TAKAMAGAHARA社の新人、フリード・セルゼンは失意の底に落ちていた。
理由は一つ、上司のタケハヤスサノオとユーモアのセンスが似ていることであった。確かにタケハヤスサノオという男はどこか自分と似ているところがあり、殺されずに済んで才能を見出されたという意味では感謝せねばならないだろう。しかし、だ。それはそれ、これはこれである。タケハヤスサノオの百鬼夜行や兵藤正士郎に対する尋常ではない溺愛ぶりはまだしも、ユーモアセンスだけは似たくなかった。
「ま、待て!俺ちゃんがタケハヤ様とユーモアセンスが似ているだと……!?」
「そうだ。残念ながら、そのまんまなんだよ。僕が言うから違いない」
「さすがしーくんだぜ!」
「……さすしーとは一体」
しーくんこと、正士郎の目はジト目も同然であった。タケハヤスサノオには感謝はしているが、ギャグのセンスは解せなかった。徐々に兄のセンスも近づきつつあるが、あくまでタケハヤと義兄は百歩譲って許せる!とするのは親愛の情を抱いているからであって、ほとんどポッと出のフリードは受け入れられないのである。最近、同社に入社したとはいえ、その事実を知らない正士郎は肩を落としたのである。
白音はそのジト目を弟にキラキラした輝きを持つ目をしている一誠に向け、アーシアは苦笑いして一誠に寄り添っていた。
と、ここで視点を変えてみよう。
前回くらいで屋根の上で白音と会話をしていたシーンを思い出していただきたい。あそこで僅かに正士郎が回想に耽ったと思われるシーンがあるが、そこを今回は捉えたいと思う。
「しーくん、こっちだよー!」
当時、まだ一誠は正士郎を『しーくん』と呼んでいなかった。そもそものことである、しーくんと呼び出したのはタケハヤでも一誠でも兵藤夫妻でもなく、他ならぬ兵藤兄弟の幼馴染であった。
「まってよ、イリナちゃん!」
栗毛のショートカットのボーイッシュな幼馴染、紫藤イリナが兵藤兄弟の幼馴染であった。彼女は活発な性格で兄は未だに彼女が同性であると勘違いしていそうだが、正士郎は当時からなんとなく分かっていた。というのも、イリナが初恋だった。まだまだ一誠よりも、年齢の割にも身長が低かった当時の正士郎はアホ毛を揺らして手を振るイリナの後を追いかけていた。そんな様子が可愛らしく、イリナや一誠は微笑ましく見ていたのを幼き正士郎は知らない。
と言ったやり取りの後で現在の紫藤イリナの方へと視点を移そう。ある時期に親の都合でこの町を去ってしまったイリナは一誠と年についてはほとんど同年齢であろうが、現在の彼女は――再び、この町に帰って来ていた。
「……懐かしいなぁ」
「?どうした、イリナ。この町に知り合いでも居るのか?」
「うん、ゼノヴィアには話していなかったね。イッセーくんとしーくんって言うんだけど、小さいときによく遊んだの」
現在、美しく成長したイリナは当時は短かったショートカットを伸ばし、ツインテールにしていた。白い外套を纏い、フードを被って相方であるゼノヴィアと呼ばれた男勝りな口調の少女の問いに答えた。懐かしむイリナは首からかけた古い安物の首飾りを握る。背に背負った『仕事道具』に目を向け、それから幼馴染と御揃いのロケットを握り締める。どこかに旅行に行った際にアホ毛の年下の少年がくれたもので、可愛らしい笑顔を今でも忘れることはないだろう。
「もしかしたら、会うかもしれないな。私にはそういうこととは縁がないから、羨ましい限りだ」
“そういうこと”には疎い自分がこのときばかりは嫌になる。“しーくん”と呼ばれた幼馴染の名を呼ぶとき、なんとなくゼノヴィアはイリナの中に下の兄弟を猫可愛がりする姉を見出した。
「……アレ?あの声って……」
ふと、虫の知らせか何かで聞こえてきた懐かしい声。相変わらず、弟にべったりな同世代の少年とその中でも頭一つ分大きいアホ毛が揺れているのが見える。クエスチョンマークが揺れているのが見え、相棒に「イリナ?」と様子を確認しようとしたところ、相棒の方は走り出していた。
「しーくん!久しぶり!」
「……で、これがタケハヤ様の贈り物のブレスレット」
「ほう。ブレスレットですか」
初恋の相手が駆け出していると知らず、正士郎はすっかりぐったりしているフリードから渡されたブレスレットをしげしげと眺める。そういえば、昔よく見ていた“ウルティママン”銀色の六兄弟のうちの一人がウルティマ一族きってのブレスレット使い、というのを思い出した。様々な武器にブレスレットを変え、数々の強敵を打ち倒してきた正士郎のお気に入りのヒーローであった。ブレスレットが本体だとか悪口を言われた際、泣きじゃくって殴ったのは記憶に新しい。確か、ブレスレットが本体だと言ったのは金髪だったのは覚えている。
「何が出来るんだよ、それ」
「知らん。つけてみんさい」
フリードによって腕に付けられるブレスレット、装着後にブレスレットを装着している左腕を掲げてみる。すると、ブレスレットが外れて手の中に納まるのであった。まるっきりウルティマブレスレットを再現しているとなれば、正士郎の興奮は収まらない。珍しく子供っぽいところが見れた一誠は微笑ましい様子で弟を眺め、いつも居眠りをしてばかりいる同級生の意外な一面に白音は目を丸くし、義弟の可愛らしい一面にアーシアは頬を緩ませた。
「鼻生まれってすごい!」
「なにが?」
タケハヤの出自と有名なコピペをなぞり、ついつい偉大なる上司(笑)に感謝の言葉を述べると、空の雲が雷鳴をとどろかせた。ビクッとするフリードと白音、そしてアーシアであったが、それがどういう意味かをよく知っている兵藤兄弟は同時ににやっと。
「しーくーん!」
「!?」
突然の来訪者に正士郎の動きが静止する。
懐かしい声とともにツインテールを揺らす、栗毛の少女。お目当てのアホ毛の成長した少年に飛びつき、揺れるクエスチョンマークのアホ毛をわしゃわしゃと髪をくしゃくしゃにさせる意図を持って撫でる。正士郎、撫で受けられる。アーシアにとっては日常茶飯事な光景で当事者であるが、一誠も同じであるが、別にそういった愛情表現をしない白音は置いてきぼりであった・
元々、ダウナーな同級生。
ダウナーな同級生のテンションがアッパーになったのを目撃したのは今回が始めてであるが、『女版・イッセー』とも言うべき溺愛行為を行った第三者に白音はジト目を向ける。あくまでも、“愛でる”といったくらいでしかないアーシアの可愛がり方と次元が超えられており、どことなく栗毛の少女はこの世でたった一人の肉親である黒猫の姉を思い出す。
「しーくん元気だった?ご飯ちゃんと食べてる?大きくなったね!私、すごく嬉しいよ!イッセーくんも元気で何より!……で、そこの白髪の子はともだちかな?貴方じゃないよ、白髪くん。君は関係ないから。それにしてもしーくん、いい笑顔だったよ!なにかいいことでもあったの?そういうところ、お姉ちゃんにも教えてくれるよね?大丈夫だよ!お姉ちゃんはね、暫くの間、しーくん成分を摂ってなかったから、しーくん成分を補給する為なら、時間はどれくらいでも裂いちゃうよ!……そうそう!その為にしーくんの大好きな……エビチリ作れるようになったよ!また作ってあげるからね!夜が楽しみだなぁ!ねぇねぇ!しーくん!此処に帰ってくるって分かっていたから、しーくんとイッセーくんがくれたペンダントをつけてきたよ!しーくんはつけてないの?失くしてないよね?……しーくんは物持ちいいから、そんなことはないか!」
捲くし立てるマシンガントークと共に、イリナは正士郎を愛でている。
一誠は動作が停止した。勝手に正士郎に触れるのは許せないが、不思議と許せる。
白音は溜息をつきたくなった。少なくとも、面倒な誤解は避けられたのでよし。
アーシアはついていけなかった。彼女は一体、誰なのかと。
フリードは何も言わなかった。ぞんざいに扱われるのはなれているが、なんとなく腹が立つ。しかし、フリードの心を占める妖刀を持っているという優越感がフリードの心のバランスを保っていたのだった。
「相方がすまないな。……“しーくん”、でいいのか?」
「何故、その名前を?」
「私がゼノヴィアに話したんだよ、しーくん!」
次に現れた、イリナと同じ服装のメッシュがショートカットに入った女性。男勝りな口調から、天照を思い起こさせ、着物さえ着ていれば天照と間違ってしまいそうだ。
突然の幼馴染との再会に正士郎は言葉が出ず、猫可愛がりをしている年上の少女に対して困ったような表情で、
「なにはともあれ、おかえり、イリナ姉」
突っ込みの居なくなった空間で、フリードは一人、
「……フリード・セルゼンはクールに突っ込みにいくぜ」
颯爽登場、ウルティマブレスレット(仮称)!