ソウマの部屋のテーブルを向かい合うようにソウマとアスカは無言で目の前に用意されたショートケーキとコーヒーに視線が集まる。
アスカは引きつった笑みに冷や汗を流す。ソウマは期待の満ちた目に満面の笑みを浮かべる。同じ笑みといえどここまで差が出るのかと一度考えてしまうように今の二人は対照的な表情であった。
アスカは唾を飲み込み、意を決してフォークを手に取り、ケーキを切り口に運ぶ。
「ッ……」
食べようとするが口の前に止まる。しかし、目を瞑り口に入れる。
「? ……‼」
口の中に柔らかいクリームとスポンジケーキから甘みが口の中に広がりながら、イチゴの酸味が甘みを引き締める。
アスカの表情から力が抜けていき、笑みが柔らかくなる。そのまま一口、一口と運び、すぐにケーキをすべて食べきってしまった。
空になった皿に物寂しさを感じていると
「おいしかった?」
ソウマの満足顔が目の前に広がっていた。その顔にアスカは羞恥のあまり顔を赤面させる。
「……?」
ソウマは口の端にクリームがついて赤面する銀髪と紫の瞳が頭の片隅でどこか懐かしさと愛おしい気持ちが沸き上がる。
「ッ……」
頭の片隅で銀髪の紫を持つ瞳をもつ
「おい‼どうした、大丈夫か」
アスカが駆け寄るがソウマが手で制す。
「大丈夫だ。ちょっと疲れたみたいだ」
「そうか……」
ソウマは頭の痛みが引いていくごとに少女の幻がハッキリと、しかし頭に焼き付いた。
その少女がこの前戦った少女の容姿とそっくりであった。
ソウマは内心動揺しながらも、そのまま立ち上がり、椅子に座りなおす。
「今のイメージは……どういうことだ……」
「なんの話だ……」
アスカが首を傾げる。どこか仕草に覚えがある。
「なぁ、アスカの苗字てなんなの?」
「それは……」
視線をソウマから反らす。だが、しばらくして視線を反らしたまま先ほどの答えを躊躇いながらも口にする。
「……ねだ……」
「?」
聞き取れないほどのか細い声で答えたため、ソウマは首を捻る。
その反応にアスカは苛立ちを感じ、視線をソウマに合わせて答える。
「雪音だ。雪音アスカ、それが俺の名前だ」
「雪音か、いい名前だね」
その答えを聞いてソウマは満足したのか、コーヒーを一口飲む。
「うん、おいしい。そうだ、これも食べていいよ」
そう提案し、自身の手を付けていないケーキをアスカに差し出す。
その様にアスカはケーキとソウマの顔を交互に見る。
「……お前はいいのか?」
「うん。それは俺が作ったものだからまだ余ってるんだよね」
その答えに表情が氷のように固まってしまう。
「どうしたの、そんな信じられないものを見たような顔で固まっているんだ」
「いや、魔王が随分とかわいらしい趣味じゃないか」
苦笑いがどうしても消えないアスカにソウマも苦笑いで返す。
視線を反らし、複雑そうに返す。
「いつからか、料理が得意になってね。どうしてかわからないんだけど、料理をする度に何かを思い出しそうになるんだ」
「……なんだそれは」
アスカは首を傾げて呆れる。それに対し気恥ずかしそうに彼は笑う。
「知らない二人の少女の顔が浮かぶんだけど、これも業っていうやつなのかなぁ」
どこか幸せそうなソウマにアスカが急に思い詰めたように口を開く。
(なんで、こんな奴が……あんなことを平然とやるようになるんだよ……)
穏やかな表情を浮かべ、目の前の状況に一喜一憂するようなソウマが魔王になるとは、どうにも理解できないでいるアスカは、未来の情報を彼に伝えることで未来が多少変わるのではないかという下心から口を開こうとする。しかし、その下心からの後ろめたさ故に絞り出すような言葉になってしまう。
「なぁ、お前は自分が……」
「?」
「未来の世界で……俺の仲間を殺して、自分の子を殺すとしたらどうする」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ。お前は未来で自分に反逆する奴を皆殺しにする」
下を向いたままのアスカの剣呑な雰囲気にソウマは怪訝な顔をする。なぜそのような話をいまするのかということを心の中でこぼす。
しかしながら、アスカの顔は不安と今の状況を信じたくないという複雑な顔にゆっくりとコーヒーを一口含み、真剣に話を聞く心構えを行う。
「未来の世界である日を境に世界から歌の力が失われた」
「歌の力」と呼ばれるものから、昨日聞いたイデアの説明を頭に思い浮かべていた。
「失われた?」
「あぁすべての人類が統一言語で一つになった日、たった一人だけ統一言語に組み込まれることはなく、神と呼ばれるものを屠ったらしい」
神と呼ばれるもの「イデア」のことかと頭を過るが歌の力という言葉からその神は善なる神に類するものだと理解できる。
しかし、神を屠るほどの力を持つことができる存在なのかいるのだろうかとも感じるが、話の流れとして恐らくは
「それが、未来の俺なの?」
「あぁ、それ以降、統一言語に類するすべての力が失われた。残ったのは錬金術の技術とライダーの力のみが世界に存在する異端技術となったんだ」
どうやら想像通りの展開と頭が痛くなる追加情報に苦笑いが浮かんできてしまうソウマとは相対的に苦々しい表情のアスカの温度差が二人の間に流れている。
一瞬左下に視線を泳がしてアスカは苦笑いを浮かべるソウマに説明を続ける。
「未来のお前……オーマジオウが誕生した結果、突然人間が怪物になる現象が発生した」
「怪物」という穏やかではない情報にソウマの苦笑いは消え、目が細くなる。
「怪物っていうのは一体……」
「未来のお前は逸脱者と呼んでいたな。まぁそれに対抗する技術がさっきも言った通り、錬金術かライダーの2択しかないからな……人類の文明は急激に後退していった」
「最後はお前が作ったキングダムという保護区と錬金術師の集団パヴァリアに人類は分裂することになった。その結果なぜかは知らんが俺たちパヴァリアとキングダムが敵対するようになったんだ」
「そのなぜが重要な気が……」
未来に何があったかの大まかな流れについてまでは理解ができたが、詳細について何が起こっているのかは不明というどうにも腑に落ちないソウマは顔を顰めるが、アスカは仕方ないという表情をしながら、ソウマの疑問に答える。
「忘失したんだよ。記録すべてな……」
「なんで……」
「もうパヴァリアの生き残りは俺を含めれば100人にも満たないからだ。オーマジオウとの戦いで人類の半分以上の勢力を誇っていたにも拘らずに……」
仕方がないという表情に見えていたアスカだが、拳を強く握りしめて感情を押し殺している姿にソウマの口から謝罪の言葉が零れる。
「アスカ……ごめん」
「謝るな……今ならお前が無闇矢鱈に仲間を殺したんじゃないってことぐらいはな。だから、余計にわけがわからないんだ。なんでッ……仲間がッ……死ななければならなかったのかッ……」
「俺はお前を信じたい。でも……仲間を疑えないんだ……未来のお前にとっては簡単に潰せるものでも、俺にとっては家族なんだ……」
アスカの表情は変わらないがそれでも、言葉の端から悔しさと困惑の感情が滲み出てくる。しかし、なぜ自分を信じてくれるのか理解できないソウマは困惑から少々声を荒げる。
「なんで、俺のことを信じてくれるんだよッ。あって昨日の今日なのに……」
アスカは一度目を伏せると笑顔になり、諭すように答える。
「お前が目の前で犠牲を出すことを極端に嫌っているのは分かったからな。それに……」
「ッ……何でもない」
言葉に詰まるアスカに怪訝な表情を向けるソウマではあるが彼の言葉を信じようと考えると先ほどから説明されていない内容に気づく。
「そういえば、俺が自分の子供を殺すってのはどういうことなんだ?」
「簡単なことだ。お前の娘はパヴァリアと繋がっていたからだ。それを疎ましく思ったのか、お前が殺したんだよ。それ以降はずっと魔王と臣民からも呼ばれているらしいがな……」
未来の自分の所業に怒りを感じる。だからこそ、決意を新たにするために頬を叩く。
「決めた。やっぱり俺、魔王になるよ。魔王になってみんなが自分の幸せをつかみ取れる世界を作る」
アスカの目を正面から見つめて、一つの頼みを託す。
「だからさ……もし俺が未来の自分のようになったら俺のことを止めてくれ。君にしかお願いできないからさ。頼むよ」
彼の決意を信じてみようと納得し、彼が魔王となる未来を変えるように行動すると行動方針を定めるとニヒルにその決意を受け取る
「あぁその時は遠慮しないさ」
二人は自信に満ちた笑みを互いに浮かべコーヒーを飲みかわすのであった。
「キングダム」
未来の世界で榊ソウマが作り上げた逸脱者の脅威より人類を守るための保護区である。
城壁で囲まれており、内部に張った結界の効果により、人間の異形化を無効化している。
外界で衰退した文明を維持しており、榊ソウマに支配される形で民衆は生活を行っていが、レジスタンスのような組織が誕生しており、内部の治安は低下の一途を辿っている。
「パヴァリア」
パヴァリア光明結社を母体とする錬金術師の団体であり、歌の力が失われた世界において人類の大半を保護している組織である。
一般人と錬金術師に分かれており、一種の社会を形成していたが、榊ソウマとの戦いで9割以上の人員が失われており、日々逸脱者の恐怖に耐えながら生活をしている。アスカが所属する団体であり、幹部級の立場ではあるものの組織は彼に何か秘密を隠しているようである。