咲-Saki- 天元の雀士 (改稿版)   作:古葉鍵

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東場 第一局 四本場

 

 

「あそこが部室か……」

 

 放課後になり、さっさと帰り支度を整えた俺は早々と教室を後にした。

 いつもより急いだのは、むろん竹井先輩との約束を果たすためだ。

 

 遠目に旧校舎の外観を確認すると、3階立ての建物の屋上に一軒家のようなものが建っている。

 異物感が酷いというか、外観の調和を著しく損ねていた。

 竹井先輩の言葉が正しければ、恐らくあの一軒家が麻雀部の部室だろう。

 

 旧校舎の入り口をくぐり、歩くたびに軋む木製の廊下を進む。

 古ぼけた内装や風でガタつく窓の音などに歴史を感じながら階段を昇る。

 そしてついに屋上まで辿りついた俺を両開きの大きな扉が出迎えた。

 

 それは重厚な造りの木製扉であり、かなりの存在感を主張している。

 一般的な学校施設では校長室や理事長室などでしかお目にかかれないレベルのものだ。

 

 第一印象は大事だ。俺は自分の服装に乱れがないか確認すると、軽く深呼吸して扉をノックする。

 

「はい、開いてますよ。どうぞ」

 

 ノックからほとんど間を置かず、女子学生のものと思しき柔らかい声が扉の向こうから返ってきた。

 はて、どこかで聞き覚えがあるような声だな。

 

 まあそれはともかく、部員がいてくれてほっとした。

 放課後になってすぐに足を運んだため、まだ部員が誰も来ていない可能性を危惧していたのだ。

 招かれたとはいえ、さすがにまだ部外者の俺が無断で部室に入り込むわけにもいかないからな。

 

 「失礼します」と一言断ってガチャリと扉を押し開く。

 部室内は思っていたより広いようで、おぉ……と内心で小さく感嘆する。

 

 最初に目についたのは正面奥の壁に嵌め込まれている縦長のステンドグラス。薔薇の模様が描かれており、宗教色はあまり感じない。採光具合もあってなかなか綺麗である。

 

 次に目についたのは同じく正面奥に鎮座する麻雀自動卓。

 麻雀部なのでコレがあるのはおかしくない。

 人数の少ない零細部という事もあり、自動卓を所有してない可能性を危惧していたのだが、予想が外れて良かった。

 人力で積むアナログ卓も嫌いじゃないが、自動卓に較べると余計な手間と時間がかかって面倒だからな。

 

 自動卓には髪の長い女生徒が一人、俺と相対する位置の席に座っていて、牌の手入れをしている。

 ステンドグラス越しに届く逆光のせいで女生徒の表情は見えにくい。

 だが後光が差しているような状況の女生徒には清浄な雰囲気があり、美しいなと感じた。

 俺のノックに応じた声の主は恐らくこの子だろう。

 

 その女生徒は徐に椅子から立ち上がると、こちらへ歩いてくる。

 

「すみません、部長からお客様が来るとの連絡はいただいてたんですが、私も来たばかりで何の用意も出来てなくて…… とりあえずお茶でも入れますね」

 

 スカーフの色で同じ1年生だとわかった。

 俺は百八個ある紳士技の一つ、周辺視を発動して女生徒の容姿を観察する。

 

 まず髪型だが、所謂ツインテール。リボンタイプのヘアゴムを使って後頭部両側位置で髪を括っている。

 

 身長はやや低め、体型は……って、うおおおお!

 なんという巨峰、いや山脈。凄い。ヤバイ。

 この素晴らしいスタイルに祝福を!

 

 いかんちょっと錯乱した。

 俺はクール、ビークール。ヨシ!

 工事猫? 知らない子ですね……

 

 真面目に評価すると、準トランジスタグラマーと言ったところか。

 腰つきはかなり細いので、トップとアンダーの差が凄い事になってる。

 IとかJカップくらいありそうだ。

 

 胸に向かいそうになる視線をグッと堪える。

 初対面で女性の胸部をガン見とか印象最悪だからな。

 

 暴走しようとする本能を抑えつつ、最後に彼女の顔に視線をやる。

 

 ……うん? この子……どこかで見た、ような……

 …………あっ。

 

「お……おっぱいちゃん?」

「えっ……!?」

 

 見間違いようもない。去年に母校中学の文化祭で出会った少女、おっぱいちゃんだ。

 

 え、まじ? 何コレ。何かのドッキリ? 何でこの子こんなとこにおるん。

 いや、制服着てるし部室にいるんだから清澄高校の生徒で麻雀部員なんだろうけど、いくらなんでもありえなくね?

 

 そりゃ確かに俺は神の子だから願えば叶うとかアホなことを考えてはいたが……。

 これが物語だったらご都合展開乙! とか言われて叩かれそう。

 それだけ奇跡的な再会だ。

 

 でもそうか、そうか……

 やばい超嬉しい。顔がにやける。

 

 しかし喜ぶ俺とは正反対に、おっぱいちゃんは機嫌を損ねたようで眦が釣り上がっていく。

 

 ……アレ? そっちは再会を喜んでくれないの?

 

 と疑問に思ったところで、自分の失敗に気付いた。

 

 去年の俺=メイド姿に女装した変態。しかし見た目は完璧な美少女。

 おっぱいちゃんには女装した男だとカミングアウトしてない。

 おっぱいちゃんの方でも俺が男だと気付いたような節はなかった。

 

 これらを総合すると……実質俺たちはこれが初対面ですねわかりました。

 

 つまりあれだ。俺にとっては運命的な再会でも、おっぱいちゃんにとっては出会って十秒でセクハラかました史上最低男にランクインされてるぞこれ。

 口は災いの元ってこういう時の事を言うんだろう。

 

 なんて冷静に考ええる場合じゃない。すぐに弁解しないと……!

 

「あのさ、実は……」

「最低!」

 

 パンッ!

 

 事情を説明しようと口を開いた直後、つかつかっと足早に距離と詰めてきたおっぱいちゃんに平手打ちされた。

 避けようと思えば避けれたけど、怒りに油を注ぎそうなので敢えて受けた。

 躊躇いのなさといい、威力といい、なかなか良いビンタだった。

 

「なんですか貴方は! いきなり人のこと……を……」

 

 憤怒の様相で糾弾しようとしたおっぱいちゃんの様子が急変する。

 困惑した表情で、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 

 まさか、気付いたのか?

 

「あの……さっき私のこと、何と呼ばれましたか?」

「言ってもビンタしない?」

「茶化さないでください、ちゃんと答えて!」

 

 焦ったような、怒ったような剣幕で聞いてくるおっぱいちゃん。

 あんまり余裕がない感じ。

 茶化したつもりはないが、余計な事を言ってまたビンタされたくはない。

 なので素直に仰せに従う事にする。

 

「おっぱいちゃん」

「も……もう一度お願いします」

「おっぱいちゃん」

「…………」

 

 要望通り連呼すると、おっぱいちゃんの目が大きく見開いてゆき、驚愕の表情になる。そして俯き、沈黙した。

 

 てゆーかこのやりとり、傍目から見たら結構ヤバイ気がする。

 第三者に目撃されたら俺の社会的風評がマッハでピンチなんだが?

 

 まさか俺を社会的に抹殺しようというおっぱいちゃん(孔明)の罠なのか。

 

 アホな推測はさておき、おっぱいちゃんの沈黙が怖いな。

 反応を見るに、去年出会ったメイドが俺だと気付いた可能性は高い。

 であるなら、黙っているのは怒りを溜めているからか。

 あるいは軽蔑のあまり口もききたくない、という事も考えられる。

 

 いずれにせよ、ここはおっぱいちゃんの出方を伺おう。

 黙って待っていると、ほどなくして彼女は口を開いた。

 

「私と……以前に会ったことがありますか?」

 

 俯いたまま、ポツリと尋ねるおっぱいちゃんの声は張りつめていたが、怒りや蔑みのような響きはない。

 その事に俺は内心で安堵しつつ答える。

 

「あるよ。去年の秋、俺の中学の文化祭で会ったよね、君と。そのときの俺、女装してたから今の姿を見てもわからないかもしれないけど」

 

 どのみち再会時には女装の件をカミングアウトしようと思っていたのだ。

 俺はあっさりと肯定した。

 

 おっぱいちゃんが弾けたように勢いよく顔を上げる。

 

「ほ……ほん、とう……に?」

「うん。不良に絡まれてた君を助けて、その後一緒に文化祭回ったでしょ? 俺の勝ち逃げだったあのときの麻雀の続き、する?」

「うそ……嘘……あの人は……とても素敵な女の子で……」

「正真正銘、男だよ?」

「そんな……」

 

 ショックを受けた顔をするおっぱいちゃんに心が痛むが、この期に及んで嘘は吐けない。

 俺は落ち着いた声と口調を意識しながら、謝罪と弁解を行う。

 

「騙していたのはごめん。本当にすまなかった。言い訳かもしれないけど、男に怖い思いをしたばかりの君をフォローするには同性を装ったままの方がいいと思ったんだ。女装だとばれない自信もあったしね。ああ、だからって別に女装が趣味って訳じゃないよ? 文化祭で是非にって頼まれて仕方なくさ」

「…………」

 

 おっぱいちゃんは悄然とした表情で、肩を落とし俯く。

 

 やはり失望されたか……

 俺は申し訳なさと残念に思う気持ちを同時に抱く。

 

 自意識過剰でなければ、おっぱいちゃんは俺に親愛の情を抱いてくれてたと思う。

 交流した時間は半日にも満たなかったが、麻雀という趣味が合った事もあり、別れる頃には親友一歩手前くらいには打ち解け合えていたのだから。

 

 しかし、その相手は性別を偽り、自分を最後まで騙していたのだ。

 裏切られたと、落胆や怒りを覚えるのは当然である。

 

 おっぱいちゃんにこれで嫌われたとしても、全ては俺の自業自得。

 おまけでビンタの一つや二つを貰う事も覚悟しておくべきだろう。

 呼び名もそうだが、同性のフリをしてセクハラ紛いの事もしたしな……

 

 いつ断罪の言葉(もしくはビンタ)が放たれるのか戦々恐々と待っていると、おっぱいちゃんは俯いたままぽつりぽつりと話し始める。

 

「……貴方に……また会いたいって……あの日からずっと思ってました……でも、それが叶うことはないと……諦めてもいました……」

 

 淡々とした口調、しかし情念を感じさせる声で話すおっぱいちゃん。

 

 なんか予想していた反応と違うな。これじゃまるで愛の告白の前置きだ。

 語りに雰囲気があってちょっとドキドキしてきた。

 まあ今は黙って話を聞こう。

 

「それでも、会いたいって思わない日はありませんでした……どうしても会いたくなって、春休みにあの中学校まで行きました……もう卒業しているのは分かってましたが、万が一でも会えたらって思って……」

「…………」

「でも、やっぱり会えなかった……思い余ってあの学校の事務の方に訊ねもしましたが、個人情報だから教えられないと断られました……当然ですよね」

「…………」

「その後は……もう二度と会うことはできない、縁がなかったんだって、自分に言い聞かせてました……」

 

 ここまで話を聞く限り、おっぱいちゃんの想いの深さを感じられた。

 繊細で、思い込みが強そうな女の子だとは思っていたが……

 まさかこれほどの好意を得ていたとは嬉しい予想外である。

 

 もっとも、おっぱいちゃんは俺を同性だと思っていたので、その想いは恋情ではなくあくまで友情。

 そこを履き違えたら痛い自意識過剰男になってしまうだろう。

 

「私……わかりません。心がぐちゃぐちゃで……貴方と再会したことを喜べばいいのか……貴方に騙されていたことを怒ればいいのか……」

「…………」

「ただわかるのは……少なくともこんな再会の仕方は……望んでなかった!」

 

 叫ぶように言って、おっぱいちゃんはがばっと顔を上げた。

 視線がぶつかり、悲痛な表情をした彼女の瞳から涙が溢れて頬を伝う。

 ぽたり、ぽたりと滴が落ちて部室の床を濡らしてゆく。

 

 泣かせてしまった……

 予想していた事態の一つではあるが、いざ実際に直面すると罪悪感が酷い。

 これなら不誠実を詰られた方がまだ精神的にマシだったかもしれない。

 女装趣味の変態! とか罵られたらそれはそれで心が折れそうだが。

 

 まあ俺の事はどうでもいい。

 今はおっぱいちゃんを落ち着かせるのが先決だ。

 とはいえ、元凶の俺が言葉を尽くしても、彼女の心には響かないかもしれない。

 それどころか、下手をすれば逆効果まであるな。

 

 ここは一旦引いて、出直す方が賢明かもしれない。

 逃げるみたいで何だが、火に油を注ぐよりはマシだ。

 竹井先輩との約束を破ることになるが、事情を話せば理解してくれるだろう。

 

「今さら何を言っても言い訳にしかならないけど、君を傷つけるつもりはなかった。本当にごめんね。卑怯な言い分かもしれないけど、君がこの再会を望まないと言うなら、俺は消えるよ。今日のことは忘れて、ずっと他人の振りをしてもいい。学校も学年も同じだから、完全には難しいかもしれないけど」

「…………」

「でももし、君が男の俺を、この再会を受け入れてくれるなら、俺は全身全霊で偽っていたことを償うつもりだ」

「…………」

「とりあえず、今日の所は帰るよ。俺はいない方がきっと落ち着けると思うから。その後で、俺のことを許せるかどうか、ゆっくりでいいから考えて欲しい。君が答えを出すまでいつまででも待つし、それまでこの部室には近づかないようにするから」

 

 そう告げて、俺はおっぱいちゃんに背中を向けた。

 

 

 




よくよく考えたらマンモス校でもないのに、同級生で一ヶ月もお互いの存在に気付かないのは無理があるのでは? という気がしました
強いて理由付けするなら、どっちも比較的周囲に関心が薄い人間だから……かな

まあそこはご都合悪い主義という事でひとつご容赦を
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