鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第壱〇弐話──悪夢の記憶:伍

 気配を殺し、夢乃は屋敷の奥へと急いだ。

 人のふりをして、そして鬼殺隊のふりをして奴に近づく。

 だが近づき過ぎてはダメだ。

 

「水の呼吸、壱ノ型──水面斬り」

 

 夢乃はわざと水の呼吸を使用した。

 技の精度は高いが、威力の方はそうでもない。それによって、相手を油断させる意図があった。

 

「仲間を救出にした者か。まったく、次から次へと、麻呂の屋敷に土足で踏み入りおってからに」

「水の呼吸、漆ノ型──雫波紋突き!」

「脳の腐った奴め、貴様も眠るでおじゃるよ」

 

 公家の恰好をした鬼は、袂からガラス玉を取り出した。

 夢乃は一度退く。

 どうやって眠らせているのか、それを探るためだ。

 

「むむ? どうした、何故来ぬのじゃ。来ぬのなら──ほれ」

 

 鬼がガラス玉を投げる。

 反射的に夢乃はそれを躱すが、彼女の横を通り過ぎる時に玉が割れた。

 途端に彼女の脳裏に黒い靄が──いや、実際に割れたガラス玉が黒い靄となって夢乃にまとわりついた。

 

(なるほど。ガラス玉に見せかけて、実はあれ自身が血鬼術か)

「血鬼術、夢幻悪・浄化」

 

 鬼の言葉と共に、靄が夢乃の体に吸い込まれた。

 その瞬間から強烈な眠気に襲われる。が、耐えれないこともない。

 

 彼女は一度大袈裟に足をふらつかせると、一気に屋敷を飛び出した。

 次第に眠気が強くなってくる。

 全力で駆け、神社の納屋まで戻って来ると倒れ込むようにして杏寿郎の脇に座り込む。

 

 先ほどはまだ穏やかな寝顔だった杏寿郎だが、今では苦痛に顔を歪めていた。

 

「ユメノー。オ前モ血鬼術ニカカッタノカァー」

「このバカと一緒にするな。こいつを……起こすため、に」

 

 手を伸ばし、杏寿郎の腹の上に置く。

 そして夢乃はそのまま、彼の胸の上に倒れ込んだ。

 

「ユメノ!? ユメノッ」

 

 要の呼びかけは、もう夢乃には届かない。

 彼女は、夢の中へと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

「夢乃お嬢様、すっかり暗くなりましたねぇ」

「もうっ。あの先生、何度も同じところばかりやらせてしつこいから嫌いなんだっ」

 

 夢乃は若者と夜道を歩いていた。

 若者は道場に通う門下生で、師範──つまり夢乃の父に頼まれ、琴の稽古で帰りが遅くなった彼女を迎えに来ていた。

 嫁入り前の十三歳の娘を心配し、万が一にと門下生を交代で迎えに出している。

 

 が、誰も彼女に護衛が必要などとは思っていなかった。

 既に父親であり、道場の師範代である父よりも実力は上。

 門下生にしたって、誰ひとり彼女と打ち合って勝てる者などいない。

 

 とはいえ、女の身で刀など持てるはずもなく、まして琴の稽古時では竹刀すら持ち歩けない。

 

 夢乃は前を行く同門生の腰にある刀を見て羨ましく思いながら家路を急いだ。

 何故だか今夜の月は赤く、不吉な予感がしてならない。

 

「そういえばお嬢様、最近この辺りに人喰い鬼が出るなんて噂があるのですが」

「そういう話は聞きたくない。だいたいね、そういう話すると本当に出るのだぞ」

「うわぁ、やめてくださいよそんな」

 

 若者は苦笑いを浮かべ、それからやや歩みを早めた。

 夢乃は何も言わず、それについて行く。

 

 次の角を曲がって、三軒目が我が家だ──というところで、異臭がした。

 前を歩く若者は気づいていない。

 だが勘が鋭い夢乃には分かった。

 

 これは、血のニオイだ──と。

 早歩きになっていた若者は、その時には氷月家の門扉へとたどり着いていた。

 

「拓郎っ」

「はい、夢乃おじょうさ──」

 

 呼ばれて振り向いた若者は、最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。

 門の内側から人の腕のようなものが伸び、彼を鷲掴みすると邸宅内へと引きずり込んだ。

 

「拓郎!」

 

 駆けだした夢乃は、だが寸でのところで停止する。

 突然、体中の毛が逆立つ感覚に襲われる。

 恐怖が全身を包み、一歩も前に進めない。

 

「し、しっかりしろ。私がしっかりせねばっ」

 

 自らを奮い立たせ、キッと前を見据えて一歩を踏み出した。

 

 自宅の門をくぐり、中へと入る。

 正面には邸宅の玄関があり、左手には道場がある。

 異臭はその全てからにおっていた。

 

「と、父さま、母さま。夢乃が帰りました」

 

 返事はない。それどことか、邸宅内も道場の方も、明かりが灯されていなかった。

 心臓の音が直接耳から聞こえているのではないかと思うほど、鼓動が激しく鳴っている。

 

 逃げ出したい。ここから今すぐ逃げなければ、自分は死ぬ。

 

 そんな思いと同時に、父を、母を、そして弟を救わねばとも思う。

 

 が、そんな思いも無駄に終わる。

 

 自分を鼓舞して玄関までやって来ると、そこにはかつで夢乃の弟だった、龍太郎の首が落ちていた。

 

「ぁ……あぁ……」

 

 暗がりに目が慣れてくると、その先にあるモノも見えるように。

 

 開かれた玄関から、赤い月明かりが差し込む。

 

 見えたのは、臓物をまき散らした男女の遺体。

 それが父であり、母であることは本能で悟った。

 その二人の遺体は、小さな、首のない遺体を抱きかかえていた。

 

 三つの遺体を、夢乃はじっと見降ろした。

 

 いつまでも、いつまでも。

 そしてやがて、くるりと踵を返す。

 

「なるほど。悪夢というより、悪夢と思える過去の記憶か」

 

 その姿は十三歳の少女のままであったが、夢乃は自身を取り戻していた。

 

「ふん。こんな悪夢、もう嫌と言うほど見たさ。この程度で私の心は、壊れはせん」

 

 家族を失ってから、鬼殺隊として生きていた頃もずっと悪夢を見ていた。

 そして鬼と化した百年の間にも、ずっと見続けている。

 この悪夢は生きているうちは、ずっと見続けるだろう。

 

 だから今更──なのだ。

 

「さて、あのバカを探さねば。さて、どこにいるだろうか?」

 

 夢乃が見たこの悪夢は、完全に彼女の記憶を模していた。

 とするなら、杏寿郎の悪夢も彼の記憶を完全再現しているはず。

 

「はぁ……まさかここから駒沢村まで行かなきゃならないのか?」

 

 夢乃の生家は京橋にあった。ここから杏寿郎の生家がある駒沢まではかなり遠い。

 

「いや、だけどこれは夢の中だ。本人の記憶を再現していても、夢の中であることに変わりはない。なら、駒沢村まですぐなのでは?」

 

 途中の工程を省いて、直接行けるのではないだろうか。

 夢乃はそう思って、門へと向かう。

 

 一度だけ足を止め、だが振り向かずに口を開く。

 

「約束はまだ、果せておりません。不甲斐ない娘を、どうかお許しください」

 

 それだけ言うと、彼女は生家を飛び出した。

 門扉を潜り抜けた先にあったのは、煉獄家の門だった。

 

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