しかける。
「あの……、狛枝さん。何もあそこまで言う必要はなかったんじゃ……?」
狛枝は肩を竦める。
「はあ……。琴江木さんもわかってないね。所詮彼らは『希望』足る器じゃなかったんだよ。自分が『踏み台』であることにさえ気付かないなんて、それこそ畜生にも劣る低能なんじゃないかな?」
正直な話、狛枝の言う事は、私には理解できなくもなかった。なぜなら、実際に私は「選ばれた人間」だからだ。そんな私に、「選ばれなかった人間」の気持ちを完全に汲み取ることなどできないかもしれない。だが――
(平凡な人間をクズだと決めつけるのには、納得できないわね……)
そうだ。それはまだわからない。平凡な人間が、絶対的な何かを打ち負かす、そんな奇跡が起こるかもしれない。だから、私は「これから見定めていこう」、と心に決めた。狛枝はもう答えを出してしまったようだが、私は違う。彼の答えは一種の『絶望』に犯された果てに生まれたものだ。私にはそれが耐え難かった。だからこそ、私は『希望』にその答えを見出したいと強く思った。
と、そこまで考えたところで『モノクマ』が再びモニターに現れた。
『お待たせしたね! 準備が出来たよ。さあ、次の部屋まで進んでくれるかな?』
言われた通り、私と狛枝は次の部屋の前まで歩いてゆき、扉を開けた。すると――
『さあ、最後のゲームだ。題して「ノー・ドロップ・ポーカー」』
部屋の中には大きなテーブルと、それを挟んで向かい合った二つの椅子、そして、『モノクマ』と同じお面を被り、スーツを着た人間が立っていた。
『最後のゲームは、狛枝クンと琴江木さんの二人にやってもらうよ。これまでの君たちの会話を聞かせてもらったけど、琴江木さんも中々の「幸運」らしいじゃん。そんなお二人にピッタリのゲームを用意させてもらったよ!』
テーブルの上には一組のトランプが置かれている。「ポーカー」ということはやはり――
『やってもらうのは至って普通のポーカーだ。使用するカードはジョーカーを除いた五十二枚で、カードの交換は一回だけ。ただし、「ベット」と「ドロップ」のルールは除かせてもらう。つまり、必ず毎ターン勝負してもらう、デスマッチだ。山札が無くなった時点でゲーム終了。その時、勝ち数の多い方が勝者となる。どうだい、質問はある?』
(なるほど、全てのターンをお互いが「ドロップ」して引き分けに持ち込むのを防ぐためのルールってわけね……)
私が考え込む隣で、狛枝が片手をあげた。
「……ポーカーにはあまり詳しくないけど、とにかく役と数字だけで勝負すればいいんだよね?」
『そうだよ! 「役」の種類がわからなければ、「ディーラー」に訊いてね!』
私はある程度予想していたが、敢えてその質問を口にした。
「……私が負けたらどうなるんですか?」
『狛枝クンが勝ってゲームをクリアした場合か……。まあ、ボクは死ぬけど、そうだな……。じゃあ、君が負けたらボクの道連れになってもらおうかな! 文句あるかい?』
「……いいえ」
そう宣言されても私は何の動揺もしなかった。
もう、このゲーム、オチが見えている。
狛枝も無言だった。二人がそのままテーブルに着くと、『モノクマ』が合図をする。
『じゃあ、ゲームスタートだ! せいぜい、「幸運」どうしで潰しあってね!』
部屋に立っていた仮面の人物が「ディーラー」のようだ。山札をシャッフルすると、私と狛枝に五枚ずつカードを配ってきた。私はカードを一瞥すると、そのまま伏せる。狛枝も同じ動きをした。
「『ドロー』しますか?」
「ディーラー」が聞いてきたが、私は首を振った。狛枝も首を振っている。
『カードの交換は無しだね! じゃあ、手札オープンといこうか!』
最初に手札を表にしたのは狛枝だった。役は――
ダイヤのA・K・Q・J・10……、『ロイヤルストレートフラッシュ』だ。
『モノクマ』が口笛を吹いた。
『さすがだね! 一ターン目は狛枝クンの勝ちかな?』
私は黙ってカードを表にする。その瞬間、
『……は? はああああああああああああああああっ?』
「ハートのA・K・Q・J・10、『ロイヤルストレートフラッシュ』よ」
私の役も狛枝と同じだ。このターンは引き分け、となる。
『な、なななああ、何でこんな……! 狛枝ならまだわかる! いや、それでも異常だが、何なんだお前は! 何でそんな当たり前のように最高位の役が揃えられるんだ!』
取り乱す『モノクマ』の声を聞いて、遂に堪えられなくなったのか、狛枝が肩を震わせる。
「……あはっ……」
『……な…?』
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
狛枝は狂ったように笑い転げている。
『何だ……、何がおかしい!』
ひとしきり笑い終えると、狛枝は馬鹿にしたような調子で『モノクマ』に吐き捨てる。
「本当に君は何もわかってないんだね……。『超高校級の幸運』を持つ人間にとっては、こんなことむしろ当然なんだよ。そして、ご覧の通り琴江木さんも『選ばれた人間』だ。信じられないっていうなら、それは君がその程度の人間だったってことさ。全く、滑稽にも程があるね! 君は、『凡人』と『選ばれた人間』の埋めようもない差を、自ら証明することになったんだから!」
『き、きさま……!』
「おっと、恨むなら、こんなゲームを用意した自分を恨んでくれないかな? ああ、それともう一つ――」
狛枝は、爽やかな笑顔を浮かべた。
「君は自分の『死に方』について考えてた方がいいんじゃないかな……? この場合、ゲームが引き分けに終わったら君の負けでしょ?」