ツヴァイウィング大好き娘、追っかけ続けて装者になる   作:わらぶく

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少女と風鳴の血

 ベッドの縁に腰掛ける私の対面に、翼さんのお父さん──風鳴八紘さんが丸イスに座って私の方を見ている。観察するように見回した後、病衣の隙間から覗く変色した肌に目を走らせていた。

 やっぱりこの変色した肌が気になるのだろうが、それは仕方ない。これはもうそういうものとして受け入れつつあるから、今更私がとやかく言うのもあれだし。それに翼さんの近くにいる人間のことは知りたがるはずだ。私のお母さんもそうだった。流石に友達になった子の個人情報まであさろうとするのは、流石にやり過ぎじゃないかとも思ったけど。

 

「今日、君の元を訪れたのは、単に出来た翼の友人というものを見に来たというだけだ。そう畏まらなくていい」

 

「いえいえ、翼さんのお父様ならそんな訳にも……。あっ、私の名前は──」

 

「明乃菖蒲、現在十六歳。約二年と三か月前に体内で聖遺物『天叢雲剣』が発見され、特異災害対策機動二課での保護下に置かれる。その三か月後に『Project:N』にて聖遺物が起動。その際ノイズ殲滅の為に絶唱を使い一年半もの間昏睡。現在はリディアンの生徒であり、二課の職員。弦からもらった情報だ。合っているか?」

 

「は、はい……」

 

 流石は内閣情報官……情報が早い……。

 やっぱり翼さんのお家ってすごい人ばっかり。八紘さんは情報、弦十郎さんは指揮、翼さんは実働……あれ、この人たちある意味無敵なんじゃ?

 

「そう緊張しなくてもいいのだがな」

 

「む、無理です。大好きなアーティストのご家族様なんですから、私なんかの一ファンがなんて恐れ多い。大好きで憧れの人と、たかだかファンなだけの私は本当なら相容れない存在なんですから」

 

「なるほど、アーティストとファンの関係はそういうものなのか……ふむ、参考にさせてもらおう。だが、それ言えば弦、二課の長である風鳴弦十郎も翼の親族だが?」

 

「そ、それは確かにそうなんですけど、弦十郎さんはお兄さん的な側面が強くて、その親しみやすいというか。後、弦十郎さんとは私が二課に入ってから結構一緒に過ごしてますから」

 

「それもそうだ。少し根が悪い質問になってしまったな。謝罪しよう」

 

「あ、いえ……大丈夫です……」

 

 ……何だろうか、この何とも言えない緩い空気。

 決して八紘さんも硬いだけの人じゃないとは思うけど、柔らかくする方法を知らないというか。確かに雰囲気とかは厳しい感じなんだけど、分かりやすく言えば不器用な感じ。出会って最初の頃の翼さんみたいだ。やっぱり親子だから似るんだろうか?

 とはいえ、僅かに開いた扉から見える部屋の外で待つ護衛の黒服さんたちを見る限り、内閣情報官って絶対に偉いはず。そんな人がわざわざ私のところに来るのは、やっぱりお腹のアメノムラクモ関連なんだろうなぁ……。

 

「ファンである君からの視点で、翼のことを聞かせてもらってもいいか?」

 

「え、翼さんのことは八紘さんが弦十郎や、それこそ八紘さんの方が知っている筈じゃ……」

 

「……内閣情報官という立場上、私はあまり翼には会えん。翼の仕事の事情もある。それに、弦は身内だ。私はその外、君のような人間から翼のことを聞きたい」

 

「なるほど。分かりました! では不肖アヤメ、これから翼さんについて熱弁させていただきます」

 

 そこから私は、八紘さんに今までの翼さんに対して燃やすこの熱意を全て吐き出した。

 それこそ、中一からずっと応援し続けて遠くから見続けてきたことと、近くから見てきたことの両方。私はツヴァイウィングをずっと追いかけ続けてきた。それこそ、始まりからずっと応援し続けてきたんだ。私の熱意は誰にも負けないッ!

 だから、私の熱意を思いっきり語る。めっちゃ早口で、まくしたてるように、前のめりになって胸の内を全て晒していった。

 

「──ということなんです!」

 

「そ、そうか……それほどまでの熱意、翼も喜ぶだろうな」

 

 途中、完全に八紘さんから引かれていたけど、八紘さんが聞きたいといった。

 だから私は悪くない。OK?

 

「そういえば、翼さんとは会いましたか? 意識はもう取り戻していらっしゃいますし、顔を合わせても──」

 

「いや、合わせずに帰るつもりだ」

 

「えっ……」

 

「これは風鳴の問題でな」

 

「あっ、そ、そうですね……私なんかの部外者が入り込もうとしてごめんなさい……。で、でも、近い内に顔は合わせてあげて欲しい、です……。どんな時でも、お父さんかお母さんに会えたら少しは安心できると思います、から……」

 

「……参考にしよう」

 

 最後に小さくそう呟くと、八紘さんはイスから立ち上がって「失礼した」と言って、病室から退室した。翼さんのことを話題にした途端、いきなり空気が冷たくなって死んでしまうかと思った……。それにしても、どうして八紘さんは翼さんと顔を合わせようとしないんだろう。

 それこそ、厳しいならアーティスト活動なんて許さないだろうし、そもそも翼さんがキメ顔で『防人だからな!なんて言わないと思う。弦十郎さんも何か問題があるとは言ってなかったし……いや、私が聞いてないだけかもしれないけど。

 

 結局私の中では結論が出ず、ベッドの中にいそいそと潜り込むことになった。

 

 

 

 

 

「兄貴」

 

「……何だ、居たのか」

 

 八紘が病室から退出すると、壁に背中を任せて腕を組んでいる弟の弦十郎が居た。

 周囲の護衛には一旦警護の解除を命じ、弦十郎から差し出される缶コーヒーを受け取って共用テレビのある休憩スペースに向かった。道中、一口コーヒーを喉に流し潤した弦十郎から声がかけられる。

 

「どうだった、アヤメくんは」

 

「報告された通り、何ら一般人と変わりない子だ。いささか翼に対しての思いが強すぎるとは思ったが、それだけだ」

 

「はっはっは、アヤメくんはツヴァイウィングのファンとしてずっと応援し続けてきたらしいからな。優しい子だ、二課で見てきた俺が保障する」

 

 自信満々に答える弦十郎の姿に、八紘は思わず「ふっ」と声を漏らしコーヒーを飲む。

 やがて休憩スペースに着いた二人は同じソファーに腰掛けた。話すことはたくさんある。それは先程あった明乃菖蒲という少女について。

 隣にいる弦十郎から回されてきたのは、その体内に持つ聖遺物と行われた輸送作戦において発生したイレギュラーだった。聖遺物とはこれまでの経験上神話と関わりが深い。今回で言えば、見せられた写真に写っていた八首の化け物──あれは八岐大蛇であると推測される。となれば出てくるのは日本神話である。

 

 娘である風鳴翼が持つ『天羽々斬』は討伐した八岐大蛇の尾を切り裂いた時に折れ、その際に現れたのが明乃菖蒲が持つ『天叢雲剣』だ。そのような神話があるため、基本的に『天叢雲剣』が上位互換とされている。

 それを鎌倉に居るあの父が──風鳴訃堂が知れば、どのような動きを見せるかは息子である二人が知っている。外道と評される父が知れば……。

 

「おそらく、仕掛けるとすれば翼、ツヴァイウィングへの思いを揺さぶるだろう」

 

「だろうな」

 

 八紘の言葉に、弦十郎が肯定する。

 あれほど熱中しているならば、それをエサに人間を動かすのは容易い。それも相手はまだただの少女だ。あれぐらいの年ごろの子供ならば、言うのも憚られるような思想教育も可能だろう。

 だからこそ、あの少女に父を近付けるのは危険なのだ。何をしでかすか分からないのか一つ、もう一つは最悪の場合、明乃菖蒲の体を捨て体内の『天叢雲剣』を我が物してしまうことだ。

 

「弦、そちらでもあの少女、明乃菖蒲の情報は出来る限り外に出ないように頼む。特に輸送作戦での大事は絶対にだ」

 

「とっくの昔にやってるよ。だがあれほどまでの爆発とクレーターだ。今まで以上の情報統制は必要になってくるかもしれないが、限界がやって来る」

 

「それでもだ。これ以上、翼のようなものを増やしてはならん」

 

「ああ、分かってる」

 

 会話を終え、またコーヒーを飲む。

 

「たまには翼に顔を出してやったらどうだ?」

 

「先程の少女にも言われた。だが、私はあの子の側に居ない方が良い。風鳴という呪われた血を強く意識させることになる。それは翼の歌を邪魔することに繋がりかねん」

 

「そう気負いするから翼も委縮するんだ。翼の父親として、労いの言葉でもかけてやればいいんだよ」

 

「善処はしよう」

 

 それだけを言い残して、八紘はその場を離れた。

 まだ明るいが人通りの病院の廊下に、革靴の床を踏み鳴らす音が鳴らされる。胸にはアヤメと弦十郎から掛けられた言葉が支え、これからの思考に支障が出始めていた。一度顔を見せるべきか、それともこのまま会わずに帰るべきか。

 悩み、考える。

 そんな時、ふとまだ翼が幼い頃が脳裏に思い起こされた。歌を歌いたいと純粋な目を輝かせていた翼、あの時はひたすらにただ距離を離そうと突き放し続けていた。風鳴の血を忘れ、歌に集中すればと。

 

 会うか、帰るか、結局決断できないまま八紘は翼の病室前に来ていた。

 『風鳴翼』と書かれたネームプレートが自己を主張させていて、引き戸の窓からは暖色の灯りが見えている。まだ起きているのだと、中から聞こえてくる音で理解できた。後は開けるだけ。そうすれば顔を合わせることが出来る。

 その取っ手に手を伸ばし指先が触れたところで──その手を引く。中から話し声だ。おそらく電話で友人と話をしているのだろう。そんなところに入ることは、まだかける言葉も決まっていない八紘は出来ない。

 

 会うべきでないと決断して、八紘は自身を待つ車へと歩を進めたのだった。

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