黒服たちについていく形で、先を目指して彼らは瓦礫の上を歩いていた。
気が付けば、先導する黒服たちの歩行速度も目に見えて落ちており、周囲を警戒するようにしていた。
アーリの出した天使型の人形が周囲の警戒をしているが、黒服の彼らのが最も警戒しているのは、その天使たちであった。
「……一つ確認をしてもいいか」
「なにかな?」
「本当にこの天使たちは私たちを狙っていないのかどうかだ」
「ハハッ、そんなこと、どうでもいいだろう? 君たちに拒否権はないわけだしね」
「であれば、君たちを集落へは連れてはいけないな」
語気が強まる彼の姿にイデアの口角が吊り上がる。それに応じるように彼の視線が厳しいものとなっていった。
二人の間に空気が険悪になっていく。
張り詰めた糸のような、いつ切れてもおかしくない関係から、中年の男の仲間たちも懐の下にある武器に手が伸びる。
「……いい加減にしろ。イデア」
二人の間にソウマが割り込む。
イデアは興が冷めたと言わんばかりに天使たちを散開させた。
先ほどまでの視界に必ず入るような配置ではなく、上空から周りを俯瞰することが可能な配置であった。
「ふぅ、まぁそんなに怒らないでくれたまえよ、我が魔王」
「何を遊んでいるんだよ。時間がないんだろう? 違うのか?」
疑問符による圧迫をかける。先ほど自分が受けたことをそのまま返す様にイデアは多少の苦笑いを浮かべたのち、釈明を始める
「遊んではいないさ。逸脱者のスペックが基本的に未知数である以上は密集したほうが守りやすい。それに、彼らの中に裏切り者がいる可能性がある」
「だからと言って、彼らの集落に行く必要があるんだろうが」
「……フフ、どうやらこの時代に君を連れてきてよかったよ。君の中にいる本当の君が死んでないことが確認できたからね」
「何を訳のわからないことを……」
互いに視線を向けつつも、二人の間は張り詰めていた。
そんな二人の険悪を七実と響は視界に収めつつ隣合い歩いていた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「何かしら」
「どうして、貴女は私のことを恨んでいるんですか?」
響はずっと胸に抱えていた純粋な疑問を口にした。
ことあるごとに自身に対して負の感情を向けられていた。
だが、それももう一人の自分と出会ったことで、その感情の正体が恨みであるように感じるようになった。
理由は理解できてはいない。だが、それが恨みに準じる感情であり、それを強く向けられている事実だけは理解できていた。
「そんなことを貴女が知ってどうするの」
吐き捨てるような彼女の言葉の裏にはどこか、優しさに似た「なにか」を感じる
「どうしても知りたいんです。私がソウマを殺したってことを知って、貴女にも私は何かしているんじゃないかなって思って……」
「……」
無言の中、二人は歩いている。
その無言に耐えきれなくなって、響は目線を逸らそうとした。
しかし、この道は整備されているとは言い難く、かつての文明の後、人が一度も整備することなく、逸脱者たちの力によって破壊されていた。
であればこそ、響が意識を逸らした際に足をとられるのは必然であった。
「う、うわぁッ!?」
「ッ!?」
七実は転びそうになった響の腕を掴み自分のほうに引き寄せる。
「危ないわね。もっと足元を見て歩きなさい」
「あ、ありがとう」
響は七実と顔を合わせて向き合う。
彼女は穏やかにクスクスと笑う。
まるでバカな真似をした肉親を見るような人間味のあふれる表情であった。
「さっきの質問を答えない、また足を踏み外しそうね」
「え、そ、そんなこと……」
「答えは単純よ。まず、貴女が彼を殺したこと、それとあとはあなたが一番奏者たちの内で、彼女に似ているから」
「え、似てるって、誰に……」
「それは、貴女がこれから過去に向き合っていけばいつかわかること。だから焦る必要はない。でも、なんか最近は貴女は今までの貴女とは違うような気がしてきてるのよ」
「え……」
思いがけない彼女の自身を肯定するかの発言に響は呆けてしまう。
「何? そんな鳩が豆鉄砲を食らったような表情で、そんなに意外? 私が貴女を褒めるのは」
「い、いや、そんなこと。ただ、ちょっとびっくりしちゃって」
七実はそんな響を見て足取りを軽くする。
「まぁ、頑張りなさいな」
そんな言葉を皮切りに二人は雑談を繰り広げるのであった。
「なんか、前が騒がしいね」
未来は前の騒々しい状況を眺めつつ、クリスに話しかけた。
「いいのかよ。あいつらを放っておいて」
「大丈夫じゃないかな、何となくだけどね」
「大丈夫って……正直、どう思ってんだよ。今のソウマの状態を」
神妙な面持ちで、クリスは未来に問う。
その問いに彼女の表情は曇る。
「わからない。正直、ソウマが落ち込んでいる理由も、その理由をどうしたら取り除けるのかも……」
「……このまま、アイツを戦わせていいのかって、少し思ってるんだ」
「どうして?」
未来の問いにクリスは言いよどむが、視線を前にいるソウマに向けて口を開いた。
「このままじゃ、アイツはもっと傷つく気がするんだ。多分この未来はソウマにとって後悔しかないんじゃないかって思っちまってな」
「……きっと、それだけじゃないと私は思うけどね」
「どうしてそう思えるんだ?」
「何となくの勘かな? でも、これを乗り越えるのがソウマのためになるってことだけは確信がもてるかな」
未来はクリスの横顔に顔を向ける。
それに気が付いたクリスはそちらに顔を向ける。
「どんな確信があるんだよ」
「女の、彼女の勘かな?」
「なんだそれ……」
彼への根拠のない信頼を前にクリスの胸中に僅かな痛みが走った。
自分の中にある恋心が悲鳴を上げる。
今まであった自覚していない明確な嫉妬であった。
「どうしたの? そんなに険しい顔をして」
「い、いや、なんでもねぇよ」
(どうしちまったんだよ……アタシは……)
自分の感情の変化に戸惑う。
未来のことはほとんど知らないはずが、ソウマが彼女を強く信頼していること、彼女がソウマを強く信じていること。
そんな二人の姿が簡単に脳裏に浮かぶ。
「でも、まさかこんなになるんだね。いつも見ていた景色のはずなのにね」
歯が軋む音が聞こえる。
「……ぇ……した……」
音がゆったりと聞こえなくなっていく。
視界すら灰色になっていく。
「……ス……ぇ……リス……クリスってばッ!?」
大きな声と共に、体が揺れ、視界が色彩を取り戻す。
「うぇッ!? 、どうしたんだよ。いきなりッ」
「どうしたのじゃないよ。いきなり立ち止まったと思ったら、全然反応しないから心配したんだよ。体調悪いの?」
「わ、悪い、特に体調は……っていうか、今、呼び捨てしなかったか」
「あ、ごめん。なんか気が付いたら、そう呼んじゃってたみたい。気を悪くしたらごめんね」
申し訳なさそうに肩を落とす。
その姿に少し、罪悪感を覚えつつも、いつもの粗暴な口調で返す。
「いや、そこまで気にしてない。まぁ別にそう呼びたいんならすきにすればいいじゃねぇか」
「……クリス、うん、今度からそう呼ぶね」
「好きにしろッ」
「もう、待ってよ」
クリスはそう言い捨てると、速足で前の集団に追いつこうと進む。
そんなぶっきらぼうに返す彼女を見て、未来はクスクスと笑い、同じように速足で前の集団に追いつくように進んでいくのだった。