TS異世界転移-男がヒロインで大丈夫かよ-   作:変T

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あけおめ(シンプル


敵対

「……容態は?」

 

 夕日が差し込む医務室でムツメ様を眺めながら、近づく足音の主に問いかける。

 

「いたって正常です」

 

 帰ってくる答えは想定していないものだった。驚きのあまり顔を持ち上げると、王室専門医のスクレが険しい顔をしていた。

 

「正常なはずですから気絶している状態を説明することはできません。原因はさっぱりわかっていませんよ。なんらかの呪術的な外的要因としか考えられませんね」

「ムツメ様に接触した者はだいぶ限られ……」

「変わった行動とかが原因の一端になっているかもしれません」

 

 昼食時に、黒いデザートを食していた。しかしあれはもう1人の勇者、クウガ様が渡したもの。ひったくったとも言うが……。あれが原因だろうか。

 とにかくムツメ様が無事のようで安心した。ですが、呪術ですか……。

 

「呪術……、呪術……」

「イオーネ様、勘違いをなされています。呪術的な外的要因と言いましたが、呪術なら呪術と私はお伝えします。それくらいは見抜けますよ」

「呪術ではないのですね」

「ええ、似た何かでしょう。とにかく、1つの痕跡も付けずにムツメちゃんの魔法防御を突破したと言うのはさながら脅威ですね」

「なるほど……」

 

 ……。

 …………。

 あれ今スクレ、ちゃん付けした?

 

「この娘のこと気に入っているのね」

「……当たり前です。勇者様ですから」

「そういう意味ではないのだけど」

 

 はあと態とらしくため息をついてスクレは医療器具の片付けを始めました。もうやるべきことを終えたとでも言いたげですね。

 

「ムツメ様は……」

「何度も言うけど、問題は見つからない。洗脳とかに近い症状だけど、洗脳なら痕跡は見つけられる。それに……」

 

 一息置いてから呆れた声で話し始めた。

 

「あなたには心当たりがあるのでしょう? 動かないということは、行動に移しにくいことなのでしょうけど」

 

 行動に移しにくいか。あの方は私のかつての師匠でもあるので確かに行動には移しにくいですね。

 ……。

 …………。

 意を決し、私は席を立つ。

 

「ムツメ様は任せます」

「はーい」

 

 

 

 ムツメ様は忘れ物があるといって街から訓練場に戻った。しかし、ムツメ様は訓練場にはおらず、そこには誰もいなかった。そしてムツメ様の部屋を訪ねてみれば、ムツメ様は自室にいた。問い詰めた私の言葉に頭を痛め、ムツメ様は気絶した。

 何かあったのはこの間だ。

 私は訓練場に一度足を運んだ際に訓練場には真新しい2つの足跡があった。1つはムツメ様で、もう1つが私とムツメ様の師であるマリン様のものだ。

 だから私はマリン様の住まう館に来ていた。

 今思えばおかしいことがあった。今朝、なぜマリン様は知りもしないムツメ様の部屋に足を運んだのか。王宮内にいるメイドならその部屋を知ってはいるが、王宮に入らないメイドたちは知りもしないこと。あのときムツメ様のワガママでメイドが総動員されていたことから、訪ねてきたマリン様の相手をした者などいないはずだ。

 気配を消し、マリン様の部屋へ侵入を試みたが、部屋に入った段階で視線を向けられていた。仕方ないので挨拶くらいはしておきましょうか。

 

「失礼します」

「ノックぐらいしたらどうかね?」

「する必要がありますか? 互いに不法侵入者でしょうに」

「早かったわね」

「ここに来ることはわかっていましたか」

「ええ。ですが——」

 

 私はすばやく、懐に隠し持っていた聖水を媒介に、聖水の刃でマリン様に攻撃を仕掛けるが、空気の盾で防がれる。無詠唱魔法の威力じゃ限度があるか。マリン様の保持している魔道具にすら負けるとは……。

 

「隠し持っていたのはただの聖水じゃないわね。浄化の聖水ですね。そのような高価なものを持ち込んでくるとは思いませんでした」

「マリン様から離れろ。女神、リシア!」

「……おやおや、呼び捨てとは酷い。あなたの上司よ?」

 

 目の前にいるマリン様はマリン様ではない。

 マリン様の体に憑依した女神リシア。痕跡を一切残さずにムツメ様の魔力防御を突破できるなんて人間や魔族には不可能だ。ならばこの世界にいる超越者は1柱のみとなる。

 

「酷いのはあなたです。マリン様のご高齢を考えれば、あなたの力を取り込み、憑依されたらどうなるかわかっているでしょう!」

「女神の力を取り込めば、老い先の短い命ならば、少し縮まるだけ、生命のサイクルが多少早まるだけ、どうせ、新しく生誕するのだから、何も問題はないでしょう」

「——っ!?」

 

 忘れていた。

 神と人間(生き物)の絶対的な違いをこれほど実感させられるとは。

 神にとって今いる命も、その魂が天界に戻り再び地上に生まれ直した命も、等しく同じ価値でしかない。今生きている人に対して敬意を払うことなんてするわけがない。どうせ生まれ直す魂なのだから。

 神は今生きている人間のことなど軽視してしまう。

 

「ムツメ様に何をした」

「聖女の言葉遣いが剥がれ落ちていますよ。そうね。何かしたわよ。針穴に糸を通すより、もっと難しかったことを」

「何をしたか答えなさいッ!」

「怖い怖い。口調が直ったと思ったら、今度は才色兼備な聖女様とは思えない表情ですね」

「ザ・メイガス・アクアブレード!」

「それはムツメさんの!?」

 

 魔道具の防御を貫き、女神リシアの魔法のガードも貫き、館の部屋の壁を難なく破壊し、館の敷居ないの木をいくつもなぎ倒した。

 ムツメ様ほどの魔力を持たない私はがっつりと魔力が抜け落ちる感覚に膝をついてしまう。少し過剰すぎましたね。

 

「危ないわね。当たってたらマリンが死ぬわよ」

「あてるつもりはありませんでしたよ。ただ、魔力の刃ならマリン様とあなたを繋ぐ何らかの繋がりを切ることくらいはできるかと踏んだのですが」

「残念ね。魔力で操っているわけじゃないのよ」

 

 攻撃自体はうまくいったのですが、決定打にはなりませんでしたね。

 

「いいのですか? 私と敵対すればカルスの顕現は遅れますよ?」

「脅迫の女神様を名乗ったらどうですか?」

「あらあら」

「教会の悲願などもうどうでもいいことです」

「ふふっ、やっぱりあなたは私の聖女だわ」

「心底気味が悪い……」

 

 私は懐から聖水の入った瓶を取り出し、憑依を剥ぐために魔力を込める。

 

「愛と嘯く劣情の権化がっ! あなたを絶対神とは認めっ————」

 

 瞬間、空気の手で首を締め付けられる。

 

「リ、シア……」

「さすがに傷つくわー。劣情の権化なんて言われ方されたら」

「私、はっ……、————」

「これは没収よ」

 

 聖水を取り上げられた。

 

「心配しなくてもいいわー、もうすぐ出て行くし、むしろ聖水をかけられると少し困るのよね。時間がずれちゃうから」

「————」

「あら、締めすぎたわ。声も発せられないかしら」

 

 呼吸ができない。このままだと死んでしまいますね。それでも、私の意思はっ!

 

「ムツメさんも罪な子ね。この娘をここまで堕とすなんて」

「けはっ、ごほっ、ごほっ、うぅ」

 

 空気の腕が下され、首を締めていた力が弱まる。私は地に足をつけ、呼吸を整えるので精一杯だった。

 

「私のきちんと歯向かえたから、良いことを教えてあげるわ。あなたはムツメさんのことを理解していないわ」

「戯、言を……」

「なぜ女性のあなたが同性のムツメさんに惹かれているのか。そのくらいは考えてみたら? あなたの女神からのアドバイスよ」

 

 誰があなたの女神ですかっ!

 

「あらあら、反抗的な目ね」

「ムツメ様に、何を、したぁ!」

「訂正するわ。まったく、あなたは誰の聖女なのかしら……、……名前を付けただけよ。女神リシアに関連する近い名前を。言ったでしょう? 針穴に糸を通すよりも難しいのよ。人格の形成があまりうまくはいかなったわ。1日目はうまくいったのに」

 

 名付け?

 どういう……?

 

「これであなたの得られる回答は満足かしら? またね」

 

 マリン様の全身から力が抜け、地面に倒れこむ。私は地面に打ち付けられそうな体をギリギリで支える。

 

「マリン様!?」

 

 老体から力は抜け、だらりと腕が床に垂れていた。

 

 

 

 マリン様を医務室に運ぶもスクレがすぐに顔を出す。

 

「マリン様は?」

「残念ながら……」

 

 拳に力がこもる。

 

「話に聞くリシア様の原因というよりは、どちらかというと持病の悪化かしら? たぶん、女神様が介入していなければ昨日にはお亡くなりになられていたかと」

 

 握りこんでいた手の力が緩んだ。

 そうきましたか。

 酷い女神です。死にゆく命を早めるなんて私の琴線に触れる言葉を使いつつも、実態は全く違っていた。老い先の短い命なら寿命が縮まりますが、老い先のない命ならむしろ寿命が延びているようにみえる。そういうことでしょう。

 リシア様が私に嫌われることをするわけがないか。

 わざと勘違いさせ、私の怒りの感情を引き出して遊んだのだろう。ここで怒ればリシア様の思う壺だ。仮にも愛の女神です。天に召される命への敬愛は持ち合わせていますか。

 ……どちらかといえば、死体を弄んだという表現の方が近そうですね。

 あ、やっぱりあの女神嫌いかも。

 

「少し席を離れるわ」

「……わかったわ」

 

 スクレはマリン様のご遺体を運び出すのでしょう。私はムツメ様のそばから離れるわけにもいかない。最後にお礼を告げてマリン様とはお別れしました。

 スクレの作業音が遠のき、聞こえなくなる。私はムツメ様の表情を覗き込む。苦しそうに眉間にシワを寄せている。可愛い顔が歪んで台無しだ。眉間のシワを伸ばそうとムツメ様の顔と格闘を開始した。

 

「うぅ……、ん? ここは……?」

「ムツメ様……?」

 

 額に手を当て続けたから起こしてしまったみたいですね。

 

「ムツメ……?」

「……?」

「俺は……、私はエルシア」

「エルシア?」

「そう、エルシア」

 

 ムツメ様はいつもの朗らかな笑みを浮かべることなく、ただ無表情に言葉を告げる。いつもせわしなく動く尻尾も耳も動いていない。

 この少女は誰ですか?

 答えは知っている。エルシア。

 これが女神リシアの策略?

 

「ムツメ……様?」

「……ムツメ、違う……エルシア」

「……」

 

 そうですか、女神リシアがムツメ様に行ったのは”名付け”による自我形成。リシアという名前に近いエルシアの名前を与えることで、女神の魔力を通す道を作ったのでしょう。呪術にかなり近い技。魔力的な繋がりをもって魔力を流し相手を攻撃する呪術に対し、魔力的なつながりを与えて魔力を流して別人格を誕生させようとしているのが女神リシアの策ということですか。

 

「ムツメじゃない、ムツメじゃない。エルシアは女の子だから……」

「え?」

「ムツメなはずがない……、エルシアは女の子……」

「どういう……?」

 

 ムツメ様の尻尾を確認するが、左には揺れていない。嘘ではないということ。今は別人格だから、嘘発見器(しっぽ)の効果は期待できないかもしれないが、おそらくは嘘ではないのでしょう。女の子ということは、彼女、エルシアはムツメ様の中で新たに芽生えた少女人格ということでしょうか。リシア様の目的はムツメ様をエルシアという少女の人格で上書きしていた。何のため? ムツメ様のままだとシュウヤ様と結ばれる可能性が低いと感じ、人格を変え、好まれる性格に変貌させようとしていたと考えると辻褄があう。むしろ年相応の人格といっていいかもしれない。

 そうですか。

 奥歯がギシギシという。

 怒りで歯をくいしばっていたようです。

 自分の呼吸を落ち着かせる。エルシアさんは首を傾けて私をぼーっと眺めていました。

 

「1日目はうまくいった……」

 

 女神リシアはそう言っていた。

 つまり今日は不十分ということ。そして昨日、修也様たちが出発する前の日は別人格であるエリシアさんが行動をしていたことになる。私はその違和感を1つも感じることはありませんでした。

 鳥肌が立つ。

 ムツメ様と誤認するレベルで少女への人格移転をさせようとしていたのでしょうか。

 唾棄すべき悪の所業です。

 でも、それは失敗に終わったと……。今のムツメ様、いえ、エルシアさんとムツメ様を見間違うことなんてあるはずがない。だとするとムツメ様は一体どこに?

 少なくともお昼のムツメ様はムツメ様本人であった。まだ体の中にいるのでしょうか?

 

「エルシアさん、ムツメ様は?」

「イオーネはムツメに会いたいの?」

「……はい」

「わかった、ムツメ呼んでくる」

 

 2つの人格が1つの体に入り込んでいるということでしょうか?

 上書きではなく共存?

 そんなことが、いや、異世界の魂量であれば可能なのでしょうか。

 にわかには信じられませんが……。

 

「ムツメさん?」

 

 エルシアさんが目を閉じてからしばらく経つが微動だにしない。ようやく開いた目は虚ろであった。

 

「あれ? おかしいな……。ムツメが出てこないや」

「……そんな!?」

 

 ムツメ様の人格が上書きされた!?

 そんな……っ!

 

「なーんちゃって」

「へ?」

 

 ……。

 …………。

 一瞬何を言っているのかわからなかったが、尻尾が揺れて、楽しそうにしているムツメ様の表情を見て、どちらの人格なのかすぐにわかりました。

 

「ムツメ様、言っていい冗談と言ってはいけない冗談というのを教わったことはありませんか?」

「だって、二重人格ならこういうことしてみたかったというか」

「だってじゃありません! 出来心でもやっていいことと悪いことがあります!!」

「きゃぅん!?」

 

 いたずらっ子にお仕置きで耳元で叫んであげました。

 

「あぅ……」

 

 目を回していますね。

 本当は私がムツメ様を叱る資格なんてないのに……。

 私は女神リシアの一派なのだから……。

 

「いたっ!?」

「病室でなんていう大声あげてんのよ!!」

 

 スクレも十分うるさいと思います。

 

 

 

 マリン様の葬儀にを終え、ムツメ様が快復されてから最初の仕事、復興のために街に向かう。もう8割ほど直ったが、建設、運搬、配給、治療、まだまだやるべきことはいくつもあります。

 ふと、目をあげると、視線の先で孤児となっている小さな子どもたちがムツメ様に集まっていた。相変わらず子どもに人気がありますね。尻尾にしがみつかれています。

 ムツメ様が小さな子どもの頭を撫でている。優しい笑みを浮かべるムツメ様から目が離せなくなる。

 ……私が惹かれたのは、やはりムツメ様の母性でしょうか。

 

「私ってマザコン?」

 

 いやいやいやいや、もう20歳なんですけど……。

 5歳の頃に両親を無くし、孤児になって半日後には教会に拾われ、聖女として育てられてきた。だから、両親の愛というのを長らく忘れている。だとしても見た目5歳は下の獣人の少女に母を感じるなんてことがあるのでしょうか。

 普段から注視しているからわかりますが、ムツメ様は勇者様方の中で一番の年上という扱いをされています。一見しただけだとムツメ様が可愛がられているように見えますが、目を凝らして見ればムツメ様が他3人を見守っていることが多いのです。

 女神リシアの命でムツメ様とシュウヤ様の仲をとりもつ関係上、2人旅の詳細をシュウヤ様から聞き出した際も、料理はすべてムツメ様が担当されていたとか。

 これらのことから、ムツメ様は世話焼きで母性の強い女性だとわかります。母性を発揮する対象がいないとただのワガママ娘になってしまいますが。

 そんなムツメ様に同性の私が惹かれているということは……。

 

 やはり私はマザコンなのでしょうか!?

 

 いやいや、そんなはずはない。

 私はムツメ様に母を感じているのでしょうか。そんなはずありません、私とは対等に相対してくれます。ムツメ様は私を子ども扱いすることなんてない。

 そのはずです……。

 女神リシアが言っていた『あなたはムツメさんのことを理解していないわ』という言葉を思い出してしまう。

 理解、ですか……。

 街の復興の際に子どもたちに優しく接するムツメ様、尻尾が左に揺れているのに一生懸命嘘とバレないように表情を硬くしているムツメ様、1人になるとわがままでだらけきってしまうムツメ様、遠くで見守る慈愛の深いムツメ様、私のことを聖女ではなく1人の女性として接してくれるムツメ様、短い期間で彼女のことの多くを知ってきたつもりでした。

 まだわかりません。

 私はあなたのどこを好きになったのでしょうか?

 女神リシアと敵対し、教会に育ててくれた恩を仇で返してもいいと思うほどに、あなたに惹かれているのはどうしてでしょうか?




 今までムツメちゃんがついていたあらゆる嘘は尻尾のせいでバレています。

 次回は二重人格のことと、媚の薬が出てきます。3日後以内には……。
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