雪、根源、浮き世にて―― 作:花月の袴
後に残るのは後悔ばかり……先立ったのは逸っていた心だろうか。
錆兎がその少女に出会ったのは、狭霧山に来てからすぐのことであった。
言うならば、気が付けばそこにいたと表現すべきか。
両親を鬼に殺められ、天涯孤独な最中、鱗滝に声をかけられた。小屋へと連れられ、温かい食事を前に涙を堪えながら平らげた後、半刻も経たぬうちに泥のように眠った。そして、目を覚ませば、縁側でぼうっと外を眺める少女がいたのだ。昨日まではいなかったのかと、本人に問いかければ、外に出ていたのだという。浮世離れしたような佇まいに、最初はたじろいでいたものの、鱗滝の修行が始まれば、すぐにそんな思いは捨て去ることとなる。
まず、修行が途方もなく辛い。
空気の薄い山の中をひた走らされる。また、見えない場所には死ぬほどではないものの罠が仕掛けられており、生傷が絶えないままに下山を要された。そして、日も暮れそうな後に追加されたのは、木刀の素振り。それも千を超える回数である。無意識に手を抜こうものなら、回数が倍に増やされた。そんな内容が毎日のように続く日々が幕を開けた。
その月をまたぐ事を待たずして、自身以外に修行をする者が2人ほど増える。名を義勇と真菰。義勇は錆兎と同じように、親類を鬼に喰われたのだという。同じ境遇に親近感がわき、すぐに兄弟関係のような仲になった。義勇に対して「俺たちは兄弟だ」と告げたとき、嬉泣いていた義勇を「男なら泣くな!」と叱咤したことは今でも懐かしい。
真菰に関しては少々特殊だ。なんでも、自分が来る半年前から鱗滝に指南を受けており、修行の一環で小屋にも戻らず山籠もりをしていたらしい。曰く、人よりも肺活量が少なかった事を克服するために、四六時中空気の薄い場所で生活することを指示されたとのこと。正直なところ、見た目は小柄な少女に変わりなかったために、半信半疑だったのが事実だ。
そして、ものの見事に鼻っ柱を叩き折られる。
同じ日に走り込みをしてみれば、圧倒的な差を見せつけられた。当人が小柄なこともあり、人とは思えない程の俊敏さで下山していき、錆兎と義勇が辿り着いたときは真菰が素振りの鍛錬を終えた時であった。
思えば、そこが分岐点だったのだろう。親を殺された怒りを原動力に鬼を滅することなど、頭からすっかり抜け落ち。真菰に置いて行かれぬよう、義勇に追い抜かされぬようすることに必死になっていった。修行の内容は厳しいままであるのに、二人といられるだけで安心する気持ちがどこかにあった。辛い時も、嬉しい時も、すぐそばに仲間がいる事を実感した時に初めて理解した。
鬼の首でも、それを滅する力でもない。自分が欲しかったのは、掛け替えのない大切に思える誰かと、それを守れるだけの力だったのだ。
それを理解してから、錆兎は破竹の勢いで成長していった。僅か二月で真菰に勝るとも劣らない速度で下山できるようになり、誰よりも素振りの速度が増していく。それに驕ることを良しとせず、鱗滝との手合わせをするようになってからは、何度投げられようと落ち込む様子を見せなかった。
無論、それを見て義勇と真菰も奮起する。不得手なものを克服し、得意とするものは際限なく伸ばしていった。
そして、半年経った頃。鱗滝の最終試練、岩断ちを達成することとなる。偶然か、はたまた必然か。それを3人はほぼ同時に斬り終えたのだ。自分に厳しくを信条にしていた錆兎もこのときばかりは、声を上げて喜んだ。「よくやった」と3人は互いを称え、全員が涙を流していた。
その日、鱗滝は3人を小屋の前へと招集し、岩を斬ったことを褒めた。滅多にない鱗滝の激励に頬が緩むのを感じつつも、神妙な声色を崩さない天狗翁を前に耐え忍んだ。
鱗滝が言うには、最終選別を乗り越えるには十分以上の力を蓄えているとのこと。だが、それでも足りていないものがあると言い渡された。身に覚えはあるかと問われ、首をかしげる3人だった。
――狭霧山を駆け回るだけの体力。
――鬼を倒すための全集中の呼吸。
――刀の扱い方と水の呼吸の型。
そこまで考えて、錆兎はひとつ思い当たる節があった。
「経験……ですか?」
その答えに、鱗滝は正解だと頷く。
そう、親を殺されたことで、鬼を殺す修行を積む覚悟を3人は決めていた。だが、実際にそれで斬れるかは別問題なのである。自身の力量では倒せない強大な鬼を目の前にして、足が竦むこともあるだろう。戦意喪失してしまうことだって珍しくもないのだ。
異形の鬼、血鬼術を使う鬼、それらの圧倒的上位に君臨する下弦と上弦。今の自分たちが抗えるのは精々、少々強い程度の普通の鬼だろう。それらを倒すために必要になるのは覚悟、そして何より経験であるという。時に竹刀の打ち合いも行ってきたが、それはあくまで対等な実力同士。
加えて、彼らにとって格上の鱗滝も鬼の膂力の前では人間の域を出ない。むしろ、老いによりその戦い方は剛よりも柔を良しとするものへと変わりつつある。全集中の呼吸……会得すれば身体能力の全てを飛躍的に向上させる呼吸法を用いたとしても、全盛期よりも衰えてしまっていることは確実であった。力、技量、経験……全てにおいて優っている存在と3人は相対したことがなかったのだ。
「教えることはできても、経験を十分に積ませることができん。無論、今の実力でも十分に最終選別は突破できるはずだ。だが、あくまで通過点であることは理解しているな? 苛烈な戦いは【鬼殺隊】に入隊を果たした後から始まる」
【鬼殺隊】。
政府非公認の組織であり、1000年以上に渡って鬼狩りを続けている。鬼の発生とほぼ同時期に確立され、その隊員は数百名を超える。最終選別を催しているのもこの組織であり、過去に鱗滝も所属していた。そこでは柱と呼ばれる最上級の階級まで上り詰めたらしい。が、現役を続けられる歳までに鬼の根絶は叶わなかった。引退後の今、育手として鬼殺剣士の育成を務めているのは、それが理由である。
「内容こそ明かせんが、最終選別でも実戦に近しい事が行われる。死人も珍しくはない。味方から見殺しにされることすらあるだろう」
直面したときに冷静に対処できるか? 判断を下せるだけの覚悟があるか? そういうことを言いたいのが伝わってくる。
ならどうすればいい。経験を積むということは、実際に鬼を斬らねば始まらない。だが、余程のことがなければ入隊未満の者が日輪刀を持つことなど許されない。日輪刀とは鬼殺隊の生命線。鬼殺の剣士すら何処で製造されているかすらも聞かされない機密事項なのだ。当然ながら、部外者の域を出ない錆兎たちが持つことは咎められる。仮にそうして自分たちが処罰を受けることは甘んじるが、恩師にその責を負わせることだけは論外。恩を仇で返すなど、男らしくない以前に人として大問題だろう。
「……来るんだ」
家の裏から、ゆらりと顔を出した少女がいた。3人ともその姿には見覚えがある。というか、毎日のように顔を合わせていた人物であった。にもかかわらず、彼女のへの掘り下げる行為自体を忘れてしまっていたらしい。十中八九、原因は初日の修行の衝撃によるものだろう。
「…………」
名を、【
以前に一度、鱗滝より話を聞いたことがあった。どうやら5年ほど前からこの小屋に住んでいるらしい。それ以上のことは特に説明されることはなく、聞きたいのであれば本人から聞くことが筋だろうと、言外に注されている気がした。
時系列沿えば当然だが、最初に声をかけたのは真菰だった。
どこか呆けてるような印象を受ける色だったが、意思疎通は案外普通に取れる。聞けば淡々としながらも返答が返ってくるし、あちらから食の好みを聞かれたこともあった。
修行の後、夕餉を用意されていたり、湯浴みの準備や、髪を梳いたり……と、世話を焼くような素振りを見せてくるので、いつの間にか姉と呼ぶようにまで慕っていた。
当然、錆兎と義勇も分け隔てなく接していた。ただし、相手は年齢の近い異性。しかも、修行には一切関与せず、比較的受動よりな態度。話しかけようにも話題がなく、さりとてシキといい鱗滝といい訳ありげな雰囲気。根掘り葉掘り聞くのも憚られる。結局のところ、生活に必要最低限な会話だけが日常の中で交わされていた。
そんなシキが、自分たちの前に立っている。相も変わらず、掴み処のない雰囲気で。唯一、見慣れないものが握られている。いや、自分たちは見慣れているのだが、色が
「お前たちに与える最後の課題だ。岩断ち同様、これを突破せねば最終選別には向かえぬと思え」
ふわり、と空気が揺らいだ。
山修行で鍛えられた五感だからこそ、感じられる程の小さな揺らぎ。鱗滝と対面していた3人が
――あくまで、弟子という範疇での事だが。
「ぐっ……!?」
「なぁ!?」
「きゃあ!?」
刹那、3人の腕に衝撃が走った。
突如として手首周りになかったはずの鈍痛が居座っている。その痛みの認識と手の中にあるはずの重みが消え去っている事を認識するのはほとんど同時であった。
だが、そこで終わってしまうほど、少年は才を腐らせてはいなかった。訓練の反復による判断から、失ったものを拾い上げるべく身を屈め、視界に入ったものを掴む。そして、その場から出来るだけ離れるように地を蹴った。態勢を空中で立て直しつつ、再度状況の確認のために間髪入れずに着地と同時に面を上げた。
「……ッ!?」
そして、眼前に
動けば……いや、下手に呼吸さえすれば地を舐めることを錆兎は本能的に察した。打つ手なし。既に詰んでいるのだと自覚したのだ。自身の運命は眼前の強襲者へと捧げられている。己に残されているのは、弾け飛んでしまった今までの常識を紡ぎなおそうとする困惑、そして、己の不甲斐なさに対する憤怒だった。
「――色に一太刀でも浴びせること。それが、お前たちが成すべき最終試練だ」
何度も、師の技を見てきたはずであった。
今であれば、押し返せないとしても、打ち合えるだけの実力をつけたという実感があった。
…………だというのに、このザマはなんだ?
過信していた訳ではない。負けたのは相手より自身が弱かったからだ。そこに言い訳を挟むような事は絶対しない。男なら当然、黙って結果を受け入れるものだから。
けれど、理解ができなかった。
納得はしている。結果を黙って飲み込もうとするその癖が、余計に混乱を極めていた。因果が逆転していれば話は別。それならば納得できない憤りを訓練にぶつければいい。激情を踏み台にして、今よりも前に進むことができる。
しかし、理解のできない
その衝撃を殺せぬままに、回らない頭で自分の居場所探そうとした故か。今まで抱えてきた少女に対する想いが、言葉となって零れ落ちる。
「お前は……
おおよそ、人に向けた言葉ではなかった。間もなくして、自身のその発言に青ざめることとなる。目の前に立っているのは、間違いなく同じ人間だ。それに対して放った言の葉は、傷を付ける事を厭わない茨であった。
そこまで理解して、ようやく自身が相手の顔を見ていなかった事に気付く。面を上げてみれば、さらに後悔が覆いかぶさってきた。神妙な面構えか非難を浴びせるような視線が送られて来ていれば、まだよかったのだ。それなばら、考えを改める端緒になれたのだろう。
けれど、非情なもので、仰げば何の
「…………色よ、今の私は。それ以上でも、それ以下でもないの」
得物を下ろし、そのまま小屋の方へと歩いていく。錆兎にはその背中を見送る事しかできなかった。自分と比べて、ひとまわりも小さな体躯。あの華奢な体からは想像もできぬほど鋭い剣戟。腕に残る痛みが、全て現実であると訴えていた。
「実力差は理解しただろう。己に足りないものを見極め、見事一撃入れてみせよ」
「鱗滝さん……」
「方法はお前たちに任せる。3人で協力するも良し、1人で挑み続けるのも良し……よく話し合うことだ」
そう言って、鱗滝も小屋のほうへと歩いていく。どうやら岩断ち同様、自分の手で成し遂げなければならないようだ。しかし、今回は3人で立ち向かうことを許されている。それが実力を侮られているという意味ではないことは、身をもって体感した自分が誰よりも分かっていた。だからこそ歯噛みする。自分はまだ弱く、その認識が薄れていたのだと。
本来、彼がそれを責める必要などない。人間であるなら、何かを成し遂げたことに喜びを抱くのは至って自然なことだ。
だが、同時に落差というものに極端に揺さぶられるものでもある。半年の厳しい研鑽が報われたのだから、その衝撃は計り知れないほど大きい。鱗滝がしたことは、獅子が千尋の谷から這い上がってきた我が子を再度蹴り落すようなもの。いくら修行に堪え切れた猛者であったとしても、心はまだまだ未熟な齢。割り切れるほどの人格は、未だ育まれていなかった。
「……お姉ちゃん、あんなに強かったんだ」
「あぁ、気が付いた時には刀が弾き飛ばされていた……凄まじい速さだ」
真菰も義勇も、やはり現実感が薄いようであった。だが、それほど錆兎とは違って落ち込んだ様子はない。お互いにやれ凄いだのかっこいいだの言いあっている。根が素直なのだろう。それと同時に、きちんと状況を把握できていないのも事実だった。
「……お前たち、分かっているのか? 俺たちはアイツに打ち勝たなきゃならないんだぞ。次の選別まで約半年……その間に、あそこまで至れると思うか?」
「うーん、ちょっと厳しいかなぁ」
「そうだった……いや、確かに難しいが3人で協力すれば何とかなるんじゃないか?」
事の認識の違いからか、錆兎と比較して2人からは焦燥がほとんど感じられなかった。そんな楽観的な様子に、ほんの一握りの苛立ちを感じてしまう。きっとそれは、ほとんど八つ当たりなのだろう。辛酸を舐めたことに血が昇っているのかもしれない。一度頭を冷やすべきだと、どす黒さを感じさせる何かを胸に秘めたまま山を登った。無言で修行再開へと赴く錆兎に、慌てて義勇は後を追う。真菰も溜息をつきながらも、2人に追従した。
その日からまた、狭霧山では剣戟が響き渡るようになる。日を増すごとに、その音の冴えは鋭くなっていった。
圧倒的な敗北から数か月。最終選別まで残り一月分を切った今現在。
未だに、色の寝巻に傷がついたことはなかった。
□ ◇ □ ◇ □
「……ッおい! 錆兎……づぁッ!?」
「ちょっと、加減して――きゃあ!?」
バキリ、と嫌な音が木霊した。
人体から鳴ってはならないような音だった。ひとりの少年――錆兎が、脇腹を押さえている。十中八九、その音は彼から発せられていたのだろう。証明するように、その顔には苦痛の色がにじみ出ていた。
「……! すまない、熱が入りすぎた」
だが、どういうことだろうか。脇腹を押さえた錆兎が立ち、他の二人が倒れ伏している。錆兎が2人を吹き飛ばして勝者となったはずだというのに、何故負傷しているのだろうか。
暫くして、呼吸を整えた少女――真菰が立ち上がってきた。その顔は憤怒に満ちている。温厚な真菰が怒りを露わにすることなど滅多にない。怒るときは決まって、誰かのためと決まっている。申し訳なさそうな表情を浮かべる錆兎に詰め寄り、顔をずいと近づけた。
「また、無茶して
「……あぁ、反省している」
自分が吹き飛ばされたことなど、まるで覚えていないかの様に詰め寄った。怒髪天を突くような勢いだというのに、その眼には涙が浮かんでいた。本気で心配されていることを読み取れないほど、錆兎も馬鹿ではない。ばつの悪さに拍車をかけると同時に、この場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
一度治療するために、下山していく。当然、真菰の怒りも冷めてはいないが、治療が最優先であることは理解していた。負担を掛けさせるわけにもいかないため、黙って肩を貸して下山を手伝った。一度は手助け無用の主張をする錆兎であったが、真菰は涙目のひと睨みで黙らせた。男が泣いた女の顔に勝てないのは、年齢を厭わない必定の掟である。結局、しぶしぶ肩を貸される男が歩いていた。
小屋に戻り次第、その治療が行われた。治療と言っても、鱗滝に絶対安静を言い渡されただけだが。実際、それ以外に治療法がないのだから仕方がない。間違って鍛錬でも行おうものなら、
「はぁ……まったく、どうしてそんなに無茶するの? その結果、数日なにも出来ないんじゃ本末転倒だよ」
床に入った錆兎に、ちくりちくりと正論をぶつける真菰。全くもってその通りなので否定のしようがない。当人的には、折れてもそのまま鍛錬を続けるつもりだったのが、そんなことを言えば冷え切った侮蔑するような目で加減なく正論を叩きつけられるのが小一時間続くだろう。そんなことは御免なので、黙秘を決め込んでいた。
「選別までひと月もないし、焦るのも分かるけど……どう考えても今の錆兎はおかしい」
真菰の心中は不安一色だった。敗北を帰したあの日から、錆兎は今まで以上に修行に打ち込むようになった。それ自体は自身も望むところだったのだが、日に日にそれは苛烈さを増していく。ついには、自身の怪我になど目も当てず、肉体の限界を超えるような負荷を躊躇なく強いるまでに到ったのだ。
その無謀とも言える修行に、一度は目を瞑った鱗滝も流石に無視することできなくなっていた。最初の無干渉は何処へやら、今では無茶をするたびに説教をすることに。
いくら注意しても止める気配のない錆兎に、共に修行する真菰が心配するのも無理はなかった。反省していると口では述べるものの、その瞳は自分たちをまるで捉えていなかったのだ。上の空とは異なる、先を見据えているかのような目。真菰も、それの見当ぐらいは容易についた。
「――そんなに、お姉ちゃんに追いつきたい?」
「……っ」
触れないようにしてきた問いだった。
色が3人を一瞬であしらったあの日。全員の色への認識は一変した。色に対して錆兎は極端に口数が少なくなり、義勇は少し困ったように眉を顰め、真菰は以前にも増してもべったりとくっつく様になった。三者三様とはまさにこのこと。その差が、3人の間に若干の隔たりを生じさせていた。
「……真菰、お前は何とも思わないのか? 自分が一方的に叩き伏せられるような奴だぞ」
「お姉ちゃんは、5年前からずーっと鱗滝さんのところで修行してたの。なら、何も不思議じゃないでしょ」
「初めから戦える事を知ってたのか?」
「うん。でもあんなに強いことは知らなかった。まさか、目隠しでも相手にならないなんてね〜」
苦笑する辺り真菰も、何も感じていない訳ではなさそうだ。ある種の憧憬に近いのだろう。慕っている相手が強ければ頼もしいというものだ。何も不思議なことではないのだと真菰は続ける。
「錆兎だって、義勇が死ぬほど強くて、先に5年間修業してたって言われたらどう思う? 凄いなって思うだけでしょ?」
「……そう簡単には比べられない。そもそも、俺たちはアイツがこの小屋にいる理由すら知らないんだ」
どこまで考えようと、行きつく先はそこである。要は、得体が知れないのだ。実力を見るまでは鬼の被害者か何かだろうと考えていた。鬼殺の育手のもとにいるのだから、大抵の理由はそこに帰結する。保護されているだけであれば何の疑問も浮かばなかっただろう。
だが、それが歯が立たない程の強者なのだから分からない。聞けば鬼殺の隊士ですらないのだという。いよいよ意味が分からない。あの強さであれば、下級の鬼程度であれば容易に首を斬れるだろう。相対したことがないために錆兎自身の憶測にすぎないが、異形の鬼や下弦ですら打倒が叶うのではないかと瞠目した。
それほどの強さを以てしても、鬼殺隊に入らない理由が皆目見当もつかない。容姿、過去、強さの不明瞭さに、素直な尊敬の念を抱くことができなかった。知らずしてそうしているのなら真菰のそれはもはや狂信だ。家族のような存在が出来て嬉しいのは分かるが、何も知らない人間のことを無償で信じろというのはいささか難しい。
つまるところ、判断を下すだけの材料がない。それが現状だった。
「それ、錆兎がお姉ちゃんに聞けば解決するんじゃないの?」
「いきなり聞くのは流石に無遠慮が過ぎる。誰にだって詮索されたくないことはあるだろう」
「あのねぇ……」
呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。普段は男相手(義勇)に男らしくないとバッサリ切り捨てるくせに、変なところで律儀さを醸し出すのは何故なのかと。然らば御免と言わんばかりに黙り込むのは悪手だ。どう考えても時間が解決することではないだろうに。
「それなら猶更ちゃんと寄り添わなくちゃ駄目でしょ! なんっっにも行動しないでお姉ちゃんのほうから打ち明けてくるはずないじゃない!!」
「行動はしている。手合わせでアイツを超えることが出来れば、少なくとも聞く権利を得られる」
「…………バカ?」
もはやただの悪口だった。まあ、その心中はお察し申し上げるが。
まさか、脳みそまで筋肉が詰まってるような回答が返ってくるとは思っていなかったのだ。不器用を通り越していっそド下手糞である。男らしいとか以前に、人との距離の測り方が絶望的になっていなかった。
しかし、その言い分を理解できる部分がある。狭霧山に来て以来まともに顔を合わせたのは真菰や義勇、そして師である鱗滝だけだ。友人付き合いという過程を吹っ飛ばして、文字通り泥に塗れながらも研鑽を共にし、時にはぶつかり合ってきた。そんなことを続けてからか、試合うことで己と他者の絆を深めることが錆兎のなかの
考えてみれば、彼らの歳は十余り二つか三つ。周囲から受ける影響を素直に受け止めてしまう時期。いわゆる【思春期】真っ盛りであった。
「…………で? お姉ちゃんに勝ったとしてどう聞くつもりなの?」
「……それは」
「普通に聞くことが遠慮なしっていうんなら、それ相応の手順があるんでしょ?」
「…………いや」
「まさか考えてないとか言わないよね? もしかして『お前は俺より弱いんだから俺の言うことを聞け』とかじゃないよね? お姉ちゃんを傷つけないで踏み込める算段が当然あるんだよね?」
「…………………………」
「え、嘘でしょ本当にないの?!」
素で
苦しい言い訳ぐらいは出るだろうと高を括っていたが甘かった。妥協を許さない
「このバカ! ホントにバカ!! 鍛錬バカの単細胞!!」
「ま、真菰……少し落ち着け……錆兔は一応怪我人――」
「義勇は黙ってて! そもそも怪我は自業自得だし、本当だったら労る義理ないんだからッ!!」
「……そうだな」
今まで空気が薄かった男は一瞬で撃沈した。
もう少し頑張れと文句を言うのも酷な話である。荒ぶる正論の暴風の渦中に誰が好き好んで飛び込むというのか。
というか、全面的に錆兔が悪いのは紛れもない事実。見るのも痛ましいその姿に、止めたい気持ちもあった。なので、錆兔のことを思って義勇は真菰に絞られる彼の状況を良しとした。決して、自分への飛び火を恐れたわけではない。自分の気持ちに素直に従っただけなのだ。
□ ◇ □ ◇ □
あれやこれやと日々蓄積した鬱憤を真菰が吐き出し始めて幾何か経った。
血管がはち切れんばかりの剣幕で一気に捲し立てたからか、精神的疲労により後半はほとんど無言のまま溜息を吐いていた。真菰自身、埒が明かない事を悟っていたのもある。錆兎を窘める意味も当然あったが、半分は今後のことに思いを寄せていた。
彼女も色には勝ちたいと思っていたのだ。絶対的な壁があることは理解している。色の強さが鬼殺隊の剣士と比べてどのくらいなのかは分からない。だが、元鬼殺隊の鱗滝にも勝るとも劣らない事は確信していた。殉職しないままに鬼殺の前線を下りるほどの実力者であったと考えれば、相当の腕のはず。自身らに降りかかっている試練が無理難題というのは、薄々感じていた。
…………それでも、本当に無理なら言わないよ。鱗滝さんは厳しいけど、出来ないことをやらせるような人じゃなかった。
だからこそ、超えられるはず。遅くとも数年後には。けれどそれでは遅い。その数年の間にどれだけの人が犠牲になるのだろうか。数か月で一人の育手に数名の孤児が集まるような世の中である。煌びやかな都心では被害がほとんど出ていないために国からは認知されていないだけで、鬼による犠牲者は相当数いるはずだ。
懸念点の総評として、選別突破は今年中が最善だ。真菰とて女児とはいえ剣士の端くれ。人並みの負けん気は持ち合わせている。錆兎と同じ心意気を胸にしているのは確固たる事実なのだ。
「……真菰? どこへ行くんだ」
するりと立ち上がった彼女に義勇が声をかけた。胸の内を吐き出し、ある程度の気持ちの整理がついたのか、その表情は生気に満ちている。
「呼んでくる」
同時に、その瞳には覚悟が宿っていた。
未熟者である自分たちが、手段を選ぶなど烏滸がましい。そんな余裕ははっきり言ってない。最初からこうすれば良かったとさえ思えてくる。余計なお世話なんて百も承知。嫌われて上等――。
その程度、薄っぺらい関係のまま姉妹ヅラし続けるより万倍マシだ。
「皆で聞くの……お姉ちゃんの強さに、あの包帯のことも……直接本人にね」
――夕餉は、遅くなりそうだ。
小屋裏の天狗は、放るように薪を焚べた。
▶ししょうの ウロコダキが
しょうぶを しかけてきた!
▶ウロコダキは シキを
くりだしてきた!
▶サビトは どうする?
たたかう
たんれん
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