鬼滅の刃if~焔の剣士と月の鬼   作:うにいくら

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第壱〇肆話──悪夢の記憶:漆

「ふぅー……」

 

 杏寿郎は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 全集中──常中。

 更に神経を研ぎ澄まし、呼吸の精度を上げた。

 

 鬼の気配を辿る。

 自分を見守る鬼ではなく、敵意を放つ鬼の気配をだ。

 

「む……こっちか?」

 

 気配は門の外からした。

 その方角に進もうとして、杏寿郎ははたと腰を見る。

 

「日輪刀がないな。君も。さて、どうやって鬼の首を斬るべきか」

「斬るのか? 一応ここは夢の中なのだが」

「それもそうか。いや、やはり日輪刀は欲しい! 夢の中なら、強く念じれば出てこないだろうか?」

「じゃあやってみれば?」

 

 言われて杏寿郎が「ぐぬぬぅ」と唸りながら力む。

 暫く唸っていたが、やがて「ダメだな!」と豪快に諦めた。

 だが同時に思い出したこともある。

 

 ここは煉獄家。そして今の自分は鬼殺隊士でもない頃の年齢。

 

「ならばあそこに」

「ん?」

 

 杏寿郎は奥の部屋へと向かい、夢乃がその後を追う。

 目的の部屋へと到着し、襖を開くと杏寿郎は満足家に頷いた。

 

「やはりあった」

 

 その部屋は父、煉獄槇寿郎の部屋であり、ここには炎柱の羽織と父の日輪刀が置かれている。

 そういう記憶なのだ。

 記憶が完全再現された夢ならば、きっとここに日輪刀があるはず。

 そう確信してやって来た。

 

「父親のものか?」

「うむ。俺と同じ赫刀だ」

 

 刀を掴み、そして腰に差す──が、今の杏寿郎では、刀の先が地面についてしまう。

 その状況を見て、夢乃が笑いを堪えるようにして背を向けた。

 

「むぅ。これはいかん。どうにか元の姿に戻れぬものだろうか」

「い、いいじゃないか。くく、ちま、ちまっこい炎柱、くふふふ」

「笑わないでくれ夢乃! それにちまっこいのは君だって同じだろうっ」

「少なくとも、お前よりは大きいはずだが?」

 

 夢乃はそう言って杏寿郎を見下ろした。

 普段は見下ろす側だっただけに、杏寿郎のほうはいたたまれない。

 頑張って背伸びをしてみるものの、十歳の少年と十三歳の少女ではその程度で身長差を埋めるなど無理な話。

 

「で、これからどこに行くんだ?」

「う、うむ。外のほうから鬼の気配がするようだから、そっちへ向かおうかと」

「んー、私にはなにも感じないのだが」

「そうか! では俺について来るといい」

 

 感じているのは自分だけなのか。

 疑問は感じるものの、ここは杏寿郎の記憶を再現した場所。夢の主導権が杏寿郎にあるなら、彼だけが鬼を察知出来るのかもしれない。

 

 刀は腰に差さず、手で持って移動をする。

 門扉を潜ると、煉獄家から見える景色とまったく異なる場所へと出た。

 だが見覚えのある場所だ。

 

「武家屋敷だな」

「うむ。振り出しに戻った感じだな」

「戻ったなら夢から覚めてくれればいいのに」

 

 夢乃はぼやきながら、周囲を警戒する。

 人の気配はない。夢の中だからだろうか。

 

 奥へと進むにつれ、彼女にも鬼の気配を感じられるようになった。

 

(だけどなんだろう、この感じは。気配はすれども、近くにいる気がなったくしない)

 

 その疑問は鬼を目の前にしても感じることとなる。

 

 血鬼術に掛けられる前、現実の中で見たのと同じ部屋に、公家の恰好をした鬼はいた。

 しかし気配は薄く、やはりどこか遠くにいるようにしか感じない。

 

「鬼狩りめ。大人しく夢を見ておればいいものの」

「夢? だがお前の見せるのは、夢ではなく記憶であろう」

「思い出したくない、人生で最も辛い記憶は最大の悪夢でおじゃろう」

 

 ケケケ、と鬼が笑って立ち上がる。

 現実では一歩も動かなかった鬼が、夢の中では違うようだ。

 

「さぁ、もう一度麻呂の夢を見るのじゃ」

 

 鬼が手にした笏(シャク)を振ると、黒い靄が発生。

 甘いニオイが漂い、僅かに意識が薄れる。

 

 が、夢乃は首を振っただけで悪夢から目覚める。

 

「な、なぜでおじゃるか!? なぜ記憶を見ないっ」

「見過ぎて飽きた。ほら煉獄、お前もさっさと起きろ。夢の中でまた寝るつもりか?」

 

 夢乃は杏寿郎の小脇を突く。

 すると杏寿郎の体がビクりと跳ねて、

 

「くすぐったいな!」

 

 と目覚めた。

 

「さっさと鬼の首を斬れ」

「うむ、そうしよう」

 

 すらりと刀を抜く。しかし普段と違って、身の丈と刀のサイズがまったく合っていない。

 長すぎる日輪刀に、さすがの杏寿郎も勝手が違うようだ。

 

「炎の呼吸、壱ノ型──」

 

 呼吸を深める。

 隣に立つ夢乃が飛び出し、鬼の気を引いた。

 陽動だと分かっていても、そこに宿る殺気は本物なため鬼も反射的に夢乃へと注意が削がれた。

 そこへ杏寿郎が、呼吸の技にて一瞬で間を詰める。

 

「不知火!」

「こざかしいでおじゃる!」

 

 鬼は笏で日輪刀を受け止める。

 やはり慣れない体と刀のサイズで、杏寿郎は上手く技を繰り出せずにいた。

 

「チビでよかったでおじゃるなっ」

 

 鬼が笏を振る。その風圧で杏寿郎の体が飛んだ。

 すかさず夢乃が回り込み、彼の体を抱き留める。

 

「すまん、夢乃」

「これは案外、骨が折れそうだな」

「うむ。どうにも体が馴染めず、刀に振り回されているようだ」

 

 すぐさま二人は駆けだし、息を合わせて鬼へと肉薄する。

 その様子を見ながら、鬼は嘲笑った。

 

「なるほどなるほど。そうでおじゃるか。では趣向を凝らした夢を見せるとするでおじゃるかな」

 

 鬼は再び笏を振り、今度は血色の靄を振りまいた。

 咄嗟に夢乃が杏寿郎の腹を蹴って、屋敷の外へと飛ばす。

 

「ぐっ、夢乃!」

「お前は鬼の首を斬れ! 斬れば奴が死ぬか、もしくは目が覚めるはず」

「承知したっ」

 

 杏寿郎のその返事は、夢乃には届かなかった。

 

 赤い霧があたりに立ち込め、全ての音すら遮断する。

 

(凝りもせず、またか)

 

 夢乃はため息を吐きながら、うっすらと見え始める視界に目を凝らす。

 琴の稽古の帰り道から始まる記憶──

 

 ではなく、そこには杏寿郎がいた。

 普段見慣れた、炎柱の羽織を纏った杏寿郎だ。

 

 笑みを浮かべ、自分に手を差し伸べている。

 

「煉獄? 奴の首を斬ったのか?」

 

 問いかけて、手を伸ばすと──

 

「ごふっ」

 

 その手を掴む前に、杏寿郎は口から血泡を吹きだした。

 

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