誰もいない、リビングでクリスはソウマの作り置きしていた昼食に箸を進める。
ソウマの家に暮らして、1週間が経とうとしており、この部屋で過ごすことにも抵抗がなくなってきていた。
「あいも変わらず居候のアタシのために、飯を作り置きしておくかぁ、普通」
馴染み深さと新鮮さが混じる不思議な感覚が頭の中を支配する。
(やっぱり、どこかで食ったことがある感じなんだよなぁ……どこでだったかなぁ?)
疑問符が浮かびながら、箸を進めていくうちに、気が付けば彼の用意したものを食べきってしまっていた。
「あ……まぁ気にしてもしょうがねぇか」
ソウマに言われた通り、食器を洗い乾燥させるために立てかける。
「よっし、細かいことは気にしてもしょうがねぇか」
自分の中の不思議な感覚を振りほどくように、乱雑に近い意識のままに椅子に座りながら寛ぐように、テレビをつけて意識を集中させるのであった。
時間が過ぎ去り、日が沈みだす頃、椅子に座りながら雪音クリスは眠っていた。
彼女は夢を見ていた。昔の頃のまだ、フィーネと出会う前の両親が死に、紛争地域に一人取り残されたあの日々のことを──
(……あぁ、なんでこんなことを今更思い返すんだよ)
飢餓から逃れるために、パンを盗んだ記憶。捕まり商品のように扱われ、嬲られた記憶。自分の中にある悍ましく否定したい記憶たち。それが浮かびあがり、消えたいく。
「お~い、クリス~」
体を揺さぶられる感覚と、自分の名前を呼ぶ声が自身の意識を現実へと引き上げる。
「……ハッ……はぁ、はぁ、はぁ……」
荒れた息を整えるように、深く、一度息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。吐き出した息とともに、先ほどまで悪夢を頭から締め出す。
「……ソ、ソウマか……、わりぃ、なんか眠っちまっていたみたいだ」
「いや、気にしないでよ。別に眠ってたのは全然問題ないよ……でも、なんか魘されてたみたいだけど、大丈夫?」
「……昔を思い返してただけだよ。別にどうってことねぇよ……」
「つらいことなら、これ以上聞かないよ。でも、本当に辛くなったら頼ってくれよ」
視線をクリスから外して、どうやら買ってきた食材を仕分けて、それぞれの場所に格納していく。
「なぁ、聞きたいことがあるんだ」
「ん? どうしたの。なんか必要なものがあった?」
「なんで、アタシのためにここまでするんだよ……」
クリスの声が震えていることに気が付き、彼女のほうに振り向く。
そこには、不安と猜疑感に満ちた2つの瞳がこちらを見つめていた。
「そんなの決まってるじゃない?」
「え……」
「単純にまず、下心かな」
「ッ……」
なにも誤魔化すことなく、淡々と自身の行動の目的が下心だという回答に鳩が豆鉄砲を食らったかのような呆けた表情を浮かべることしかできずに、少しの失望が自身の胸に湧き上がっていた。
「ここで、クリスが死ぬことよりも、響たちの味方になってくれた場合の戦力上の利点、あと純粋に俺が目の前でクリスが死ぬのを見逃せなかったことと頭で考えるよりも先に体が動いてただけだよ」
彼の言葉の後半の言葉に湧き上がった失望を吹き飛ばすように、顔に熱が回り、顔を後ろに背けてしまった。
「なんで、そんなこっぱずかしいことを正面切って言えるんだよ……バカ……」
「ハハハ、実際に言葉にすると少しは、俺も恥ずかしいからな、でも、本当にクリスを見つけた時には何も考えずに行動してたんだよ」
「あんだけ、アタシを殺そうと戦っていたのにか、よくわかんねぇやつだな、本当に」
「別に、クリスを殺そうと思ってたわけじゃねぇよ」
「え……」
「本当は戦いたくなかったさ、でもまぁ、それでも戦わなきゃいけないから全力で戦っただけだよ……」
クリスは、その言葉に勢いよく振り向き、言葉が口から出ようとする。
「それじゃあ──ー、いやなんでもねぇ」
自分と響のどちらを選ぶのか、それこそ答えが分かり切っていた質問をぐっと飲みこむ。
「なぁソウマ、一つだけ付き合っちゃくれないか」
「あぁ、別にいいよ、いつがいい?」
「できるだけ、早いほうがいいな」
少しの不安が声からにじみ出る。その声からソウマはカレンダーをみて決める
「それじゃあ、明日にしようか」
「はぁ? 明日は平日じゃねぇか……いいのかよ」
「別にいいよ。かわいい女の子の頼みだしね」
「ぷっ、アハハハハ、バカじゃねぇの、おまえはよ、ハハハ」
ソウマの茶化すような言葉にクリスは、噴き出すように笑いがあふれ出してしまうのであった。
夜の帳が下りたころ、自分一人となった広い部屋にフィーネは椅子にもたれかかるように、今までのことを思い返していた。
翼の歌声によって自分が目覚め、桜井了子と一つになり、シンフォギアを生み出し、いろいろなところに根を回し、クリスを拾って計画を実行に移した。
「……感傷なんて、私らしくないな」
自分の中の感傷がずっと自分を苦しめる。
「……クリス」
クリスのことが頭の一部を占める。自分にとって彼女は間違いなく娘のように扱っていた。
少し前の自分なら否定していた。だが、一度彼女を突き放したことで、自分にとっての彼女がどれだけを占めていたのか痛いほどわかっていた。
それを否定するようにノイズの追っ手を送った。それだけのことをしたとしても、自分にとって、後悔に近しいものが胸の奥底にしこりのように残り続けていた。
「……それでも、私は成し遂げて見せる。必ず」
昼間に響に語った自分の恋を叶えるために今あるクリスへの愛情を押し殺すのであった。
自宅付近のファミレスの1席に筋骨隆々の男──風鳴弦十郎が席に座り待っていた。
「それで、こんな時間に俺を呼び出して何の用ですか? 弦十郎さん……」
「すまないな。だが、要件は察しの良い君ならわかってくれてると思っていたんだがな」
少し、警戒心を織り交ぜながら、ソウマは、弦十郎の前の席に座る。そのような姿を一切気に留めることなく彼は柔らかい雰囲気で話始める。
「それじゃあ答えは、NO一択ですよ。俺がクリスの身柄を渡すわけないでしょ」
「そういうと思っていたよ。君は私たちを信用していないからな」
「当然ですよ。2課の中枢に裏切り者がいる時点で俺にとっては信用する要素なんてどこにもないでしょ」
「……気づいていたのか」
「当たり前ですよ。それだけの情報は、最初に2課に向かった時点で大部分は、確信したのはこの前のデュランダルの件でですがね」
二人の間に沈黙が流れる。静かに警戒心を見せるソウマとどう切り出すか迷っている弦十郎の二人の間の壁は分厚く簡単に壊れることはない。
「それで、今回の本題を聞かせてくれないでしょうか。弦十郎さん」
ソウマの言葉に弦十郎は神妙な表情で口を開くのであった。