おばあちゃんが死んでしまったなんてな。
昨日まで結構ピンピンしていたはずなんだけど、むしろ俺の方が弱ってたはずなんだけど。歳も歳だから仕方ないのか。
結局、空間魔法で自分を転移することまでは習得できなかったな。配達みたいなことならできるけど、これまたバックアップ的な能力として使えるのかな。戦地に物資を送り込むみたいに……。バックアップか……、戦場にいる修也たちは今どうしているだろうか。上級魔族は倒しただろうか。
今はおばあちゃんの葬儀中、結構有名な人だとは聞いていたけど、国の重鎮がかなり揃っているあたり、やっぱり偉大なおばあちゃんだったんだな。
しばらくしてざわめきが大きくなる。一際目立つ装飾をした男が葬式に入ってきた。何やら大勢に話しかけられているようだが、おばあちゃんとつながりが見えない。聞き耳を立てるにただの隣町の領主の息子だとか。なんでもて囃されてるんだ?
一通りの挨拶を終えて男が辺りを見回し始め、俺の方を向いた。俺は目線が合う前に逸らしたのだが、奴はしばらくこちらを眺めていた。そして、ゆっくりと近づいてきた。
面倒な予感しかしねえな。
「失礼、あなたは勇者でしょうか?」
葬式のときに若い姉ちゃんに話しかけるおっさんっているよな。こいつじゃん。
気分は最悪に最悪を上塗りしている。
「はい」
俺はシンプルに返事をするだけ、世間話をするつもりもない。というか、おっさんというよりはお兄さん? 三十路すぎくらいの年齢の男か。
おっさんだな。
この世界、この国では、喪服文化というものはあまりなく、普段着ているもので葬式に参列することが当たり前らしいが、この目の前の男のように金物をジャラジャラと付けるアホは場違いだろう。貴族の男か? 王様ですら高価な装飾品なんて着けてるところなんて見たことがないぞ。なんだこいつは。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
恭しく振舞っているが、顔のにやけ面がすべてを虚偽だと証明している。舐めるような視線を浴びせられれば警戒するというもの。空河や王様とは違う、2人と同じように耳と尻尾にも視線は向かうが、尻尾をずらしても下に向いてたから尻を見ていた。
ゾワっとする。
「……ムツメです」
愛想よくしてやるつもりはない。無表情で頑なに、はいかいいえで答えてやった。反応が薄いからか、今度は自慢話が始まった。俺の興味を引こうと躍起になっているのか、へー、すごーい。とでも言っておけばいいのだろうか。
やべ、話を右から左に聞き流してたわ。
「——なんですよ。それで、ムツメさんはどう思うかな?」
こいつ、しつこいな。
「私の師の葬式ですので」
「……これは失礼しました。レディ、配慮の足りない私をどうかお許しください」
嫌っているのがわからないのか。
ナルシストなのか?
どんな状況、どんな場所であれ、自分は女に好かれるとでも思っていそうな顔をしている。反吐が出る。
第一に俺は男だ。
「……すごいですね」
「いえいえ、それほどでも」
「女性に名乗らせるだけ名乗らせて、自分の名は隠すのですね」
「え、あ、失礼した。私の名前は——」
「——興味ありません」
一瞬何を言われたのかわからないって顔をした。だろうな。そして、俺はお前の次の一声すら耳に入れたくもない。
「師の葬儀で落ち込む私に、延々とつまらない自慢話を続けて笑っていられるあなたは幸せ者ですね。どうぞお幸せに」
皮肉マシマシの言葉のナイフでおっさんの動きを止める。
俺はわざとそのまま目の前を横切って空河の側に行き、空河の袖を掴んで男から身を隠す。
「どうしたムツメちゃん」
「変な『おっさん』が絡んでくる」
わざと聞こえるように言ってやった。その後、俺の言葉が効いたのか、奴がちょっかいをかけてくることはなかった。
葬儀の後で街の復興に力を入れていると、俺が落ち込んでいるのがわかったのか、子どもたちが近寄ってきて騒いでいた。
俺も元気をもらえた。葬儀で落ち込むならまだしも、おっさんに絡まれて落ち込んでいたからな。
ちなみに、尻尾触りながらカンチョーしてきた小僧は脳天に一撃入れておいてやった。
今日も今日とて勇者としての仕事を終え、王宮に戻ってきた。
「はあ……」
おとといは発情期を抑えるために修也に頼んで押さえ込んでもらった。昨日は二重人格を自覚し、気絶してしまった。今日は体調が優れない中、朝から最悪な奴に絡まれた。午後は子どもたちと遊んで癒しにはなったけど、体は疲労を蓄積していた。
そんなわけで、また風呂に入る前にベッドに転がる。
そういえば今日はシーツ変えてなかった。少し洗剤の匂いが薄れている。ということは俺の匂いがついているのかな? 嗅覚が強化されても自分の匂いはわからないものだ。風呂入ったらシーツ交換しないと……。
「二重人格……、か」
ベッドの天蓋をぼーっと眺めながら考える。
おばあちゃんの葬儀で時間を取れなかったから自分のことを考える暇がなかった。ようやくベッドで一息つけるようになって自分に起きている異常事態を振り返ることができる。
「……エルシア?」
返事はない。俺からエルシアを呼ぶことはできないようだ。
もとより二重人格というのもおかしい。エルシアという存在を自覚してからわかったが、俺はエルシアのときの記憶がきちんと残っている。二重人格というものは、2人が独立している状態のはず、だが、俺とエルシアの関係はかなり混じり合ったものだ。どうにもエルシアは俺の一部みたいなんだ。そう考える根拠は……。
エルシアから発せられた言葉はすべて、俺自身が口から出かけて飲み込む言葉だからだ。
会話というのは無意識に行われる。何を発音しようと、何の意図を伝えようと、あまり考えなくてもできるものだ。だが、俺はここ最近かなり意識的に会話をしている。特に修也と話すときは言葉を繊細に選んでいた。
その理由は無自覚という名の本能が修也に媚びているからだ。
修也に女として可愛くアピールしたくて、口からつい出そうになる言葉を抑えていたのだが、エルシア状態だと本能を止めることができない。だから2日前、修也に好きと告白してしまったのだろう。あのときにはすでに師匠のおばあちゃんの策略に嵌まっていた。
本能では修也は異性として好きなのは認める。それは認めるが、俺は、俺の理性が修也を好きとは認めはしない。
俺は男だ。女が好きなはずだ。今の本能の感情は偽物だ。修也は後輩で友人でそれまでだ。そのはずだ……。
……。
…………。
エルシア。
この名前は俺の理性を溶かす名前。誰かに知られたら本当にまずい。
エルシアの名前はイオーネさんしか知らない。おばあちゃんが死んだ今、その名前を知っているのは俺とイオーネさんだけだ。
普通はバレる必要はない。だが、1人例外がいる。
修也だ。
修也の鑑定は防げない。
秘密の名前を知られる可能性は大いにある。だからといって修也を責めても意味がない。鑑定は修也が欲して手に入れた力ではない。
それはそうと、なぜ俺の本能をむき出しにする名前をおばあちゃんが死に際に付けたのだろうか。誰かが俺に対して枷を課して操ろうとでもしているのだろうか。当事者のおばあちゃんは死んでしまったから答えは得られない。
ただ……、……1人、いや1柱、俺を策略で嵌めそうなやつに心当たりがある。
「あのクソガキがぁ!!」
「ここは王都の宿屋ですぞ」
「くそっ! 人が下手に出れば……、おいパンタソ、あの小娘のことはわかったか?」
「申し訳ありません。詳細までは……、ただ、懇意にしている勇者の男がいるという噂があります」
「そんなものはどうでもいい! 弱みだ! 弱みを探せ! あの女は間違いなく俺の街、クレーテに来て魔族退治をした女だ。俺に一切の挨拶もしないで!」
「まだ旦那様の街です」
「いずれは俺の街だ!」
激昂する男を初老の男が諌めるも効果は薄い。貴族の男が激昂していて、周囲の物に当たり散らかさないように抑えるので精一杯だった。
「王は神託で魂を削った。今は俺が、俺こそがこの国で最も大きな魂を持つ男だ。俺が王に相応しい! 王位継承権を持つものはいない今、緊急時に備えて王となる者が、魂を溜め込んでいるものが王になるべきだろう。そうこの俺だ! なのにあの女の態度はなんだ? 王都の連中は勇者に俺のことをなんで話していない? 次期王になる男だぞ? 俺以外にこの国を支えられる奴が他に誰がいる? 知性? 武力? そんなものより強大な魂だろう! 国のピンチに神託で強靭な強さを手に入れられる最後の切り札。それが王だ。現に今の王がそうであっただろう! ならばなぜ俺をコケにできる!」
「同じことを何度も……、確かに魂の大きさでは人間界で一番でしょう……」
「なんだ? 何か不満でもあるのか?」
「いえ……」
パンタソは貴族の男に現実的なことを進言しようとしてやめた。怒りの矛先が自分に向かうのを嫌がった。人格が適していないなど一言でも漏らせば、自分の権力を使って私刑に処すことくらい平気でする男だ。パンタソは黙って男に従う他ない。
「坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめろ」
「わかりました。ルペウス様、そろそろご夕食にされてはどうでしょうか?」
「……そうだな。腹は減った」
怒りが収まりかけた頃を見計らいパンタソは意識を逸らすために夕食に誘う。いつまでも愚痴を聞かされ続ければまいってしまう。
「安宿だな……」
「来賓館は使えませんので」
「わかっている」
貴族の男はまだイラついていた。6時間は経っているのに、葬儀で出会った少女に対して怒りが収まっていない。
もともと関係もないのに、この男は王都にいたという理由だけで魔術師マリンの葬儀に参加していた。国の役人からは無視できない存在ではあるので挨拶をされ、もて囃されているようにも見えたが、ただ挨拶されているだけで、あの場では不自然な存在だった。それもそのはず、この貴族の男は自分に挨拶をしなかったと礼節を欠いた勇者に文句をいうために王都に来ていて、偶然有名な魔術師の葬儀が行われているのを知り、葬儀に参加しているであろう勇者に文句を言うために葬儀に参加しただけである。一応の辻褄合わせであって、この貴族の男の本来の目的はただの旅行だ。自分が敵わない立場である両親と距離をおいて、遊び呆けるために理由をつけて王都に来ていただけだ。
そして件の人物を目撃し、思いのほか美しい少女だったために声をかけて近づいた。文句を言うという理由で周遊していた身でありながら、その目的はいともたやすく変わってしまっていた。しかし、相手にされず、さらには自分を見下す言動をした少女に怒り狂っている始末である。葬儀という場所を忘れ、ナンパした自分の行為など振り返り反省など、この男がするわけもない。
パンタソはひとつため息をついた。
夕食を食べようとしたところで不意に声をかけられる。
「貴族様ですかい?」
「見てわかるだろ、下郎」
「すいやせん、あっしはこういうものでして」
声をかけてきた男が、懐から羊皮紙を取り出す。何かの印が押された書類であった。
「商人か」
「少し面白いものを手に入れまして、高値で買っていただけないかと……」
「ほう、見せてみろ」
「ここでは……」
「そうか、しばらく待ってろ。先に飯にする」
「わかりやした。外の路地裏にいますので」
夕食の味に文句を言いながら、貴族の男は食事を終える。興味を引いたのかきまぐれなルペウスが貴族の待つ路地裏に足を運んだ。
「お待ちしておりやした」
「商品とやらを早く見せろ」
「これでして」
「こいつは……?」
「ローパーの媚薬ですぜ、貴族様」
「ほう」
媚薬と聞いて男は脳裏に1人の少女が思い浮かんでいた。パンタソは目を閉じるだけで、商人と貴族の男の会話には首を突っ込むことはしない。
「王都襲来の際に入っていたようで、最近そいつが大量に倒されていましてね」
「……いくらだ?」
「40万で」
「そうか、パンタソ80万出してやれ」
「いぃ!? 2つはないっすよ!? これ1つしか手に入らなかったんです。大量の遺体はあれど、放置されていて媚薬1つしか作れなかったんです」
「餞別だ。受け取れ」
「あ、ありがとうございやす!」
チンピラ風な体躯の小さな男はお金を受け取るとそそくさと闇の中に紛れて行った。
「相場は25万ですよ」
「10倍くらい値段を釣り上げればいいものを」
「250万をポンと出せるものはそうおりますまい。あと在庫が1つと考えれば40万は割と妥当かもしれませんね」
「つまらん男だな」
「値を釣り上げれば後で刺客を送るつもりでしたでしょうに」
「まあな」
ルペウスはフラスコに入った薄透明な白い液体を回す。
「確か狐の獣人の発情期は12月から1月だったよな?」
「はい」
「頃合いだ。運命はやはり俺に味方するのだな。ああ、やはり俺は世界に愛されている」
「愛されているなら、世界を嫁にしたらどうでしょうか?」
「お前はバカか?」
お前が言うな、と口が滑ることはなかった。
ルペウスは口角を上げて笑う。
「勇者だろうと女だ。この薬を浴びせれば喜んで股を開くだろう。この俺に恥をかかせたことを後悔させてやるさ」
最近新キャラ多くてすみません。最近シリアスっぽいものばかりですみません。
今時こんなテンプレクズ男なんてつまらないキャラ書いているのワイだけやろうな。
まだ二重人格です。
次回は3日後。エロ有。