食っているのだ。
頭蓋の中にあるソレを。
ソレだけを食し、残りはその場に捨てられていた。
腐りはてて転がっている頭部もある。
杏寿郎が赫刀を抜いた。
「炎の呼吸──」
鬼は着物の袂から手のひらサイズのガラス玉を取り出した。
「壱の型、不知火!」
踏み込み、一気に距離を縮める──が、杏寿郎はその足を止めた。
「んなっ。君たち! そこをどきたまえっ」
鬼の前に、人が二人、飛び出してきたのだ。
うつろな目に生気は感じられず、血鬼術で操られているようにも見える。
たとえ操られていようとも、人間であるなら斬ることはできない。
「下賤な者よ。麻呂は美味な物しか喰えぬのじゃ。貴様の脳、悪夢で満たしてやるのじゃ」
「悪夢だと?」(隊士を眠らせているのは、やはり悪夢を見せる為であったか)
「そう。人の脳は悪夢を見るたびに活性化され、より美味になるでおじゃるよ。そして廃人になったものは、麻呂に脳を差し出すためにここへ戻ってくるのじゃ。なかなか利口な者たちであろう」
つまり、今立ち塞がっている者たちは、鬼に喰われるためにここへ来た者たちだということ。
「それに麻呂は、下賤な者が見る悪夢を覗くのも楽しくてな」
「人の夢を覗くとは、悪趣味だな!」
「ほっほっほっほ。貴様の悪夢はどうであろう──む? えぇい、悪夢を混ぜよって。誰でおじゃるか! 麻呂の人形を触れさせたのは。これでは術が──」
「何を言って……いや、貴様を倒せば全て終わること!」
杏寿郎は再び下段で構え、右足を踏ん張った。
立ちはだかる二人の人間よりが反応するよりも早く、鬼の首を落せばいい。
「炎の呼吸、壱ノ型──不知火!」
だんっと飛び出していき、鬼の横合いから日輪刀を振るう。
が、斬ったのは鬼の首ではなく、ガラス玉だった。
その瞬間、頭の中に黒い靄が掛ったようになる。
「くっ」
「血鬼術、夢幻悪・浄化」
「しまった!? あのガラス玉が術の引き金──」
足元がぐらつく。だがまだ眠ってはいない。
「鬼狩りを床に運んでやるでおじゃるよ」
鬼がそう言うと、廃人と化した二人は杏寿郎の下にふらふらと近づく。
普通であれば決して杏寿郎が捕まることはない。
だが、頭では分かっていても体が言うことを利かない。
僅かに頭を振っただけで、なんの抵抗も出来ずに男二人に脇を抱えられ連れて行かれてしまった。
(くっ。眠るな。眠るんじゃない)
部屋を一つ、二つ、三つ……五つ目の部屋を過ぎたところで、突然襖が突き破られる。
「馬鹿が。あっさり血鬼術に掛かりおって」
杏寿郎の両脇を抱えていた男二人が吹っ飛ぶ。
入って来たのは夢乃だ。
彼女はそのまま杏寿郎の襟首を掴んで後ろに下がるが、いかんせん──重い。
「まだ起きているか?」
返事はないが、僅かに頷いたように見える。
だが意識を失うのに、そう時間は掛からないようだ。
「ひとまず引くぞ」
本人の足で歩いてくれれば楽なのだが、それは叶いそうにもない。
夢乃は自分より長身の杏寿郎を背負うようにして担ぐと、全集中の呼吸で一気に跳躍した。
不思議なことに、ここまで騒いでいながらも脳を喰う鬼は動こうとしない。
屋敷を抜け、近くの神社へと駆けこむ。
納屋の一つを開け、使われていないことを確認すると杏寿郎を横たえた。
「眠ったか……」
杏寿郎の意識は既になく、深い眠りに落ちている。
手を取り、脈を測ったが正常なようだ。
「悪夢を見せると言っていたな。道理で隊士たちの脈が速い訳だ。煉獄はまだ悪夢を見ていないということか」
ただの悪夢ではないのだろう。
人が廃人になるほどだ。長い時間を掛け、悪夢を見せ続け、心を壊す。そうして完全に支配下に置き、意のままに操る血鬼術。
幸いなのは心を壊すまでの時間がかかると言う事だ。
「奴の悪癖のおかげでもあるのか」
血鬼術によって悪夢を見ている人間の夢を覗くのが趣味だと言った。
おかげで杏寿郎も、そして隊士の命もすぐに奪われるものではない。
しかし──
「下弦の鬼か……狩るのはいいが、一瞬で片付けねば、こちらが無惨に知られてしまう」
目覚めた時から無惨の支配を逃れ、鬼ならば当然持っている再生能力もない。
人と同じように食事から力を得ることの出来る、唯一の鬼と言ってもいい。
まさに人に近しい鬼。
陽の光には弱いが、もし無惨が夢乃という鬼の存在を知ったならどうするか。
鬼舞辻無惨が求めてやらぬ、陽の光の下でお生きられる存在。
それを実現するための、研究材料にされるだけだろう。
だから夢乃の存在を無惨に知られてはならなかった。
「さて、どうしたものか。奴の首を刎ねて、目を覚ますだろうか?」
その不安もあった。
血鬼術は鬼が滅べば消える。
だが保険として、自身の崩壊に合わせて対象者に死をもたらす場合もある。
ある意味、対鬼殺隊用だ。
「追ってこないあたり、そっちが濃厚だな。はぁ……」
杏寿郎を寝かせ、戸口から口笛を吹く。
すると遠くから烏がやってきた。
「要、バカが眠ってしまった」
「キョージュロ!?」
「宿で眠っている隊士の様子を見に行く。お前はここにいろ。何かあったらすぐに連絡しなさい。いいね?」
要はこくこくと頷き、それから眠る主人の顔の横で蹲った。
途中、鬼は奇妙なことを言っていた。
夢が混ざった──と。
人形が触れたとかなんとかも言っていた。
それに、術がどうのこうのと。
人形が血鬼術に掛かった者のことを指しているなら、夢が混ざったとは?
(まさか夢を見せられている者同士の夢が、混ざり合う?)
複数人の夢が混在したとしたら。
その夢の中でお互い、認識し合えるのなら。
杏寿郎の夢乃中に入って、起こすことは出来ないだろうか──そう考える。
それを確認するために、夢乃は宿へと戻ってきた。
気配を極限まで消し、障子の隙間から中の様子を伺う。
三人の隊士は眠ったままだが、うち二人が何故か隊服を握り合っていた。
昨晩、杏寿郎が気絶させた──だが本人は気づいていない彼が、もうひとりの布団を動かし、二人の方へと寄せている。
「こ、これでいいんだな? で、三人くっつければ──」
そんなことを口にしながら、隊士は眠ったままの三人を密着させた。
眠っている者たちの気が変わる。
「すぎ……うら……がんば、れ」
「おれ、たちが……みつけ、る。みつけて、や……」
眠っているはずなのに、寝言にしてはしっかりとした意思が感じられる。
(眠っている者同士を触れ合わせることで、夢を共存できるのか)
それならば隊士と、そして杏寿郎が目覚めてから鬼の首を刎ねればいい。
だが問題は杏寿郎のほうだ。
さすがに抱えて宿まで運ぶのは難しいだろう。
「仕方ない」
夢乃は意を決して踵を返す。
行くのは杏寿郎が眠る神社の納屋。
そこで彼女はまず、杏寿郎の隊服の上着だけを脱がせて着こむ。
自身の羽織と炎柱の羽織を重ねて彼に掛けた。
「風邪をひいたら面倒を見てやるから、今は我慢してくれ」
それだけ言うと、夢乃は武家屋敷へ向かって駆けた。
目的は、鬼と悟られることなく自らも血鬼術を喰らう事。