「勇者様方、到着しました」
「意外と早かったな」
そういえば話し込んでいたから外の景色を見忘れていた。馬車のドアが開き、視界に入って来たのは先ほどの美麗な草原ではなく、荒廃したような茶色の土と煙に覆われた街だった。
「——っ」
わかってはいた。能力があれば死ぬことはないと女神も保証した。だが、それは俺たちが適用されることであり、この世界の住人は違う。
「これって……」
「ああ……」
「ひでえな……」
災害レベル5、女神が軽く漏らしていた言葉を思い出す。
片付けはしたのだろうが、異臭が鼻につく。鉄くさい匂いは人の血だろうか。
街が半壊していた。建物の中には子どもが隠れているのだろうか。気配を感じる。匂いと音を感知しているのは、獣人の鼻と耳は相当な性能をしているみたいだ。
「女子共を匿っているのか」
周囲を見回しながら修也が呟いた。
「いや、たぶん女性も戦場に駆り出されている。魔法を使えるのは女性だけだから」
「そうか……、なら子どもたちだけか」
「たぶんね」
修也はステータスが見えるからか、崩れかけの家の中にいる気配を察知できるのだろう。
「道が崩れていますのでお気をつけください」
シスターの案内の元、街の奥へと進んでいく。城内を目指しているみたいだ。道が完全に崩れているから馬車は通れないな。だから歩きか。
「ねえ、大丈夫かな?」
「大丈夫だろう、戦闘はな」
戦闘は心配がないはずだ。ただ、生活という点では心配がある。ここまでやられているなら、俺たちの衣食住は担保されているのだろうか。俺は衣類すらサイズがあっていないから歩くことすら面倒だというのに。
不安が募る中、城の一角まで案内され、中に通される。城もボロボロだ。
「こちらです」
「あのー、少し手違いがあって衣類が欲しいのですが」
「ああ、ぶかぶかの服は異世界の文化ではなかったのですね」
スルーされてると思ったら、そんな風に思われてたんかい!?
「先に採寸だけ終わらせておきましょう。少しお待ちください」
俺はシスターに案内されるがまま、近くの部屋に入る。すぐにメイドが駆けつけ採寸を行う。
手際良すぎるだろ。
服の中を弄(まさぐ)られて計りの紐のようなものが肌に触れる。
無心無心無心。
胸のサイズも測るのか……。
無心無心無心。
よし、何もなかった。疲れは溜まったけど。
「動きやすい服装でいいですよね?」
「一応近距離戦闘もするから、それでお願いします」
「わかりました」
シスターさんわかっているなあ。メイドさんとなにやら会話して色々話しているみたいだ。手でジェスチャーをして色々と伝えているみたいだな、時折こちらに視線が飛んでくるけどなんだろうか?
「——わかりました。すぐに用意いたします」
「お願いします。勇者様、申し訳ありませんが、尻尾を考慮した服をご用意いたしますが、あまり良いのが見繕えないかもしれません。ご了承ください」
あー、尻尾(こいつ)か。この街、この国には獣人がいないのかな? 今履いている男物の衣服は、ズボンのベルトを下腹部あたりで止めてるために、尻尾の位置があまりにも際どい位置にあるから、ズレ落ちそうな状態だ。服をめくるとやばいと思われる。
尻尾の上から隠すようなものを履かないと動きづらいのを話していたのだろうか。どうにか考慮してくれるみたいだ。
痴女に見られてないよな……。
「動けるなら多少の不便は問題ありません」
元はこっちのわがままなんだけど。
そうだ。
「ああ、あと俺は須木根睦、ムツメでいいです」
「わかりました。私は教会の修道士のイオーネです」
おけ、シスターさんね。
採寸を終えて、待たせている3人の元に戻る。3人の顔つきは少しだけ緩んでいた。
「早かったね」
「採寸だけだったから」
「ふーん、ふーん」
「良からぬこと考えている顔してる」
「エー、ソンナコトナイヨー」
棒読みじゃないか。
「……緊張、ほぐれたみたいだな」
「……少しだけね」
この街に入って、俺たちはかなり気が引き締まっていた状態だった。むしろ引き締まりすぎていただろう。修也や空河も多少は緊張がほぐれているみたいだ。シロに入るまで4人とも無口だったときとは違う。
作戦会議室と思われる部屋をシスターさんがノックした。
「どうぞ」
「失礼いたします」
中から声がして、ドアがゆっくりと開く。
「おお、勇者様方、よくいらっしゃいました」
中には4人の男がいた。中年というには若く、若いというには歳をとっている。30代後半くらいの武人だろうか。
めっちゃ俺が注目浴びているんだけど? なんか驚いている? 獣人って珍しいのかな。
4人の男性はわざわざ席を立って迎え入れてるあたり、異世界系ファンタジーでありがちな高圧的な態度をとったりはしないんだな。礼節は重んじているというわけか。俺を含めてガキばかりの一団だけど。
「どうぞ腰掛けください」
俺たちは各自で席に座る。
「私はこの国の軍隊を統括する元帥のカリオーンです」
おけ、元帥さんね。
「この街の惨状はご覧になられたでしょう。私は先の戦闘で殉職した上司に変わって元帥に就いた若輩者であります。そのため勇者様方に知恵をお借りすることもあるかと思います。ご了承ください」
懇切丁寧だね。逆にびっくりするよ。軍のトップがこんなにへり下るほどに追い込まれているのか。
「俺……、えー、我々も若輩者であります。あまり期待には応えられないかと……」
「いえ、異世界の者には進んだ知識があると聞きます。我々とは違う視点もあると思いますので頼りにさせていただきたい」
「……はい、わかりました」
押し込まれたなあ。修也に公共の場での会話の経験はなさそうだな、仕方ないか。気負う必要もないからな、修也が気にするなら俺も会話に参加した方がいいだろうか。
それにしても殉職か。4人の幹部っぽい人たち、全員若々しいわけだ。この街の惨状は上層部を崩壊させるほどの惨劇をもたらしたのだろう。
「もてなすこともできず申し訳ありませんが、さっそくこちらの願いを聞き届けていただけないでしょうか?」
「聞きましょう」
「ありがとうございます。今この王都に向け、幾億の魔族の軍勢が迫っています」
「幾億?」
終わったやん。第1部完だよ。
「本来であれば、どうとでもなるのですが」
「なるんだ……」
「魔族側の工作により、我々の王都は半壊しました。そして王都を守る結界も破壊され、今は無防備な状態になっています」
結界か……。街を守るバリアー的なものか。
「その結界制御装置を奪還して欲しいのです」
「敵に奪われたままなのですか?」
「はい、地下制御室に魔族が入り込み、破壊されていますが、奪還さえすれば技能士たちが即座に復旧させることができるでしょう。そうすれば王都の守りも万全になります」
「では、なぜ侵入をされたのですか?」
「魔族側にもそれ相応のリスクを負えば、結界を超えることはできます。代償はかなり大きいので普通に通過することはないのですが、奴らも変わらない状況に手を焼いていたので、どうにかしようと特攻をしかけてきたようです」
「なるほど」
シナリオはわかった。結構シンプルだ。絶対的な守りを突破するために一点突破的な攻撃をしかけられ、それが成立してこの街、この国が追い込まれているってこと。
「王がこの地にいれば勇者様方の手を煩わせることはありませんでしたが……」
「王は強いのか?」
「はい、国一の強さを誇ります。ですが、他の者たちは神託を得られず……、王家は必要になる時まで神託を得ませんので」
なるほど、そういうことか。王族は必要になったその時に魂を削って力を得るから、神託を受ければかなり強いという。他の兵士たちは毎世代神託を受けていたりして魂が増えていないのだろう。
「制御装置はどこにあるのでしょうか?」
「街の南方の地下です。通行止めにしていますが、今も兵士たちが警戒中です」
街中、目と鼻の先に魔族がいる状態なのか。どうりでピリピリとした緊張感のある空気が街を包んでいるわけだ。
「軽装の防具はありますか? 私たちは着の身着のままでこの地に来ているので」
「軽装ですか……、用意させましょう。あまりはいくつもありますので」
「頼みます。装備次第すぐに向かいましょう」
「よろしくお願いします」
なんだかんだで、公的な場での会話に順応した修也が率先して会話していたので疲れることはなかったが、誰の便りもないという俺たち4人の立場上、変に緊張してしまった。
ふう。
緊張した空気から解放された。俺たちは一旦退室し、軽装防具を受け取るということになったのだが、武器だけ持っている勇者一行ってなんだろうな。
防具は余っているか……。人材は余っているのかね?
「なんかぽんぽん決まったね」
「ぼーっとしてたら決まってたな」
「空気だった」
修也に荷を負わせすぎな気もするなあ。
「すまない、また勝手に話を進めてしまったな」
「ううん、修也がいてくれるから話が進むんだよ。私たちだけじゃ」
「いつでも手伝うから何かできることがあれば頼れよ」
「ああ」
3人は本当に仲がいいんだな。
シスターさんがメイドさんの合図を受けて俺に目で合図をしてくる。
もう準備できたのか。
「またしばらくお待ちください」
シスターの後ろを歩いていると、背後にぴったりと奈央香がついてきた。
「なんでついてくる……」
「そりゃ、お着替えイベントは見逃せないでしょ」
「イベント言うな」
奈央香め、少し楽しんでいるな。俺は気が気じゃないというのに……。さっきニヤついてたのはこれか。
別室に再び案内され、そこにはいくつかの衣服が用意されていた。上のデザインは多種多様あるが、俺はテーブルに置かれた2つに目が移った。
もしかしなくても頼んだわけでもないのに、これはいわゆる下着でしょうか? 上下セットじゃないか。
「マジかよ……」
「あー、ムツメちゃんのえっちー」
「おいこら、変人に見られるだろ。別にエロくはない」
「ピンクだねー」
「解説しなくて良いから、マジで……、いや、マジか、マジかよ、マジですか……」
「大丈夫?」
「あいむのっとおーけー」
「重症ですね」
くそっ、下着だと。本格的に男としてどうなのかという状態になっている。俺の中で女神に対する怒りが溢れかえっているぞ。特典考えている時になんで止めなかった……。
「こうなったら仕方ない。女子としてのあれこれを教え込まねば!」
「なんだそれ?」
「ムツメちゃんに女子のスキンシップを叩き込めば下着も着られるでしょ」
「超理論やめい」
さりげなくゴリ押しで俺をちゃん付けしよるな。たぶんこのままずっとちゃん付けごり押してきそうだ。妹みたいって言われたし。
「感度チェック感度チェック、あーあーあー」
「それマイクテストだろ!? あ、こら」
背の高さが逆転しているから、後ろから抱きつかれると身動きが取れなくなった。奈央香に服の中へ手を突っ込まれまさぐられる。
「おおー、ぺったんこではないし、それほど小さくはないし、どれどれ」
「ちょっ! んあ!? やめっ、て! おっさんか!」
「女子高生なんてそんなもんだよー、ほれほれー」
「やめろアホ! 奈央香! 聞い、てっ!?」
「なんと艶かしいお声か!」
「先は、ダメ、ぅ……、だろ! んんっ!? っはあ、はあ、はあ……」
「エロい、エロいよムツネちゃん! お姉さん鼻血でそう。むはー!」
あ、まずい!?
「ちょっ、タイム! タイムだって! んあ!? あっ……、ダメ……、ダメ!! ちょっと、んあ!? ——っ!?!? んぅ!? っあ……、はあ……、はあ……、はあ……」
「……え、嘘……、やりすぎちゃった……、かも?」
「はあ……、はあ……、はあ……」
目が霞む。
今、一瞬……。
涙出てるのか。
…………。
……。
「ちょ、ちょっと感度良すぎたかな。あははー……」
「……ナー、オー、カー!」
「あ、ブチギレモードかも。退避ー、総員退避ー! あ、行き止まり」
「はあ!!」
「ぎゃん!?!?」
悪は成敗した。
まさか棒術を最初に使う相手が味方だとは。いや、敵かもしれん。
奈央香が床に倒れ伏して、たんこぶ作っているけど、罪悪感がまったくないな。男の体の時は女の子なんて絶対殴れなかったのに。
……。
…………。
……本当は、奈央香なりの距離の詰め方なのだろうけど、ちょっとシャレにならない事態になってしまったし、彼女も反省してくれるだろう。
……。
…………。
それにしても、これ、俺の体だよな……。
いや、あまり深くは考えないようにしよう。色々と気が狂いそうになる。
でも……。
シスターさんたちは微笑ましいものをみるかのようだ。気づいていないみたいだし。
それにしても……、このままじゃ気持ち悪いな。
結局ブラも四苦八苦しながら装着し、下も交換した。床に突っ伏している悪魔に対する防御力は必要だからな。
これで下着は上下とも装着した。このボクサーパンツは燃やしておこう。
さっさと次を着込もう、寒いし冷えるし。
「これって……」
「尻尾が隠れるサイズだと思いますよ」
はあ……。スカートね。確かに尻尾を収納して動きやすくするならスカートか。
スカートか、ああスカートか、スカートか。
「はやく履いてくださいね」
退路は断たれている。
俺は一体、今日1日でどれくらいの男要素を失うのか。
もうすでに下着を装着している時点でスカートも大したことないか。
「はあ……」
履くか。
表面、そう表面だけ女子として振る舞おう。そういうことにしておこう。
全ての衣服を着込んだらシスターさんとメイドさんが大きなものを運んでくる。
「こちらが軽装具になります」
「え? これ?」
「はい」
「……」
めっちゃゴツゴツしてるけど、これで軽装具なのか。ブーツも履かなくちゃならないし、ロングスカート型の鉄製のゴテゴテした防具だ。2人がかりで運んで来たものを着れるのか? 動けないと思うんだけど。
「軽装具?」
「尻尾を収納するとなると、これが一番軽い防具で……」
どこまでも尻尾(こいつ)のせいかよ!?
結局、軽装具とは思えないほどゴツゴツとした装備を身に纏ってしまった。かさばるから運び辛かったみたいで、着ればそこまで重くはなかったが、こんなん毎日来てたらいつか腰がいかれそうだ。獣人の装備屋とかで鎧はオーダーメイドしないとダメだな。この街に獣人の装備屋が存在するかどうかは知らないけど。
部屋を出れば男子2人はもう準備を整えていた。2人とも様になっている。いいなあ。俺もあんなの着たかった。兵士というよりは騎士って感じの格好だ。普通にかっこいい。
修也と空河にマジマジと見られる。やめい。
「似合っている……ぞ?」
「なんで疑問形? それに無理して褒めなくていいから、別に嬉しくないし」
「あ、すまん。女子の服装は褒めるべきだと教わっていたから、ムツメは必要ないか」
誰かの入れ知恵か。
「ムツメちゃんめっちゃええ狐ロリやん、初めてのスカートで——ぎゃん!?」
「ふん」
「今のは空河が悪いな」
やっぱり棒術は対味方専用スキルか。
別室からようやく奈央香が顔を出してきた。もう着替えているらしい。完全後方支援の魔法使いでも鉄製の軽装具はつけるんだな。ローブとかではないのか。
「頭痛いよう……」
「自分で治せばいいだろう」
「えーやだ」
「なんでだよ」
「この傷は名誉の傷だよ! 治すなんてもったいない!」
「もう一発いくか?」
「申し訳ありませんでした!!」
直角に頭を下げられてしまった。
今度は空河が立ち上がる。こいつ、防御力めっちゃ高いな。奈央香はたんこぶ作ったのに空河はほぼ無傷じゃねえか。無敵か?
「何かあったのか?」
「なんでもない」
「だが、奈央香のテンションが振り切れているぞ」
「なんでもない」
「あ、はい」
空河がそれ以上聞いてくることはなかった。
「奈央香も変な態度とるなよ、まったく」
「じ、ジト目可愛い……」
こいつも無敵かよ。
「……もう話進めてもいいか?」
「すまん、ちょっと騒ぎすぎた」
「そろそろ日も暮れ始める。作戦はさっさと済ませた方がいいだろう。すぐに制御装置奪還に向かうぞ」
「了解」