「なっ……」
あばら家がバラバラに吹き飛び、剣を振り上げていた修也が剣を下ろし、ゆっくりと俺の方に歩いてくる。
「ほら」
修也が上着をかけてくれる。
そうだ。裸だった。冷気が肌に突き刺さっているのも忘れ、ぽかんとした表情で修也のことを眺めていた。
というか、裸見られた?
「ひゃあっ!?」
急に恥ずかしくなってしまった。
急いで修也の着ていたコートに包まってその場にうずくまってなるべく肌を見られないようにする。
はあ……。
落ち着け落ち着け。
どうなってるんだ?
修也が家を吹き飛ばして、子どもたちは……。子どもたちが縫いとめられていた壁は綺麗に破壊されている。怪我もなさそうだ。それにしてもどうやったんだあいつ……。剣振り上げただけで家を破壊して綺麗に人質助けられるの?
というか、今更だけどなんでここに修也がいるの?
「……っ!」
やばっ、まだ媚薬の効果が続いてた。体が火照るような熱さを持つが、外気の冷たさが心地よく、淫気を抑え込める。これなら我慢できるかな……?
……。
…………。
くんくん。
修也の匂いする。
いやいや、俺何してんの?
裸を隠すためにかけてくれたコートの匂いを嗅ぐとかへんた……、失礼だろ。
……。
…………。
ところで、あいつらは……。
「修也……?」
顔を上げた先に見えた修也の横顔は、今まで見たことのない表情だった。
冷静沈着な修也が目に見えて怒りという感情を顔に貼り付けている。クールな修也からは想像もつかない燃え上がる怒りが顔に表れている。
「……」
なんだろう。
修也が怖い……。
「な、なんだ。なんなんだ貴様は!?」
貴族の男が手に持った何かを振り回して喚いている。手に持っていたのはナイフの柄で、脅しに使っていたナイフの刃が根元から切断されていた。
「坊ちゃん、お逃げください」
「は?」
「不肖このパンタソ、どうやら今日でお役御免のようでして」
パンタソと呼ばれた貴族についている初老の男が服の袖から新しい細剣を取り出し、二刀流に構える。
どうしよう……。
俺たちって魔族と戦いに来たはずなのに……。
……。
…………。
あれ?
なんでこんなこと考えるんだ?
そもそもあいつらが仕掛けてきたから俺は戦ったわけで、今更人間を相手取るのに躊躇をする必要はないはず。罪のない子どもたちを人質に俺を辱めようとした連中だぞ。
それなら、なんで戦いたくないって考えたんだ?
「……あ」
顔を少し上げればわかった。
違う。
俺が戦いたくないんじゃない。今の修也が……、修也を戦わせたらまずいんだ!
「長年クレーテの街のリフェリア家に仕えてきました。散り時も心得ております。まだ名を馳せてはいない勇者よ、……参ります————っ!?」
パンタソが踏み込んだ瞬間に鮮血が舞った。
「え?」
「え?」
意味がわからない現象に俺と貴族の男の言葉が重なる。
パンタソの右腕が宙を舞い、地面に落ちた。
「ぐぅ……」
修也の持つ剣が動いたようには見えなかった……。もしかしたら剣を動かして斬ったのかもしれないが、誰の目にも修也の斬撃を見ることができなかった。
ただ黙ったまま、修也は貴族の男とパンタソを眺めている。隠しきれない怒りと憎しみが表情に出ている。
「くっ!」
時間稼ぎにもならないと察したパンタソは主人の貴族の男と修也の間に立ち、肘から先を失った右手から出血するのを気にすることなく両腕を広げ、武器を投げ捨てた。
一斬りで決着をつけた。
修也はパンタソを眺め、奥で理解がようやく及んで震える貴族を見てから、一歩ずつパンタソに近づく。
ダメだ……。
これはダメだ。
修也をこのまま放置しては、あいつらを殺してしまう。
「修也ダメ!」
俺は歩き始めた修也の腰に抱きついて歩みを止める。
「……なぜ止める?」
「殺しちゃダメ!」
「……ここは日本じゃない。こいつらは子どもたちを脅しに使い、お前を辱めようとした卑劣な連中だ!」
「日本じゃなくても殺していいわけにはならない。殺しちゃダメ」
「ムツメ、お前が何されたか、わからないわけではないだろ!」
「ダメなものはダメ!」
「……」
怖い。
修也の怒りの矛先が俺に向いてもおかしくはない。それくらいに修也は荒ぶっている。
「俺は修也に人殺しはして欲しくない」
「ムツメ……」
「お願い」
ようやく俺の方を向いた修也は唇を噛んで泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫だから、ね?」
「……」
修也はこいつらを通して違う何かを見ている。
卑劣な連中……。
……。
…………。
何か修也のトラウマのようなものが殺意を増幅させているのか?
「ふ、ふふ、ふふっ、お、おお、お前は、お前らは、お、俺様を殺せないみたいだな! 俺様はこの国の将来王となる国一番の魂を持つ貴族、俺を殺せばこの国の未来は失われる。勇者だろうが、なんだろうが、俺には逆らえ————」
「ライトブレッド」
「ぎゃあああ!?」
比較的弱い威力で顔面にぶつけてやった。間にいたパンタソは技の威力を見たからか、かばって盾になることはなく、歯が数本吹き飛んで顔中血だらけにしながら、泣きわめいている貴族の男の介抱を始めた。
思ったより威力出たな。無意識に力を込めてしまったらしい。
「ムツメ?」
「殺さなければいいから、それに」
「それに?」
「俺も仕返ししたかったし」
「……そうか」
修也が少し笑った気がした。
「そいつを連れて消えろ。最後通達だ」
俺はパンタソに脅し告げると、パンタソは一度こちらに目を配ったのち、主人の男を左手で抱えてその場を去った。
「……」
「何か言いたげだな」
「まあ……、ムツメがいいならいいけど……」
「いいんだよ、これで」
恨みはあるし、あいつらは死ねばいいって心の底から思っているけど、それ以上に修也に人殺しはして欲しくない。
ただそれだけ。
ふぅ……。
とりあえず、これで一件落着なのかな……。
震えている子どもたち3人に回復魔法をかける。奈央香の方が効果は高いけど、小さい切り傷程度なら傷跡も残さないくらいの治療はできる。
「姉ちゃん……ぐすっ……、ごめん、ごめんなさい……」
「もう泣かなくて大丈夫だよ。お前たちを騙したあいつらはもういないし、俺も無事だったからね。お前たちは何も悪くないからな」
「うん。……うん」
「ん……、……修也、あとは任せていい?」
どうにも体内に入り込んだ媚薬を対処しないとまずいみたいだしな。子どもたちの前で盛ったしまったせいでかなり恥ずかしい。修也に丸投げして俺は早く退散したい。
「大丈夫か? その格好で」
「なんとかなるでしょ。人にはそう会わないと思うよ」
俺は子どもたちを修也に任せて王宮へと足を運んだ。
「水溶性だったのかな? 助かった」
媚薬の成分はお風呂に入ることで緩和することができた。これで一安心だ。
「ムツメ様」
風呂上がりに廊下に出ると、イオーネさんが正面に現れた。
「げ」
「げ、じゃありません。先に帰ったと思ったらお風呂に入っているなんて! またメイドたちをこき使ったのですか?」
「お風呂だけだって」
「お風呂だけでもまたワガママなムツメ様が再来じゃないですか!」
「大丈夫だよ。それよりなんで戻ってきたのさ」
「あ、それはシュウヤ様が王都に飛んで帰ってきていたようなので」
「あー、そのこと」
「それより! 聞いているんですか————」
小姑か何かで?
イオーネさんは俺がだらしない生活を送っていたことをまだ怒っている。今回ばかりは緊急事態だから仕方ないんだけど、今は何言っても糠に釘を刺すようなもので効果はないだろうな。聞き流すか。
「聞いてますか!?」
「キイテルキイテル」
あ、つい適当な返しをしてしまった。
「聞いてませんね! また最初からお説教————」
「イオーネさん、その辺にしてくれませんか?」
「シュウヤ様!?」
救世主現る。
このままだと1時間コースの説教行きだっただろうな。
もう子どもたちは大丈夫なのかな? まあ、孤児院の経営をしているシスターさんに引き渡せば、あとは心のケアとかは向こうがやってくれるだろうし、帰ってくるのが早いのも納得か。
「ありがとね」
「別にいい、それより体は大丈夫か?」
「お風呂に入ったら大丈夫になったよ」
「そうか、良かった」
イオーネさんは頭の上に”?”を浮かべている。
「ムツメ様……、何かあったのですか?」
「うん、でも大丈夫。修也が助けてくれたし」
「……そうですか」
何か落ち込んでる?
イオーネさんが何か言おうとして、口を閉ざした。
「それで、修也はどうするんだ? 奈央香たちの方に戻るのか?」
「作戦なら終わっている。上級魔族も倒したし、前線も押し上げられるだろう。奈央香たちも馬車で帰ってくるだろうから、俺は先に休息に入るよ」
「そうか」
「ムツメは?」
「とりあえず安静にしておこうかなって」
「そうか、なら少し話があるんだが」
「え? あ、うん、わかった」
話か……。
告白したことについてかな?
あの告白は俺であり、俺じゃないもう1つの人格のエルシアが行なった告白だ。ほとんど無効みたいなものだろうが、修也はそれを知らないし、その返事ってところかな?
「ごめん、イオーネさん。事情はあまり言いたくないんだけど……、とりあえずこのあとはオフでいい?」
「……事情を聞かないことにはそれを許可するわけにはいきません」
……あれ?
すぐに許可が下りると思ってたんだけど、イオーネさんはなぜか意固地になって俺の言葉を突っぱねてしまった。俺に魔族探しに戻れと?
媚薬のこともあるから、さすがに嫌なんだけどなあ。まだ媚薬が完全に抜けてなくて、探索中に喘ぎ声とかあげたりしたら周りの兵士にどんな風に思われるか……。
けど、このままだとサボりみたいにも見えるし。
「イオーネさん、今のムツメは安静にしておきたい。何か用があるなら、俺が代わりにやろう」
「————っ、いえ、……わかりました。それで、ムツメ様は……」
はい、なんでしょ?
「ムツメ様、何があったかは教えてくださらないのですか?」
眉を八の字にして、俺の心配をしている。
心配してくれるのは嬉しいけど、俺がどんな目にあったのかを俺の口から言えと? それは恥ずかしすぎて無理なんだけど……。
「う、うーん……、言いにくいというか、なんというか、うーん……、あっ、そうだ。孤児院のシスターさんに————」
「それはやめておけ。向こうも忙しいはずだ」
「あ、そっか」
「それに……、そのうち大ごとになる可能性もある」
あいつは貴族で、しかも次期王になると言っていた。あいつらが適当なことを吹聴すれば大ごとにもなりかねない。ただ、俺たちもこの世界を救うのがある種の使命ではあるが、この国を救うのが使命というわけではない。居づらくなれば他の国に活動拠点を移転しても問題はないしな。あのクソ貴族が吹聴すればの話だけど。
「……話してくださらないのですね」
「あ、ごめんね」
「私は、ムツメ様の頼りになりませんか?」
「え?」
「……」
「……」
「……なんでもありません」
イオーネさんは王宮から出て行った。
「なんだったんだ?」
「はあ……」
そこ、わざとらしくため息をつくな。
「部屋に戻ろうか」
「そうだな。体冷えてきた」
2人で王宮の廊下を歩く、メイドさんが他の部屋で働いていたりもするが、俺たちが歩いている廊下は誰もいなかった。ちょうどいい、聞きたいことは俺にもあった。
「……ありがとな」
「ん?」
「助けにきてくれて」
「どういたしまして」
「……」
「……」
「それで、なんで、助けにきたんだ?」
「うん?」
「いや、その、聞き方が悪かったか。どうやって俺がヤバイ状況にあるって気づいたんだ?」
「嫌な予感がしたから」
嫌な予感……って、どういうこと?
「勘だな」
「勘……、奈央香や空河が前に言っていた? 修也の特別な勘ってやつか?」
「ああ、直感だ。昔から、……嫌なことが起きるとき、前兆を感じ取れるんだ」
「へー」
昔から?
こっちの世界に来る前からそんな高精度な直感を持っている?
まあ、よくわからないけど。
「なんにせよ、助かったよ。あのままだったら、俺……、子どもたち死なせてたと思うし」
「もう礼は受け取ったから気にしなくていい」
「いやいや、気にするから! あの場面だぞ!? もう絶体絶命だって思ったのに助けてくれたんだよ!? しかもお前が王都から離れているときにわざわざ戻ってきて! お礼に何かしたいくらいだぞ!?」
「そ、そうか……」
いや、俺なんでヒートアップしているんだ……?
なんか恥ずかしくなってきた。
「お礼か」
「うん……」
……ないとは思うけどえっちなこと要求されたりするのか?
ないな、修也だぞ。
「そうだな、気持ちよくしてもらおうかな」
へ?
「気持ちいい?」
「ああ」
「まったく、……俺のベッドじゃなくてもいいだろ」
「俺の方はシングルサイズだぞ、小さい」
「そうかもしれないけど……、ん、んっ」
「気持ちいい」
「ふふっ、そうかそうか。って腰動かすなよ」
「あ、すまん」
本当に気持ちいいのか、それとも別の何かか。
「なんだチンポジでも気になったか?」
「女の子がチンポジとか言うな」
真正の女の子じゃねえし。
修也の上に座って腰をツボ押しの要領でマッサージしていたのだが、下の修也がもじもじと動いていた。
「っていうか、俺が上に乗ってるのによく動けるな」
「軽いぞ」
「そうか? ふつーに女の子の体だとしても40キロは超えてると思うんだけど」
「100キロあっても今の俺なら軽く持ち運べる」
「バケモンかよ」
「それが勇者ってものだろ」
「そんなもんか。あーあ、俺も魔法なんて言わずに強くなりたいって言っていればよかったのかな?」
「それは困る」
「……は?」
「いや、深い意味はないぞ、ムツメの戦力はあった方がいいからな」
「深い意味ってなんだよ」
変な修也だな。今まで冷静沈着キャラだったのにぶれている気がする。いや、今も物静かな性格は変わっていないか。
「腰をグイグイ押して効果あるのか? 俺ツボ押しの知識とかないし」
「本見ながらやってくれれば十分だ」
「そんなもんか。これ遠征中に読んでたのか?」
修也に手渡されていた本をプラプラと振って聞いてみた。
「ああ、いろいろ読むからな」
「それでマッサージして欲しくなったと」
「そういうこと……、あー、効く」
「ん、ん!」
これでお礼になるのかな?
というか、なんでこいつは俺のベットでくつろいでいるのか。俺が提案したことだけど……。ベッドは修也の方でもよかっただろうに……。
俺にも都合がいいけど……。
やっぱり俺匂いフェチになってしまったのかなあ。
「ところで、さっき話があるって言っていたことだが」
「え? この状態で話すのかよ」
「いや、真剣に聞き出すのはどうかと思ってだな。軽く聞こうかと」
「ん?」
聞き出す?
「先に謝っておく。すまないが、ムツメに鑑定をずっと掛けていた」
「……は?」
「悪い」
鑑定スキルをずっとかけていたか。……ずっと監視されていたってことか?
全身から血の気が引いた。
俺が毎日何をしているかも知っているってことか?
プライバシーの侵害だ。
修也はそんなことしないと思っていたんだけど……。
「……それで?」
「それで気づいたんだが、エルシアっていうのはムツメの名前なのか?」
「————っ!?」
唐突な呼応にエルシアが反応してしまった。
日常話的なものをもっと書いた方が良かったなって反省中。孤児院の話とか削除して、とにかく話を進めているせいで、キャラ付けが全然済んでいない気がする。
次話が急いでまで書きたかった話で、ここ10話くらいをシリアスにしてしまっているから、それが済んだら日常話も書こうかな。
次は3日後。