「う~ん、ねぇ響、一緒に作る?」
「え?」
ソウマからの予想外の問いに驚き、振り返ると、卵とホットケーキミックスを手に持ったソウマがこちらに肩をすくめ、首を傾げた彼の姿がそこにあった。
「? どうするの一緒に作る? 作らない?」
「え、でも、私料理苦手だし……きっと迷惑になるよ」
「いや、大丈夫だよ。誰だって、料理は最初できないものだよ。だから、一緒に練習しようよ」
「え、え~と、練習?」
彼女が不思議そうに顔を傾げるとソウマは悪戯をする子供のような表情を浮かべる。
「え、どういうことなの?」
「ん? だって未来が料理できることに少し、憧れてたでしょ」
「あ……気づいてたんだ、ソウマは……」
気恥ずかしそうに顔を逸らす彼女の顔には朱が差し込み、手をモジモジさせ口元をもごつかせている。彼女の姿を見かねて、彼は手の材料を置き、彼女の頭を撫でる。
「ふぇ! ソウマ、何をしてるの!」
「うん? だって響は、いつもこうすると落ち着くでしょ」
「え、え~、そんなこと……でもそんな、そんな……」
ぷしゅーと音をたて、顔を真っ赤に染めて完全に思考回路が停止していた。
「響ッ! 響ッ! ねぇ、響ってば」
「え……え……え……」
オーバーヒートした脳が正常な判断ができなくなり、内心を口から吐露する。
「あ、あの、ソウマ、私にも、できるかな? 私にも、女の子らしいこと、できるかなぁ」
「……響」
「私にも、未来みたいに、女の子らしいことができるようになるかな……」
彼は撫でる手から力を抜き、頭に手を当てたまま、彼女に自分の内心を吐露する。
「響にもさ、女の子らしいところはいっぱいあるじゃん」
「え、でも、そんな……こと……」
「……うん、正直、表面上じゃわからないとこばかりだよ。でもね……」
「え、うん、え……」
「今、俺の目の前に顔を赤らめている表情は、可愛らしい女の子そのものだよ」
「ほぇ、え、かわいい? え、え!」
しばらくソウマは、思考停止した彼女の表情をずっと眺めていた。
しかし、3分をど立っても一切正気に戻らない彼女の前に手を振っても、目を隠しても、一切の反応がなかったので、彼女に少し大きい声で、呼びかける。
「ところで、そろそろ、戻ってきてよぉ、響ぃ、おーい」
「え、う、うんごめんね。ソウマ、えっとさっき言ったことって覚えてる?」
「うん、だって、ついさっきのことだし」
「う、うぇ、い、いや、さっきのことは、ホントの事じゃ……」
「響、自分の気持ちに嘘をついてたら、いつか簡単に限界を超えて、大変なことになるよ」
手で首の後ろに手を伸ばし、視線を右上に向け、誤魔化そうとする響にソウマは、さっきまでの穏やかな雰囲気から、生真面目な空気を作り出す。
その表情はいつもの彼でも滅多に見ない彼の姿に少し、響の体は熱くなる。
だが、彼の眼は本当に自分のことを真剣に心配しているものであり、その事実から、口が勝手に言葉を紡ぎだす。
「えっと、料理を勉強したい……、もっと女の子らしいことができるようになりたい!」
「うん、その言葉が聞きたかった。じゃぁ一緒に作ろっか」
「うん!」
体の熱が収まるよりも先に、自分の中の願望が勢いよく飛び出した。それは、今までの後ろめたい劣等感とは異なり、憧れに向かおうとする前向きな希望そのものであった。
テーブルの上に設置したホットプレートの上に正円に近い、片面が焼け、ひっくり返した後のホットケーキがいくつも焼いていた。
「ねぇ、ソウマ」
「うん? どうしたの?」
「なんで、こんなに焼いてるの?」
「そんなの決まってるじゃない。ちょっと女子力の高いものを作るためだよぉ~っと」
彼は後ろで、ハンドミキサーを使い、白い何かを作っていた。
それを響が、見に行くと、それは紛れもないホイップクリームであり、隣には、バニラアイスクリーム、チョコレート、缶詰のフルーツさえあった。
「え、それって、なにに使うの?」
「デコレーション用かな」
ソウマは、ホイップクリームを混ぜ終わると、ホットプレートのところに行き、焼き加減を確認する。
「よし! ばっちり! 響、仕上げをしようか」
「う、うん」
彼は、ホットケーキとホットケーキを重ねて、間にクリームと砂糖漬けになっている果物を詰め、頂点にアイスとクリーム、チョコレートで飾り付けていった。
「よし、完成、あとは、お好みかな」
「おいしそう……」
「ねぇ響、今クリームは俺のほうで作ったけど、クリームだって、ホットケーキの生地と同じで混ぜるだけなんだよ。まぁ極端ではあるけどね」
「う、うん。それがどうしたの?」
「つまりさ、料理を普通に作れるようになりたいって程度だったらさ、結局やることを積み上げていくだけなんだよ。まぁこれはどんなことも一緒だけどさ」
「結局は、どう纏めて一つのものにするかなんだよ。本質はね」
ソウマの少し得意げな表情に響は首を傾げていた。しかし、はっと気づいたように目を瞬きさせる。
「つまり、料理をすることを積み重ねていけば、より、効率的にいろいろ作れるようになるってこと、好きこそものの上手なれっていうけどさ、どんなことでも繰り返せば、案外、前には進んでるものだよ」
いつものアルカイックスマイルではなく、歯を出すように笑いながら、自分の心の中の不安を取り除くそうに彼は響に微笑みかける。
「私も、頑張っていけば、未来みたいになれるかな」
言葉は同じであったとしても、彼女の口から流れた言葉は先ほどと違い、前を向き、自分の理想に向かって進む勇気を持った言葉であった。
そんな彼女の姿に彼は、人間らしい感情を前面に出しながら、彼女を応援する。
「もちろん!」
どうにもむず痒さから、彼女の満面の笑みから少しだけ、目をそらすソウマであった。
湖畔に隣接する大きい屋敷の中で、フィーネは彼女、雪音クリスを呼び出していた。
彼女が大広間の机に座っていると、目から生気が失われているクリスが現れた。
「なんだよ、フィーネ。また、なにか始めるのか」
言葉に対し、いつもの勢いはなく、憔悴しているものであった。
「えぇ、デュランダルの確保と、融合症例の確保よ」
しかし、フィーネは気にする素振りを見せることなく彼女に指示と、詳細の予定を話していく
「わかった。準備しておくよ、フィーネ」
クリスは、ゆったりとした足取りで、大広間を出ていく。
「本当に、大丈夫かしらクリス……なにもなければいいけれど」
ここ1週間彼女の憔悴していき、生気がなくなっていく目を前に、フィーネは口から普段口にすることのない彼女への心配の声を口にする。
その言葉は無自覚にしかし、確かにフィーネの心の内から吐露されたものであった。
「これで、あともう少し、あともう少しで、貴方に会えますね」
窓の外の空を眺め、青く澄んだ空の色に自分が愛した神の姿を重ねるのであった。
部屋を出たクリスは生気を失った目に暗い光を灯す。
「あぁ、今度こそ、融合症例を捕まえてやる……!」
その言葉は決して自身の失態を取り返そうとする感情ではなく、黒い嫉妬の感情が強く含まれているものであった。