ある意味一番書きたかった部分なので、大分先にだすはずだった最初期の伏線のヒントがガッツリ入ることになりました。
古い、古い、しかし、未来のある日の出来事。
暗雲が立ち込めるなか、ソウマは大きな公園のベンチに座り、目を伏せて、自分の内に渦巻く罪悪感と後悔で押し潰されそうなままに、自身のなかにある信念と幻影が彼の心を奮い立たせる。
こちらに歩いてくる人影に気付き顔をあげる。
「あぁ……悪いな。こんな時に呼び出して……」
クリスの表情がよく見れないほどに、顔を向けられない。
「……なんで……なんで、アタシを呼び出したんだよ」
クリスの声は記憶にないほど刺の含んだものであった。
「ひとつだけ、頼み事があってな……」
「……頼みだぁッ! ……ふざけんじゃねぇ!」
「わかってるよ、でも、もう時間がないんだよ……時間がな」
その声が真に迫るものであるとはクリスはよく理解していた。しかし、それでも今の状況がそれを許せない。
歯を強く噛み締めているクリスと砕け散りそうな心を強く押さえているソウマの二人の空気を塗りつぶすように空から雨が降りだす。雨が地面を少しずつ濡らしていきながら、二人の身体を濡らしていく。
雨が二人の身体を濡らしきった時、自分のなかにある本当の気持ちが顔をだす。
「なんで、あんなことをしたんだ……ソウマ」
「あれしか手がなかったんだ……クリス」
二人の間に雨が通りすぎていく。
「頼みごとってなんだよ」
「響のことを頼む……」
ソウマは立ち上がり、クリスの正面に立つ。
クリスの顔は複雑なものであり、何かを圧し殺したものであった。
「お前が、いてやれよ。ずっとそばにいてやれよ……あの馬鹿はずっとお前の事が好きなんだぞ……」
「わかってるさ……そんなこと、俺だってずっとそうだったんだよ。俺だってな」
「だったら、どうして……ッ!? お前、まさか……」
無言で頷くソウマは自分でさえ意識していないほどに絶望が露になる。
「お前にしか頼めないんだよ……頼む!」
「なんで、アタシなんだよ……なんで……」
「それは……」
「アタシだって、アタシだって、お前の事が好きだったのに、なんで、アタシにはなにも残しちゃくれないんだよ……アタシに頼みだけ背負わせて……ッ……ッ……なんで、アタシには、なにも──ッ!?」
クリス自身を包み込む柔らかな暖かさに勢いで閉じていた目を開く。ソウマの頭が近くにあり、それに驚くが、彼の腕が自分を包み込んでいるため動けない。
呆然となった意識が、抱き締められていると認識したときには彼の顔が正面にあった
「お前、行きなり何を──ッ」
彼の唇がクリスの口を塞ぐ、彼女の目から涙が流れ、落ちていく。自分のなかにある感情が渦巻きながら黒くなっていくが、それさえも包み、飲み込むように彼は彼女を抱き締める。
抵抗する彼女の力が少しずつ消えていき、やがて彼に身体を預ける。
ソウマが口を離すとクリスの口と自身の口に橋がかかる。
その橋は広がり、切れて落ちる。
「……なんで、いきなり……こんなことを……」
視線だけを反らす。彼の視線がクリスに突き刺さる。
「ごめん、でも、今はこのまま、俺に利用されてくれ」
彼の言葉は決して優しいものではない。クリスの求めた答えでは決してない。だが、その声音は優しく、彼女のなかにある未練に火をつけるには十分すぎるほど、彼女への愛に溢れていた。
彼の顔を見つめながら、少しだけ迷い、目を反らすも、すぐに彼に顔を向けて、恥ずかしがる乙女のようにクリスは「最低……」と言葉を呟き、頷いたのであった。
朝日が差し込む自室の部屋のベット上には裸になって、眠っている彼女がそこにいた。
「……いっちまったか……あ~あ、スタイルには自身があったんだけどなぁ、アイツを射止めて、縛り付けることはできなかったか……」
いつも以上に乱れたベットで、自分以外がいたであろう場所を撫でる。そこには彼がいたであろう温もりが本当に少しだけ残っていた。
「はは、やっぱりガラでもねぇな……でも、確かに受け取ったぜ……確かにな……」
彼女の目に大粒の涙がたまっており、自分の内の彼への思いが強く燃え上がり、心を染め上げ、昨夜の内に行われた一夜限りの営みの記憶がクリスの理性を焼き付くす。故に、彼女はこれから起こるであろう現実から逃げるように布団を被り、そのまま眠りにつくのであった。
最後の戦いを終えて、クリスは響とソウマがいるであろう場所へと向かう。雪だらけの積もった林道を進んでいき、少しだけ開けた場所にたどり着く。
目に飛び込むのは血だらけのソウマと、それを抱き締め、泣きじゃくる響の姿がそこにはあった。
ソウマは明らかに致命傷を負い、息を引き取ったのだと理解ができる。しかし、いくら頭が現実を理解しても心が、感情が決して認めたくないと、騒ぎだす。
「……ッ……ッ……ソウマぁ……ソウマぁ!」
彼の亡骸を抱き締め、響はすすり泣く。その声にクリスの胸は締め付けられる。足が震えて立っていられなくなり、その場で座り込み、目の前の現実を否定するように首を横にふる。
自分の愛した男の亡骸を抱き締めている女に殺意がわくが、それを消すように、彼の言葉が浮かび上がる。
彼との約束を果たすため、立ち上がろうとするが、一切の力が足に入らず、目の前が歪む。自分の愛した男の亡骸を前に、自分のなかにあるなにかが暴れ、涙が次から次へと流れだして止まらない。
雪景色のなかにある死が二人の心を砕く。暫くするとソウマの身体が光に包まれていき光の粒となって空に浮かんで消えていく。
「いかないで! いかないで! ……お願い……ソウマ、ソウマぁ……」
響の悲痛な声が空へと木霊するとともに、光の粒を行かせまいと踠くように手を伸ばす。クリスもまた、無意識ではあるが、空へと手を伸ばす。まるで、彼をもう一度死から引き戻そうとするかのように
「あ、あ、あぁ……」
光の粒は空へと全て消えていった。クリスも響も伸ばしていた手が力なく落ちる。
二人の意識が絶望に飲まれた瞬間、空から光が爆発し、世界の全てを飲み込んだ。
この日、榊ソウマは世界から完全に消え去ったのであった。