「失敗か」
男は興味無さそうにそう吐き捨てると、踵を返してその場を立ち去った。
その男の後を追うように、もう一人の別の男も踵を返す。癖のある長い黒髪に、複眼というおぞましい姿の男が──
二人がそれまでいた場所には、刀を手にしたまま倒れる女の姿があった。
手足はあらぬ方向に曲がり、その地面には血溜まりが出来ている。
女はピクリとも動かない。
時は江戸の後期。
夜の闇に紛れ、人を貪り喰う鬼がいた。
そんな鬼を狩る人の集団もまた存在する。
その名を──鬼殺隊。
古の時代より存在するこの組織は、政府にも認められぬ存在だった。
その多くは鬼に家族を奪われ、復讐のために鬼殺となった者たちだ。
二人の男──鬼に無惨にも破れ、倒れて動かぬ女もまた、家族を鬼に食われた者だった。
鬼殺隊に入って二年。
一度は十二鬼月、下弦の鬼を屠ることにも成功した実力の持ち主。
だがそれが彼女の限界であった。
上弦の鬼の前では赤子同然。
傷一つ負わせることなく、彼女は一瞬にしてその命を散らした。
──かと思われた。
上弦の鬼と、そして鬼の始祖、鬼舞辻無惨が立ち去って半時ほどが過ぎたころ。
血溜まりに横たわる女が掴む刀が……鳴った。
カタカタと小刻みに震え、乾き始めた女の血が刀へと吸い込まれてゆく。まるで血を啜っているかのように。
真っ白な刀身が真っ赤に染まり、そしてまた純白へと戻る。
それと同時に、刀を握る女の指先が動いた。
間もなく夜が明ける。
息を吹き返したのか、そうでないのか。
一度指先が動いたっきり、その後はぴくりともしなくなった。
そんな女の下へひとりの女性が現れる。
文字通り、突然現れたのだ。
「……もし?」
女は膝をつき、倒れた剣士の首元に手をやる。
(脈はないにも等しいけれど……でも)
まだ死んではいない。
そう確信して、女は剣士の腕を取る。
その手に握る日輪刀を恐れ、手から放そうとするが、
「こんな状態になっても、その手から鬼殺の刀を離そうとしないなんて」
剣士は刀を握ったままだった。
仕方ないというように女はため息を吐き、剣士の体を支えて立ち上がる。
鬼殺の女を背負った女──珠世は日の当たらぬ山奥の小屋へとやって来た。
珠世は背負った女剣士をそっと下ろすと、床の用意をして彼女を寝かせた。
その瞳には慈愛と、そして悲しみが滲む。
「鬼殺の身として、自らが鬼となったこと……不本意でしょうね。けれど、貴女は戻ってこなければなりません。戻って来て、そして……鬼舞辻無惨を」
そこまで言って珠世は口を閉ざす。
上弦の鬼に手も足も出なかった彼女が、鬼舞辻に一矢報いることなど出来ようはずもない。
だが、鬼舞辻を倒すためには協力者が珠世には必要だった。
(けれど、この方に与えられた鬼舞辻無惨の血が、あまりにも少なすぎる。鬼としての気もほとんど感じられないのに、人ではない……どうなってしまうのかしら)
ピクリとも動かない剣士の頭を撫で、珠世はほぉっとため息をつく。
「分け与える血の量を調整し、太陽を克服する鬼が誕生するのを待っているのでしょうね」
可哀そうな子──そう言って珠世は、手拭いを濡らして血で汚れた剣士の体を拭いてやる。
それから半月が過ぎた満月の夜。
女は──目覚めた。