ダンガンロンパ 狛枝 作:雪哉
次のターンも引き分けだった。
狛枝はクラブの『ロイヤルストレートフラッシュ』
琴江木はスペードの『ロイヤルストレートフラッシュ』
「何だよ……、何なんだよこれっ……!」
ゲームの様子を別室で監視していた『村雨冬樹《むらさめふゆき》』は、両手をモニターに叩きつけた。
「こんな……、こんな馬鹿なことがあるはずが……」
そのままずるずると床に崩れ落ちる。言葉にならない呻き声が自分の口から洩れた。
(どうして……、どうしてなんだ……!)
「村雨」は代々伝わる名家の一つだ。これまでも多くの著名な政治家や、学者を輩出してきた。特に本家の跡取り息子、『村雨早春』は数十年に一人の逸材とまで言われ、今は希望ヶ峰学園で『超高校級の生徒会長』としてその名を轟かせている。
冬樹は分家の人間だった。厳粛な身分制が色濃く残る「村雨」では、分家の人間の扱いは本家とは比べ物にならない。特に、冬樹の父親は入り婿であり、母も冬樹が幼い頃に亡くなったため、自分たちへの風当たりは強かった。それでも、父は冬樹を男手一つで一生懸命育ててくれた。自分もそれに応えるべく、希望ヶ峰学園の『予備学科』に入学し、気の遠くなるような努力の果てに、二千人を超える予備学科の頂点にまで登りつめた。
しかし、そこで不幸に見舞われる。
高い学費を払うために苦労を重ねてきた父が、過労で倒れたのだ。かなり無理を押していたらしく、回復は難しい状態だと医者に宣言された冬樹は、予備学科の学科長に直談判を持ちかけた。その内容は、学費の支払いを少しばかり待ってほしい、という至って普通の頼みだったが、その答えはまさかの『ノー』だった。学園長にも話を通してほしいと訴えたが、全く相手にされず、「学費が払えないのなら用済みだ」とばかりに、冬樹は退学に追い込まれた。
その冬樹を更なる不幸が襲う。
入院していた父の容体が急変し、冬樹に見守られるようにして、彼は息を引き取った。まだ五十代とは思えないほど、やつれて老け込んでしまった父の顔を目の当たりにしている内に、冬樹の心にどす黒い感情が溢れていった。
とある人物が自分を訪ねてきたのは、そんな時だった。
その人物の話によると、『予備学科』の中でもかなり不平不満が溜まっているらしく、自分さえよければ協力してくれないか、と持ちかけられた。
冬樹は迷うことなく、それに飛びついた。願ってもない復讐の機会だ。犯罪であることなど重々承知の上だった。
そして、冬樹に割り振られたターゲットは『狛枝凪斗』という男だった。
その人物からは、生死を問わず好きにしていいと言われたが、命を狙う場合は、必ず自分の命も懸けた『コロシアイ』にしろ、という指示があった。
冬樹はこれも何の迷いもなく受け入れた。ぬるま湯につかった『本科』の人間などに自分が負けるはずがない、という自信があったからだ。
そして全ての用意が整い、『コロシアイ』のゲームが始まったわけだが――
「…………何でだよ……」
こんなはずではなかった。
(「村雨」では爪はじきにされ、希望ヶ峰学園でも用済み扱い……。何で、何で俺ばかりがこんな目に遭わきゃならないんだっ……!)
蹲った冬樹の目に涙があふれる。まごうことなき『絶望』の涙だった。
――そして、その『絶望』を彼女は見逃さない。
「やっほー! 村雨君、元気してるー?」
突然後ろのドアが開き、一人の女が入ってきた。冬樹は顔を上げる。
「……×××さん……?」
「あら、ひどい顔ね……。『絶望』に犯されきった、本当に……。本当にいい表情だわ!」
彼女は「うぷぷぷぷ」と笑い続けている。
「……何しに……来たんですか?」
冬樹は訝しげに彼女に尋ねる。すると、
「ハッ! んなもん決まってんだろーがよ! てめえがみじめにくたばるのを見に来てやったんだっつの!」
唐突な×××のキャラチェンジに、冬樹はただ気圧される事しかできない。
「まだ……、負けると決まったわけではないでしょう……?」
弱弱しく反論を試みたが、それが無意味なことだとは冬樹も既に理解していた。
「残念ですが、あなたが勝つ確率はゼロパーセントです。モニターをご覧ください」
どこから出したのか今度は眼鏡をかけて、彼女はモニターを指し示した。その先に視線をやると――
「……っ!」
三ターン目、狛枝の役はスペードの9・8・7・6・5の『ストレートフラッシュ』。琴江木の役はハートの9・8・7・6・5の『ストレートフラッシュ』。どちらとも、現段階で作れる最高位の役だ。もちろん、勝負は引き分けである。
「あんたは、狛枝に嵌められたんだよ」
×××はジョジョ立ちを決めながら、冬樹を見下ろしている。
「……俺が……? 何のことだ……?」
「一般的じゃないが、ポーカーってのには、『スート』って概念を持ち込むことができる。同じ数字なら、スペード、ハート、ダイヤ、クラブの順で強いんだよ。いくら数字が全く同じ役だとしても、そこに『引き分け』は成立しえない。なのにあんたは狛枝に乗せられて、ルールを無意識に固定しちまったんだ。覚えてるかい?」
冬樹は、はっと思い出す。
「……まさか、ゲームが始まる前、狛枝が『役と数字だけで勝負を決める』って言った時か……!」
「正解じゃ! 人間!」
今度は王様キャラか……。
「その様子だと、お前は『スート』を知らなかったようね。それなのにポーカーをゲームに使うなんて、愚の骨頂じゃな!」
冬樹は唇を噛む。
(……クソッ、何が「ポーカーには詳しくない」だ。狛枝の野郎、虚仮にしやがって……!)
モニターを睨み付ける。どうやら、四ターン目も『ストレートフラッシュ』で引き分けだったようだ。そこで、冬樹はふと気付いた。
「いや、まだだ……。まだ終わってねえ……」
「えー、何―? 聞こえなーい! きゃはっ!」
ぶりっ子ポーズで×××が囃し立ててくる。それを受けて、
「……残された最高位の役は『フォーカード』だ。つまり、どっちかが「4」の『フォーカード』、もう一人は「3」の『フォーカード』を引くはず。数字の強さはルールに含まれてる以上、次で必ずどっちかが負ける……。そうだろ!」
しかし、彼女は途端に陰気な雰囲気になると、
「……そうですかね……? まあ、見てればわかるんじゃないですか……? 『幸運』同士がぶつかるとどうなるのか……」
言われなくても、と冬樹はモニターを食い入るように見つめる。
五ターン目。どうやら、お互いに一枚ずつカードを交換しているようだ。これで五十二枚全てが使われたことになる。文字通り最後の勝負だ。
――そして手札がオープンされる
「…………そうか。そういうことか……」
それを見た冬樹は自らの敗北を知った。
二人の役は、それぞれ「4」のペアと「3」のペア、そして「2」だった。ツーペアの引き分け。おそらく、最初に配られた手札と同じだろう。二人とも手札の「2」を、山札の「2」と取り換えただけだったのだ。
(まさか、これも「運」で狙ったとでもいうのか……)
冬樹は呆然とモニターを見つめる。その横で×××が溜息をついた。
「あーあ……。やっぱりアタシの予想通りになっちゃったか。『絶望』だわ……」
そう言って彼女は胸元から拳銃を取り出した。目を見開いた冬樹に、それが放り投げられる。
「じゃあ、約束通り死んでもらうから」
冬樹は震える手で拳銃を掴む。死ぬことは覚悟していたはずだったが、いざそうなると足が竦んでしまう。冬樹は顔を真っ青にしたまま動けずにいた。そんな彼を退屈そうに見ていた×××は、
「ダッサ……。自殺も禄にできないなんて、やっぱりあんたはどうしようもない落ちこぼれね!」
冬樹が彼女を睨み付けると、
そうだ、と×××は何かを閃いたように手を打った。
「せっかくだから最後に本当のことを教えてあげるわ」
「……本当の……何だと?」
「ねえねえ、どうして優等生のあんたがあんな簡単に切り捨てられたかわかる?」
「それは……、学費が払えなくなったから……」
「ブッブー! それは建前なの! 裏でそうするように仕向けたやつがいるのよ!」
その言葉に冬樹は愕然とする。
「う、嘘だ……! 誰がそんな……」
「アタシ」
「…………は?」
「だから、アタシだっつてんの! 実は、そろそろ希望ヶ峰学園からの入学通知が来ると思うのよねー。表では、アタシも『超高校級の×××』だし! その際の下準備として、『予備学科』の連中に色々根回ししてる最中ってわけ!」
「な、何を言って……」
「ほんとは希望ヶ峰学園に入学してからでもよかったけどねー。『種』をまくのは早いほうがいいっしょ! アタシの残念なお姉ちゃんも、『外堀から埋めた方がいいよ……』なーんて、言ってたし」
「……ふ、ふざけるな……!」
「てなわけで、『驚愕の真実』って奴でした! どう? 『絶望』した?」
「……×××ァ!」
冬樹は銃口を×××に向けた。が、その一瞬で彼女に組み伏せられてしまう。
「………っく! クソッ!」
「無駄無駄無駄! あんたみたいな雑魚キャラがアタシをどうにかできるわけないでしょ」
「……てめえ、殺す。殺してやるっ!」
×××は「うぷぷ」と笑うと、冬樹の首に手を掛けた。
「まあ、安心しなよ。今から大好きなお父さんの下に送ってあげるからさ!」
「……っ! ま、待て……」
「じゃーね、落ちこぼれクン」
そして、ゴキリという鈍い音が部屋に響き、冬樹の意識は闇の中に消えていった。
◇◆
最後のゲームを終え、私と狛枝は『モノクマ』が現れるのを待っていた。部屋にいた「ディーラー」もいつの間にかいなくなっている。私は狛枝に尋ねてみた。
「狛枝さん。『モノクマ』からのアナウンスはまだでしょうかね……?」
彼は腕を組みながら、
「まあ、予想できなくもないけど……。もしかしたら、次に現れるのは『別のモノクマ』かもしれないね……」
どういう意味ですか、と言いかけたところで唐突にモニターに『モノクマ』が映った。だが、その声を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走る。
『やあやあ、お待たせしました。ボクは『モノクマ』。君たちに最後のお知らせにやって参りました! 狛枝クン、琴江木さん、「コロシアイ」お疲れ様!』
その声はどこまでも能天気で、だからこそ底知れない悪意を秘めているような、そして一度聴いたら忘れることができないような、そんな声だった。
『見事ゲームをクリアしたお二人は、これにて解放されます! そのまま奥の扉から出ていってちょーだいな』
「……その前に『新しいモノクマ』さん。彼はどうなったの?」
狛枝がそう尋ねると、
『やだなぁ、狛枝クン。ほんとはわかってるくせに。彼にはご退場してもらったよ!』
「ご退場」の意味するところは、さすがに私でも察することができた。同情などしなかったが、別にいい気分でもない。不愉快な思いだけが私に中に残された。
私と狛枝は出口の前に立った。
終わってみれば何のことはない話だった。『幸運』を持つ私たちに対して、「運」が重視されるゲームを仕掛けて来た時点で、結果は見えていた。それでも、彼はそうするしかなかったのだろう。
『幸運』という才能に真っ向から勝負をしなければ意味がない。相手の土俵に立った上で、凡人が天才に勝利することでしか、自分の「努力」を認めさせる方法はないと信じていたのだと思う。
結局、私にはどちらが正しいのか今でもよくわからないままだ。だが、それもこれから見定めていけばいい。私にはまだ時間がある。それに気付けたのは――
私は隣に立つ狛枝にちらりと視線を投げかけた。彼は最初に会った時と変わらず、ぼんやりと前を見ている。ふと、気になったことがあったので尋ねてみた。
「あのー、狛枝さん?」
「ん? どうかしたの?」
「えーっと、最初に話してた『野暮用』って何だったんですか?」
ああ、それね、と狛枝は遠くを見るような目になる。
「……いや、ちょっと両親の墓参りにね……」
「えっ? ご両親は他界されてるんですか?」
「昔の話だよ。家族で乗ってた飛行機がハイジャックされてね。ボク以外は全員死んじゃったんだ」
「それは……、お気の毒でしたね……」
「まあ、犯人も隕石にぶつかって死んじゃったし、ボクも結構な遺産を引き継いだからね……。結果として『幸運』だったと言えるんじゃないかな?」
何でそこで隕石が出てくるのか不思議だったが、それは別として、私は狛枝の話に違和感のようなものを覚えた。
彼は、『幸運』だったなどと言っているが、それは本当なのか。いくら莫大な遺産を得たとして、果たしてそれは家族よりも価値のあるものなのか。
もし彼が、家族と引き換えに遺産を得たことを『幸運』だと本気で思っていたならば、両親の墓参りなどに来るはずがないのでは、とも考えたが、
(まあ、この人のことだし、「遺産を残してくれてありがとう」とでも言いに来ただけかもしれないわね……)
深く追及するのは止めておこう。
私は小さく溜息をつくと前を向いた。
扉が開く。
こうして交錯した『幸運』の物語は幕を下ろした。