TS異世界転移-男がヒロインで大丈夫かよ-   作:変T

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 女神は俺を女に変えた。

 俺は元男でありながら、修也に惚れてしまった。他人を好きになることがなかったから、恋心というものがどういうものかはわからない。

 同学年同士でカップルができ始める中学生生活、それが始まる直前に俺の両親は他界した。俺は妹と弟を育てるので精一杯で、他人との交流は最小限に抑えていた。中学の思い出なんて、勉強と家事以外ほとんど残っていない。

 唯一両親の貯金が結構あったことで金銭面は楽だった。小さなアパートに3人で暮らしていた。その後、妹や弟が俺の手伝いをするようになり、妹はとにかく優秀で俺の家事は奪われ、金銭面に余裕もあったことで大学に進学、今更恋愛なんてできないから、勉強以外にゲームに没頭する毎日だった。

 初めて、人を好きになった。それが同性の男だったことよりも、俺の20年の人生には衝撃的な出来事だった。

 それが、操作されたものだとしたら……。

 何もかもがわからなくなった。

 

 

 

「ムツメちゃん、こんな場所にいたのか」

 

 修練場の隅の方でうずくまるムツメちゃんを見つけた。

 

「ご飯食べないの?」

「……」

「何があったんだ?」

「……」

 

 体育座りの状態で両膝に顔を埋めて、ピクリともしていない。俺がいくら語りかけても反応はない。

 すぐ隣に座っても特に怒ったりはしない。

 普段のムツメちゃんならお尻触られるのを警戒して、めちゃくちゃ可愛いジト目で睨みつけてくるのだけど、今日はまったく反応がない。あのジト目可愛い表情が見れないなら、痴漢しても意味はないな。たぶん今触ったらガチで殺される気がする。

 

「……」

「……」

「……お腹すいた」

「お、そうか」

 

 ようやくムツメちゃんが口を開いた。

 

「空河、食事持ってきて」

 

 パシリでした。

 

「ムツメちゃん、そりゃないぜ。俺もう食っちまったけど、一緒に食堂行くなら付き合うよ」

「修也と顔合わせたくない」

 

 あー、やっぱりそうか。

 薄々そうじゃないかと思っていたけど、修也のやつ、性転換したムツメちゃんを相手に、まだ2ヶ月も経たない間に落としたのか。

 とんでもねえな。

 

「修也に何か言われたのか?」

「……修也には言われてない」

「……誰かに何か言われたの?」

「……」

 

 こりゃ、時間がかかりそうだ。

 どんなアドバイスを送っても、どんなに相談に乗っても、まったく効果がないだろう。

 時間が解決するまで……。

 

「……」

 

 俺は、立ち上がり、ムツメちゃんから距離を取ろうとして、足が止まった。

 

「……」

「……」

 

 ここで、立ち去っていいものなのか。

 本当に?

 初めて奈央香以外の人を好きになれそうなのに?

 ……自問しても自答は出てこない。

 

「……」

「……」

 

 俺は、止めた歩みの答えを得ないまま、歩き始めた。

 

 

 

 今日もムツメ様は修練には参加しても、ただ黙々と魔法を放ち、杖を振るっていました。

 もう1週間になります。

 あの日、女神リシアにムツメ様を呼び出すように指示をされ、私はムツメ様を女神リシアの元に送り届けました。結果、彼女は一切の心を閉ざし、ただ黙々と任務に参加している状態です。

 私は彼女の質問に答えを出せませんでした。余計なお節介くらいにしか捉えていなかった、ムツメ様とシュウヤ様の関係を援助することが、どれほど重たいものなのか今もわかりません。しかし、ムツメ様がシュウヤ様と距離を置いていること、一切の会話をしていないことは見て取れます。

 王城内でも様々な噂が飛び交って、嫌でも耳に入りますね。良くも悪くも、勇者様方の中で有名な2人が仲違いをしていることは、話題にしやすいのでしょう。噂は人の興味を惹きつけますが、彼らに直接噂の真相を聞きに行く猛者はいないでしょう。そんなことをすれば火の海に沈むことになります。王様相手ですら、容赦無く魔法を打ち込むムツメ様は論外として、シュウヤ様の機嫌を損なうことがあれば、同僚から針のむしろにされるでしょう。勇者様方の中で、一番人気のシュウヤ様はある種の偶像崇拝的な要素を持っています。私がメイドたちにわざわざお灸を据えることはないでしょう。 

 ……気が重いですね。ですが、現状を受け入れたくはありません。私はムツメ様の部屋の戸を叩きます。ムツメ様が部屋にいるのはわかっています。

 

「ムツメ様、よろしいでしょうか?」

 

 返事はありません。

 無理やり入ると、余計に心を閉ざしてしまいそうです。

 謝りたい。でも、ムツメ様は謝らせてくれません。

 私は女神リシアの尖兵のようなもの。ムツメ様に嫌われても仕方ないのでしょう。

 女神リシア様は私にムツメ様についておくように言いました。とてもできなさそうです。彼女が私を許してくれるとは思えません。

 

「また来ますね」

 

 ムツメ様に聞こえるように、少しだけ声を張って、私は今日も諦めて、帰路につきます。

 ムツメ様とまた、一緒に過ごしたい。

 叶いそうのない夢を追っています。

 

 

 

 拒絶されている。

 豹変とも言っていいほどにムツメの態度は変わった。雰囲気も暗く、話しかけても無視される。ムツメは淡々と自分のやるべきことを行うだけの生活をしている。どうにか踏み出し、何があったのか教えて欲しいと聞いても、謝られてしまう。

 ムツメの元に踏み込めない。

 

「ムツメちゃんのこと考えてる?」

「……ああ」

「……私も『ごめん』って言われるだけで、……力になれなさそう」

「そうか」

 

 奈央香もそうなのか。

 ムツメが心を閉ざして1週間になる。

 俺はムツメと付き合うと決めていた。ムツメは元男ということもあって、俺の中では奈央香より優先度は低かった。しかもムツメは、ずるい方法で俺に逃げ場を失わせ、淫らな行為をさせてくる策士だった。

 でも、ムツメは面倒見もよく、元同性ということもあって話しやすい。嘘を言う時に尻尾が動くのも可愛らしい。ムツメにも魅力はいくつもある。

 いや、違うな。最大の魅力にして、俺がムツメに決めたことがある。

 ムツメと付き合えば、俺の欲望を、俺の全てを受け止めてくれると思ったからだ。だから、俺はムツメを選ぼうとした。

 ムツメは淫らなことに関してはかなり積極的だった。俺の精を刺激する行為をいくらでも仕掛けてきた。

 俺は女性というものは性に関することは消極的だという偏見がある。しかし、ムツメはそれを打破した。元男という性質のためか、性に積極的で俺の股間を刺激してくる。俺の理性を溶かしてくる相手だった。

 俺は簡単にムツメに落ちた。

 胃袋と股間を握られたら男は落ちる運命にあるのだろう。俺も例外じゃなかった。

 ただ、最後まで悩んだのは、俺が誠実な生き方を望んでいるからだ。その点だけ見れば、誠実なのは奈央香に軍配があがる。

 だから迷った。ムツメを選ぶか、奈央香を選ぶか。

 俺は、誠実に生きる理由を捨てることができない。

 誠実に生きるなら、やはり誠実さのある奈央香と付き合うべきなのか……。俺の意識を変えたムツメは近くにいない。

 ムツメに拒否されている現状が、俺を選択前に戻してしまう。

 

「またムツメちゃんのこと考えている」

「ごめん……」

「少しは私のことも見て欲しいわ」

「……」

 

 奈央香はまだ待っている。俺の返事を……。

 俺は……。

 俺はどうすればいい……?

 

 

 

 ライバル宣言なんてしなければよかった。

 私は修也ほど綺麗な人間じゃない。いや、むしろ性格の悪さではこの国随一だと思う。私の性格の悪さは親譲りだろう。自分で自分が嫌いになる。

 私は性格が悪い。

 見てくれは自信がある。容姿だけなら学年でもトップクラスに入るほどに……。

 反比例する性格の悪さが証明するものがある。私には女友達がいない。

 唯一ともいえる女友達がいるとすれば、イオーネくらいだろう。

 ムツメちゃん?

 ムツメちゃんは違う。ムツメちゃんは私の彼氏候補の1人。

 修也と空河とムツメちゃんが今の私の彼氏候補だった。 

 本命はもちろん修也。

 そう、私は両親の遺伝子をほぼ正確に受け継いでいる。

 浮気性の両親で家庭が崩壊したにも関わらず、私は嫌っている両親と全く同じ人種だった。

 物心ついた頃から、私は常に空河をそばに侍らせていた。

 中学時代、必ずしも女性間のコミュニティに所属しようとはしなかった。男が入ってくると女同士の関係はうまくいかないのを利用し、常に空河を側につけた。

 しかし、空河がそこまで人気なタイプでもなかったためか。悪口も叩かれることなく、女の子にはただただ距離を置かれるだけだった。

 私は常に空河を側に置いた。心の傷を埋めるため、そして空河を離さないために。

 高校時代、空河以上に誠実な男を見つけた。

 修也だ。

 修也はとにかく誠実な男だった。この人は私を裏切らない。私と決めたら、絶対に、誠実に、愛してくれるだろう確信があった。

 当然私は修也に傾倒した。しかし、空河とのつながりも保持した。私たち3人は周りからとても仲が良く見えただろう。空河と修也の仲を常に取り持った。私はある意味で逆ハーレムを形成していた。ただ、付き合うことがあれば、どちらかに決めるつもりはあった。それまでは仮初めの逆ハーレムを楽しんでいた。

 そして死んだ。

 地球で存在的に死に、転移したとき、空河の隠されていた性癖が公開され、少し、いや、かなり幻滅した。その時、私は修也へと本命の路線が傾いた。

 ムツメちゃんは例外。かなり特殊だけど、私たちのことを考えて行動してくれる優しいお兄さん。男の姿だったら、惚れやすい私は惚れ込んでいただろう。でも女になってしまったから私としてはからかう相手でもあり、もしかしたら旦那になる人という曖昧な状態の人だった。

 ムツメちゃんが修也に好意を抱いているとわかって焦った。

 元男なのに、あまりにも早く、修也を好きになりかけていたムツメちゃんに、ライバル宣言をした。

 正々堂々? 違う。

 ムツメちゃんにライバル宣言したのは、修也の印象を良くするため、正々堂々と奪い合うみたいなことは微塵も考えていない。修也との関係は私の方が進んでいた。

 勝ち戦だった。

 勝てる戦だから、宣戦布告した。誠実さをアピールするために。

 だからこそ、体を使ったムツメちゃんの攻めに、納得がいかなくて仲違いした。万が一にも負ける理由が出てきたから。でも、そこで1つわかったことがある。

 修也も男だということ。

 気にするほどでもないだろうが、初めての相手が元男というのは、修也もどこか引っかかったのだろう。ムツメちゃんの攻めは修也にはそこまで効果が見えなかった。それ以前に、誠実な人間である修也には、ムツメちゃんの攻めは効果がないのはわかりきっていた。万が一を考えると怖かったけど。

 でも杞憂に終わる。

 空河なら一瞬で落ちたかもしれないほどに、強力なムツメちゃんのエロティックな攻めが空回りしたことで、私には心の余裕が生まれ、そして、性格の悪さも滲み出た。

 ムツメちゃんが万が一にも男性に戻ることがあれば、やはり彼氏候補だということ。だから私はムツメちゃんと仲直りをした。ムツメちゃんのことは好きだから。

 すべてが打算だ。

 私は私が嫌いだ。

 でもやめるつもりはない。打算で行動をすることを止める気は無い。

 

「少しは私のことも見て欲しいわ」

 

 今も打算で、修也に少しずつ歩み寄る。ムツメちゃんが崩れた今、チャンスだ。でも、急速に距離を詰めたら打算的な女と思われてしまう。だから、ムツメちゃんを心配しつつ、私は修也との距離を詰める。

 ゆっくりと、確実に。

 

 

 

 修也と仲違いして、2週間が経った。

 俺は食欲さえもなくしていた。

 修也とは顔を合わせられない。俺は偽りの感情に踊らされ、修也を好きになっている。顔を合わせれば、好きという作られた感情が表に現れてくる。

 おぞましい。

 この体は女神によって作られている。

 いつでも性を戻せるという。

 何もかもが信頼できなくなった。俺自身も……。

 そんな曖昧な状態で修也と付き合うことはできないし、そもそも作れらた俺の感情に揺さぶられたくもない。理性を保つために、修也と顔を合わせるわけにはいかない。

 常に心を平静に保つ。

 心を揺れ動かすことはしない。微動だにしない精神力を作り出す。

 そして味覚が消えた。

 味がわからなくなり、食事が嫌になった。

 食欲が湧かない。でも空腹で動けなくなるから、食べないといけない。

 苦痛だ。

 苦しい。

 生きるのってこんなに苦しかったっけ?

 夕食を食べ損ねた俺は、食堂に作り置きしてもらってある食事を食べに向かう。このままでは倒れる。体がエネルギーを欲している。

 夜中、俺は廊下に出て、ゆっくりとした足取りで、食堂に向かう。

 哀れだな。

 女神リシアに弄ばれた。

 なんのために弄んだのかは知らない。そこまで聞く根気はなかった。

 1階に降りる階段まで来た時、優秀な聴覚が音を拾う。

 味覚は消えても、まだ他の感覚は生きている。

 

「……」

 

 嫌だ。

 嫌な音を拾った。

 俺は自然と音のする方に足が動いた。

 

「……」

 

 あれから2週間が経っている。

 

「……」

 

 奈央香の部屋だ。

 最初に一緒に過ごしていた奈央香の部屋だ。

 

「……」

 

 扉に耳をつける。

 扉の向こうで、奈央香と修也が肌を重ねている。衣摺れの音と、微かに聞こえる吐息が聞こえてきた。

 

「はあっ、はあっ、しゅう……やっ……」

「奈央香……、奈央香……」

 

 扉の前で俺は固まった。

 10分以上は聞いていた。彼らの愛し合う音に足が縛られ、耳を傾けていた。

 

「入れるぞ……」

「来て……」

 

 修也のことが好きなのは嘘だ。この好意は偽物なのに。偽物のはずなのに……。

 涙が止まらない。

 くぐもった奈央香の声と、修也の荒れる息遣いがすべてを物語っていた。

 偽物だ。偽物なんだ。

 辛くない。

 俺は男だ。

 男だろ……。

 

「ぅぅ……」

 

 涙が止まらない。

 

「ぅぅっ……」

 

 どんなに押し殺しても声は漏れ出してしまう。

 味覚は消えた、食欲もない。そして、睡眠欲もほとんどない。

 修也のことは好きじゃないはずなのに、俺の性欲は収まることはなかった。発情期なのだろう。だが、俺は常に自分を否定し続けた。この発情は嘘だと、我慢できると。なぜなら本当は修也のことは好きじゃないから、女神リシアによって強制的に好意を抱いているだけだから。

 でもどんなに否定しても性欲は増していく。

 声を出してはいけない。

 涙が溢れても、声を出してはいけない。

 

「ぅっ……」

 

 なんで……、なんで気持ちよくなってしまうのか……。

 股間に伸ばしている右手を引っ込めることもせず、ただひたすらに2人の性交に耳を傾け、自分を慰め続けた。

 もう手遅れな現状に涙を流しながら……。




 奈央香回。

 視点がコロコロ変わってすみません。いろいろなものを回収するために、わざと書いてこなかった他者視点が増えてきました。

 奈央香の内心がすべてさらけ出されました。良い子を装いかつ、かなりドロドロとしています。ムツメに好意的な理由も。少しずつ奈央香の内面を表現しようとしたのですが、全然うまくいかなかった。読者様方には、とってつけたあとづけにしか見えなさそう……。

 次回も4日後になります。3/1です。

 章も追加しましたが、だいぶ適当。

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