いつまでも階段の踊り場でダベる訳にもいかず、麻雀部部室に場所を移した後。
「それじゃ改めて自己紹介を。竹井先輩の勧めで、体験入部させていただくことになった発中白兎です。友人はシロとかシローとかあだ名で呼びます。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」
簡単な自己紹介をした俺はぺこりと軽く頭を下げる。
「今時の若者にしては礼儀がなっとるのう、感心感心。わしは2年の
眼鏡のつるを人差し指でくいっと動かしながら自己紹介をする2年の女生徒こと染谷先輩。
そのとき眼鏡がキラッと光った気がした。はいはいお約束お約束。
「1年の
俺をびしっと指差しながら威勢よく啖呵を切ったのは、先ほどパンツご開帳をしてくれたロリ体型の女生徒だ。
片岡といったか、お前はお母さんから他人を指差しちゃいけませんって習わなかったのか?
「
気さくに自己紹介したのは、金髪チャラ男君こと須賀京太郎だ。
見た目に反してなかなか良い奴そうで安心した。
彼とはきっと良好な関係を築けるだろう。
俺が「ぜひそうしてくれ」と答えると、京太郎はにっ! と笑って馴れ馴れしく俺の肩に腕を回してくる。
そしてヒソヒソ声で、
「なぁ、白兎は部長狙いか? それとも、他の女子? まさか、のどかだったり?」
と訊ねてくる。
ラッキースケベ発言もそうだが、ブレない奴だなこいつ。
ハーレム狙いか、目当ての女子がいて入部した可能性が高そうだ。
まあそれが悪い事だとは言わんがね。
俺は苦笑しつつ問いに答える。
「女子部員の誰に対してもそういう意図はないつもりだが、強いて言うなら多分その「のどか」って娘かね」
「なにー!?」
俺の回答を聞いて、両手で自分の後頭部を掴み天を仰ぐ京太郎。
どうやら彼の意中の女子が俺と被っているらしい。
まぁわからんでもない。可愛いし性格も良さそうだもんな、おっぱいちゃん。
名前はのどかっていうのか……良い名だ。
なおおっぱいちゃん=のどか、と推理したのは単純な消去法である。
「白兎さん……それが貴方のお名前なんですね。ようやく……知ることができました……」
自己紹介で残る最後の一人、おっぱいちゃんことのどかが、やや潤んだ目で俺を見つめながら万感、といった様子で呟いた。
「私は、
そう言って、見る者全てを魅了するかのような、柔らかい微笑みを俺に向けてくる。
つられて俺も「こちらこそよろしく、原村さん」と挨拶と微笑みを返す。
すると彼女は赤面して俯いた。かわいい。
原村和、か。
俺にとって、彼女と再会できたことはとても喜ばしい。
けど、彼女は俺のことをどう思っているのだろう。
今の様子を見る限り、彼女も満更ではないようだが……
俺が性別を偽っていた件は許されたのだろうか。
いつまでも待つ、と言った以上詮索もしづらいし、どうしたものかな。
「あの……発中君、私のことは、”のどか”と……名前で呼んでくれませんか? 親しい人は皆、私を名前で呼んでくれますから……」
今後の接し方で悩んでいると、のどかが顔を上げて俺に訴えてきた。
俺は鈍感系でも難聴系でもないので、好意のあるなしをそれなりに察する事はできる。
人生経験も同年代に較べれば豊富だし、見立ての正確さには自信があった。
そんな俺の目から見て、のどかの態度はじゅうぶん脈アリに映る。
それもライクではなくラブの方でだ。
浮かれるにはまだ早いが、接し方を間違えなければいずれ付き合う事もできるだろうと思えた。
「わかったよ、のどか。俺のことも、名前かシロって呼んでいいから」
「は、はい……ありがとうございます……白兎さん」
恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに微笑むのどか。
すると横から「ほほう」と面白がるような声音でちょっかいが入る。
「“のどか”に“白兎さん”、か。お互い名前で呼び合うとは、お安い仲じゃないのぅ? のどか、危ないところを助けられて恋心でも芽生えたんか?」
「それは聞き捨てならないじぇ! 私の嫁であるのどちゃんを誑かすとは、ついに本性を現したな発中白兎!」
「ちょ、なんか二人の世界作っちゃってるんですけど!?」
三者三様に突っ込まれた。
まあ他の3人からすれば俺とのどかは今日出逢ったばかりという認識だ。なのに親密そうにしているのだから疑念や邪推が生まれるのも無理はない。
さて、どう説明したらいいかな、これは。
……当たり障りのない範囲で正直に話すか。
「いや、実は俺とのどかって、中学3年のときに一度会ったことあるんだよ。名前は今日までお互い知らなかったけど、顔見知りだったからさ」
「そ、そうなんです。白兎さんには、昔お世話になって……だ、だから変な関係とかじゃないんです。本当ですよ?」
「「「ふーん……」」」
しかし俺たちの説明を受けても、3人の疑心は払拭されなかったようだ。
その証拠に3人ともジト目で俺とのどかに胡乱な視線を向けている。
いいとこ半信半疑といったところか。
「でも、のどちゃんが男子にここまで親しげな態度を取るのは初めて見たじぇ? 昔付き合ってた彼氏だとか、そう言われても違和感ないじょ」
「そうじゃのう。のどかとはまだ短い付き合いじゃけんど、男には興味ありませんって態度は見てすぐにわかったくらいじゃしの」
「のどか……(涙目)」
まぁ俺から見てものどかの態度は分かりやすいしな。
染谷先輩らの推測もわからなくもない。
京太郎は恋破れる、って感じの絶望的な顔をしているだけだが。
トンビに油揚げをかっさらわれた気持ちなのかもしれない。
すまん京太郎、のどかのことは諦めてくれ。
「あーっ!? 思い出した! 発中白兎、その名前はかの悪名高い女たらしの名前だじぇ!」
「……はぁ?」
いきなり片岡が大声をあげたかと思うと、聞き捨てならないことを言い出した。
唖然とする俺。
染谷先輩とのどかは眉を顰めて、片岡に事情を求める。
「女たらしとは穏やかじゃないのう」
「ゆーき、白兎さんのこと何か知ってるんですか?」
片岡はきっ、と俺を見据えると、得意げな顔でつらつらと語りだす。
「クラスメートの女子から聞いた噂を思い出したんだじょ。それによれば、発中白兎というイケメンがまだ入学して僅か1ヶ月程度でありながら、すでに何人もの女生徒と付き合い、弄んで捨てたという噂だじょ。それがほんとならとんでもない女の敵だじぇ!」
言い終わると同時に、びしっ! と俺を指差す片岡。
こいつこのポーズ好きだな!
「そ、そんな……嘘……」
片岡のゴシップを真に受けたのか、両手で口元を隠し青褪めるのどか。
その肩にぽんと手を置き、染谷先輩が厳しい口調と視線で俺を問い質す。
「それはまた、物騒な噂じゃ。事実か、白兎?」
俺ははぁ、と大きくため息をついた。
「事実無根です」
それから片岡に視線を向け、
「あのな片岡。自慢じゃないが俺は一度たりとも女子と付き合ったことはないぞ。何だその根も葉もない無責任な噂は。名誉毀損で訴えるぞコラ」
強い口調で反論した。
すると片岡は負けじとばかりに俺を睨み返し、さらに言い募る。
「けど、女子の間でそういう噂があるのは事実だじぇ。火のないところに煙は立たぬ、何か後ろ暗い事情があるに違いないじょ」
「ねーよ!」
たった1ヶ月の間に何人もの女子を弄ぶって、どんだけ手の早い鬼畜だよ。まじないわー。
睨み合う俺と片岡。
つーか何ゆえ片岡はこんなに不信感バリバリというか、俺に敵対的なんだ?
踊り場での一件を根に持ってんの? おこなの?
そもそも、そんな噂がどうして発生した?
片岡の捏造じゃないなら、噂の発生原因は俺と無関係じゃないはずだ。
しかし、これといって俺に心当たりはない。
まあ今の片岡みたく、恨みを買った誰かに悪評を流されているって可能性も否定できないが……
この噂を放置しておくと、女生徒の多い麻雀部での俺の立場が色々拙いことになりかねないし、のどかとの関係にも響く。
可及的速やかに噂の根元を断つか、最低でも麻雀部の皆に俺の潔白を信じてもらう必要があるな。
脳みそをフル回転させた結果、これかという原因に思い当たった。
「あー、今気付いたけど。その噂、たぶん事実が歪んで伝わったものだな」
「……それはどういう意味だじぇ?」
こてん、と小首を傾げる片岡。小動物的な印象の仕草が何気にかわいい。
「自慢するみたいで何だけど……実は俺、清澄に入学してからの1ヶ月で何度か女子に告白されてるんだよ。で、それを全て断ってる。つまり、女子と付き合った事実はないが、振ったという事実はあるのさ。噂の原因は多分それだと思う」
俺の推理に説得力を感じたのか、女子組は「ほぇー」「なるほどのぅ」「そうだったんですか……」と感心した表情になる。
手応えありだな。
これで疑惑は晴れそうだと内心で胸をなで下ろしていると、しばらく空気だった京太郎が口を開く。
「そういや白兎ってさ、入学式で新入生代表の挨拶をしてなかったか?」
脈絡なく別の話題を振られて、俺は訝しみつつも応じる。
「ん? ああ、そういうこともあったね」
「だよな。そういやどっかで見たことあるなーと最初から思ってたんだよ。同学年だしどっかですれ違ったとか、そう思ってたんだけど」
「それがどうかしたのか?」
「いやさ、新入生代表を務めたってことは、つまり入試で成績がトップだったってことだろ? その上、白兎ってぶっちゃけイケメンだしさ」
そこまで説明されてようやく何が言いたいかを理解できた。
「あーなるほど。要はこのリア充死ね! って言いたいんだな?」
「ちげーよ! いやある意味違わないけど! お前、もてそうだなーと思ったんだよ! 女子から告白されたりしても無理はねーなと」
京太郎はぽりぽりと頬を指で掻きながら答えた。
えっと、つまり。京太郎は俺をフォローしてくれたのか。
そっかそっか……
京太郎君、きみはいいやつだったんだな。
女子目当てで入部した軟派チャラ男とか思っててスマン。見直したよ。
お礼に今度、学食で何かおごっちゃろう。
「確かに京太郎の言うとおり、白兎は女子から好かれそうな外見じゃけんの。それで告白されて、悉く振っちょればそういう噂もいつか出てくるかもしれん。辻褄は合うのぅ」
「私も白兎さんの潔白を信じます」
京太郎の援護射撃もあり、染谷先輩とのどかの二人は納得してくれたようだ。
「のどちゃんと染谷先輩がそう言うなら、私もこれ以上疑うつもりはないじぇ」
付和雷同という訳ではないのだろうが、片岡もようやく矛を収めた。
これで一件落着か。
なんか無駄に疲れたな。ハァ……
精神的疲労を感じてため息をついた直後、部室の扉がガチャっと開いた。
皆の視線がそちらに向かい、一人の女生徒が部室に入ってくる。
「あらあら、みんな何だか楽しそうね」
麻雀部部長、竹井先輩は猫のような笑顔を浮かべてそう言った。
新入生代表で壇上に立つ白兎を見て、のどかは気付かなかったの?
という疑問が出ると思います
のどかは「気付かなかった。というか見てなかった」でした
遠目だったという事もありますが、男性だったので一目見て興味を失くし、あとは特に注目しないまま白兎の出番終了……という流れです
若干無理があるような気がしないでもないですが、とりあえずそんな感じです