雪、根源、浮き世にて――   作:花月の袴

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 死地へと送り出すことを、果たして子育てと嘯いて良いものか――。




第1章【伽藍の堂】
第1話「空虚」


 この世には、鬼がいる。

 

 

 比喩ではなく、その存在は確かにこの世に根を下ろしていた。力を求めるかのように人を貪り食う羅刹。慈悲など存在しようもない畜生。鬼を知る者の共通認識であった。

 

 今は睦月の(はじめ)。雪も止まぬが、静かな季節の碌である。

 

 そんな狭霧山に剣戟が響いた。それは日常に過ぎない学びであり、切磋琢磨の在り処である。当然、それを監督する鱗滝にとっても同様だった。育手とは鬼殺しを生業とするもの教育者。滅する術のすべてを教え込むのが育手である。彼らは嘗ての鬼殺の剣士であり、老体に鞭打ちながらも後続にその技を継がせる存在なのだ。

 

 鱗滝もそのことに疑念の余地はなかった。そしてまた、月日を追うごとにその想いは強まっていく。自身にはその才がないのではと、疑念に耽る事も珍しくはない。何故なら剣士を育て上げるということは、死地に学徒を送り込む事と同義なのだから。

 

 そんな鱗滝に、新たな悩みの種が増えた。剣戟が響く方向を向く傍ら、右隣にも意識を向け続ける。目下一番の苦悩なのだが、当人を前にして表に出すことは無い。むしろそれは傲慢かつ怠惰の顕れ。愚行を犯す気など毛頭なかった。

 

 

「……もう、体に不自由はないか」

 

 

 ぴくり、と肩を震わせる様子が見ずとも取れる。暫しの沈黙の後、ゆっくりと、小さく頷いたようだ。言葉でなくとも返答があるのは喜ばしい。『数年前』の悲惨さに比べれば進歩したものだ。今はそれで充分と安堵を胸に抱く鱗滝。身も蓋もないが、まるで腫物を扱うかのようである。悩みを抱かせている時点で、精神的な腫物足り得るだろうが、狭霧山の頑固爺は知らぬふり。其処に在っていいと言い聞かせているのかもしれない。

 

 さて、一方その腫物張本人。

 

 齢は十余りふたつ。髪は長く透き通るような黒。幼いながらも整った輪郭と顔立ち。背丈は4尺6寸と歳相応。真っ白な寝間着。そして、目を覆うの布帯が何よりも目に付いた。そんな歪な高貴さを纏う少女が、縁側に鎮座している光景は、謎の一言である。

 

 呼吸と変わらぬ程に、小さな溜息を鱗滝は吐いた。再度、剣戟を放つ影へと視線を戻す。

 

 

 

 ――キィン、と山彦が反る。

 

 数にして3つ。木々の隙間を跋扈しながらも刃にて火花を散らす姿はさながら流星の如し。常人には視認すら危うい速さ。ただ、直線的に過ぎる。経験不足が如実に現れているのだ。

 

 だが、全ての指導は終わっている。故に放棄。故に沈黙。鱗滝最期の我儘であり、最期の心根(ぎんじ)だった。

 

 

「お前の思いは……変わらぬままか?」

 

 

 他人への問いかけにしては、妙に痛々しい。まるで何かの感触を確かめるかの様。正しさだろうか。倫理か、自負心か。諸々が軋む感覚に食い縛った。間違いではないという、言わば願いなのだ。そうであってほしいという願望――。

 

 

 

 誰かに対してではない、ただの一人芝居(じもんじとう)。それが鱗滝左近次という男の(やさし)さだった。

 

 

「…………歩いてくるわ」

 

 

 生来のものか、はてさて此処にいぬ誰かの受け売りか。隣からの解合わせはまるで要領を得ないものだった。次いで付け加えるなら、言葉の端にある刺々しさも隠し切れていない。それでいて鼓膜を叩く声色は、酷く柔らかかった。

 

 素足のまま、軒先まで歩く。足音も、布が擦れる音すら聞こえない。たおやかな立ち振る舞いと相まって、静寂がそこに佇んでいるかのよう。山道に溶けていく影に、鱗滝が最後に目視出来たのは、携えていた真っ白な何か。

 

 それは十中八九、自身が彫った【面】であった。

 

 

「……うむ。日の落ちる前には帰る事だ」

 

 

 雪が降る日には、決まって何処かへ歩いていく。鱗滝も幾度か付いて回ったが、法則なくふらふらと赴くだけ。ただの散策か……或いは探し彷徨っているのか。いずれにせよ、その様は生者からは掛け離れていた。

 

 

 

 

 ――そして、その面を持って出かけた後、決まって山からは血の匂いがした。

 

 

 

 

「どうにか、してやれぬものか……」

 

 

 数えて五つ。それだけの季節が巡っても、穴を埋めてやれない。相も変わらず、少女の心内は伽藍洞なままだ。空虚とはまさにあの様を言うのだろう。思い悩むも救い出せる当てもなく、答えを出せずに時だけが過ぎていった。

 

 

 

 始まりは、5年前。少女を見つけたその当日だった。

 

 

 

 

 

 

 □ ◇ □ ◇ □

 

 

 

 

 

 

 世界に、軋轢が走った。

 

 

 少女は、見知らぬ家屋で目覚めていた。恐らく、何を見たとしても、大概のものに既視感など覚えなくなっているが、当人は自覚しようもない。相変もわらず、頭には靄が掛かった様にぼんやりとしている。思考の材料足り得る記憶は曖昧。廻らない思考を全て、眼球から得られる情報への問いかけに割いていた。

 

 

 瞬く、瞬く、瞬く……。

 

 さりとて、不和は緩衝されず。壁で、床で、体で主張を仕掛けるは異形な(ほつ)れ。これは一体なんなのか。

 

 思考が追いつく間もなく、指先が生けた花に絡みつくソレに伸びていく。無意識的な行動が、状況悪化の一途を辿らせるのは、もはや世界の様式美。勿論、童女にそんな事を理解しろと言うのは酷なことである。不可抗力ゆえに致し方がない。いけなかった、と罵られる謂れがある輩といえば――。

 

 

 

 

 ――パキッ

 

 

 

 精々、「間」ぐらいのものじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

「きゃああああ!!!」

 

 

 

 

 

 戸が勢いよく開く。飛び込む残影は群青と朱。留まれば、それが人間だと気付けた。天狗の面。家主の鱗滝である。

 

 なぜこうも遅れが目立つか。自身を叱咤し、状況の殆どを鼻で理解する。原因だけは解らないが、鬼ではない。そこには恐怖の匂いだけが漂っていた。血の匂いもない。ならば、混乱が乗じて畏れを増長させたのだろう、と当たりをつける。

 

 

「ひっ」

 

「聞け、ここは安全だ。お前を傷つける者も、儂がお前に危害を加えることもない。安心するといい」

 

 

 目線を下げて、面を取った。怯えさせてしまう様な要因の徹底排斥。塞ぎみ、布団に顔を埋めているので意味は薄い。が、いずれはそうするときが来る。早い方がいい、間に合わぬのはもう散々だ。

 

 

「恐怖が治まらないのであれば、暫くそうしていてくれて構わん。飯は近くに置いておこう。それ以外は手を出さぬ。心が癒えるまで、近くでお前を守ろう」

 

 

 抑揚が少なく、重くのしかかるような声。だが、包み込むかのような優しさがあった。聞くだけでも、少女の震えが治まっていくのだから不思議だ。

 

 互いに沈黙。ともすれば、後は時間に解決させるしかないことを悟るのは自然なこと。面を拾い上げ、ゆっくりと腰を上げることで床を軋ませた。

 

 

 

 

 

『――は、後から追い……ますから、 辛いでしょうが、今は走るのですッ……!』

 

 

『生きていればきっと誰かが見つけてくれるから――』

 

 

 

 

 

「……ぁ……ま、って!」

 

 

 

 

 咄嗟に、声を詰まらせた。

 

 

 蘇ったのは、聞いたことのない声。そして、真新しい既視感。最初に抱いた感情が胸に注がれていく。それでいて紡がれたものはか細いどころの具合ではなかった。先程の悲鳴を上げた喉とは、別物なのではないかとさえ疑ってしまう。突き付けられた歯痒さは焦燥に転じた。

 

 

 

 ――だから、見開いた。

 

 

 何も覚えていない。憶えてなどいないのに。それでも、もう見失いたくない。目を逸らす(おいていく)のも、見えなくなる(おいてかれる)のも……もう、嫌だったから。

 

 

 

 

「なんと……!?」

 

 

 

 

 まるで、幽世の快晴。

 

 

 藍、虹、玉虫……形容しようにも、人の語彙では足り得ない。凍てついて、透き通った、致命的な不合理。意味を為さない羅列が最もそれらしい(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。明らかに、人が持つには、傲慢が過ぎている。そう思ってしまう程に、その瞳は綺麗だったのだ。

 

 

 

 そして、『死』が錯乱した。

 

 眼前の人影に、絡みついていく線。部屋を覆い、無数に広がり、迸出と飛散を繰り返す。生きた稲妻の如く鮮烈に視界をのたうち回った。

 

 けれど、鱗滝は動かない。動くことを必要とすら感じていない。少女の脳裏に疑問が沸き立つ。なぜ、どうして、おそろしくはないのか。こんなにも昏くて、悍ましいものが迫っているというのに。見えているのなら触れないで。見えて、見えて……ない? あぁ、いけない。もう、増えすぎて――。

 

 

「だめ……ッ!」

 

 

 ――閉じて、しまった。

 

 また、暗い世界にひとりぼっち。自分でもわからないほど嫌っていたのに、自ら闇へと飛び込んだ。

 

 でも、見開いた世界はどうしようもないくらい冷たくて、嫌になってしまう程に痛々しい。目が、頭が、身体の全てが拒絶する。まるで自分だけが世界から追い出されてしまった様。アレはいつか消えるのだろうか。それとも、一生このまま自身の視界に現れ続けるのだろうか。死ぬのは嫌だ。置いて行かれることが嫌いだ。そのふたつだけが、私の中に残されている。どうすればいいのか。どうしたらいいのだろう。このままずっと苛まれるくらいなら、いっそ……いっそのこと――。

 

 

「ならん!!」

 

 

 思いの底から、腕を引き上げられた。気づけば、離れていたはずの天狗翁(うろこだき)がそばにいる。

 

 少女の目は閉じたままだが、ここまでくれば感触で理解した。目元まで浮上してきた凶行を、力尽くで押さえつけられている。驚いて振り払おうにも、びくともしない。大人と子供であるから、という具合の話ではない。一寸たりとも微動だにせず、そこに留まったままなのだ。

 

 

「……詳しくは聞かん。だが、お前の怯えは伝わってきた。目を開けたくないことも……違わないな?」

 

 

 この男、やはり鼻が利いていたのだ。少女は知らぬ故に驚いているが、今の鱗滝にとっては些事に等しい。物心がついたのがだいぶ前とはいえ、童子は童子。そんな幼子が痛みを鑑みずに、光を失うことを選ぶなど看過できるはずもない。憶測ながら、そうしようとするだけの理由(わけ)があるのも同時に察せた。

 

 

 

 この世には、人の域を見誤った異能を以て生まれてしまう人間がいる。

 

 鱗滝もそのひとりだった。素体から発せられる匂いだけでなく、感情の起伏や移り変わりまでも嗅覚で理解できてしまう。おおよそ、害がなければ受け入られる時代だったのが幸いした。迫害や畏怖などとは無縁なまま人生を歩み、現在に至る。

 

 けれど、それは運が良かっただけという事も理解していた。実際に、持って生まれてしまったが故に疎まれる者を、この手で育てたこともある。大抵、その心は荒み切っているか、あるいは閉ざしてしまう者が大半であった。

 

 少女もそれの一端なのだろうという、経験則に基づいた憶測。当たっていることを願えばいいのか、外れてくれと嘆願すべきかは神仏に任せるしかない。まあ、だからだろうか。綺麗ごとだけで凶行を止められるわけもないので、こうして腕を掴んでいるのだ。

 

 

「どうしても、視ることが辛いのだな?」

 

「……うん」

 

「されど、潰したくはないのだろう? でなければ、そんな悲痛な表情は必要ないのだから」

 

「……う、ん……っ!」

 

「……さすれば、儂が教えよう。視ずとも生きられる(すべ)があることを。それが身につくか、お前が満足するまで……ここに居る」

 

 

 その手を引き、柔らかく抱き留め背中をさする。それに応えるように、少女も翁の衣服を皺が寄るほど握り掴んだ。腕の中から漏れ出る嗚咽が、小屋に反響していく。その年で声を殺して泣くことに気づき、やるせなさが一層深まるが、これからなのだ。まだ、やり直すための時間は充分にある。だってほら――。

 

 

 

 ――涙は、人と変わらず美しく流せるのだから。

 

 

 

 その後、少女は明かした。山で倒れている以前の記憶がないこと。眼に映るどす昏い線。誰かが残してくれたふたつの想い。それ以外を、自分は持ち合わせていないのだと、目を伏せながら語った。

 

 鱗滝はそれを静かに受け止め、何はともあれ、残してくれた誰かへの感謝を忘れないように忠告した。そしてある種、一等触れ辛い場所に踏み込んでいく。

 

 

「名を……覚えているか?」

 

 

 少女は、何も言えなかった。浮かんでこなかったのだろう。唇を一文字に描いたまま動くことができなかった。かといって、自身で名付けなおすのも可笑しな話だ。本来、名とは付けられるものであって、主体が主体に対して付けることはまずあり得ない。人であれば、親がつけるのが普遍的だろう。鱗滝の本意は、その確認にある。すなわち、自身が名付けても構わないか、という問いへの了承である。

 

 

「……相分かった。では、儂が決めよう。気に入らぬのであれば申し付けるがいい」

 

 

 逡巡ではない、少しの間。思案の刹那に至る光景。顔を合わせて数刻程度の女子に最も印象に残りやすく、意味のある言葉を選ぶ。こういうものは直感でも良いとされているが、鱗滝はそのあたりを考える男だったらしい。面の下に隠れている慈愛が隠したはずの慈愛が漏れ出ていることを古い知人にも指摘されているが、当人は認めていない模様。

 

 気持ち、上へ傾いている面が正面へと降りてくる。趣深い綴りも降りてきたことを願うばかり。重苦しい口調のまま、再度口を開いた。

 

 

 

 

 

「お前の名は――」

 

 

 

 

 

 

 □ ◇ □ ◇ □

 

 

 

 

 

 

「鱗滝さん」

 

 

 

 

 

 意識が現実へと浮上した。駆けてくる影は見覚えしかない。至って平時の享受すべき日常である。

 

 耽った先で出会うは少女、唯一の現し世で出会うも少女。姿形は違えども、大事なことには変わりない存在である。

 

 

「お腹空いた……夕餉(ゆうげ)にしよう?」

 

「真菰……錆兎と義勇は未だ山中か?」

 

 

 真菰、錆兎、義勇。育てるのはこれが最後と決めた3人の愛弟子。身寄りを失い、路頭に迷っているところを見兼ねて、この山へと手を引いてきた。皆、親兄弟を鬼に喰われた者たち。故に、鬼殺の剣士への道を辿ろうとするのは必然であった。

 

 

「うん。明日は手合わせの日だから、二人ともまだ稽古するんだって。私は備えて早めに切り上げたほうが良いんじゃないかって言ったんだけど……男の子ってなんであんなに真っ直ぐなんだろう」

 

「悪いことではない。切磋琢磨できる相手がいることは望ましい。延々と素振りや、岩断ちに挑むよりは遥かに効率がよかろう」

 

「むー……それでやりすぎて何度も体を壊すのは駄目じゃないの?」

 

 

 そうだな、と最後に溜息を吐く。もとより、そうなったのなら拳骨が飛ぶ。実際に、義勇と錆兎は何度もその頭にこぶ(・ ・)を作っていた。個々人へと放任してはいるものの、度が過ぎれば叱るのも大人の役目。まだまだ、子供故に加減を忘れる歳な事を忘れてはならない。とはいえ、今までこれほど早く岩断ちまで到達し、岩断ちの段階でこれほどまで手のかかる弟子は初めてだった。

 

 

 

 

「……あれ? もしかして、【お姉ちゃん】いないの?」

 

 

 

 

 不意に話題が逸れる。真菰の抱くその疑問は、視線の先にある壁から浮上した。

 

 3つ並んだ狐面。それらは最終選別と呼ばれる鬼殺の剣士になるための最後の試練に挑めるようにまで成長した時に渡すものであると、鱗滝から言われている。毎日自然と目に入るために、面自体には変化がないことが見て取れた。違和感なんてものは微塵もない。

 

 ――それが、4つ並んでいればの話だが。

 

 

「遅くならぬよう忠告はした。今日は儂が用意するとしよう」

 

「あ、うん。それはいいんだけど……もうすぐ暗くなるし、大丈夫かなって」

 

 

 それは、純粋に身を案じるものだった。

 

 記し忘れていたが、鬼は夜に活動する。朝日を浴びると肉体が崩れ、消滅するからだ。普段は陽の光を避けるために、洞窟や地中に籠り身を伏せている。だが、陽が沈めば一転。食人衝動のままに野山をかけ、人が寝静まった頃に屋内へと侵入し、その身を喰らわんとばかりに襲い掛かる。

 

 ただ、対抗策が皆無というわけではなく、鬼殺の剣士でなくても講じる手段がひとつある。それは、意外なことにとある植物の香りだったりする。陽の光ほどではないものの、鬼はそれらの香りをたいそう嫌がるのだ。無理に嗅がせると、弱体化までするとのこと。それらの香を焚いておけば、喰われることはまずない。

 

 

 

 不思議なことに、鬼はその香りの――【藤の香り】を嫌うのだ。

 

 

 

 この狭霧山も、その限りではない。小屋周辺、及び山の要所には鬼除けをしているが、あくまで一部であり、外れれば鬼が徘徊していてもおかしくはないのだ。陽の光をあてるか、【日輪刀】と呼ばれる特殊な刀で首を斬るしか倒す術のないことが非常に悩ましい。それで万が一出くわし逃れられたのなら、その者自身よほど機転が利くか、ただ運が良かっただけのどちらかだろう。

 

 

 

 

「日輪刀は持たせてある。問題はなかろう」

 

「そっか……うん、そうだよね。だって――」

 

 

 

 

 ……さりとて、それは異端であることを除けばの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 □ ◇ □ ◇ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、狭霧山の山中。日が水平線へと落ち、黄昏が顔を覗かせる。陽光の残心が健気にも照らすが、木々が伸ばす細枝に遮られた。

 

 

 

 そんな夕闇の最中、一羽の【兎】が佇んでいる。

 

 

 

 

 ……ゴトリ

 

 

 

 

 形容するのであればそんな音がなっていただろう。

 

 早い話、そっ首が刎ねられ落ちた。浅く積もった雪が受け止めるには、あまりにも重すぎた。恐らくは、二つ以上の意味を孕んで。物理的にも、情緒的にも、無理があると言い切れよう。

 

 無論、少女のものではない。その眼前にいた存在が携えていたはずのもの。血色は良いとは言えない。寸前まで生を享受していたには青白さが過ぎる。そもそも、造形が人には不要なものが目立っているのだ。

 

 

 ――歪な突起。有り体に言うならば【角】であった。

 

 

 それに対して身動ぎひとつしない少女。目元は隠され読み取りにくいが、感情らしいものは浮かんでいない。もし実際に見聞すれば、薄情と罵るだろうか。否、万人はただ唖然とするだけ。白銀の世界で、釣り合いの悪い双影が静けさに流されている。

 

 ひゅう、と鳴引く一筋の風切りがより一層に静寂を色濃く圧する。それが自然によるものか、はたまた紅を払った人影か。傍観者など存在し得ないこの空間で、識る者など誰がいようか。

 

 

 ただ、ひとつだけ――。

 

 

 

 

 

 

『――【(シキ)】は、私たちが足元にも及ばないくらい強いから』

 

 

 

 

 

 

 重なるとするなら、当事者の預かり知らぬ噂話か。

 

 

 

 

 

「…………まだ、足りないのかしら」

 

 

 

 

 

 出逢いたいはずの誰かを、待ち望んでいる。記憶を失う寸前に感じた確かな彩りを、虚ろげに覚えている。だから、今日もまた自分のために刀を振るう。

 

 

 

 ……だとすれば滑稽だ。隠された眼で何を探そうというのか。そんなことすら分からず、生きる強さを求めて彷徨い続けている。本当の自分のことすら見えていないというのに、何処へ行くというのだろうか。その目には一切の覇気を感じない。まるで、屍が動いているよう。【兎面】の奥、布帯の裏に煌めく瞳は、いつも――

 

 

 

 

 彩には程遠い、色の欠けた淡藍だった。

 

 

 

 

 

 




 5年経つも、未だに死の線は克服できていない少女【色】。


 彼女が貰ったのは兎面。


 黄昏時に鬼狩る首切りバニー。

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