文章ががが。
聖女イオーネ、そう呼称され始めたのは私の歳が5歳を迎えた時である。その時から私は聖女になるために修行を開始し、12年の歳月をかけ、17の時に神託を得て聖女となった。今から3年ほど前である。
かつて魔族の激しい侵攻が発生し、我々のアテナ王国と魔王の拠点である魔王城までに存在した4カ国は滅んでしまった。残っている国は残り3つ、アテナ王国の他には、獣人のパルテ王国が1つと、全人類種の住むローム皇国だけとなった。人々ならびに生命の大量の魂の欠失により、天界が圧縮せざるをえなくなった。当時の絶対神であったカルス様から愛の女神アロディーテ様にその立場が渡されたのもその時だ。そして、人類の総人口が1億を切った時には天界の維持ができず、顕現できる神の数を確保できなくなったため、アロディーテ様は残っていた他すべての神々を自身に取り込み、絶対神であり唯一神へと昇華した。しかし、唯一神になったところで地上に応戦しにいくことはできない。次々と喰われる魂を指を加えて待つことしかできないアロディーテ様は機を伺い続け、そして賭けに出た。
私はアロディーテ様の賭けのバックアップを任された。それももう終わった話、賭けには勝てた。しかし、賭けの代償は非常に大きいものだった。人類が500万人まで減ってしまうほどに……。
『うーん、あまりうまくいきませんね』
「リシア様」
突如として自室に響き渡るテレパシーの声を聞き、その声の持ち主を瞬時に判断する。
「要件はあるのですか?」
『ないよー』
「暇さえあれば私の自室にテレパシーを流さないでいただきたい」
『ひどーい。私だって1柱でさみしいんだぞ!』
「神のあなたが数年程度ひとりぼっちでも寂しくはないでしょうに」
『寂しいもんよー。やることほとんどないし』
「矛盾していませんか? いつも忙しそうではありませんか。現に今も忙しいでしょう」
『まあ、そうだけど。毎回仕事もってくる魔族もどうにかしてほしいわよね。少しは骨のある魔族がこの星に侵入しようというなら別だけど』
「その骨のある魔族に侵入された結果が今の惨状です」
『それを私に言わないでくれる? 魔界の対処は私の担当でもなかったし。私は尻拭いしているだけなんだから。どちらかといったらカルスのせいでしょ』
「……」
意地が悪い。
魔族が我々の星に潜入できたのは神々の問題が発生したせいなのは確かだ。当時のカルス様は責任をとっているが、リシア様は何かとかの者の名を出す。わかっている。耳にタコができるほど聞かされなくてもわかっている。私がカルス様の悪口を言われるを嫌っているのをわかっていながら何度も再確認させる。リシア様は意地が悪い。
かつて魔族を利用し叛逆を企て、魔族の侵入を手引きした裏切り者がいた。絶対神の立場を欲したその神の悪行は許されることなく、かつての絶対神カルス様が処断している。しかし、決着はそこで収まらない。リシア様は責任は上司であるカルスが取るべきだといい、他の神々も同様であった。誰かの責任にして言い逃れることもできるが、絶対神がそのような言葉を吐けば信頼は地に堕ちる。信じて任命しているのに裏切られたのならカルス様の見る目がなかった。神々の間ではそう認識された。リシア様が主導したわけではないとはわかっているが、リシア様のカルス様への追求の言葉は、私をリシア様がカルス様を蹴落とすために仕掛けた謀略のように思わせてしまう。
『……また、カルスのこと考えてるの?』
「……はい、私は人間ですから。どうしてもあなたがカルス様に謀反を働いた一連の出来事を裏で手引きしていた疑惑を拭いきれません」
『本当に失礼ね。何度もいうけど、私は謀略を働いていないし、仮にも私の謀略で地に堕ちる程度の信頼しかされていなかったカルスが悪いんでしょ』
リシア様は私の恐れ多い疑惑をものともしない。私もリシア様だからか、本音を言ってしまえる。本来なら使える神にとんでもない失礼な考えだが、リシア様は気になさらない。所詮は一人間程度の戯言なのだろう。
「で、何の用ですか?」
『ちょっとした愚痴?』
「……」
『ちょっとー、侮蔑的な目で見ないでよー。単に勇者くんたちがうまくいってないから不満なのー』
「……彼らの関係は彼らが決めることです」
『そんな堅っ苦しいこと言っちゃって、情に絆されたの? イオーネだって賛同したじゃない。勇者同士で子作りさせるって』
「確かに賛同はしましたが、彼らにも事情があります」
『おう、信じて送り出した巫女があられも姿になっちゃって』
「なんて言い方をするのですか!」
『いいの? 私に反抗したらカルスの復活が遠のくわよ? 私はカルスより先にあの子たちを復活させたいんだから』
「うっ……」
『勇者同士のカップリングを手伝ってくれるのなら、いの一番にカルスを復活させる約束だけど、手伝ってくれないならしないわよ。私にとってカルスは復活させる神ランキング最下位だからね。ぶっちぎりの』
「……」
リシア様にとってカルス様は魔族に対抗するだけに止まり、反撃の狼煙をあげることができなかった無能の神という認識さえ持っている。リシア様がかつての絶対神を見下す理由は、対抗する術を用意できたのにもかかわらず実行しなかったことだ。とある神の反攻から日和見主義へと変貌した絶対神に天界を危険にしてまで魔族と対抗する選択はできなかった。。
その点リシア様は取るべき選択肢を取る。邪道とも思える異世界の勇者の召喚を行い、星の危機を救う手段を得た。人類の反撃の狼煙をあげさせた。
それでも私は——。
「私の敬愛している神はカルス様です。……アロディーテ様」
『懐かしいわね、その名で呼ばれるのは……』
唯一神へと昇華したアロディーテ様は他の神々の要素を取り込んでしまい、その名前すら変質してしまっている。
「あくまでも私はカルス様を再び顕現させることを目的としています。私たち教会の使命でございます」
『そう、復活したら私を退けてまたカルスを絶対神に据えたいのかしら?』
「……それは、私のあずかり知ることではありません」
教会はカルス様絶対至上主義、アロディーテ様が元の神の姿に戻られたなら、カルス様を信仰するでしょう。しかし、アロディーテ様はそれを許容するとは思えない。アロディーテ様、否、リシア様は何を考えておられるのだろうか。
私は机に飾られてある花を撫でる。愛……か……。
目の前の”雄花”を撫でているとムツメ様の顔が浮かんでしまう。彼女が嘘をつき、私も嘘をついた話、あまり思い出したくはない。
『別にいいのよ、教会もいずれ廃れる話』
「廃れる?」
『ええ、あなたにはまだ大局を見極めることはできないのでしょう』
「……」
『かつての姿に戻ることなどありえません。たとえ同じ神々が復活したとしても』
「そうですか……」
有言実行をしてきたリシア様がそうおっしゃられるのならそうなのでしょう。私の目的はあくまでもカルス様の復活、そのためには……。
綺麗に可憐に無邪気に笑うあの娘にしていい仕打ちなのだろうか。彼女の世界の常識とこの世界の常識は違う。価値観が違えば見方も変わる。もしムツメ様が嫌がるのであれば、私の使命など捨て去っても……。
『大丈夫よ、ムツメさんなら絶対に勇者同士で子を成すことになるでしょう』
「……」
『彼女の希望の通りにね。まだあなたには勇者たちの補助を続けてください。特にムツメさんのね』
「わかりました」
リシア様は実績がある。有言実行してきた過去の例を鑑みるに、彼女に従っていた方が何事もうまくいくのだろう。だが、彼女はうまくいっていないとも言っていた。万が一彼ら勇者に何かあったら、私は——。
『ほんと、うまくいかないわよね』
考えている矢先に包み隠すこともせず、私が気になっている話題に切り替えた。
『だってシュウヤくんを2人で取り合っているのよ。少しはクウガくんにも目を向けたらどうなのよってね』
「それはクウガ様に問題があるのでは?」
『そうなのよね。別にクウガくんが地球にいた頃なら魅力は十分あるんだけど、こっちにきてはっちゃけちゃっているからね。そういう意味ではムツメさんとクウガくんは相性いいんだけど』
「……ムツメ様はクウガ様を毛嫌いしているわけではないかと」
『ええ、知っているわ。ただ、クウガくんの態度が問題なのよね。愛のない態度に今のムツメさんがなびくわけないけど。きっかけがあればね』
「クウガ様とムツメ様を?」
『それは性急ね。私としてはムツメさんはシュウヤくんとナオカさんはクウガくんと付き合わせたいのよ』
「何か事情があるのですか?」
『ま、そんなとこー』
また一段と口調が軽くなった。この場合、真理を聞き出すことはできない。リシア様の口が硬くなった合図でもある。
「リシア様と話していると、魔族との抗争よりも勇者の子孫の方が重要だと聞こえます」
『そうだけど?』
「え?」
え?
『回収した魂をずっと天界に放置するわけにはいかないの。わかりやすい例えをいうなら、今の天界は1人部屋しかない。魂を回収すれば天界は大きくなるでしょう。しかし、結局部屋は魂で広がり、魂という荷物で埋め尽くされていて、20部屋分あっても空いているのは1人部屋。私1人しか顕現することはできないのよ』
「……そこで彼らですか」
『そう。私たちの世界の1千万倍の魂量を持つ彼らが子供を産めば、すぐに天界の魂は地上に移動するわ』
「確か嘘をついているとか?」
『嘘じゃないわよ。あの子達に自分たちの魂量が限界まで削られているって話したことなんてないわよ。勝手に勘違いしてるだけ』
「そうですか……、しかし彼らに負担をかけさせてばかりなのは気が引けます。時間をかけて人類やその他生命の数を増やしていけば、天界の魂を地上へと運べることでしょう」
『そうね。あなたが正しいわ。でもね。それは一つの事象を見逃して良いのなら私も同じ意見よ。そう、天界に残った魂が徐々に小さくなってしまうことが起きなければ別にゆっくりと繁栄させれば良いのよ』
徐々に小さく……?
「どういうことですか?」
『魂の本来のいるべき場所は地上なの、それ以外の場所では魂はその形態を保つために魂の力を使い続けてしまうわ。天界は魂の故郷なんて呼ばれ方もするけど、実態は別。天界というのは魂があって存在するもので、魂無くして天界の存続はありえない。魂の一時保管場所というのが天界であって、魂の本来存在すべき場所ではないの。それが天界、そして神々の使命は自分たちを生み出した世界の救援、星の守り”神”なのよ』
「童話として語られている話ですね」
『そうよ。だから回収した魂を地上に解き放たなくちゃならないわけ、それもすぐにね。何百年と放置できないの』
「……だから彼らに」
『そ、合理的でしょ?』
「……本当に愛の女神なのでしょうか」
『あ、ひっどーい! ちゃんと愛と情欲の女神ですよー』
カルス様、本当に彼女が唯一神でいいのでしょうか?
通信しているイオーネの部屋を視ながら、同時にムツメさんの方も眺める。
『話を戻しますが、ムツメ様とシュウヤ様の関係を進めれば良いのでしょうか?」
「それが一番うまくいくと思っているだけ、クウガくんとの仲が進展するなら、そっちでもいいわよ」
『……わかりました』
「でも、ナオカ……」
これ以上は話すべきではありませんね。ナオカさんの中にくすぶっている強大な独占欲を目覚めさせる鍵がクウガくんです。関係が入り組んでしまうのでムツメさんとクウガくんを引き合わせたくはありませんが、事と次第によっては仕方ありませんね。
『何か?』
「なんでもないわ」
『……』
「……」
『本当に、いいのでしょうか?』
彼らは救世主だ。故郷の星を去って、我々の星を救いに来てくれた救世主、彼らに魔族から救ってもらえる以上のことを要求して良いのだろうかとイオーネは考えている。骨の髄までしゃぶり尽くすような扱いをしているようで心が痛んでいるのだろう。私は彼らを利用するだけ利用しようとしている。それがイオーネには嫌なのだろう。
「気にする必要はありません、彼らはもとより亡くなるはずだった命の恩が私にあります」
『ですが……』
実際の命の恩は異世界転移を主導していたとある有名な女神フェル様がもたらした。私も間接的には命の恩を与えた神ではある。ただ、それだけならば神託を与えて勇者として活躍してもらうだけでいいでしょう。十分対価になりえます。ですが、私はもう1つ望んでいます。当然それ以上望む私は彼らにもう1つの恩恵をもたらすことも忘れていません。対価なき制約など神の意に反する行いです。私もそれを良しとはしません。
天界から地上を眺める。
昼間だというのに、帰ってきて休養期間であり、自室で待機中の今も、快楽を忘れられず、発情期を押さえ込んでいるにもかかわらず、毎日欠かさず自分を慰めている獣娘を眺める。
良い傾向ですね。
子どもを産んでもらう代わりに、地球ではまず得られないほどの快楽と充足感を与えてあげますから。
ふふっ。
『ところで、先ほどおっしゃられていた、うまくいっていないとは他にもあるのでしょうか?』
少し驚いた。そこに切り込んでくるとは。私にとっては短い付き合いだけど、イオーネは私のことをよくわかっているわね。
「鋭いわね。そうよ、もう1つ、うまくいってないわよ。でも、もう1つの話をするには時期尚早ね。ただ愚痴を言いたかっただけよ」
『そうですか……』
ムツメさんとシュウヤくんの関係とは他に、うまくいっていないことはムツメさんのことだ。今、予想外のことも起きている。
ムツメさんの心が、強大な魂が2つに分離しかけているという一大事が発生した。この世界に二重人格者はほとんどいない。2つに分ける量の魂を持っていないからだ。その点、神託を終えてもなお1千万倍もの魂量を持つムツメさん他勇者3名には、多重人格が形成されてもおかしくないほどの魂量を持っている。だが、それも魂が大きいからといって普通は起きるわけではない。
女性化がうまくいっていないから魂の分離現象が起き始めている。
1つの体に2つの魂が生まれる。
性転換という強引な手段で、異世界の魂の器の大きい母体を2つ確保することには成功したのはいい。人が子どもを産むには1年以上の歳月がかかる。身ごもるまでの時間、出産するまでの時間、寿命のある彼らの時間は短い。だから母体は多い方が良かった。
しかし、強引な性別の変換はムツメさんに大きな負担をかけている。その負担が心の分離、そして魂の分離を引き起こそうとしている。男であった頃の彼の心と、女である今の彼女から生じた心は互いが混じり合わない道を進んでいる。男の感情はイオーネに向かい、女の感情はシュウヤくんに向かっている。このままでは二重人格へと変貌してしまう。それはそれでありだが、魂の変質は大抵は悪い方に向かう。不確定要素はなるべく排除しておきたい。最悪の場合は男の感情には死んでもらうしかないでしょう。
ですが、私が彼を殺せば、シュウヤくんに反旗を翻されかねない。その理由もあってムツメさんとシュウヤくんを引き合わせたいのですが、イオーネにその大役が務まるかどうか。私も時間を縫ってムツメさんたちに会わなくてはいけませんね。
「ま、まあ、大丈夫でしょう」
『本当ですか? いつもと違って歯切れが悪く感じますが?』
「私も完璧ではないからねー」
『本当に唯一神なのでしょうか……』
ちゃんと唯一神ですよー。
イオーネには呆れられた顔をされてしまう。しくしく。お姉さん悲しいわー。
私は警戒網に引っかかった魔族の一段を感知する。
「お仕事いってきまーす」
『……いってらっしゃいませ』
「あ、最後にもう一度。ムツメさんのことは頼みましたよ」
『わかりました』
ちゃんと女になれるように誘導するのよー。
……。
…………。
大丈夫ですよムツメさん。絶対にこの世界で幸せにしてあげますからね。そのために愛と情欲の女神のアロディーテと同じ狐娘にしてあげたのだから。私は隠していた狐の尻尾と耳を出現させ、星に侵入しようとしている新たな魔族の勢力を叩き潰しに向かう。
要約。
クソ女神様 「ムツメさんとシュウヤくんをくっつけろ」
イオーネ 「チッ、わかりやした」
だいたいこいつらのせい。
一応言っておくと、ムツメと空河は絶対にくっつきません(無慈悲)。
次回は明日か明後日、ムツメちゃんと修也が少しいちゃつきます。